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第十九部 参章 恩を何で返す

 View ケルビム


 「それで、何を話したいんだ?」


 そう言った僕にナイアスはケラケラと笑って「分かってるくせにー」とからかうように言う、確かに予想は大体つく…というか心当たりしかなくてその心当たりが頭の中で確信に変わる。


 「僕の目的…ね」


 改めて考えると自分でも何でそんな目的になったのか、今ではおぼろげにしか分かってない。あの転生者との出会いがきっかけであることは覚えている。それで僕は同じ転生者を探す旅を始めた。


 「でもさー、手助けしたから何になるの?自己満足的な目的ではあるけど逆に他人の事をまるで考えてないんじゃないかな、例えば、例えばだよ?オレが「元の世界に戻りたい」って思ったらさ、ケルビムはどうやってその手助けをするわけ?」


 「!っ………」


 ナイアスの言葉に僕は言葉を詰めらせてしまう。こいつは以前、元の世界に戻りたくはないと言ったことはあるが、何か含みがある事は分かったし、その含みの内容も理解できた。前世に何か未練があったんだろう。日常がある日突然壊れたからその未練について考えることが出来たんだろう。


 僕はナイアスの手助けをすると思ったが、それを聞かせてもらえなかった。彼女の願いはもう引き返せないものだ。非常に悪い事だと想いながら彼女の心の中には前世の記憶は蠟燭の火ほど小さくこの世界で過ごした日々がとても良い事だったと分かった。


 彼女の願いは「あの頃の日常をずっと過ごしていたい」だったのが「あの頃の日常に戻りたい」という願いだ。神の人形である僕も時間を巻き戻すなんて事出来るわけない。それはそうだ僕は人間よりも人間らしい事を望まれたのだから、人間にできない事を出来るわけではなく人間に出来ることを予想以上の結果を出して出来るだけだ。


 だから、もし、いつか手助けできない願いがあった場合…僕はどうするのだろう、何も出来ずに見て見ぬふりをするのか、手掛かりを探し求めて旅を続けるのか、何でも理解できる脳が「不可能」の文字を出すのが怖かった。


 「何も言えないってことは、出来ない以上どうすることもできないんでしょう?それなのに手助けをするなんて、おかしいと思わない?なんか出鱈目が目立つように感じるんだよ」


 「…………」


 「…一言も黙れって言っていないんだけどね、それともどんな言葉を出せばいいのか迷ってるのかな?なんて言えばいいのかなんて、分かっているはずなのにそれを言わないのは、何を言ってもオレの態度が変わらないから?それとも…これ以上は言わないでおくよ、せめての恩情で」


 その言葉で更に言葉を無くしてしまう。そして、さっきのこいつの言葉を思い出す。


  ―多分お前の目的は自分でも理解できていないんじゃねぇの?―


 理解できていない、そんなことこの世界で初めていわれたかもしれない。思い返してみれば今までそんなことを言われなかったのは理解していたのは自分ではなく他人の事ばかりで自分の事になるとそれを理解している気になっていた。自分の事は自分で分かる、とは言うが実際のところ、自分の事は誰よりも自分を分かろうとしなかったんじゃないかと考えてしまう。


 ナイアスは一体どのようなことを考えてあのような言葉を言ったのだろう。人生論みたいに心に訴える様な、それでもどこか悲しげで呟く言葉の節々に虚無を感じる。


 それで、今までの事を言われて、考え直す。


 「目的…僕の、目的は……」


 「悪い、程々で止めるつもりだったんだがな、あれくらいでそこまで追い詰められるなんて思わなかった。風呂でも入ってくるか?サッパリ身体を洗い流した方が考え方も変えることが出来るだろう」


 そう言ってナイアスは部屋を出ていく。色々言いながらも気を使ってくれたのは確かだ。それでもなお、身体が動かない。


 僕が決めた目的に僕が疑問を覚えている、そして、ふと思う事があった。


 (もし、僕じゃなくて「元々の精神」がこう言われたら、なんて答えていたのだろう)


