第十七部 外伝章 ギルドの判断
サマエルは足音を消すわけでもなく何の警戒もなしに足の見えた道にスタスタと歩いて行く、4人はそれについていき、その足の主の背後を見る。
のそのそと動く遅い足に背に乗っけている存在感の塊のような熱気と特徴的な形とそこから溢れんばかりの赤いぐつぐつと沸騰した半液体のそれはまさしくマグマ、火山亀の見た目は写真で見たよりもさらに威圧感を感じるものだった。
「レッスン1 火山亀は動きがとろい割には自分の胴体を持ち上げる程の怪力を持っている、だから胴体に武器を滑り込ませるか魔法でひっくり返す」
サマエルは話しながら火山亀をひっくり返す、それに驚いたのか火山亀は頭と足を引っ込めるとゴトゴトと音を立てながら溶岩を背中から吹き出そうとしている。
「レッスン2 ひっくり返すと火山亀は背中から溶岩を吹き出してその反動で体制を戻そうとする。しかし、ひっくり返った火山亀にはヘソが見えるそこを…」
サマエルは腰に下げていた刀を素早く取り出して火山亀のヘソに向けて突き刺す、すると火山亀は一瞬で力なくぐったりとする。
「突き刺すことで急所を突くことが出来るからこうやって討伐できる」
サマエルは力尽きた火山亀の頭を引っ張り出して、懐のナイフで舌を切り取る。
「死体はギルドの職員が見回りに来て回収してくれるからそのまま素材を取ったら放置でいいダンジョン以外の洞窟だったら死体の処理はギルドの職員に任せな」
サマエルは後は実際にやってみろと言って4人は火山亀の討伐に取り掛かった。最初は上手いとは言えなかったが、5匹目辺りから段々と慣れていき、最終的には合計で30匹の討伐に成功した。
集まった舌を見ながらコクリと頷くと拍手をする。
「よし、これくらいでいいだろう。よくやった!精々13匹程度がいい所と思っていたが、まさか倍近く取るなんてな…報酬も上乗せしておこう。最も質がよければ太っ腹な商人ならもっとふんだくれただろうけどな…あらかじめ言っておいたように状態の良し悪しは今回は無しで報酬を出そう。それと火山亀の素材は何も舌だけとは限らない、活動をしなくなった火山部分も防具に加工できることからそれらも換金か自身の防具としてオーダーメイドが出来る」
サマエルはどこに隠し持っていたのか抜け目なくバッグから火山亀の素材をごっそりと溢れんばかりに見せつける、バッグからこぼれそうになるとすぐにバッグの口を閉めて帰りの支度をする。
外に出るとギルドの職員は納品物を見て軽い拍手を送ってくれた。しかし、大変だったのはそれから、行きの時は転送陣を使ったから大丈夫だったが帰りは徒歩で森の中は十分な整備が行き届いておらず、蛇行した道に急な上り坂と下り坂が4人の体力を削る。
「疲れている時に悪いこと言うようだが、お前たちが持っているギルドカードの更新については聞いたか?」
それを聞くとそのうちの2人は頷いていたが残りの2人は「なにそれ?」という顔で首を傾げている。
「敢えて悪い言い方をするようだが、冒険者の配属というのは少々異例な感じでな左遷、あるいは降格と言われたりしているんだ。元々のギルドで戦力外通告として別のギルドに飛ばされることがあって…いや、これは君たちに言う事じゃないな。配属する時に更新料を払う事になっているんだ。本当は最初に更新をしてもらうんだが、君たちあまりお金持っていないだろう?」
サマエルにそう言われた4人は気まずそうな顔をしていたり青ざめた顔で額に汗を浮かべていた。
「その事にギルドマスターは気づいたようで、お金の話をして任務に当たらせるより更新料を払える任務を先にやらせてその報酬から差し引いておこうって思ったらしいぞ。先に話したら神経質になって任務に集中できないだろうって、本当にギルドマスターは冒険者思いの優しい人だよ。まぁ、同じ間違いを何回もやるとだんだん不機嫌になるらしいけど、同じ間違いじゃなければ面倒見がいい人だから不機嫌になった姿なんて俺でも片手で数えるぐらいしか見てないから」
そう話しながら森の中を歩いていると石畳で舗装された道が見えてきた。
「おっ、見えてきた見えてきた、あそこまで行くともう大丈夫だ。ここら辺ならギリギリ電波が届くから地図アプリも使えるからそれに沿ってギルドに戻るか」
~冒険者ギルド ギルドマスター執務室~
View Change アリア
「ん~…はぁ!」
ようやく今まで溜まっていた書類が終わった。あと一枚かと思ったら絶妙にもう一枚重なっててそれの処理をしている時やけに時間が長く感じたのを覚えている。
(そういえば今日来たあの子たちの装備、やけに安っぽいものばかりだったけど、アイアンであの装備は流石におかしくなかった?書類の件でそこまで気が回らなかったけど、経歴見るにアイアンの昇格祝いに装備品とかもらえるはずなのに…それほどいいものでもないけれど)
