第二部 三章 面倒な依頼
今、わたくし、五十嵐響也こと、レイラ・オーガスタ・キャロルは一つの修羅場に居合わせている。
目の前には、正座に石抱をさせられた父、尖った杖を床に突き立て、見せしめと言わんばかりにミシミシと深く、更に深くと杖を床に突き刺していく母。
「どういうこと?行けなくなったって…」
鬼すら裸足で逃げ出すような言葉だけで全身を串刺しにされたような錯覚に陥ったように思える言葉には物理的な、重さがあった。
この状況を説明するには父親のある日の出来事を含めて説明しないといけない。
View Change ゲンブ
まさか、予定がバッティングしていたとは…毎日、新人たちをしごいて時間の感覚を忘れていたツケがこんな時に回ってくるとは…!
数日前 ギルド応接室
「意味不明な依頼があるというので、見てみたが、ふむ…誰が見ても受けたがらない訳だ」
その依頼は、依頼主の息子に、冒険者としての基礎と修行をつけてくれ、という内容だ。普段なら、そのような事は直接ギルドに来て鍛錬などをつけるのは俺の役目だ、しかし、今回のこの依頼の詳細を見ると、流石に出来ない依頼だ。
依頼主の息子はなんと七歳、父親は、何と、齢七歳という幼子に冒険者がやるような修行を付けてくれというのだ。
ギルドの依頼では、それぞれの依頼の内容、指定場所の危険度、採取又は討伐(例外として緊急)などの詳細を、確認の上、受けるか否かを判断するようになっている。
故にこの依頼は依頼自体が意味不明なのだ。
その為に、今回は依頼主とその息子を呼び出して、もう少し詳しい説明や、その依頼を出した理由を聞こうと現在この応接室で、待っているわけだが…
「遅いな…五分以上も経っているぞ」
迷惑な依頼の対応も俺の修行を待っている新人もいる。休みなんてほぼ取れない身としてはたった五分は無駄に出来ない時間なのだ。
そして、連絡を再度取ろうとしてスマホを取り出した時、コンコンッとノックの音が聞こえ、それに続き、声が発せられる。
「すいません、遅れました、D‐23の依頼を頼んだ者です」
やっと来たか、7分の遅れギルドの関係者を何だと思っているのだ。こっちは働きづめで疲労が取れないというのに、貴重な時間まで無駄に費やすなど…!
「どうぞ、鍵は掛かっていないのでどうぞ、お入りください」
相手は客人、こちらは詳しい話を伺う立場、文句を言いたくても、今は遅れた時間を取り戻すためにも、簡潔に、迅速に話を進めるため、余計な話を一切せずに、終わらすそれだけを考えろ。
ドアが開かれ入ってきたのはそれなりに身なりが整った下級の貴族だろうか、高くもなく安くもないようなシャツを着た、やや細身の男性とパーカーを被った少年、背丈は七歳にしては平均より少し高いくらいだろう。
「どうぞ、おかけになってください」
男性はおずおずと失礼しますと言った後、椅子に座り息子にも椅子に座るように促し、少年も小さくお辞儀をすると、椅子に座る。
「さて、早速本題に入らせていただきたいのですが、この依頼、あまりにもこの様な場所、ましてや冒険者が集まるギルドで出す依頼ではありません、冒険者修行はこんなところでなくとも、出来るでしょう、しかしこの依頼状の詳細お隣の息子さんは七歳と書かれております。
ご存知かもしれませんが、冒険者登録は16歳、その半分にも満たない歳の子供に修行をつける、なんて、誰もやりたがらない。
あなた方は知らないと思いますが、冒険者は小さなミスで命を落とすかもしれない職業、その為、パーティーを組む、修行をする。いかなる時も慎重になどといった当たり前のように聞こえる心得に重みを感じて、やっているのです。
この依頼は折角頼ってもらえるのはギルドとしても、嬉しい限りですが、詳細にこのような穴だらけの言葉をいくつも書かれていては我々としてもそれなりの対応を取らなくてはならなくて…」
べらべらと正論を押しつけて、遠回しに、その依頼は取り消しにしてもらいますと言いたいのだが依頼主は自分の息子は冒険者に引けを取らない強さを持っている、備わっているの一点張りで、最終的にこれ以上の時間はかけられないと、焦り、折れてしまい片手間に教える程度でよければ、という条件付きで、受けることになってしまった。その結果…
「で?その日が、お茶会の日と気付かずに予定を入れてしまったと?」
