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第二十部 参章 猛暑のひと時

~ヴェルスター学園初等部職員室~


 同日深夜、そろそろ日付が変わりそうになって空もどっぷりと暗くなった時間にうっすらとスタンドライトの灯りが一人の教員と他の机の影を作っている。


 時折ガシガシと頭を強く掻く音が聞いている人が痛くなりそうな程力強い音を響かせている。その音の中にカツカツと廊下から足音が聞こえてほどなくして職員室の扉を開く。


 「おや、こんな時間まで残業ですか?アンドレ先生」


 アンドレと呼ばれた教師は扉の方へ一瞬だけ目を向けたがすぐに視線を机の上に戻したが返答はするしかし、その声色は少し怒りを滲ませているようだった。


 「どうも今日は面倒ごとが多い日のようでな、おかげで明日の講義の資料もうまく纏まらないどころか一切手を付けられない状態だ」


 「それは困りましたね。私はまだまだ見回りの仕事が残っているのですが、もし必要でしたら終わり次第協力しましょうか」


 「それはありがたい、レレイ先生がいれば負担も減りますし、どうも俺はお一人でいるのが苦手な人だったらしくて同期のあなたがいれば退屈しなくて済みそうです」


 レレイはそれを聞いてフッと鼻で笑うと、壁のフックに懐中電灯をかけて自分の使用ライトをつけると自分の机についてスタンドライトをつける。


 「さて、見回りの仕事をサボれるだけでもこっちのほうが幾分かマシなので先にこっちをやりましょうか、それで何をすればよいのですか?」


 アンドレはレレイの机に自分の椅子を寄せる。一人用の机スペースに成人男女のペアが座るとなると既にギュウギュウ詰めの状態になっている。そんなこともお構いなしのようにアンドレは手に持っていた問題集の束をドンッと音を立てて置く。


 レレイは一番上の問題集をペラリとめくる。速読するようにパラパラとめくるが少し、眉をひそめる。


 「これ、ほとんど正解してるじゃない、一体何が問題なの?」


 そう聞いてアンドレはレレイよりも眉をひそめて大きくため息をつく。


 「問題はこれを見比べて言ってみてください」


 そう言ってアンドレが問題集の中から取り出したのはレレイが取った人とは違う3人の問題集のとあるページ、それを見てレレイはなぜアンドレが悩んでいたのかを理解する。


 そのページに書かれていたのは文章問題に文章で答える難易度としては結構な高さと言える問題だった。それに答えられるだけでも中々の学力の高さと言えるがその文章が4人全員が一言一句ほんの句読点なども違わずに同じ解答をしていた。


 確かに完全に同じではなく筆跡や文字の大きさなどの微々たる違いはあるもののこれほどの共通する回答があるのだろうか、文章解答を求める以上結論が同じになることはあるのは当然のこと、だが、そこにたどり着くには過程を個人の解釈がある。


 関係ないがレレイはこのような問題は作るのも丸をつけるのも面倒だと思っている。解釈の一部一部を読んでそれが合っているのか確認しなくてはならないのだから。


 しかし、これは全部同じ解答をしているだけでなく、同じ結論になるから丸を付けてもいい…のだがこれが偶然とは思えない、とすると…


 「カンニングの疑いがある…とそういうわけですか」


 「頭の回転が速くて助かります。ええ、その可能性が濃厚と思います」


 たった一問の問題なら確率は低いがありえなくもないと言えるが他の文章問題も全くの同じ解答、確率で言うと少数第二十二位まで0が続く、アンドレ先生がこれもこれもと指摘すればするほど少数の位がグンッと跳ね上がり偶然として片付けるには流石に無理がある少数の数になってしまった。


 「疑いようもなくカンニング…でもそれは徹底管理、というか対策をしていたはずでは?」


 「そこが一番頭を悩ませているポイントなんだ」


 自分の力で出来るこの学力診断テスト、カンニング対策はもちろん連絡手段も一切手を付けることもなく行う為に何重にも不正が出来ないようにしたセキュリティーを理事長自ら設定した。


