第十八部 二章 無二の…
7月21日
View リラ
今日は待ちに待った海水浴の日、4人で日程を合わすとなると中々難しいもので決めた日から約3週間もかかってしまった。俺の場合は大会議で縁談が殺到してそのお断りにウンザリしていたから一日でも早くこの日を待ちわびていた。
そして、今目の前にあるのは白い砂浜と青い空、照り付ける太陽とそれを受けて煌めく大きな海、そして、何故か設置されている海の家とバーベキューセット。
うん、詳しく言うとご飯の事を全く話していたかったから各々全員が持ってきてしまった結果なのだけど、打ち合わせは見返してみるとめっちゃザックリとしたものだった。
慰安目的として、計画したというのもあるけれどそれだけならともかく、こっちで色々と浮き輪やバナナボートを用意すると基本的な事もなくプライベートビーチだけを手配と思われたらしく、それ以外を数日前から大急ぎで用意したという。
因みに海の家は千麟家のメイドという名の鳶職人がバーベキューセットはハーン家が食材はオーガスタ家が持ってきた。その役割分担は連絡を取り合い決めたようだが、その報告が俺に届いてなかった。
(せっかくキッチンを借りていくつか作ってきたのに)
そう思って、砂が入らないように布に包まれたバスケットを海の家の簡素テーブルの上に置く。中にはサンドイッチと揚げ物にスナック菓子、簡単に作れるやつパッと思いついたのを一通り持って来た。
(レイラの相談になって少しだけ興味を持ったというのもあるけれど、味見して比較して…まぁ、察するまでもないけれど割と上手くできたからみんなに食べてほしかったな)
それだけなら、まだまだ精神的に余裕があったが、それも始まる前にすり減りそうな感じが目の前、いや、背後にある。
千麟家の方々と使用人がくわっ!と眼を見開いてこちらを見ている。正確には美奈を見ているのが分かるがそれに鳥肌を立てているのに気付いていないのか瞬きすら最小限でガン見し続けている。
そして、ハーン家の人々は何故タイヤを大量に持ってきているのだろうか?太陽がそっち側に傾いたら砂浜の5分の1が埋まりそうなんだが。
唯一まともなのが、俺とレイラなんだが、その頼みの綱とも言えるレイラが足ガタガタさせてまるで生まれたての小鹿か正座し過ぎて足がしびれて姿勢すら崩すのが困難になった人みたいに怯えた目で両腕で肩を抑えている。
海賊騒ぎから色々と過保護になった家庭が多いとは噂で聞いていたが被害にあった家庭はどうもそれが過ぎてしまったらしい。俺も逆の立場だったら少しやり過ぎかな?と思うほどの予防はするが、これはブレーキを入れずにアクセルを2速3速と勢いよく踏み込んだ結果自分でもブレーキが利かなくなって風になってしまったパターンだ。
まぁ、万が一のために持って来た胃薬は無駄にならずに済んだ…本当は頼らない事態が正しいんだろうけれど、最悪の状況を予想するというアリアさんの助言は間違っていなかったことが証明された。
遊び道具も海の家の隣りに多く、用意されている。開くと水鉄砲にイルカボート、シャチ、バナナ、スイカカラーの同型ボートも砂浜で遊ぶ用にシャベルやバケツもある。安全面を考慮してか救命用具もキチンと整理されている。
(新しく作ったから、電気も明るいしホコリもかぶっていない…勝手とはいえ用意してくれたのは正解だったのかも)
「リ、リラ…泳がないの…?」
「ん?何かないかなと思って…レイラも何か使う?と言ってもそれじゃ、出来ないけどね」
レイラは水着を着ているけれど上に肌着を羽織っている、もこもこの裾があるからそんな状態で水遊びをしたらぐしょぐしょになってしまう。
倉庫に再び眼を通して、とりあえずレイラと持てるだけ持って海に行く。目前でレイラが妹のエイラちゃんに肌着を剝がれてそれをアリアさんに向かって投げたのが端に映ったけれど…まぁ、いちいちそんなことに気にしていたらキリがない。
~海の家~
