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第十九部 肆章 目的と手段

 View ケルビム


 僕は男湯の大浴場で一人で考えた。僕が一番したいことは何なのか、人助け?誰かの役に立つ事?そんなものはただの綺麗ごとだ。本心からそう思っているのなら特に問題は無いが人から評価される為におべっか立てて見え見えの好感度上げるためのホラをつく必要なんてない。


 でも、それだと今までしてきたのは何だったのか疑問に思う。いつしか僕は自分で決めた事でなく、事前に誰かに敷いていたレールに乗ってその上を走っていたのではないかと思う。それでもその日その時に思った心は噓なんかで塗り固めていない本心だった。


 (僕は…一体何のために)


 「わっ、わわわっ!」


 「っ!」


 カララと鳴るスライド式の音に気付かず露天風呂から緑色の髪をした青年が驚きの声をあげながら後ずさりして今さっき開いたドアに背を当てる。


 「えっ…お、男…ですか」


 (あぁ、女だと思われたのか)


 自分で言うのもなんだが自分は結構中性的な顔立ちだけでなく体型も声も中性的と言えるだろう。僕を…いや、僕の体を造った神々は人間というのをコンセプトにしたものの性別については些細な事だと思ったのか、そのようなものは曖昧な、悪く言えば雑にしか作ってなかった。


 実際、僕の体は子供を作れないし、だからといって身籠ることも出来ない無性だ。人生を送ることを期待されたのは僕自身だから、例え子を持つことが出来ても神々はその子が人間らしく生きれると思わなかったのだろう。


 唯一と言えば聞こえはいいのだろうが、皮肉で言われる特別扱いに近いものだろう。あくまで彼らのお気に入りは僕なのだから。


 「大丈夫、僕は男です。変声機も使ってないのでそこは疑わなくていいですよ」


 まぁ、今まで生きてきたのは男としてだからここでわざわざ女性スタッフを名乗ることもないだろうと思って男と主張する。変声機という言葉に少し彼は少し笑うが、元々弱気な性格なのかおどおどした様子で、キョロキョロと後を見渡してゆっくりと湯船に浸かり水音も立てずにスッと入る。


 こちらからわざわざこえをかけることもないだろうと時計を見るが俺がここに来てからまだ10分も経っていなかった。少なくとも彼はそれ以前からいたのだろう。


 (そもそも、僕には入浴する必要もないが、精神的に入った方がいいんだよな。気持ちいいし)


 特にこの身体の利点は清潔さなどを気にする必要はない。髪も身体も特に手入れなど入れなくとも臭いや汚れが付くことは無い。あってもそれは衣服くらいだろう。


 怪我もすることが無いから、例え腕が跡形もなく吹っ飛ばされても修復システムが自動的に起動して一分もあれば完全に回復する。詳しく言えば修復するシステムではなく細胞ひとつひとつに身体を再構築する機械があると言った方が正しい。


 この身体にとって身体を洗うのは例えるならアロマオイルを作ると言った方がいいだろう。ボディソープもシャンプーもただの臭いを消すのではなく匂いをつけているというのが正しい…どこかの消臭剤感は否めないし否める気もないが。


 ふと前を見ると彼は少し顔をしかめて苦しそうに両手で肩を押さえている。流石にこれで放っておくのは良くないと急いで助け起こす。


 「だ、大丈夫か!?どこか怪我でもしているのか!?」


 身体を一通り見てみるが特に怪我をしている用でもないし、出血もしていないようだ。しかし、内出血や臓器に何か障害があるようにも思えない。


 そもそも、その様なものがあればドクターストップも入るし、場合によっては介護や自室の洗面台などで済ますだろう。幸い彼は気を失っている訳ではなく受け答えが出来るようでかすれた声で「外に…」と言って弱々しく指で露天風呂の方に指を向ける。