 実際、今の今までこのような事が起きた事は前代未聞のイレギュラーと言ってもいい程の事態、これが本当にカンニングなどの不正が行われたとすればヴェルスター学園の入学権を剝奪されてもおかしくない程だ。


 「それだけじゃない、もし不正をしたにしても明らかにおかしいのが提出された日と時間だ」


 「…速すぎる」


 そう、提出された時間が同じ日で時間のバラツキから計算しても筆跡を自分のものに訂正したにしては速すぎる。神業とでもいうのだろうか、こんな常識を外れた技能が存在するというならそれをこんなことのために使う脳が理解出来ない。


 「1人で判断するより2人で判断した方がいいと思ったが、流石に無理があったか」


 「いっその事4人全員を入学させないというのもあるけれど…」


 「それだと不正をしていない子があまりにも不憫というか可哀想だ」


 「……あの、少し思ったんですが、これに関係ないかもしれないけれど…この子達って確か階段や高所から落ちて一時期マスコミに騒がれていた子達なんじゃ…?」


 レレイの言葉に少し、記憶を辿って見ると思い出す確か半年前に確かそのようなニュースがあった気がする。名前は出ていなかったが、週刊誌の1つフリーの雑誌記者が独自の取材で被害者の名前が書いてあった。それを完全に覚えているわけではないが言われて見れば、同じ文字があるような気がする。


 あくまで気がする。というだけで確証は無いが、本当にそれが関係あるかと言われると曖昧な事しか言えない。


 「何か、方法は無いか…?もう一度別の問題集をやるのは…いや、カンニングの方法が分からない以上それをやっても同じ不正を使われる可能性が」


 2人で考えるが結局あーでもないこーでもないそーでもないの繰り返しでただただ時間がズルズル過ぎていく。答え合わせの残業でさえ睡眠時間を削ってエナドリの力を借りながら戦っているのもそろそろ限界を感じながら既に回転させ過ぎて逆に絡まって修繕困難な脳みそをゆっくりと紐解きながら方法を探る。


 しかし、どれもこれも目の前にある解答欄の文字が不可能だ。と言っているように見える。


 「そういう時は理事長の意見を優先するのが一般的じゃないのかい?」


 2人の声ともテンションどん底の声とも違う愉快な声色に2人が眼を向けるとそこにはこの学園の人なら知らない人はほとんどいない顔。


 「「り、理事長っ!?」」


 「そうそう、私はこの学園の理事長さ。久しぶり昨日ぶりだね、あれ違うかこれを届けたのは日にちが変わった後だから今日ぶりか。なんだいなんだいちょっと見ないうちに老けた?」


 理事長はニコニコしながら問題集に目を向けるが、その貼り付けた笑顔が剥がれることはなく寧ろ笑顔に笑顔を重ねたような胡散臭さと不気味さMAXの怪しい笑顔で解答欄を見つめている。


 「へぇ…仲が良いとは前々から思っていたけれど、これは面白いね。まるで双子…この場合は四つ子と言うべきか、親子かドッペルゲンガーか、なんてね」


 理事長は2人の教師を楽しそうに見つめながら一瞥すると、そのままくるりと踵を返してドアの方へ向かう。


 「これは不正なんて使ってないよ。彼女らは同じ解答をたまたました。それだけさ。子供の世界はとても広いようで狭いものさ、彼女らは親が知っているのが自分の世界ではなく、彼女らの間で知った事が自分の世界になったからこう言うものが出来たのさ。君たちが結婚出来ないのは生まれてくる子供を疑う事しか出来ないからなのかな?それが異性に無意識的にアピールしているからだろうね。とにかくこの件は私が手を付けとくから、君たちは教員寮か休憩所にでも泊まって仮眠でも取ったらどうだい?どうせ寝不足だろう。せめてくまが出来ない程度には睡眠をとってくれ、明日の授業に響くぞ」


