第十八部 三章 償いとして
6月29日
View アイシャ
「ふんフンフンフンフン……!」
「ヌン、うおおおぉぉぉぉ……!」
「セイッセイセイセイ……!」
それぞれの気合いの声が修練場に響き渡る。海賊の被害にあった美奈の事で我が家の全員がその非を受け謝罪した、しかし、あちらは非があるとは思っておらず責任を取る必要はないとまで言われた。
もちろんそんなことで納得するわけなく、自身で自身を許す為に必死で筋トレをしている。因みに今しているのは片手で腕立て伏せをしている。
一時間の間どれだけ多くの回数を出来るかという自身の限界挑戦というのもあるが、一番の目的は責任感を改めて理解してそれを保つ為に追い込んでいる。
俺も今必死に腕立てをしている。サラシを巻いて胸を圧迫しながら何度もペースを乱さずに何度も何度も、この腕立てで使用しているトレーニング器具は1つのみ、腕立てで腕を伸ばすと共にそれを察知して腕立て回数をカウントするカウンター機材。
「これくらいじゃ足りない!ジェシー、重石でも何でも持って来い!重いなら何でも構わん!」
「は~い」
唯一、筋トレしていないママが漬物石や本棚を背中に固定する。最後にパパの背中に乗ってパンパンと手を鳴らしてる。
「はい、頑張ってね~1、2 1、2」
「ぐ…おおっと……」
「ぬっ………」
「グギギ……」
重りに顔を歪めながらも俺含め執事も腕立てを止めない、最早限界を超えている状態で意地で動いている状態だ。
当たり前かもしれないが、俺もパパもランクも一切気孔術を使っていない。使うと疲労の回復も早まるのだがそれをしてしまっては自身を追い込むのに邪魔でしかなく、誰に禁止されるまでもなく自身でそう結論付けている。
まぁ、意地でやっている以上無意識に気孔を使ってしまうこともあるので互いに注意するために三人が向かい合うような位置でしているのだが。
既に汗で重くなった服を肌に張り付かせながらも一時も腕を休めない。まるで永久に終わらないかと思われるが、その時に壁に掛かっている時計から気の抜けた音が響き渡る。その直後全員電池が切れたように地面にうつ伏せで倒れる。しかし、すぐに立ち上がり、カウンターの回数をメモ帳に書き込む。
この筋トレを毎日やって既に一ヶ月、睡眠と5食の食事以外にはずっと筋トレしかしていない。それでもまだ満足できていないんだろう。それは俺も同じだ。美奈が攫われたと聞いた時も心配はしていなかったが、頭に美奈が泣く姿を思い浮かべては焦燥感に駆られた。
友達として責任を持ってお詫びを何回もする。それがただの自己満足だったとしても構わない。
現在の時刻は10時ブランチの時間だ。それぞれの時間で水分補給や休憩をはさむ。それぞれ一時間ごとに筋トレの種類は変える。8時と9時は片手の腕立て、他にもスクワットにハンドグリップ、ベンチプレスにランニングマシンどれも自身にあったものより一回りキツい難易度にしてある。
マシンを使う際、大体2倍程の難易度にしてあるが、俺たち三人は3~6倍に設定してある。
ブランチをしている際もそのメニューにも気を配っている。肉多めにタンパク質少なめの筋力極振りを現実にしたらこんな感じだろう的なものにしてある。
一時間筋トレをするという話だったが、厳密に言えば一時間ではない。トイレ休憩や水分補給の為に一時間ごとに10分の休憩が出来る。なので正確には50分の筋トレだ。
休憩している時に自分の筋トレ回数を見たりして対抗心を燃やしている人もいれば昨日の自分と比較して目を細めている人という風に色んな顔を浮かべている。
食事の時間は30分程度で終わる。食事を終えると運動着のまま修練場で次の筋トレに向けて場所取りにトレーニング機材に足を引っかけてしまわないように辺りの整理をする。
それぞれの準備が終わるころには丁度11時10分になる。秒針が12に到達すると、全員がスクワットを開始する。
ゆっくりと腰を降ろして空気椅子に思い切り腰を下ろした状態から立ち上がる。それも決まったポーズでバーベルを使用して行うため結構辛い。
「んっ…はぁ…んんっ…ふぅ…」
今使っているバーベルの重りは60㎏、成人なら大体50㎏を持ちあげてみたいと思う人が多いが5歳では重りなしどころかバーベルすら使わないのがいいだろう。
だが、今の俺はアイシャの身体、筋力は同年代の子供以上で体力も平均より一回りも二回りも上だろう。
(訓練に終わりはないとは言うが、やり過ぎもよくはないのは理解しているけど、どうしても張り切ってしまう。それはこの身体だからなのか、意識と無意識の両方で責任を取ろうとして無理にでも身体を動かしたいと強く思っている)
おそらくそれを思っているのは他の人も同じだろう。もしそう思ってなかったら筋トレ自体していないだろう。
まぁ、ママは筋トレというには不向きだし、何よりも料理を作ってくれているからそれで、キチンと俺たちに貢献していると言える。
(それにしても、筋トレを始めてから一人称が俺に寄りつつある。ちゃんと女の子みたいにしなさいって言われてるけど、どうも筋トレに熱が入りすぎて忘れがちになる)