書類の山を片付けて冷静になった私がそう考えていると受付から内線が掛かってきてサマエルたちが帰ってきたと連絡を受けた。成功報酬に加えて上限越えのことによるの追加報酬の話も上がった。
(上限越えだけでも更新料を払えるけれど、装備の件を聞きたいし、私から直々に褒めてあげるのもギルドマスターの役目かな、初任務で上限越えなんて即戦力として期待出来るし)
受付に執務室に通すように言うと書類の山を机の中や足元に隠して待つ。数分もしないうちにサマエルたちが執務室に入ってくる。
サマエルは今回の任務については重要な所だけをかいつまんで話しているが途中で面倒になって後は察してくれと遠回しに言う。それでも火山亀の討伐や素材の納品以来では受けた人は同じようなことを言う。今回はサマエルが上手いことやってくれたようで怪我や装備が壊れたというのは無いようだった。
私からは称賛の言葉を言うと4人は少し照れくさそうな顔をする。そこからどうやって更新料の話を切り出そうかと考えていたらなんと向こうから話を振ってきた。どうやら帰り道にサマエルから聞いたようで道中その話しをしながら帰って来たらしい。
実はサマエルが火山亀の討伐を持って来たのはピックアップした魔物の中でも素材がそこそこの換金物であることとアイアンの中ではやや高めの報酬である事だった。
火山亀は危険度もつけられない程の弱い魔物だが、アイアンに上がりたての冒険者はミスが多く昇格祝いの武具をすぐにダメにしてしまったケースが多いため、火山亀の討伐はそれ相応のランクか討伐経験のある冒険者の同行を義務付けている、がそれはうちのギルドだけで他の地域ではあまり火山亀の討伐任務や生息地域がはっきりしていないので纏まった生息地やそれなりの数や被害届がないと討伐許可が下りないというのもその義務は黙認というか半ば公認という形になっている。
「そう、とは言え今日は初任務ということで疲れたでしょう?みんなのギルドカードはこっちで更新しておくから渡してくれる?明日にはもう更新出来てると思うから明日受付に自分の名前を言ったら渡してくれるようにこちらで手配しておくよ、それと今回の報酬を払っておくね。一応パーティーとしての報酬だから誰かに多く渡すとかそういう優遇は無くて山分けって事になるけど、数日の宿屋代には困らない程度の額だね。もし、宿屋が決まっていないんならおすすめの宿屋を紹介するけど、どうだい?」
これから長い付き合いになるし恩を売っておくことで口も軽くなる、前のギルドでどのような扱いを受けて来たのかを聞き出すには話術で安心させる事で愚痴も零しやすいだろう。
そして、さり気なく全員が以前のところではどのような所だったのかを聞き出すと余程不満があったのか表面上だけでなく深い機密情報スレスレの情報を教えてくれた、そしてそれらは主に治安の悪さが目立つようなものだった。サマエルもその事で顎に手を当てる。
(これは…近々抜き打ち検査をする必要がありそうね)
抜き打ちをするにおいても、前の件で市民の悩み事の対処でギルド職員は全員出払っている。会計を見直して削れるところを削って派遣させるしかない。
それに問題はそれだけではない。抜き打ち検査を行ったからと言ってすぐに不正や悪徳行為が見つかる訳ではない、それは内通者の存在がある。不正行為などを行う奴らには当たり前のように内通者やバックに大きな権力を持った奴がついてくる。
内通者の中で最も面倒なのがまさに冒険者。常に大陸を縦横無尽に動けるソロであればこれ以上ない程の適任者だと思われるだろう。実際にそのようなソロの冒険者が金を貰って不正を報告しようとした奴を口封じしたりして処刑された事例がある。
だが、この4人の中に内通者はいないだろう。言葉の速さに発する言葉を考える仕草も不自然な所はどこにもない、むしろ不満を交えて話していた表情は心からウンザリしているのが分かる。
だとすると聞かれたら困る存在は現時点では一人、サマエルただ一人だけ…こいつに限って内通者の線は薄いと思うけれど、しばらく監視する必要がある。
(通信系の傍受だけでなく隠密隊もつけるか…それに抜き打ち検査を優先的に行わないと…クソッ、タダでさえ大型案件が消えつつあるのに火の粉が小火に変わるなんて…っ)
「取りあえず、安全性の高い宿はこの紙に書いてあるからその中から自分に合った宿を探してみたら?サマエルから案内があったと思うけど、ギルドのパソコンは自由に使っていいからね」
それだけ言うと軽く手を振ってサマエルたちに退出を促す。その間にも片手で手駒に指示を出す。
ギルドの職員には公になっていないだけで冒険者が裏での行動を監視、確保などを行う部隊が存在する。普段その隊はギルド全体のセキュリティーを担当しているがその実態は違法冒険者や冒険者を利用する奴らを専門とした暗殺部隊。もちろんそいつらに裏切られないようにとある処置はしてあるためその実態は王国にも知られていない。