 そう言って理事長は4枚の問題集を取ってひらひらと振り回しながら廊下の奥の暗闇へと消えていく。


 「…眠りましょうか」


 「…あぁ、そうだな。つき合わせて悪い」


 「…ほんっとーに、後悔しました。次からは軽い言動は控えるようにします」


 2人の頭には「毎度、理事長が助けてくれるわけじゃないし」という言葉が浮かんでいた。


 一方、理事長は…


 (1時間前から面白そうだったから見ていたけど、飽きちゃったからうっかり助けちゃった、まぁ、あのまま見てもつまらないし踏みつぶした蟻に何かできるとも思えないからどっちにしろ中断させてたろうけど、優秀な人材を潰すのは惜しいからね。さーてと、街にでも繰り出して面白そうな事でも探そうかな♪)


 ばさりと問題集を机に乱雑において理事長室を後にする。


 7月25日


 View 美奈 


ガリガリッボリッゴリゴリと自分の部屋で音を響かせている。しかしそれは誰でもない俺自身が鳴らしている音なのだから、手に持っているのは厨房で昨日の夜にわざわざ製氷皿に張っていた氷とかき氷シロップを1:1で作った濃厚氷、ちなみに(この体が)好きなイチゴ味、猛暑日が続く夏に内側から冷やす背徳感に汗をかきながらも乳歯で氷を嚙み砕く贅沢感を口内で感じながら次々と濃厚氷を口に運ぶ。


 その様子を共有したいから3人に食べている様子を送ってみたらどうやら3人も同じようにかき氷を作ったらしい。


 アイシャはガリガリの歯ごたえがある取り出しだてのかき氷(レモン味)リラはシャリシャリ感に凍らせたシロップを上に振りかけたような出店風かき氷…エイラは特製フルーツシロップに練乳お皿の端に果物アイスを乗っけたかき氷パフェ


 (みんな美味しそうだなぁ…これも濃厚で美味しいんだけど、何だかワイルドな感じが強すぎて女性らしさが…いやいや流石にそれはもう少し抑えないと)


 ブンブンと頭を振って再び濃厚氷に手を伸ばして昨日のうちに作った分はほんの20分程度で空になってしまった。


 (前世では暇な夏は何をしてたっけ)

 

 暑すぎてゲームをやる気力も湧かなくて、だからって外に行ったら更に暑くて自販機で飲み物を次々と買って財布が無駄に軽くなっちゃう事なんて何度もあった。


 家で水風呂にも入ったが上がった時に身体が冷えていたから逆に外気の暑さがより感じるようになって結局、湯冷めする為に夏は40度のお風呂に入っていた。


 でも、ここでは特に何かをするわけでもなく昼にお風呂に入るのも何か違う気がする。習慣と言うべきか夜以外に風呂に入る気にならない、そもそも今まで昼はどうやって過ごしていたのかただただ何もせずに精霊たちと遊んだり3人とだべったりしていた記憶しかない。


 唯意義に時間を使うとなると何をするのがいいのだろう?魔法の練習、オリジナル魔法の開発、それとも杖術の技術上達?考えられるのはあるけれど、どれも乗り気じゃないというか暑さですぐに辞めるマイナスな自信がある。


 どうしよう、エアコンはついているけれど廊下はガラスから熱気が何倍にもなっているから意味がないし、実質、今部屋から出たら溶けそうなくらいの暑さが扉一枚隔てた先に待っているだろう。


 (エアコンの温度ってどうも何度にしたら丁度いいのか分からない。たった1℃で寒すぎる暑すぎるがコロコロ変わるから10分経っては切って10分経ったら付けての繰り返しだったな)


 自分にとって丁度いい温度になったとしてもそれは本当に一時的なもので温度が気にならない時というのは何か作業を黙々とこなしているか、何かに熱中しているかのどちらか。


 先に暑さに囚われると先に気力が失われるため、他の事が暑さに負けてしまいやる事すらしない結果になる。


 せめて…せめて冷たい料理を食べて内側からでも身体を冷やしたい。そうめん、ローストビーフ、冷やしうどん、冷やし中華…今思ったけど麵類って冷えたものが多くてそれ以外の冷えた料理ってそんなに思い浮かばないものだな。


 (麵類以外に冷製の料理ってローストビーフ以外に何があるのかな…枝豆?)


