外伝 弐章 開拓日誌
「なるほど、神社か…」
「お稲荷様は今までワシの村を幾度も救ってくださった。飢饉から災害までワシの村は被害に逢いつつも死者は全くと言ってもいいほどじゃ、村を荒らした盗賊を大岩を転がして懲らしめてくれたこともある。それだけでワシは十分だというのに…」
「それをわらわのおかげじゃとむらのやつらはおもっておらんじゃろ、おぬしいがいみつげものをささげぬものがいないのがそのしょうこじゃ」
「確かに立て続けに起きたならともかく何年か間が開いたなら忘れていてもおかしくない。それで思いきり力を使って自分の存在を主張して信仰心を集めて神社を作れ…という事か」
「そのとおりじゃ、おぬしはわらわのことばを代弁してくれるのはありがたいの、まだまだよりしろのくちがうまくまわらなくてややふべんじゃからな」
「だろうな、僕から見ればあなたはただの小狐の獣人にしか見えない。尻尾も一つしかないからそれが後押しとなっているんだろう」
(ううっ、この人鋭いな。勝手に解釈してくれているのはありがたいけれどこれ以上の問答はボロが出てしまいそうだ。ここは少し強引にでも話を切り上げて飯にすぐにありつけるようにしないと…)
「いったであろう、よりしろはよのはんしんだ。ほんたいがこのありさまではうごかすちからはおろかほんらいのすがたのきゅうびになることもむずかしいのだ。しょうじきこうやってしゃべっているあいだもつらい」
「あぁ、お稲荷様にそのような苦労をさせてしまっていたなんて…申し訳ございません」
「おばあさん、お気持ちはわかりますがそろそろ落ち着いてください。僕がお稲荷様を背負います。どうぞ、杖をお持ちになって」
青年が老婆に肩を貸しながら杖を手渡すと老婆は少し手を震わせて杖を持つと両手で杖を支えて立ち上がる。そのまま青年はしゃがみ込んで自身の肩をトントンと叩く、「乗れ」のジェスチャーだろう
(おんぶなんて何年ぶりかな、お父ちゃんにしてもらったのが最後だったから…幼稚園以来かな、あぁ、この人背中大きいなぁ…懐かしい感じ、暖かくてなんだか…眠 く な ……)
意識を手放しながらも耳からは2人の声が子守歌のように響くがそれも疲労で遠くなっていく、ずっと頭の中で語りかける声もシャットアウトするように睡魔が守ってくれている。
次に目を開けたのは眩しい光が瞼を照らした時だった。目をこすりながら顔を上げると木造住宅がちらほらと建っている時代劇や歴史博物館で見たような風景だった。あの時は白黒で画質も荒かったからよくわからなかったが、色があるというだけでこんなにも見える風景が変わるとは思ってもみなかった。
「さてと、おばあさん早速とりかかろうとしましょうか、ここの近くで困っている事はなんでしょうか?」
「そうじゃな…村の中心に井戸があったんじゃが、数年前に枯れてしまったのじゃ…今は雨水を桶で貯めて少しずつ使っておる。この雨もお稲荷様が降らせてくれたものじゃ、ここには滅多に雨が降らんからの」
「そのいどにつれていけ、みずをだせばよいのだろう?」
老婆はゆっくりと歩くが更に足が遅くなっているように見える。老婆は歳のせいでもういつ死んでもおかしくないのだろう。
「まて、そのまえにおぬしのからだをなおそう」
青年の背を足で蹴り器用に着地して老婆に近寄ると背伸びしてようやく届く腰に手を当てる。
(えーっと、うーん、うーん?こうかなっと…えいっ)
猿真似で神通力を使うと老婆の身体に変化があった、そのことに老婆も少し驚いている。倒れこみようだった背がスッとして杖をカランと落としても倒れずに二本の足で地に立っている。その光景はたった2人しかいないが驚きの表情を浮かべている。
「お…おぉ……か、体が…もう二度と元には戻らないとお医者さんに言われた背中が…」
「これも神通力に力…か?まるで奇跡を意図的に出したかのような、恐るべき力だ。その気になればどんな無理な事も意図的に起こせるという事か」
「これでもけっこうじゃくたいかしたほうだ。わらわがつかうじんつうりきはすこしとくしゅでな、わらわのうまれたときまでさかのぼる。かつてこのちにはみどりもなくみずもなくせいぶつがくらすにしてはこんなんなかこくなちであった。しかし、あるひそんなとちにめをつけてがいてきからみをまもろうとしたいちぞくがきた。それがおぬしのせんぞだ」
「ワシの…ご先祖様?」