 肩を貸して、引きずるように露天に出る。彼はそのまま指を椅子の方に向けるゆっくりと椅子に座らすと少し落ち着いたように深呼吸をし始めた。


 「…のぼせたのか?」


 「い…いえ……はぁ、あま、り…馴染みがなくて……雪国に…いたので………ふぅ…熱いお湯に…慣れて、なくて……お、落ち着いて…来ました」


 「…そうか、心配したぞ」


 「はぁ、はぁ…すい、ません」


 湯あたりか…心配して損した。それにしても雪国か…そっちの方にはまだ行ってなかったな、その国でも暖房はあるだろう。前世、テレビで見たことがあるが雪国は基本暖房設備はしっかりしていて、生ごみを自宅の暖炉の火にくべたりいらないものは基本的に暖房用に殆ど回していた記憶がある。


 (それでも、比較的外にいたのだろうか?そもそも、あのお湯は39~41度、成人男性なら普通に耐えられる温度のはずだが…雪国出身の人の体質はよくわからないな)


 「余り人様に迷惑をかけないようにな、僕は中に戻るが…体調が優れないなら、奥の方の薬草風呂にでも入ればいい。確かそんなに温度は高くなかったはずだ」


 「ありがとうございます。ははっ、同じ事を言われちゃいましたね」


 「普段も誰かに迷惑かけているのか?」


 「いえ、幼馴染に…ちょっと雰囲気も似てますし」


 「それは同情するな、その彼が可哀想だ」


 「あぁ、いえ、女の子ですよ」


 「…さすがにそれはどうかと思うぞ」


 「そこはかとなく醸し出される文句とか…」


 「随分と具体的だな、職業はカウンセリングとか研究者とかそう言う頭の良さを使う役か?」


 彼は少し、笑う。その表情はさっきまでとは違い顔色も通常の肌色に戻っていた。


 「当たらずとも遠からず、ですね。僕は元々は薬師をしていましたが、幼馴染に誘われて冒険者になりました」


 「ほう、冒険者か…ということは衛生兵と同じようなものか、戦闘としては援護特化とでも言うべきか」


 それを聞いて彼は少し驚いた。何故そんなことまで知っているのかと顔に書いてある。想像に難くないのもあるが、ゲームでは大体そう言うものだったからだ。


 相手に与えたダメージの何割か自分の体力回復させるスキルはともかく、ジョブの役割である回復特化のヒーラー、薬師や聖職者は攻撃力がとても心許ない。もし、攻撃の主軸にするなら、他のパーティにバフを集中してかけてもらって、更にアイテムでステータスアップつまり1ターンを無駄にする事でようやく敵を倒すラインに立てるということだ。


 もちろん敵とのレベルにもよるが、元から回復役として設計されているのにわざわざ攻撃特化にする人はあまりいないだろう。もしそういう人がいたら自家用車を痛車にする程のキャラ愛がある人だろう。まぁ、それが悪いとは言わないが正当化しようとしてるのはちょっと違うというか行き過ぎているというか…


 とまぁ、それだけじゃなく、彼に肩を貸した時に手を触ったときに少し、手の皮に違和感を感じた。恐らく手首の皮が剥けているか皮が伸びている。投擲武器を使うには肩の力も必要だが、投擲武器を投げる時に方向をコントロールする手首の器用さも必要だ。ちなみにこれは脳がはじき出した推理だ。


 「素人よりはそういうのに気づくことが多くてな、旅をしていると次の大陸や国に渡るときに下調べのついでか、移動手段の準備中の暇つぶしをしていると、詳しくなっちまうものさ。物覚えがいいと更にな」


 人間の記憶力は当てにならないとは言うが、僕は人間ではなくちゃんと記録できる機械だから、一つ覚えたらそれを溜め込む事ができる。だから、あまり本は読まない…が元より古今東西を組み合わせた大図書館並みの情報が既に詰まっている脳に新しい情報が入ってくることがあるのだろうか?


