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第二十部 弐章 理事長は好奇心そのもの

 View ニスタ・ホールカー


 ~ヴェルスター学園高等部渡り廊下~


 「~♪わ、わ、わったしのこうぶっつは~鶏肉、モロキュウ、えっだまっめさーん♪」


 ニスタが小さく歌いながら口ずさむ、今は10時15分ついさっき2時間目の授業が始まったばかり、いつもなら理事長室にいるはずの彼女が何故校舎も違う高等部の校舎にいるのか、それは至極単純な理由、暇で暇で仕方なかった。


 理事長の仕事は国王陛下の仕事と比べると2倍とまではいかずとも同じかそれ以上の量をこなさなければならない。しかし、この理事長はその量をたった一時間で完遂して自由時間をほぼ散歩に費やして何か面白そうな事は無いかと学園の至る所へと足を運んでいる。


 「おや、理事長ずいぶんとご機嫌ですね」


 前からスーツ姿の男性が歩きながら話しかけてくる。彼の胸にはヴェルスター学園のエンブレムバッジが付いている。それが意味するのは彼が学園直属の権力者とある役職を兼任しているという事、その役職はバッジの色で判別できる。彼がつけているバッジの色は銀色、これが意味するのは教授又は准教授の証である。


 「やあやあ、久しぶりだねぇ、朝礼ぶりなんだいなんだい少し見ないうちにまた髪の毛伸びた?」


 「そんなに髪の毛が伸びていたら床屋に何回行っても足りないですよ。それに昨日切りましたし」


 「へぇー…まぁ、知ってたけどね。大学の学生さんだろう。彼はそういう才能があるからね。いい美容師さんになれるんじゃない?彼の学科にもぴったりだし」


 「全くですね。それよりも理事長少し、お話し…いえ、お願いがあるのですが言うことを聞いてください」


 彼は理事長をキッと睨みつける。理事長はそれを見ても顔色一つ変えずにニコニコしながら返答する。


 「おやおやぁ?どうしたのかな面白い事があるなら何でも聞くよ。それ以外はまぁ、出来る範囲でなら私がつまらなくないと思う願いなら」


 「今すぐ両手を上にしてそのまま頭の後ろで組んでから壁を背にしてください」


 どれくらい前の刑事ドラマだろうか、そんな雰囲気で言い放つ彼の瞳には何故か真剣そのものという意思が感じられた。


 「え?なに?私ってそんなに信用ならないの?うっそ~」


 「信用も何も理事長自体が危険であるだけではなく、ご機嫌だという事で更に危険度が跳ね上がる以上そうする以外に警戒しない人物が、新入生か理事長に会ってない人除いているはずもないのでこういう対応を取らせて貰います」


 「それで私に対する君のイメージがよく分かったよ」


 理事長はそう言うと言われた通りに両手を上げてそのまま壁を背にしてゆっくりと手を後ろにまわす。


 「それで今回はどのようないたずらをしようとしたのでしょうか」


 「何もするつもりはないよ。私はただ散歩をして面白い事を探しているだけ」


 「それは撒いた種が何かいい芽を出したからでは?それ以外にこれから撒くようにする道中かとしか思えないのですが?」


 「えぇ~?そんなことないよ。だって……昨日のうちにもう撒き終えちゃったし」


 「えっ…」


 「さーてと、それじゃあ天井を這い続けて散歩の続きをしようかな、うっかり蛍光灯割っちゃったら業者に頼んでねそれじゃあまたね~」


 「あっ理事長おい待て今のどういう…って早っもう見えないゴキブリ並みの速さかよっおい待てコラァー!!」


 彼は大声を上げたがそれに返答する声は返って来なかった。唯一の救いと言えば防音設備のおかげでその怒号に廊下へ様子を見る人物がいなかったという事だろう。名門校であるヴェルスター学園の授業は難問だらけだ。教師もそれなりの学を学んでいるため常に生徒の質問に対して追われているのが通常の風景だ。防音がなかったら授業が滞ってほぼ独学授業となってスパルタになっていただろう。


 彼は理事長を止められなかった悔しさに頭を搔いて一瞬後を追う素振りを見せたが、あの様子を見るに追いつけないと理解して校内の巡回を続けるのであった。


 一方その頃、既に理事長は外に出ていた。地面に背中をつけたままザリザリズリズリと服が擦れる音を響かせて這う姿勢を崩さずどこに隠し持っていたのか手の甲にプロテクターを装着して後頭部をガードしながら器用に足を使ってむしろ走るよりも速いのではないかと思う速度で這っている。


 道には講義が入ってない学生や移動教室で通行している人たちがその様子を見て驚いている人もいれば「えっ!?」と声に出している人もいる。声をかけようとしている人もいたが虫のような動きにも見えるため動きの方に気を取られたりして声をかけられない様子だった。