 望んだことじゃないのに、この身体になった時点で元の精神が残っているなんて考えてもいなかったのに、今になって急にこの身体の持ち主であるケルビムの精神が思い浮かぶ。


 すると、この世界がゲームではなく現実的なものだと実感が湧いてくる。


 今まで、僕はこの世界がゲームの世界だと「たかが」という言葉で無理矢理何でも納得していたのだと思う。それにはこの身体もその原因の一つだと思う。兵器の僕は五感はあるが、痛みを知らない、苦しさを知らないそれらをこの身体は理解できない。だから、その理解の無さが現実感を無くしていたのかもしれない。


 生きているんだ。そうだ生きているんだ。今まであってきた人々も、あの人たちは心無きエキストラじゃない、1人1人生きているんだ。


 そう思うと今までの自分の目的が馬鹿らしく思えてきた。何が転生者を手助けをするだ、そんなのまるでおべっか使って面接するような無意味な事じゃないか。


 他人を助けるなんて未だに主人公が持っている人格者のものまねなんて、誰が望んでいる?そんなこと前世ではやってないどころかやろうと考えたこともなかったのに…


 目的がなかったら、生きていていけないとは決まっていないだろう。


 (あぁ、ナイアスはそういうことを前世でもこの世界でも違う世界でも同じ経験をして同じ答えを出したから、あんな事を言えたのか)


 そんな親御目線で見てしまう。


 今でも、僕があの時、一足先にエルフの里を見つけていればと思ったことは何回かある。そうしたら今も彼女は幸せに暮らしていたのではないかと呑気な事を考えるが、今ではそれもただの自己満足なきれいごとだ。


 今迄の出来事と共存と決別の二択で彼女は二回も決別している。ならば僕も決別を選ぼう。決別は今までの事を捨てる訳ではない。糧として前を向く為に必要な事だ、それに、気づかせようとしたのかそうでないのかはともかく、それに気づけたきっかけを作ってくれたのは彼女自身だ。


 身体が軽くなり、その場からスッと立ち上がり大浴場に向かう。


 (しかし、こんな大豪邸をハウスシェアするなんて、随分とこの国の王様は太っ腹だな、僕の故郷も同じ様な人だったら、わざわざ旅に出ようともしないで永住してもよかったのに………いや、それは無いな、勇者として多少強引にでも貴族以上の権力を無理矢理与えられて道具のように扱われるのは頭を回す必要もないくらい予想どころか予言出来る。人間を理解したのだから)


 View Change ナイアス


 大浴場の扉を開くとそこはガラガラで貸切状態だった、少し泳いでもいいかなと思いつつも、張ってあるお湯を手桶を使い身体にかけて温度に慣らす。


 チャプと水音を小さく鳴らして、ゆっくりと湯船につかる。少し熱めのお湯がじんわりと身体に染み込んで気の抜いた声が勝手に出てしまう。


 (こう言う声が出ると年寄りくさいなんて思われるけど、それは間違いだよな。こう言う温泉は昔から変わらない以上古いも新しいも無いから老若男女問わず同じリアクションを取るのは当たり前のことなんだよな)


 他に誰もいないからと言って独り言を言うことはせずに、しかし何かを考えようとしてすぐに諦めてゆったりとした時間を過ごすうちに、うつらうつらと頭を揺らす。


 するといきなり脱衣所の扉が開く音にびくりと身体を震わせる。そこには身体年齢がおよそ同じくらいの女性が立っていた。彼女はそこにオレがいる事に少し驚きたじろぐがすぐにお構いなしというように真顔になって同じ湯船に手桶をつけて身体にバシャバシャと掛ける。