 「いやぁ、ははっ…そんなも知られているなんてお恥ずかしいですね。お察しの通り香辛料や睡眠薬、主に相手を動けなくしたり状態異常にするのが役目です」


 「そうか…何か武器は無いのか?それ以外に」


 「それ以外…というと剣とかですか?そういうのは無いですね」


 「そうか。それはよくないな、僕の友人に同じような戦い方をするやつがいるんだが、そいつは常に自分の武器を持っているぞ。確か「もし投げる物がなかったら丸腰になっちまう。自分の身は自分で守らなければならない。いつも誰かに守ってもらえるなんてカッコ悪いしそんな都合良い考えをするのは嫌だ」とかそんなことを言っていたぞ。借り物もそうだ、持ち主に返せば自分は丸腰になる。余計なお世話かもしれないが一個でも多く自分の物を持って…っ!」


 今、僕は何を考えて今のような言葉を…?


 「なるほど…世界を見てきた人が言うのには説得力がありますね。そうですね、目的がないとはいえ、自分が世界で生きていく為に成し遂げなくちゃいけないのを見つけるためにも自分を守る物は積極的に買ってしまいましょうかね…無駄遣いしないでって言われない程度に……どうかしましたか?」


 「…いや、話し過ぎたので身体が冷えてしまって……お話はここまでにしましょう。僕はお風呂に入りなおします」


 「そうですか、興味深い話をして頂き感謝します」


 彼の言葉に少し、振り返り軽くお辞儀をして室内に戻る。湯船に少しだけ浸かり、シャワーで身体を洗い流すと風魔法で身体の水気を吹き飛ばして脱衣所に出る。


 着替えて、部屋に戻ろうとすると部屋の廊下にフラフラとおぼつかない足取りで歩く金髪の長髪が見えた。見間違えるはずもない。


 (ナイアス…?どうしたんだ。あいつものぼせたのか?)


 髪はしっかりとツヤツヤしているが乾かしていないのか、毛先から水滴がつぅーとしたたり、服に水が滲む。そんなことをお構いなしというように、部屋の扉に手をかけて吸い込まれるように入っていった。


 (一体どうしたんだ?いつもマイペースでからかうのが楽しいとか思っていそうなあいつが…気になるな)


 そう思って、少し、気配を消して、ドアノブを回す音も殺してゆっくりと部屋を開ける。部屋の中を軽く見渡して見るとベッドにわずかな膨らみが見える。というかそこに金髪がガッツリ見えている。


 見るからにぐったりしていて、ピクリとも動こうとしない。呼吸で僅かに動いてこちらの角度から多少見え隠れする肩を叩こうとするがもし寝ていたら起こすのも悪いと思って顔を見ようとして回り込んで顔を覗こうとする。


 ナイアスは目を真っ赤にさせて涙を流していた。目には怒りを込めて、口は悔しさを物語るように唇を震わせていた。


 僕の存在に気付いたナイアスは涙を拭う事もせずに話す。


 「あ…なんだよ。…風呂、上がったのか…ひぅ…グスッ…」


 言葉も上ずっているようで、ヒクヒクと口角が引きつり上手く言葉を話せないようだった。


 「話したいことがあったんだが…今はそれどころじゃないようだな。時間を改めてもいいが生憎僕は夜風に吹かれたい気分じゃない」


 「なんだよ…話せ、ただ話しにくいだけだ。聞くことは…いや、オレも話したいことがある」


 表情は変わらなかったが言葉はさっきとは違く聞き返す程の滑舌では無くなっている。


 「いいや、僕が先だ。先に言ったのは僕だし聞きたいこともある」


 「オレが先だレディーファーストとしてオレに譲るのが男のお前としての役割だ…うぇっ」


 「それはまた生憎だな、僕は無性だから男でも女でもない。あとお前は男でも女でもある生体的にも精神的でも不安定なお前にまともな話が出来るとは思えない」


 その後も少しの問答があったが、結果的にケルビムの話を先にすることが決まった。


 「僕は今までの行動とはキッパリ割り切ろうと思う」


 「…そりゃ思い切ったことで…どー言った風の吹き回しかな?」


 「目的と手段が入れ替わった事に気付いただけだ」


 目的と手段の入れ替わり、それに気づくのに何十年もかかったという事に僕は自分が恥ずかしくなってきた。発端のあの日から目的が手段として寄りつつあったのだろう。それに気づかず手段が収まるスペースが無くなり空いた目的の枠にするりと入って、めでたくない目的と手段の入れ替わりが完成というわけだ。