そもそも筋トレをする理由って個人としては全く別の理由なんだよね。同じ考えの人が何人いるかは分からないけれど、美奈を守れなかった時点で友人としての面目丸つぶれだし、それを責め立てられたら言い返せないし言い返すつもりもない。
友人としての縁を切られても仕方ないと思うほどだったし、海賊を地獄に落としたとしても後悔した時点でどうにもならないのが現実の非情さと言える。
現時点でできることは筋トレに打ち込んで二度とこの様な事を起こさないように心身ともに研ぎ澄ませてステータス上昇に努めるだけ。
スピード、パワー、タフネス、トレーニングで上昇できるのはこの三つ、それにストアドの本編は小学生時代から、それまでにステータス上昇出来るのは大きなメリット、舐めプ出来るほど鍛えることも出来る。
(けれど、そう考えるのは俺が主人公だったらの話しなんだけどね。はぁ…どうして女に、それにこんな大きな胸のやつなんかに…)
正直な話この胸が一番厄介だ。前世では5歳でこの胸の大きさは病気かと疑うレベル、パパとママによると俺がこの身体に入る前に医者から診断受けたみたいだけれど、その結果は「異常なし」つまりこの胸は成長するべきして成長した結果だという。
いや本当になんで?と思ったわ、ママだって中学生の身長でバストがヤバいほど大きいのがコンプレックスだって言ってた。
思い返すと女になって戸惑った事が幾つかあった。まずは髭を剃る必要性がなくなったこと、俺は中学三年生の二学期には毎日髭を剃っていた。それから一日だってそれをサボった事がない。永久脱毛も考えたがそのお金は全部ゲームにつぎ込んだ。
毎日顎と鼻したと唇の周りを触っていたのもあり、転生したとしてもその癖は抜けなかった。それで、剃らなくてもいいと言う事実に違和感を覚えた。
元々毛深いというのもあったからそれが普通と思って剃り残したところがないかという事で顎に手を当てる癖が出来てしまった。大体そういう後から出来た癖というのは心に起因する事なので転生したとしても直らなかったのだろう。
だからといって女になった事が悪い事だとは思わない事もいくつかある。かっこかわいいに憧れるので女子になった影響で可愛いと何度も言われるのに少し複雑な心境になるが褒められているのは気分がいい。もちろん一番言われたい言葉は「かっこかわいい」なのだがそれでも愛されているという気分にさせる言葉というのは嬉しいものだ。
欲を言えば身長が欲しい。この前自販機でジュースを買おうとしたが指がボタンに全く届かず通りがかった人に助けてもらって後からとても恥ずかしかった。
ママの身長を考えて後20年以上も待たなければ自販機に悪戦苦闘する日々なのかと思うと頭を悩ませている。
その時、急にその考えから現実に引き戻すように時計から音楽が流れ出す。それにまた執事たちが深く息を吐き出しながら使用したバーベルを戻してママはそれらをウェットティッシュで丁寧に拭いている。
それを見てまだ少し余裕のあった執事は一言「手伝います」と言ってアルコール除菌をしたりしている。
最近のアイシャとしての毎日はこんな感じの繰り返しだ。体を動かすのが嫌いではないし、寧ろ身軽で前世では持ち上げることが出来なかったバーベルを持ち上げることが出来て子供の頃に抱いていた「強者」という憧れが叶ったような気がして少し気分がいい。
汗を流してそれを風呂で洗い流す快感もいいものだ。海賊騒ぎがあってそれを利用した気分が少しあるが、自身を鍛え直すと思っている人たちはこれを機に更に高みを目指すだろう。
さて、そろそろ休憩時間が終わる。その前にスポーツドリンクを一気飲みして次のトレーニングに備えなければ。
View Change リラ
「えっ?リエラの事について色々聞きたいんですか?」
『そうなの、急な話しで悪いとは分かっているわ、でも重要なことなの国の…いえ、ギルドの事を思って話してくれない?これはアリア・オーガスタ・キャロルとしてではなくギルドマスターとしてのお願い…お願いじゃな、いわ…』
「理由を話してください。お願いというわけでないとしても困っているなら力を貸したいと思います。わざわざ私に電話を掛けるという事はそれなりの事情があるのでしょう?それを聞かせてもらえないと例え恩があるあなたでも始めての友人でもあり妹でもあるリエラの事をベラベラと喋るわけにもいきません」
電話越して静かに深呼吸する音が聞こえてアリアさんが話始める。
『扱いが悪いように聞こえるけれど悪く思わないでね。私たちは今魔物との共存可能性について近々本部で議論する事になっているの』
「それはリエラを魔物として見ていると?」
『神獣は元々野生として生きている。身を護るため人間と遭遇すると襲い掛かるなんて当たり前、私もヨルムンガンドに遭遇して死を覚悟したこともある。一歩間違えると死の危険がある動物に魔物と例えるのは間違いかしら』
確かに言っている事は理解できる。だが、まるでリエラを非難されるようではらわたが煮えくり返るような怒りを胸の中に押し込んで冷静さを声に貼り付けて話し出す。