 足元、腹部、肩、頭の順で4回に分けてお湯を掛けて、湯船につかる。少し、気を利かせるように、中央から離れて端の方へ動くと女性はわざわざ自分の隣に座ってくる。


 「こんばんは」


 「ご、ごごご、ごきげんよう…です」


 いきなりのあいさつにどう返したらいいのか分からずにお嬢様のような言い方をしてしまう。それを見てクスクスと笑いながら続ける。


 「ごめんなさい、急に話しかけたりしてまさかこんな時間に他にもお風呂に入ろうとしている人がいるなんて、思いもしないで」


 彼女は特に何の警戒もなくベラベラと話してまるで親しい友人にでも話すように聞いてもいない事を語る。どうやら彼女は最近この地へやってきたばかりで元は雪国出身の冒険者らしい。


 雪国で過ごしているからか、こういう温かいお湯につかるという習慣が少なくてそれを独り占めしたいから人が少ない時間をチェックして入ろうとしていたらしい。


 そして、丁度オレがいたからびっくりしたということだ。


 「へぇ、冒険者さんなんですね」


 「そうなんですよ、ここの冒険者さんはとてもいい人たちで前のところとはまるで違うんです、もう天国と地獄だと思うほど」


 「へぇ、そこまで酷い所からわざわざこんなところまで来るなんてお一人でつらかったでしょう」


 そう言うと彼女は今度はクスクスではなく茶目っ気な笑顔で「アハハ」と笑う。


 「一人じゃないんだ。もう一人薬師の幼馴染と来たんだよ、男の人なんだけどとっても可愛い人なんだよ」


 「へぇ、薬師…」


 森で暮らしていた頃、色んな薬草を調べていた事もあり少しだが薬学には詳しいため馴染み深さを感じて少し興味がわく。


 「その人の事、詳しいんですか」


 「そうですね…物心つく頃にはもう一緒にいましたから、誰よりも分かっているつもり…ですかね」


 「そう…いいな」


少しどころかとても羨ましいと同時に「つもり」という言葉に可哀想に思えてくる。しかし、当たり前だと妙に自分で納得してしまう。


 親の心、子知らずとは言うが子の心も親は知らないどころか誰も他人の心を読むことが出来ない。この世界ではそのようなことが出来るかもしれないが、それが出来るのはほんのごく一部だろう。


 だから、人の心を理解したくて言葉を交わすが、それが本心なのかと聞かれるとその答えが本当か噓なのかも分からない。


 「あなたはどうなの?」


 「ひゃい!?」


 心を読まれたようで素っ頓狂な声を上げてしまう。バシャリと水を跳ねさせて身を震わせる。


 「あぁあ、ごめんなさい普段の言葉遣いが敬語じゃなくってお友達とお話ししている事しか知らなくて、驚いちゃいました?」


 「い、いえ…大丈夫ですよ。どうぞ話しやすい言葉でどうぞ、無理して敬語を話す必要なんてありませんよ、相手に気を遣わせてしまうのも行き過ぎると迷惑でしょう。それで、どうとは?」


 「うん、えーっとね。君にはそう人いないの?お友達とか親友とか」


 彼女にそう言われて少し記憶を探る。エルフの里では誰とも友達というより家族のような関係だった。服が破れたら治してくれたり、怪我をしたら手当てしてくれたり、友達にしてもらえるというよりも家族がしてくれる事ばかりだから、思い返せば返すほど友達といえる人はいない。


 だとすると「友達」といえる人は今…


 「いません…そういう人は、ただ利害が一致して共に行動しているだけで友達という関係ではないです」


 そう、ただの利害関係だけ、オレが何処にも行けないからただのつきまといでそこら中を旅しているだけ、友達というわけではない。


 「じゃあ、その人の事どう思っているの?戦友?家族?恋人?パートナー?ファン?借金関係?」


 なんか最後物騒な単語が出てきた気がするけど、まぁ、気にしたらいけないだろう。


 「関係…利害で出来る関係…類友…というには違うし、旅仲間…も違うか…うーんと、えーっとぉ……」


 思い返すとそんなに関係を持つのはなかったような気がする。某人参似生物のようにあなただけについていく事しかしなかった。運ぶ戦う増える事も食べられる事も…いや、猛獣に食べられかけた事はあったけど…そもそも、エルフって美味しいのかな?魔物や鳩に何回も攻撃されて後ろに下がっていてもまるで囮のように集中攻撃受けそうな場面しかなかったし…