 「今の僕に目的は無い。そもそも、僕が旅をしてきた理由は目的欲しさの…自分探しと言ってもいいだろう」


 「アハハハハハハハハッッ!!なんだそれ、傑作だな!兵器が自分探し?あー、おっかしおっかしー、でもそうなったらオレは誰に養ってもらえばいいのやら」


 「そうだな、巻物にでも封印して半死半生として永久に何も感じず動けずにいたらいいのではないか?寧ろ今してやろうか?」


 「ハイ、ゴメンナサイ。イマノワタシハシツゲンbotデゴザイマス、えらーノジョキョニシバラクオマチクダサイ、あっぷろーどチュウモゴリヨウイタダケマス」


 コントでもしているつもりなのかロボットのマネをしているナイアスを見ながら近くの椅子に腰かけながら話す。


 「今も目的は無い。面倒ごとから逃げながらここに来たからな、既に僕の旅は後日談しか残っていない。だが…ここはゲームではない。何度話しても同じことを言うNPCはいない誰もが意思を持っている。記憶を持っている。知識を持っている。それを失念していたよ」


 「あっぷろーどチュウ…あっぷろーどチュウ…あっぷろーどリツ32%…」


 「転生者を探すのは手段だった。それに、気付いたのはお前と…あの薬師の坊やのおかげだ。割合としてはお前が8割ほどだけどな」


 「あっぷろー…ど…ちゅ…ちゅう……です…」


 「しばらくはこの国に居座るとしよう。気付いた事を整理する暇もなく旅を続けるなんて、そんなメンタルは持ち合わせていない。教師の件は断ろうと思ったがまずは臨時として入ってみるさ、お前も転生者を探してみてくれ。仕事もな」


 「あ…アップロードが完了しました……」


 「さて、聞きたいこともあったが、話していたら忘れてしまったな。つまり忘れるくらいどうでもいい事だったんだろうな。さて、お前の話を聞くことにしよう」


 「…なあ、今後風呂は一人で入りたいからここに浴槽作ってくれないか」


 その言葉に一瞬身体が凍り付くような電気が走った。


 「…すまない、聞き間違いかもしれないから復唱させて貰うが…一人で風呂に入りたいから浴槽を作れって」


 「うん」


 「ここに?」


 「うん…出来れば誰にも見られないように端っこで窓からも見えないようにね」


 「OKまず話し合おう。今の僕たちにはそれが必要だ」


 ~数分後~


 「なるほど…それで…セクハラ防止のためにそうしたいと…人間不信にも程があるだろう」


 しかし、そういう女がいるのか…いるのは知ってるがそういうのは自重するかと思っていた。隠そうともしない人もいるだろうが堂々というか大胆過ぎるとは思う。


 「そんなに言うなら僕と一緒に入ればいいんじゃないか?」


 「はあ?お前も何言ってるんだ?女の園に入ろうっていうのか?この変態が!」


 「都合良過ぎな女扱いはいい加減にした方がいい。それに僕は多少の肉体の融通が利く」


 僕は自分の身体を捏ねるようにマッサージをすると触ったところが粘土のようにぐにゃりと曲がる。


 「骨組みは流石に時間がかかるが肉付きならすぐに変えられる。腕や足は…これくらいの細さでいいか、後は顔も少し小顔にして…髪の毛も伸ばすか。さて、後は腹の肉も少し…随分と細くなったな。まぁいい、後は余った肉を胸と腰辺りに寄せて…声帯は変えなくていいか、どうだ?女にしか見えないだろう。これでも面影は大分残したつもりだが」


 「…それで?その格好で過ごすと?」


 「まさか、普段の姿がオリジンフォルムだから、お前が風呂に入る時に一緒に入ってやろうっていうことさ、安心しろ、僕はこの身体になってから欲情した事が無い。そもそも、そういう感情は家出したまま帰ってこないから、お前の体にも他の女の体にも何も感じない」


 「…オレが言うのもなんだけど、そういうからかいをするのってオレの役目じゃないのか」


 からかっている自覚はあったのか

次回10月中旬予定

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