View リエラ
「お姉ちゃんたち楽しそう…」
「あのぅ…神獣様?」
呟いた時に申し訳なさそうに声を掛けられる。顔を向けるとそこにはアロハシャツを来た女性が立っている。どことなく美奈姉さんと似ているから母娘かと思う。
「…どうも、リラの妹分のリエラです。神獣様なんて気を使わなくていい、です」
「あはは、ごめんなさい。神獣様は昔からありがたい存在として幼少期から習っていて気難しいものと思っていて文献で見た神獣様とはリエラ様と似ても似つかない部分が多くて」
「本や口伝での言い伝えなんてそんなものだと思います。どうですか?本当の神獣を見た感想は」
「私が見た絵本では神獣様は善人には祝福を、悪人には天罰を天候を操り与えると書いていました。でもリエラ様には天候を操る力があるとは思えなくて、それに絵本に描かれていたイラストとも似つかわしくなくって」
神獣にはフェンリルの他にも存在する。有名どころで言えば「ヨルムンガンド」に「ヘル」が挙げられる。私含むこの三体は兄弟姉妹として描かれているがそれは神祖の存在のみで実際、今までの記憶を必死に思い出しても他の二体の記憶もないし、同じか分からないけれど、絵本を読むまで同じ神獣が複数存在することも知らなかった。
「ところで、お姉ちゃんと遊ばなくていいんですか?溺れちゃうかもしれないのに…」
「美奈ちゃんの事?確かに心配だけど、夫が目を光らせているし非力な女性より体力や力がある男性の方が安心できるでしょ」
そう言って立ち上がった時に絶対に一般的ではない腹筋が見えたが…これはあれだ、フリ的なやつだと思うそれを体一つで体現しているんだ。
海の家には他の人たちもいるが、海にはお姉ちゃんを囲むように目を光らせて監視したり、混ざって遊んだり、フリースタイルで遊んでいる。遠くで男の人がロープで体とタイヤで繋いで走っているけれど…あれも遊びかな?私は少し臭いがキツくてあまり近づきたくない。
「なあ、ここらで手頃な釣り場はないだろうか、見守りたいのは山々だが、何もしないのも少し手持ち無沙汰でな…」
「それなら、少々プライベートビーチから外れてしまいますが、南方面にスポットがありますよ、釣り道具は用意してませんので、少しお待ち頂ければ持ってきますが」
「いやいや、個人的に持って来たよ。愛用のルアーがないとモチベーションが上がらなくてね」
「それではご案内しましょうか」
View アイシャ
砂浜から徐々に軽く走って海の目の前に来た時には全力疾走の速度で飛び込む勢いで跳躍する。しかし、水飛沫をあげるかと思った人たちの予想を上回り水面を蹴って、水切りのように三段跳びしてバッシャァァァンと一際大きな水飛沫を上げて入水する。
ゴボゴボと小さな泡が顔を通り過ぎて水面に上がるのと逆に水をかき分けて水底に向かう。
(この身体で唯一調べていなかった肺活量、こんな形で調べることが出来るなんてな、本当は謝ってから遊ぼうと思っていたがママが「それでしんみりしちゃって~楽しめなかったら用意してくれたリラ姫に~失礼じゃない~?謝るのは私が~後押しするから~それまで待ってね~」って言ってたから羽目を外して今は頭からその考えを無くそう)
水中には小さな魚が沈んでいる何かの瓦礫を住処にしているのかそこから顔を覗かせて近づくと我先にと奥に隠れてしまう。
その近くにある岩肌は大の大人でも足がつかないほどの深さだ。でももし足がついても切り傷が出来る心配がないくらいスベスベな岩だ。
(どことなく墓石っぽいけど…まさか)
石にはまったくと言っていい程、詳しくないためすぐに興味を無くして、それと同時に息が苦しくなって水面に上がる。時間を計っていたわけではないが体感では30秒弱程度だろう。5歳にしてはまぁまぁと言ったところだと思う。
しかし、潜ったところからは10メートル以上も離れていたため水中での身体能力は中々いい方だと思う。