 しかも、その正体が理事長だと理解した人は驚きもせず「またか…」「変なことやってんな」と顔に書いているように見て見ぬふりをしたり後輩の眼を塞いで離れるように誘導している。


 ヴェルスター学園には他にも変人と言われる人は何人もいるがニスタ理事長はその中でも飛び切り変なことをする噂が絶えなくその奇行を一度でも見たら他の奇人を見ても一回りも二回りもずば抜けているから驚きはしないが奇人だと理解することは出来る。


 理事長は身体を引きずる形で別の校舎に入っていく。ほんの一瞬も自分の背中を見せずにズルズルと拭いたばかりの床もキュッキュゥゥと洗ったばかりのお皿のような音を響かせながら生徒たちの注目の的になっている。


 後日、生徒の間では妖怪が身体を這いずりながら、虫のように地面や天井を擦り付けながら校内にうろついていたという噂が広まり教員たちが教頭と校長に報告したところその正体が理事長だと判明すると事情を聴きに行ったところ「背中を壁に付けながら移動しろって言われた」と陽気に言う理事長に戸惑いながら「は、はぁ…素直…ですね…?」という返答の後、誰がそう言ったという話になりその犯人の教授は反省文と数か月の研究予算カットの処分を受けると同時に「ニスタ理事長の対応書」の1巻~4巻現段階全書を目を通すように命じられたのはまた別の話…


 理事長が這いずりながら理事長室に入った後も地面を這いずりながら背中を見せないように椅子の近くに行くとうねうねと蛸のように器用とでも言うべきか背中を見せずに椅子に座る、もしこの場に第二者か第三者はそれを見たら「この人は関節が無いのか?」と思わざるを得ないだろう。


 椅子に座って理事長は背もたれにへばりつくように背をつけながらふと思う。


 (そういえば私はいつまで背中をつけながら生活しなくちゃいけないんだろう…まぁいいか。あの教師は学園外からの勤務だし今日彼が学園から出たらもういいって事にしよーっと)


 呑気な事を思いながら昨日の事を思い出す。


 (みんな私からのプレゼント受け取ってくれたかなーどんな回答送ってくれるかなー笑っちゃうような珍解答出てくるかなー)


 理事長は数日前いつも通り仕事を速攻で終わらせた後、暇を見つけては問題集を片手間で作りそれをすべてコピーして著者を自分が持っている数十個の偽名の中から1つを適当にぺっと貼り付けて次年度の入学生がいる家庭に送っておいた。


 これはネタ晴らしを絶対にしないように子供の親や兄又は姉にも口外しないように念を押して子供のクラス分けテストを内密に行っている一種の遊びを含んだ恒例行事と言える。


 中でも上位の成績を収めた物には特待生へのクラスに入る事が理事長権限として許可される。それ以外にも学園内生活で理事長が眼に叶った人物は途中で特待生への編入も可能になる。しかし、学園内生活で中途編入した生徒はごく少数で理事長が出す編入届はどのような行動を取ればそのお眼鏡にかかるのか生徒の中では噂にもなっている。その中にはコネがあったり親戚なのではないかとも証拠なしの噂もある。


 期限は2週間それまでに誰が速く、正確にどの程度の問を答えられるのかを図るのがこの国で学園が毎年行う理事長の遊び心、それが教員たちの悩みの種である。


 次の日 7月21日


 「うわーお、びっくりしたね」


 真顔で教師の一人に手渡されたものを見て心底面白いと思った。書かれている名前に少し頬を緩めると何人かの教師を集めて答え合わせを頼むと呼び出された教師らはうんざりした顔をするが理事長は言葉ではなく満面の笑みで返すと教師たちはとぼとぼと重い足取りで理事長室を後にする。


 この展開は理事長にとっても少々予想外の出来事だった。たった一日で3人の子が問題集を全て終わらせて送って来たと思ったら少し遅れてもう1人またもう1人と合計6人が一日で自分が考えに考え抜いた問題集を終わらせたというのだ。予想外とは思うがそれは正解数で評価が大きく変わるだろう。分からない問題を飛ばしたり式の小さな間違え1つで6人の評価は大きく変わる。


 それは彼らの人柄を知る事にもなる事だ。毎年やっている事だったが6人もの終了者がいるのは理事長にとっても驚くべきことだった。それもそのはず、まさか自分以外にも同じことが出来る人間が複数いたなんて思えなかったから。


 「…黄金期の再来」


 ボソッと呟いた言葉にニヤリと口元を緩めると机の中から紙束の一枚と白紙を取り出して万年筆を片手に白紙にペンを走らせて時折交互に見比べる。


 白紙の方には間隔をおいて、まるで穴埋め問題のようにしながら一秒の迷いもなく書き続ける。しばらく書き続けて二枚目、三枚目と白紙は驚くべき速さで文字が刻まれていく。そして、四枚目のところでピタッと動かし続けていた手を止めてペンを置いた。