「だいだいしんぶつなどをあがめるのがならわしのじんしゅだったのだろう。かこくなちでくらすのならまっさきにたよったのがわらわのようなじんつうりきをもった…いやもたされたといったというのがただしいか、ほこらやじんじゃにまつられるかみのそんざいは 2つにわけられる。ひとつはあらひとがみやどうぶつなどをかみとしてあがめられしんかくとしてちからをもったもの、もうひとつはひとのおもいのさきにつくりだしたそんざい、わらわはおいなりさまとよばれているがじっさいはこうしゃのそんざいなのだ。こうしゃによってつくられたそんざいは うまれたばかりはいまよりもかくだんにつよかったがいしももたなかったゆえにじんつうりきがぼうそうしたじょうきょうだったのだ。それがこうをそうしたというのか、このちはみるみるうちにしぜんゆたかなちにかえてしまったのだ。ひとのおもいはつよいゆえにこんなことをどりょくせずにみのらせればたよりきりになることもしっておるはずなのにな」
ベラベラとおとぎ話を聞く子供のように口を出さずにうんうんと頷きながら聞く二人にさらに私は言葉を続ける。
「いまではひとびとにわすれさられやくめもほとんどわすれかけてなおじしんでそんざいもおえられぬあわれなそんざいになりはててしまったのじゃ」
もちろん、これは噓と本当が織り交ぜている。ただ神通力でお稲荷様の記憶を掘り出してそれっぽく自分のことのように脚色するだけ、お稲荷様自身も忘れていた記憶だろう。
「さて、むだばなしはおわりじゃ、はようわらわをかれいどにつれていけ」
スタスタと先程までとは比べ物にならないほどの歩行速度で井戸に向かう老婆、途中で3人くらいの人とすれ違ったが誰もが2度見していた。
「ここです。お稲荷様」
「ふむ、ここじゃな。よしみておれ…むむむ……はぁっ!」
力を使った後一瞬の間を置いたあと、井戸のそこからごぼごぼという音とともに水が井戸から溢れ出した。井戸周りにいた人達はその光景を見て啞然とする。
その中でただただ老婆は頭を下げて青年は水をなめて確信したようにうなづく。
「水質に温度、飲み水にはもちろん、医療用や作物用、生活にとっても適している…元の水源より上質な水だぞ。それも枯れ井戸から大量に出せるなんて」
水の音を聞きつけたのか、集落の人々が集まってきて井戸から溢れ出す水とそれを囲む3人を見て村の人々は言葉通り開いた口が塞がらないようだった。
それに気づかないふりをして、畑のほうに向かう。畑は枯れた土で作物の種は蒔かれているが、水が少量で土、豆、水のどれもが適切とは言えないものだった。
「ほれ」
力を使いボコボコと土を盛り上げる。薄茶色だった畑は肥料を含んだ濃い色の土に変わる。近くにある雑草をむしり取って口にあてて草笛を吹くと、しばらくして動物の鳴き声がする、その方向には山羊が一頭その次に一頭、また一頭と私を中心にしたように集まってくる。すぐに柵を作り、その中に山羊を誘導する。
もうひとつ草笛で曲を奏でると今度は豚がモソモソと草をはみながらトコトコ歩いてくる。村の人達はそれがあの狐の耳を生やした少女がしたものだと確信した。
「神童…彼女は神童なのか…」
誰かが口にした事を皮切りに「聖女様だ」「女神様だ」と口々に言うが子供たちは力よりも耳と尻尾に興味があるようでそれとかみ合ったのかお稲荷様と行き着いた。
(なんていうか疑り深いなあ、人を見かけで判断するなとはよく言うけれどその典型例でしかないからね、今の私)
井戸水、畑、家畜とひとまずはこれで衣食住の食は解決した。衣類のほうは服としてはいいとしてほとんどの人が靴や帽子をしていない。畑仕事という肉体労働に汗を服で拭ってばかりでは、すぐに汚れて傷みやすくなる。
(となると糸と編み物が出来ないといけないが…)
ここにはポリエステルもなければ編むための道具もない。流石に科学的なものは神通力で作れなくもないが時間がかかるし使う力も多い。信仰を集めるためにふんだんに力を使うとは言ったがそれでも衣食住の一方に偏って力を使うと他との差が生まれてしまう。神通力も万能ではないし力にも限りがある。ついさっきの食の問題でもいくつか力を使ってしまった。
(そもそも、都会生まれ都会育ちで田舎がどんな暮らしをしているのか分からないんだが…修学旅行で行った吉野ケ里遺跡みたいなものかな…?それよりももう少し先の時代かもしれない。麦わら帽子はさっきの畑を成長促進させたらいいけれど目下の衣類の問題としては…私、あれ苦手なんだけどなぁ…)
病んだ目をしているのに自分でも気づきながら、近くの木に近づいて木のうろを見つけて力を使う。すると中からうぞうぞと白い芋虫がわんさかと出てくる。
(やっば!無意識に力使い過ぎて…うわあぁぁぁ、気持ち悪いいぃぃぃ!!)