砂浜に上がると美奈がキョロキョロと戸惑ったように辺りを見渡している。
「どうしたんだ、美奈」
「アイシャ、ねぇねぇ疲れてない?さっきまで遊んでたメイド達やアイシャの家の人たちが急にバテちゃって、遊んでくれる人がいなくて困ってたんだ」
その言葉を聞いて(あぁ、これママが手を回したんだ)と思った。謝る機会を作ってくれたんだろう。機をきかせているのがバレバレでちらりと視線を送るとまだまだ有り余っている体力を感じる。
気孔を使えるからかはたまた身体を毎日動かしているからか、本当に疲れているのかどうかが理解できる。
(でも、謝るにしてもなんにしても、関係ない人を巻き込んでムードを壊すようなことは絶対にしない。それはストアドシリーズでは当たり前の様でかっこかわいい要素の1つだ)
「美奈、海もいいけれど少し浜辺を歩こうか」
「う、うん」
普段自分から提案しているから、少し戸惑っているようにしている。それに可愛いと思いながらも少々強引に手をつないで人がいない所に行く。
「日差しが熱いな」
「アイシャは日焼け止め塗ってる?」
「塗ったけど、海でほとんど流された。美奈もそうじゃないのか」
「塗るタイプだけじゃなくて飲むタイプのものあるよ。効果としては塗る方がいいんだけど、サンオイルとかそんな感じ」
「あれ?サンオイルって肌を焼くのを促進するやつじゃないのか?」
「よく勘違いされるんだけど、逆に日焼け止めと同じだよ。オイルだからあまり水で流されにくいし敢えて日焼けするようにしなければ白い肌のままでいられるよ」
他愛ない話しをしてどうにか謝罪の言葉を伝えたいが、どうもその言葉を伝えるのが怖い。
もしこの謝罪を受け入れて貰えなかったら、目の前のこの笑顔が貼り付けたもので剝がした先に怒りではなく恐怖の表情があったらと思うと、それは怒られるよりも悲しくて何とも言えない友達としての縁を切ってしまいたいほどに、俺は理解していると思い込んでいる自惚れ野郎だと思うと足が震える。
なんとか口を動かして吐いた言葉はそれとは全く関係ない世間話、言いたいことはこんなのじゃないと自分に言い聞かせて伝えたい言葉を何度も頭の中で繰り返すがそれを口に出そうとすると「恐怖」が「勇気」に勝ってしまう。
せっかく機会をくれたのに、伝えなくちゃいけないのに、謝罪の言葉はいくつもあるのに。
声が出せない、口が動かせない、陳腐な言葉しか浮かんでこない。
今、俺はどんな顔をしているのだろう。いろんな感情が頭に駆け巡るがそれを貼り付けた笑顔で隠せているのだろうか、謝罪する時にするのはこんな笑顔じゃない。キチンと反省した顔で、心の底から心配した顔で言わなきゃいけない言葉を振り絞って恐怖を心の隅に追いやって言うんだ。
ここで言えなければ、この先俺は一生後悔して今後一切受け入れて貰えないかもしれない。心も声も恐怖に変わってしまう前に今、この瞬間に言うんだ。俺としてアイシャとしてでも五十嵐響也としてでもなく、目の前の少女 千麟美奈の友達として失うのが怖い臆病者として
「ご、ごめんなさいっ!!」
View Change 美奈
アイシャの口から謝罪が出た。その理由は分かってはいたけれど、その言葉は友達として接していた俺にとっては驚いて思わず一歩後ずさりした。
「お、俺、友達なのにあの時傍にいてやれなくて…あの時、一緒に居たら攫われずに済んだ、かも…知れないのに…お、おれ、は……」
俯いた顔からはぽたぽたと水滴が砂に落ちていく。震えた手がアイシャの感情を伝えてくれる。
悔しさが大きいのだろう。あの時ああしていれば…と思うのは誰もが思う事だけど、その後悔は思った時にはもうどうしようもない。それが悪意によった行動としても良かれと思ってした事だとしてもその謝罪を口に出すと感情を抑えられなくて涙となって感情を噴出させる。
でも、俺が欲しいのは謝罪の言葉じゃない。あの時には既に謝罪の言葉は貰っていたのだから、他に何を望むというのだろう?