「魔物と神獣の違いを説くのは別の話として、戻しましょう。魔物との共存とは少し奇妙な話しですね。ギルドでは魔物の根絶はタブーになっているはずでは?だから既に共存という関係を持っていると思いますが」
『それは一般的な理解です。今回の議論では野生ではなく人間に敵意を持たず、共存又は和解を望んでいる魔物との関係性を話し合う予定なんです』
「共存と和解を望む魔物ですって!?そんなのあり得ません。遭遇しただけで魔物は敵意を持って襲いかかってくる。その他の行動なんて自身の味方が倒されて逃げ帰る以外に見たことがありません!」
『私もそう思います。実際少し前まで同じように思ってました。しかし、その存在を見たんです。しかも2回、あなたのリエラを含めると3回ですが』
「っ!」
そうだ、元々フェンリルはエンカウント率の極端に低い魔物と言う扱いだった。高難易度の迷宮に潜む倒すと美味しすぎるボーナスをドロップする最高レアモンスターという扱い。
今まで忘れてた。現実にどっぷりと浸かっていたんだろう。リエラの種族がそういうふうに扱われた時を頭から抜け落ちてそれを思う事がなかったんだろう。
『その様な魔物はテイマーに飼われている以外に知ったのは最近です。しかし、その様な報告が各国で極少数ではありますが発見された例があるんです。中には人型もあると…』
「人型…つまりリエラの人化と同じようなものが出来ると…そう考えて連絡してきたわけですね」
『大体、新種の魔物が出てくると必ず討伐よりも確保を優先するんです。それが亜種であるか全くの新種であるかの判別の為のね。それらが新種である場合個体名が与えられたりするんですが研究対象になるのが多い為「アルファ‐α‐」になるのが多いんですけどね』
「ただ、それだけだとリエラ事を話すわけにはいきません。他に何かあるなら話は別ですが」
『もちろん、それだけではないです。人化ではなく元から人間の形をしていたり、人間からその様な存在に替えられたのが報告例として挙げられたのです』
「…驚きましたね。そこまでのトップシークレットレベルの話をするなら私よりも適任者がいるでしょうに、それをしないという事は」
『お察しの通りだと思います。実はうちの娘…レイラがその主人となったわけですよ。他にもこの話をしたのは姫様、あなただけでないんです。精霊使いの美奈、幻獣召喚術師のアイシャ、そして私の娘のレイラとあなたというわけです。まぁ、何故かハーン家にはメッセージを送ったんですが返事が一向に返ってこなくて…それについても何か知ってないですか?』
「アイシャさんの家庭事情は知りませんが、そこまで話してくれるなら、後日王城にいらしてください。詳しい話はその時で、議論だって今すぐというわけではないのでしょう」
『はい、リモートワークで話し合いになります』
「…それは、なんか…もう…」
それじゃあ、この話もビデオ通話で済ませと言いかけたがそれをグッとこらえて話を続ける。
「と普通ならそういうのですが、リエラの事を話す事に了承するのは自分で言うのもなんですが渋々という感じです。それに話すと言っても実はあまり話せる内容が多いというわけではありません。リエラとしても私と会える前の話しなんて言うのも渋るでしょうし無理に聞き出すのも酷でしょう」
『…そうですか。それでリエラの事は今話してくれるという事でよろしいのでしょうか?』
「わざわざ電話でトップシークレットを教えてくれた人に直々に話し合いの場を設けるのは少し違うなと思いますし言いますよ」
そう言って一呼吸おいて話し出す。
「個体名は飛ばして魔物としての特徴をあげるとするなら、肉食ではありますが、野菜などを全く食べないというわけではありません。人間とあまり変わらないと言えるでしょう。それと五感を過敏にする事が任意でできます。後は親密な関係をもった人間に自分の力を分け与える事ができます。これの対象は特に特別と言えるでしょう」
『ふむ、親密な関係…ですか、興味深いです』
「後は人化の特徴くらいですかね。人化しても元の年齢に近い姿に変えられるというのと身体能力を除けば人間と変わりません。ただ、食事方法とかは元の身体の方法をとるんでしょうね。私も人化したリエラがお皿のビーフジャーキーを犬食いした時はどうしようかと思いましたよ。今はスプーンとフォーク、ナイフは使えますが箸を使うのに難航していますが…それを考えるに学習能力も有していると言えますね。今話して思いました」
『そこまで話してもらえれば大丈夫です。後は美奈…ちゃんの精霊の話を総合すれば議論のマニュアルをいいものに出来るでしょう』
「それならよかったです。それでは私は乗馬の続きをしますのでこれで」
『えっ?今まで乗馬して電話し…』
その言葉を最後まで聞かずに通話ボタンを押して通話を切った。
「フフフッ、たーのしー」
前にレイラさんから聞いたように好奇心を探求した結果、エリアの1つに牧場がある事に気がついた。そこでは馬が数十頭飼育されていたので乗ってみたら割とすぐ慣れたのでマイブームになって最近は乗馬が趣味になってしまった。
次回5月中旬予定