うろから出てきた芋虫は蚕、元々は野生生物だったが絹製の服を作る際に人の手によって家畜生物となった、誰もが聞いたことがあるシルクロードも蚕の蛹姿の繭を指す。
とは言っても今、蚕を無から生み出した訳ではなく元々うろにいたミノムシや他の蛾の幼虫を蚕に進化させただけだ。詳しくはないがこの世で最も多く生息しているのは節足動物、つまり虫を中心にした昆虫だ。その中には蝶やカブト虫など、元々は幼虫つまり芋虫だった生物が多い。芋虫によって成虫の姿が大きく変わるのは珍しくもない。姿形は似ていても決定的に違いがあればそれは新種として扱われる。その進化の中心的な姿が芋虫。
成虫の蛾から仲間とは言え蚕にするのは何世紀もかかるだろうから、幼虫から違う生物として生まれ変わってもらったほうが最も早い。とは言えこれらはまだ原初のつまり野生動物の蚕だ。
飼育環境を作って木枠なしで繭を作れない飼育を施して…しまった、衣類に結構時間がかかる…だからといって原始時代のように毛皮で生活してもらうわけにはいかないし…そうだ。食の中で魚類の養殖も後でやっておかないと…この人達一歩間違えれば鯉とか食べそうだけど…アニサキス症の危険も教えれば余程のおバカさんじゃない限り食べないでしょう、……大丈夫、だよね…?
何か嫌な予感がしながら、蚕の幼虫が食べる桑を近くに生やして鳥よけにCDでもあればいいんだけどそういうのはなさそうだから木に傷を付けてそこに書けばいいのかな?そんなやり方をしたことないから分からない。
ただ編み物をできる人がいるかどうかという話にもなるが、それは教えれば済む話でこの集落には学校、昔でいう寺子屋がないらしく親が一から十まで教えるのが当たり前のことになっている。
(こんな山奥だと人が行き来の関係上、お金の価値なんて定着していないしそもそも補装された道すらないから物々交換が主になっちゃっているんだね。そこはまた後ほどやるとして最後の住に取り掛かろう)
改めて集落の家々を見てみたがどれも木造住宅というよりは藁で作ったものが多く、雨が降ったら簡単に崩れそうな家が多い。木造建築の家も数軒しかないし雨漏り対策もろくにされてない正直な意見を言うと欠陥だらけ、点数で表すなら5~10点くらいだろう。ちなみにその点数は壁や屋根がある分、譲歩してつけた点数だ。
「どうだい?これらを神通力で全部何とかするかい?」
青年の言葉で気が遠くなりそうな問題を抱えて頭が痛くなる。神通力はこれらを全部やったら打ち止めになる。ふんだんに使った以上問題を解決できる物は多くて2軒が限界だろう。
「お稲荷様にここまでやってもらって今更だけど、君一人にやってもらったらこの集落に愛着が持てないんじゃないのか?」
「いちりあるが、そうでもない。いままでやってあげられなかったぶんのあなうめするだけじゃ、わらわをおもってくれているならばそれにこたえるのがわらわのつとめじゃろう」
「……そうか、でも君の役目はいったん中止だ」
青年がパチリと指を鳴らすと白い光の布のようなものが手足に纏わりつく、バランスを崩して倒れそうになるのを青年が布を引っ張って転倒を阻止する。
「人のためを思って行動するのはいいことだが、それを一人に任せるのは悪いことだ。そうすると人は努力するのをやめてしまうからな、神様がやった事がうまくいくのは当然だろう?だったらそれがなくなったら人は努力しなくて誰かに助けてもらえばいいなんて腑抜けた事しか考えなくなる」
「きさま、わらわにこんなろうぜき、ぶれいであるぞ!」
「しばらく力の回復に専念しろ、その間に少しここのやつらに説教してくる」
「おい!これをはずせ…もがっ……んんーーーーっ!!」
青年が布をぐいっと引っ張ると光の布は口にも纏わり猿ぐつわをされたように言葉を発せなくなった。
「自分の仕事は自分でしないとな俺は指示をするだけだが余所者に耳を傾けてくれるかどうか…あぁ、もう分かった分かってるから最適解をはじき出すな」
そのまま青年は私を担いで家の裏に隠れるように身を隠すとおろした後に「少し立場と姿を借りるぞ」というと青年の身体は粘土のように変形して今の私の姿と同じ姿になった。
「おぬしのからだをのっとってうごかすのもよいとおもったが、そのからだにたえられるせいしんをもっておらぬようじゃし、これがいちばんあんぜんでいうこともきいてくれるほうほうじゃ、それじゃあおぬしはそこでやすんでおれ、そのみみでわらわたちのかいわはきこえるじゃろ」
声もしゃべり方も同じで双子だと言われれば納得してしまう。声は少し違うと思うが他の人が聞いたら同じ声なのだろう。
(…って私は放置!?待って待って待ってせめて布をとってから行って!食い込みそうで地味に痛いからこれをとってぇぇぇ!!)
声にならない叫びをあげるがその意図に気づかずに行ってしまった。その後化けた青年は村の人たちに指示を出しているのが聞こえる。
「うでにじしんがあるならかりうどはどうじゃ?ぬすっとからむらをまもるじけいだんをたちあげるのもいいじゃろう。しゅみやとくぎをいかしたものをしごとにあててみたらどうじゃ?わからなかったらわらわがおしえてやってもよい」
悔しいが今の私はすべて自分でやろうとして誰かに頼ろうとしていなかった。青年は私のふりをして村の人々はせっせということを聞いて手を動かす。
その後、一日が過ぎた。
次回1月末予定