「……」
アリアは火を灯したような目で、ジッといつでも殺せるような目でガンを飛ばしてくる。
View Change レイラ
「で、でも、悪気があったわけじゃないんでしょ?仕事を全うしたからこんなことになっちゃっただけで…」
「同伴者は必ず必要だし、もし、同伴者無しで参加者が怪我を負ったことになると何も責任を取ってくれないのよ?レイラ、あなたはそれでいいかもしれないけれど、私はそうではないの、あなたをギルドマスターとしてではなく私たちの宝物…いえ物ではないわ、[女神]としてあなたを失うわけにはいかないの…!」
助け舟を出そうとしても正論で黙らせられてしまう。というか、女神?今までのシリーズって親キャラはこんなに過保護だったかなぁ?
「お茶会まで、後、5日なのよ?こんな短期間で予定が狂うと何もできないのが現状なのよ。ギルドマスターの仕事を放ってしまうと、更にヤバいことになるし、この時期は仕事が次々と舞い込んでくる時期なの、分かる?」
ぐうの音も出ないようで黙り込んでしまう。
「…ねぇ、一つ聞きたいんだけど、その七歳の男の子ってどんな感じの子?」
話を一緒に聞いていたエイラがゲンブに聞く。
「えっと、黒髪で男にしては長髪だったかな、佇まいとしては凛としたイメージがあったが、特に模擬戦をしても、運や、利がすべて上手くいっても中級だろう」
ギルドの階級にはそれぞれ、様々な階級が存在する。ギルドの冒険者は所属ギルドのマークが入った小型のエンブレムが支給される。
エンブレムの素材や、色によって冒険者の強さや、ランクが分かるという仕組みだ。初心者が集まりやすい、中級者向けでも、パーティーの総合力的に新米冒険者でもクリアできる、などと判断しやすいため、重宝されているギルドの仕組みだ。
「中級って言っても、ルーキーのウッドエンブレムのでしょう?七歳なら、猛特訓してもストーンのFが限界じゃないの?粗削りなら中級のC+までも行かないと思うし」
「えっ?」
「おねぇちゃんの言う通りだよ、ウッドエンブレム、ストーン、アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤ、オリハルコン、さらに、それぞれにウッドエンブレムからアイアンにはF~A、ブロンズからプラチナにはSランクが追加されてオリハルコンにはSSも追加される。わざわざそんな子を指導する必要あるの?」
二人から、その言葉を聞いた二人が目を丸くしている。
「エイラ、レイラも、何時そんなことを知ったんだい?レイラは尚更だ記憶を失っているなら、そんなことを知っているのはおかしい…」
あっ、しまった!墓穴掘った!!
「えっと、いや、ほら、記憶が無くなったと言っても知識は残っているというか、記憶が無いと言っても歩き方や、会話の意味も分からないというわけでもないし、頭の片隅にでも知識があったんじゃない?」
「ふーん、そういうもの…なのか?」
とりあえず、話を戻さなくては、これ以上話がこじれてもズルズルと時間が過ぎていくだけだ。
「でも、それってわざわざお父さんがやらなくちゃいけないモノなの?他の冒険者も手が空いている人もいるんじゃないの?」
「さっきも言ったんだが、誰も受けたがらないんだ。ギルドの依頼には種類がある、先程、触り程度に話したが、これはどの分類にも当てはまらない、このような依頼はギルド関係者がそれ相応の対応と処理をしなくてはいけないんだ」
「それを、この人は自分の娘よりもそっちの方で忘れたという理由で大変なことを軽々と引き受けたのよ、それをどう落とし前をつけてくれるのかしら?」
アリアの顔が般若となまはげがプラスどころか掛け算したような顔になっている。
「…ねぇ、この七歳のお兄ちゃんさ、おねぇちゃんと模擬戦させてみたら?今からでも」
エイラのあり得ない発言にその場の空気が凍り付く。
「な、なにを言うんだエイラ、レイラはお茶会に行くんだぞ、それをキズものにするなんて…」
「そうよ、そもそも、レイラは剣術どころか、武器もまともに持ったこともないのよ!勝てるわけないし、させたくないわ!」
「よく考えて、お母さん、お父さん、このお兄ちゃんそんなに強くはないって言っていたよね、新米冒険者指南役のお父さんが修行つけるっていうのはさ、誰にでも耐えられるってわけじゃないでしょう?