 「恩人…」


 「ん?」


 「恩人…かな?」


 恩を返さなければいけない事が沢山ある。命の恩もあれば旅費も出してくれたし、ご飯も作ってくれる。魔物と戦ってくれるし、魔法で守ってくれる。


 恩を返さなければいけないとは思いつつも今まで一人で何かをするには言われなきゃ出来なかった。前世ではただ怠惰に生きてきて、気が済むまでやりたい事をやってた。だから、目先の欲望に一直線に向かうだけで、しなければならない事を一切しなかった。


 「…あの、話を変えますけこの国で強い人…あぁ、人じゃないかも知れないけど、そういう強大な力を持っているのって、知ってます?」


 「強い力?…というとやっぱりギルドマスターと指南様かな?噂ではこの国を支える柱となる数人のうちの2人がギルドの職員をしているって」


 「噂…その柱が強いと?」


 「どうだろう?一番強いのはやっぱり王様じゃないかな?それ以外にも将来が楽しみって言う子供たちもいるし、上げ続けたらキリがないかも」


 彼女はふぅ、と息を吐くと洗面台で身体を洗おうとタオルで優しく肌を撫でてボディソープを肌に塗りながら言う。


 「この国は成長を続けるのがどの国よりも秀でていてね、強い人達は多くいるみたいだよ。それに、惹かれてここに移住して冒険者として名をあげるのを目的とした人もいるし、このシェアハウスにもそれに惹かれた人もいるんじゃない?みんな優しいし私はそれが楽しいからね」


 シャワーの音を聞きながら湯船に映る自分を見ながら、声に耳を傾ける。


 (こんなこと、誰にでもできるのに…)


 さっきの話で少しでも恩を返そうと情報を聞いて共有しようとするが、それは誰にでもできる事を重要な情報であろうとそれを入手するのが出来ても褒められる事じゃない。


 ザバリと勢い良く立ち上がり、彼女の隣で髪を濡らして横に備えてあるシャンプーで髪を洗う。手で髪を撫でるとすぐに泡立ち初めて長い髪が泡に隠れる。


 「すごーい、もこもこだよ!どうやったらそうなるの?」


 「いいものを使っているからじゃない?」


 「これ?同じもののようだけど、そんなに高くないよ?安くもないけど市販のやつだし…謙遜は過ぎると嫌みになるよ」


 「そう言われましても…そんなに髪質に問題とかも無いと思うし」


 髪を触っていると、横から刺さるような視線を感じる。それはもちろん彼女のものだが、その視線は髪ではなく身体、主に胸部から腰に向けてジロジロ見ている。


 「…髪はともかく……湯船に浸かってるときは湯気で見えにくかったけど、何というパーフェクトボディ…一体何を食べたら同性も異性も悩殺出来る身体に…」


 「ちょっ!・どこを見ているの!?あっ、コラッ!触らないで!本当にダメだから!ひうっ!?み、耳を触らないでっあっ!甘嚙みもダメェっ!!おいコラ!てめぇ!!マジでそれ止めろ!!聞いてんのか!やめろっつってんだろ!!くすぐってぇってかこしょばい……あっ、あっあぁっ!」


 その後、押し倒されて身体中を触られて抵抗する気力は徐々に失われて最後は天井を仰ぎ見ながら、四つん這いで足をガクガク震わせて、逃げるように風呂を上がった。


 「ごめんってば~」


 「…うるさい……触んな……」

次回9月末予定

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