机の下に隠した書類の山を取り出して部屋のクローゼットから箱のような物を取り出す。
鉄でできたような箱だが形状は岡持ちみたいで中も同じような作りになっている。これは一種の転送道具で地下にある転送陣をもととして作られた聖遺物だ。
量産はされておらず、大手会社のようなところでしか置いてない、今でも紙媒体の報告書や資料を主流にしている会社は少なくない、それを逆手に取った会社が多くの紙資料をわざわざ送るよりも時短及び簡潔に終わるものを作ろうとしてこれは作られた。
この中に書類や本を置いて蓋をすると一瞬で登録した同型のところへと転送される。登録するのだけが手間だが、プライバシーの心配もなく情報流出をしっかりと対策したうえでの設計なので重宝されている。
しかし、中を開けてみると既に何枚かの紙が入ってあった。その送り主は王城の鑑識課、取り出してみるとこの前の海賊の件での報告書の様だった。
それを片手に書類の山を少しずつ転送しながら読んでみると驚くことが書かれていた。
報告書には海賊の活動や権力者の癒着など一般にも知られていることも書いてあったがその中でも目を引いたのがロストレガリアの存在「アンシンアブル」の素材に目が行った。
何故海賊団の名前が「グルーグ海賊団」なのか、それはロストレガリアを作る際にグルーグ船長が使われたというものだった。ロストレガリアを作る際には王族や英雄の遺体を素材にするがアンシンアブルはその中でも異質な作り方だった。
グルーグ船長が自らロストレガリアの存在となる事だった。その際グルーグ船長を慕っていた船員たちがグルーグ船長を殺すことをせず「生きながら」作ったロストレガリアこそ「アンシンアブル」つまりあの船は生きた船、ということになる。
(なるほど、まさにアンシンアブル…不沈艦と呼ぶに相応しいというわけね)
グルーグ船長が生きていたと思われる時代には多くの国で人種差別が行われたという、出自や境遇、人柄などを総合して人種を決めつけて偉いと決めつけた人の法律が人々を苦しめた。
その中でもグルーグ船長は異質で差別を受けた人々を受け入れ、海賊として生きることを決めた。自ら安泰の人生を棒に振って生きた人間というのは今でも少ない。
でも、今はそんなことを気にするよりも生きたままロストレガリアにするというのは異常なほどの行為だった。
当たり前だがロストレガリアは唯一無二の聖遺物、それも歴史に名を刻むほどの人物を使った非人道的行為の産物、材料を生物としてではなく遺体として作るなら「物」として成立できるが生きたまま生物として作るなら「物」でなければ「生物」でもない、不安定な「何か」だ。
生物と物が適合するというのはあり得ない話だ。水と油、液体でありながら決して交わらないのと同じ、グルーグ船長は物として今も生きている。だが、意思があるのかも分からない、精神がそのままなのか欠片として残っているのかロストレガリアとなった時に消滅したのかすら分からない。
私は武器の声は聞こえるがそれ以外の物の声は全く聞こえない。でも…
「…形ある物には必ず何かが宿るはず、もしそれが、魂のようなものならば、それは……気を付けて、それはもしかするととんでもない被害をもたらすかもしれない」
(これは、ゲンブにも伝えないといけないわね。レイラ達の所へ帰るのも随分先になりそう。でもあなた達だけじゃなくみんなを守るために必要な事だから許してほしいわね)
現段階で対処しなければ行けない事も紙に書いてまとめる。① 海賊騒ぎで混乱した市民の対応 ② 他ギルドの冒険者の扱いを確かめるための抜き打ち検査 ③ ②を行う際の内通者の可能性及び対処 ④ ロストレガリア「アンシンアブル」の厳重保護と保管場所の確保。
①は王城の兵士も協同で動いてはいるけれど、外の騒ぎを見るにまだまだ時間がかかりそうね。②は迷宮や洞窟に待機させている職員を1~2人削減しましょうか、勿論抜き打ち検査に適した人材を選んで、③は対処済みの結果報告待ち
一番の問題は④ロストレガリアの保管場所だ。武器や装備品のロストレガリアならばギルドか王城の最奥王国の中でも最重要人物しか立ち入る事ができない超重要宝物保管庫に入れる事で対処できるが、今回はその規模がデカすぎる。
アンシンアブルはどうやら船の形をしたものならばどんな形にもなれるが海から引き揚げようとすると元のロストレガリアになる前の船の姿に戻るらしい。まるで魔法が解けるように、つまり小型やミニチュアの船にして補完しようとしても海から離れた時点で大惨事になる、波の影響を受けて一瞬でも宙に浮く危険性がある船はNGというわけだ。
これは…私個人が勝手に決めつけてはいけない案件ね…元ではあるけれど八傑のみんなで話し合ってみるか七席ならいい案を出してくれるかもしれない。
次回3月中旬予定