この前お母さんがギルドマスターになった後の話を聞いたんだけれど、当初はお父さんの修行が厳しくて、ついていくのがあまりいなかったらしいじゃない、今は教えるのが上手くなったし、ついていく人が増えたけれど、その過去が消えたわけじゃない。
お父さんの武勇もあるわけだし、お父さんの腕なら、今日一日でもおねぇちゃんに修行を付けて、そのお兄ちゃんをボッコボコにやっつけるの!
理由としては…そうね、俺の修行は厳しすぎる、お前がそれを受けるに値するか、俺の娘に勝ってみろ、そうしたら少しは世話をしてやるっていうのはどう?」
「「「な、なるほど…」」」
三人で、部屋の隅でひそひそと話し合う。
「ねぇ、エイラってすごい頭よくない?私が戦うっていうのが、少し思慮に欠けるとは思うけれど」
「それだけじゃなく、俺が修行を付けるとカバーする発言、自分の娘ながら思うのだが、本当に三歳児か?」
「でも、言っている事には的を得ているわ、こんなこと、冷静に分析して尚且つポジティブさが無ければ出来ない発言、一体、どのような事を考えてあんな発言をしたのかしら…」
三歳児ならあんな長い発言、少し回りくどいような気はするけれど、理由を先に話すことでスムーズに話すことはできる。後5日という短い期間でも、余裕が出来るような案、とてもじゃないけれど、真似できるものじゃない。
三人でしばらく、話してその結果満場一致で、エイラの案は採用された。
「じゃあ、早速準備しないとねっ!」
アリアがそう言うと家の中をバタバタと駆け出していく。
しばらくして、持ってきたのはメジャーなどの採寸道具、手慣れた手次で胴囲や胸囲を図っていく。
「首回りはこうで…胴囲…意外と細いわね…胸囲は…年齢的には平均より少し大きいくらいね…これくらいなら、確か冒険者時代に使っていたのが合うかも、長さは後でカットするとして…」
「流石に庭で修行するわけにはいかないな、狭すぎる、だからと言って、ギルドに連れていくわけには…そうだ、昔、母さんと剣を交えたあの丘、今では立ち入る人もいないだろう」
二人がやる気なのはいいけれど、レイラは補助魔法強化型、自分だけでなく、他人も強化するというタイプなんだけど、相手が、防御力貫通とか、ダウン系の術持っていたらどっかかが尽きるかの消耗戦なんだよな。
そして、午前零時
「はぁ、はぁ、はぁ、」
「よく頑張った!レイラ、あれだけの事をすぐに吸収するなんて、今までの奴らでもこんなに早くできたのはいないぞ、うむ、レベルも上がっているな、練習期間が、今日だけというのが心もとないが、レイラは天才だ、今日は疲れただろう、帰りはおぶってやろう、さあ、乗りなさい」
「ん、むぅ…すぅ…すぅ…」
「おやすみ、レイラ」
「中々、すごい才能だったみたいじゃない」
「あぁ、筋力や、俊敏は子供のそれだが、剣技などの技の学習力は桁違いだろう、劣らない部分はある物のそれは訓練次第で伸びる者ばかりだ。
まったく、エイラの知力には驚かされるし、レイラの学習能力には驚かされた、今日は驚かされっぱなしの一日だったよ、まるで…」
「まるで、私たちが初めて会った時のように?」
「違いねぇ、わっはっは!」
「レイラが起きちゃうわ、それと、まだあのことには怒っているから、負けても勝ってもその後にお仕置きはするから、覚悟しておいてね」