 そう思って気力を最低限使って指を使ってスマホで冷製料理を調べるがどれも麵類やコーンスープなど汁物が多い。


 調べている時にふと問題集の事を思い出す。あの時はさっき思ったように黙々と問題を解いていた事に多少の疑問を抱いていた。


 今の俺ぐらいの年頃の娘は思考力がお世辞にも良いとは言えない。当たり前と言えばそうだがこの身体はそれが前世のまま引き継がれているような気がする。たとえ精神が脳に影響を与えると言ってもここまでの頭脳を精神が身体に染み込むものだろうか?もう前世の話ではあるものの医学生の俺は多少の脳や精神の学は学んである。


 それを踏まえて考えてもいくつかの違和感が残る。この身体の脳は精神が学んだ学力を利用しても防衛本能が働く事で深く考える事が出来なくなる。もし無理にでも深く考えるのなら防衛本能が上手く働かないと身体に危険信号を出すよりも防衛本能の強化に偏り知恵熱を引き起こす。


 それがあの時は防衛本能が働かずなのに知恵熱を引き起こさなかった。食事やおやつ休憩があったのを差し引いてもただ机と睨めっこ出来たのはおかしい。現状の深く考えている状況も異常と言えば異常なのだろう。


 それでもそれが精神がという言葉で辻褄が合うようになっているのか?本当はこのことについて危険を感じるのだろうが、前世の癖である異常事態の興味が出てしまう。


 この家には医学書なんか置いてないし貴族とはいえ令嬢が専門書なんかを欲しがるのは妙だと思うだろう。


 「既に今の俺が回復魔法を習得しているのは知られちゃったし、それを踏まえて医学書をねだるのもおかしいよな…」


 ぼそりと呟くがこのモヤモヤ感が心に残るのは嫌になる。ガバリと勢い良く椅子から飛び降りて扉に手を当てると金属製のドアノブに触れた途端、熱波が体全体に駆け回ったような暑さが体感を巡る。


 反射的に手を放して暑いのに関わらず顔から熱が冷めていくのが分かる。


 (灼熱地獄だ…)


 カレンはついさっき窓からウキウキな気分で出掛けたばかりだし他の精霊たちは暑さでぐったりしてコップのぬるくなった水を取り合って余計な汗をかいて消耗するばかり。


 (まぁ、俺の魔力があれば死にはしないけど、それでも暑さを感じないわけじゃないからな)


 女性って男性と比べて身体の体温が低いというけれどだから余計に暑さに弱いのかな、子供の場合は肌の弱さが目立つからな。


 手の甲を見るが、それは雪のように白く、前世のように血管が透けて岩のようにゴツゴツした黒みがかった肌色とは全く違う。


 今までこんな事に意識したことが無かったのに、この白い肌をずっと保っていたいと思ってしまう。これも女になった影響なのか、それとも…


 脳を使い過ぎたのか、微睡の中に落ちそうになる。それはすぐに大きくなって吸い込まれるように身体はベッドの方へふらふらと向かう。


 掛け布団もかけずに倒れ込み、ご飯の時にサリアちゃんが起こしてくれるまでゆっくりとしようと思うとすぐに夢の中に落ちていく。起きた時には少しでも涼しくなっていることを願いながらスヤスヤと寝息を立てて微睡に身を任せる。

次回11月末予定

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