 「銅、銀、金、黄金、白銀…とすると私がいたのが黄金期なら彼らは白銀期として歴史に名を刻むのかな」


 ニスタが呟いた「黄金期」はかつて歴代の中でも神童と呼ばれた幼子たちにつけられた天才秀才ばかりの子が生まれた数年間の時期を誰が呼んだか名付けられた。


 その中には理事長自身も含まれていた。もし彼らがいたら世界が例え7日で全て滅ぶとしても彼らの手によれば3日程の猶予を持って止められるという噂も流行っていた程だ。そんな日が来るなんて微塵も思ってないくせにベラベラとまるで自分の自慢をしているかのように脚色のオンパレードを飾ってその姿は哀れを通り越して愚かだとも思えた。


 彼らに共通するのは秀でた才能を生まれ持っていたという事、2歳で刀鍛冶を大人顔負けの才を開花させたり、動物を一目見ただけでその動物がどこからの出身か見抜いたり、様々な才能を持って生まれた子達として一時期は世間の注目の的だった。


 しかし、その為に利用されその果てに使い潰される事も珍しくなかった。


 医療に秀でた才を持った者が重大な研究を強制的に働かされ疲労を隠すように薬を飲み常に体と脳を動かした末に過労死をしたりしたケースを理事長はいくつも目にした。


 (愚かだな)


 理事長は死んだ者にも才を利用した者にも同じ言葉を心の中で呟いた。するとそれに強く関わりを持った者に不幸が降りかかった。一番の苦しみである死を除いた全ての苦しみを味わい自死も許されないような…金も名誉も地位も全て無くしてなお生き続けなくてはならない生き地獄を続かせる。もちろん理事長はそれを引き起こした訳ではない。心で思った事を呟いた事が引き金のように因果応報と言うべきかそれ以上の不幸が引き起こされた。


 理事長は死んだ才ある者たちが報われてほしいとも、利益を独り占めをして甘い蜜を吸うやつが痛い目に遭ってほしいとも思わなかった。


 ただ、自分にはそれをどうすることもしなかったししようともしなかった。なぜならそれを見て楽しんでいたからだ。


 どうすることもしなかった否したらつまらない。しようともしなかった否してもつまらない。彼女は常に暇つぶしをしたいがために黄金期の1人でありながらそのプライドや才を振り回すことも鼻にかける事もしなかった。だからこそ彼女は数少ない黄金期の生き残りであった。


 今までの黄金期の者たちはプライドが高く自身の才に自惚れたり謎の使命感に囚われた。その結果が自らいばらの道を進み散り果てる結果となった。


 プライドを捨て、恥ずべき行動を何の悪びれもせずにただ暇だったからという理由で他人を必要最低限寄り付かない生活をした結果、今も生き続けている。


 暇を持て余した結果、何の理由もなくテレビを見るように、何をしたらいいか分からず、部屋に埋もれていたゲームをするように天敵に怯えずに自堕落な生活を送るのが一番生き残れる確率が高いと彼女は考えていた。


 しかし、それだけでは少しエンターテインメントに欠ける。もう少し自分以外が右往左往するようなサプライズが欲しい。それを引き起こすには自分が動くのが一番だがそれをしても面白くない。だったら種をまいてみたらどうだろう、直接的な関与ではなく間接的に遠距離からの関与をちらつかせて面白く芽を観察する事ができるのではないかと考えて起こした結果が今回意外なことに興味が沸き上がり、血液が沸騰しそうな程楽しめそうな事が起きた。


 新しいおもちゃを買ってもらった子供のように楽しみにしていたゲームを買うために開店1時間前から店の前で小さく足を鳴らして落ち着かないゲーマーのようにゾクゾクッと恐怖とは真逆の感情が沸き上がる。


 楽しみ、あぁ!自覚した自覚してしまった。楽しい!興味深いっ!面白い!!


 心の底から感情がとめどなく溢れて止まらない。胸の高鳴りが収まらない。それなのに悪い気は一切せず逆にこの感情がずっと続けばいいのにとも思えてしまう。


 一体次はどのような予想外な事が起きるのか、黄金期の一件から長い年月をかけてまた面白い事になりそうな出来事ににやけが止まらない。


 再放送のような同じ展開なんてつまらない。さぁ、どのように踊ってくれるか、自分が撒かなかった種がこのような面白い事になりそうな事なんて久しぶりに楽しめそうだ。


 「さぁ、ショータイムまでに上質なカーペットでも用意してあげようじゃないか、箱庭もつけてあげるよ…!」

次回11月中旬予定

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