「お、お手柔らかに…」
「それじゃ、お仕置きにならないじゃない」
翌日、依頼主とゲンブとアリア立会人のもと、決闘という形で、勝負することになった。
「改めて、今回の試合のルールと取引の話を始める
まずは取引の話だ、今まで俺の修行は辛く、苦しい物だ、それに耐えられた者は少ない、それでも、受けようというのなら、我が娘、レイラ倒してみろ、もちろん、手加減なしでだ。かつて、オリハルコン級の俺たちの娘だ、そう簡単に倒せるものじゃない。
もし、倒すことが出来たら、あの依頼はこの俺、ゲンブ・オーガスタ・キャロルが受けてやる、だが、そちらが負けた場合は修行すらままならないと判断し依頼を破棄する異論は認めぬ」
依頼主の額に汗が流れる。
「次はルールだ、互いに対戦者には防具が支給されているが、その防具はある程度ダメージを負うと壊れる、防具はそれぞれ、胴体、頭部、両手、両足の計六つ、その半数つまり先に三つ壊れた方の負けとする」
「では、私が、合図をさせていただきます。お互い、礼!」
すっと、お辞儀をする、相手の慎重さは約数十㎝彼から見て少々小さいだけの的だろう。
「では両者、互いに少し距離を取ってください」
互いに使用武器は刀、リーチは約50㎝重さはそれほどないので、問題なく振れる。
「では、始め!!」
「っ!」
相手が一気に距離を詰め、大きく剣を振るう。
(遅い)
ひらりと剣撃を躱す、相手は続けざまに剣撃を撃ち続けるが、掠りもしない。
大振りの攻撃を払い、反撃に出る、相手が防御態勢に入る前に懐に飛び込み、斬り上げる、と同時に姿勢を変えて二連撃、それだけでなく、瞬時に持ち方を変えて一撃、昨日、教えてもらった、基礎剣技、三連撃だ。
バキバキと胴防具が悲鳴を上げボロボロと足元に落ちる。
「~っ!!」
焦りを思ったのか、剣を思い切り振り回し、防戦に回る。
「三連撃、早速使ったか、あまり手の内を見せてはいけないがな、初見ではそんなに対応できるものでもないか」
「さり気にフェイントも合わせていたわね、会えて利き手を軽く添えて、剣の衝撃を受け止めながら、その衝撃で素早くカウンターを決めるなんて、一回二回練習しただけじゃ、身に付かない」
「全く、本当に将来が気になる娘だよ」
「っ…純平!!落ち着け!焦っては相手の思うつぼだぞっ!」
くっ、親がアドバイスに回ったか、特にルールには助言をしてはいけないとは言ってはいないし、妨害に回ったり、強引に参戦しない辺り、フェアではあるだろう。
しかし、こちらも、手を抜くつもりはない。
(過去作の見様見真似だが、使ってみるか)
息を強く吐いた後、精神を集中させ息を止める。相手の動きを予測して、剣を構える。
「究極奥義…一の太刀!!」
その名を口にすると同時に、相手は地面に大の字で倒れ防具は全て、壊れていた。
「ここまでね…勝負あり!勝者レイラ・オーガスタ・キャロル!!」
「お手合わせ、ありがとうございました」
「あ、あぁぁ…」
言葉が出ないのか、ただただ、悔しそうな顔と泣くのを堪えるような声を発するだけ、その声には何かに執着しているような心が読み取れた。
「…もう一度、手合わせをしたいのなら、一週間後、再戦を受けてあげる、その代わり…」
ゆっくりと歩み寄る。
「私が勝ったら、一つ言う事を何でも聞く事っていうのはどう?」
次回6月末予定