今、欲しいのは目の前の無垢な少女の、その謝罪を受け止める為の言葉だ。「大丈夫だよ」「怒っているよ」「こちらこそごめんね」なんて答えたらいいのか分からない。
この謝罪でアイシャの望んでいる言葉をかけてあげたい、でも、その言葉が何なのか分からない。
そうだ、知らないんだ。友達だからと言って全てを理解する必要なんてないというわけじゃない。むしろ友達だから全てを理解しなければいけないんだ。それをしていないんだ。俺もアイシャもレイラにリラもここはゲームの世界だけどちゃんと生きている感情がある。
今まで理解をしようとしている努力をしていなかったんだ。そう思うとその悔しさがこみ上げてくる。
色々知っているつもりでも知らないことが結構ある。そもそも精神が男だから異性の事を詮索するとセクハラ行為をしているみたいでストッパーがかかって女の子同士の会話ではなくブログや大多数に向けて呟くような話題に変えて人個人の話題なんてそんなことを話すつもりもなかった。
何でも知りたいとは思うけど、それを知ってしまうのは少し怖い気がする。知らない時には戻れない、でも知ったからこそできる事もある。
今は、何も知らないこの子の謝罪に対して表現できない恐怖を感じている。
「…アイシャちゃんが落ち込んでいると私もさみしいよ」
俺の口から出た言葉は自分でも考えた事がない言葉だった。そう言った後アイシャの手を取って力強く握った。その時、自分の頬を伝う水滴に気がついた。
アイシャは頭を上げて驚いた顔をしている。俺が涙を流している事に驚いたのかもしれない。ただ、俺の表情はかたく固定されていたような真顔でただ目から涙をつーっと流しているだけだった。
「だから、笑って…あの時アイシャちゃんが私を助けに来てくれた時、嬉しかったんだよ?それがさ、落ち込ませる事になったのはとても寂しいんだ」
まるで決まっていたように言葉が紡がれる。涙は流れていても声は震えることが無ければ高低差があるわけでもない。まるで物語の語り手か詩を語るように言っていた。
アイシャはこの言葉に「うん、うん」と泣きじゃくりながら、ただ涙を流しながら聞いていた。
「ねぇ、私のお願いを聞いてほしい……私はアイシャの事を知りたい始めてあった時から色々と仲良くしてくれたアイシャが好き、レイラもリラも好き、だからそんなみんなの事を知りたい………私の強欲な我儘を一番の親友であるアイシャに叶えてほしい。私のお願い、叶えてくれますか?」
そう言った後、自分の涙はピタリと止まった。
「ぼ…僕の……俺のお願いは美奈の事をもっと知りたい、好きなもの、好きな食べ物、嬉しいことに悲しいこと、秘密にしている事も全部知りたい。だから、一番の親友でいて欲しい、困った時に頼ってほしい、困っている時に頼らせてほしい………俺の自分勝手で迷惑な我儘を世界で一番信用している美奈に叶えてほしい。美奈、俺のお願い、叶えてくれますか?」
その言葉を聞くとまた、涙目になってすぐにこらえることが出来なくなる。
2人で抱き合いながら涙を流し声を上げて泣く、謝罪を受け取ることが出来なくてもいい。言葉も必要ない。だって、これからも時間はあるんだ。何度も伝えたらいい何度も謝ればいい。何でも打ち明けたらいい。
それが…無二の友人としての約束を交わしたのなら―
次回7月中旬予定




