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第十七部 参章 偶然の存在

 5月1日


 View リラ


 「ひぇ~、死にそ~」


 ついそんなことを囁いてしまう状況になっている。帰国してすぐ泥のように眠っていたらリエラから熱烈なタックルをかまされて涙と鼻水のミックスジュースで服を濡らしながら、怖い夢を見続けたようで24時間食事の時も入浴時間、就寝時も抱きつかれて一週間以上、一時もホールドから解放されなかった。


 更に、凶悪犯罪の被害者などとして国全体がパニックになっている。その犯罪は未遂になったためそれ以上の大事になることはなかったが、それでも衝撃を受けるには十分で休んでいる時にたたき起こされて母様の代理として椅子に座って電子機器の面々とにらめっこし続けている。


 父様からは何度も手を合わせて謝罪されたが流石に妊娠している母様にさせるには酷だと思って二つ返事で了承してしまったのだが…抱きつかれながら、疲労で足ピクピク&腕ビリビリ&身体ギュウギュウのトライアングルで指を動かしているこの状況はまさに社畜と同然、唯一の救いと言えばパソコンが情報を理解する機能が自動で最適解を構築してそれを実行するソフトプログラムが導入されている事で仕事自体はそれほどの苦ではない。


 だけど、それに追い打ちをかけるのが使者として役目を果たした結果、色々な国からのお悩み相談を受ける事がどんどん来た。電子機器の面々と言ったのはこの所為。向こうではパソコンだけでなく別のネットワーク機器も製造されてそれらで連絡を取ることが増えたらしい。


 確かにその連絡技術は画期的な物でもあるため、そんなに気にも留めていなかったがそれで一番ダメージを受けるのが自身の眼であることに気付いたのは瞬きで涙が数滴頬を伝って流れた時だった。


 (あぁ…こんなに疲れたのは友人の反省文を手伝って最終下校時刻ギリギリまでシャーペンを走らせた時以来だ。というかそれを5歳児にやらせるんじゃないよ!それほどの猫の手も借りたい状況なのは理解しているけれどさぁ!)


 ターンッとエンターキーを押してタブが閉じると同時に周りが歓喜の声で溢れる。他の仕事に追われているのが同時に終わったため疲労から解放された喜びが一時疲れを癒したのだろう。


 男同士女同士異性同士で抱き合ったり、涙を流しながら感動している人たちもいればふらふらで猫背になりながら部屋を出ていく人たちもいて、肩を組んで歌を歌いながら居酒屋と言って外に出る人々、つまり十人十色並みのお祭り騒ぎになった。


 気持ちはわかるが、まだトライアングルの被害を受けている俺はただ「眠りたい」の一心で自室に戻る。


 「まぁ、実際に眠るんじゃなくて疲れをとるために寝転がるだけなんだけどね」


 そう思いながら自分が下になる形でベッドに飛び込むが結果的にリエラが上になるので圧迫されるのは知っていたけれどタイミングが悪く腹に頭突きをくらう形になって小さく「うっ」と声を漏らしてしまう。


 (そう言えばお悩み相談の中に経済とは全く関係なく恋愛関係の相談があったのは何だったんだろう、それこそ齢5歳に相談する事じゃないだろう。自分じゃなくて他人の恋バナには喜んで飛びついていきたい心理は無いわけじゃないけれど、それに助言を求められても困るんだよな)


 とにかく今はひと段落したことに安堵しよう。だけどこんなに大事になった以上また苦情が舞い込んできて地獄の一時が再び三度とやってくるんだろうな。


 こういう悪い予感はことごとく当たってそこまでは当たり前だが予想外なのはそれが割と早くその時がやってくる。


 同刻


 View シーラ


 「ごめんくださーい」


 シーラは、一人一軒家の前で声を掛ける。しかし、声が聞こえていないのか留守なのか中から返事は返ってこない。


 何回か声をかけるが全く反応がないのに少しイラつきを感じて足をタシタシと震わせてしばらくした後に扉に手をかける、すると扉は簡単に開いた。


 傍から見ると住所不法侵入罪だがそんなことはお構いなしと言わんばかりにずかずかと家の中に上がり込む。リビングに続く扉を開くとそこには散らばった紙の中に頭の上にマグカップを帽子のように被ってうつ伏せに倒れている男性がいた。


 シーラはため息をつきながら紙を拾い上げながら話しかける。


 「またこんなに散らかして子供じゃないんですからこまめに整理した方がいいって前に言ったはずでしょう?ねぇ、教授」


 教授という言葉を発した時に倒れていた男は足をピンと天井に向けるとそのまま床を蹴りその反動で逆サマーソルトをして起き上がった。寝ぐせと逆サマーソルトでぼさぼさになった髪を整てながら男性は話し出す。


 「あ~頭いってぇ…いつもと同じ量なのにこんなに痛くなるのか…」


 「教授前にも同じこと言ってなかった?あれ、前々回だっけ?」


 「いや、覚えてねぇ、というか…君いたんだね」


 「それ言うの二言程度遅くない?折角きたのに今朝の9時くらいに行くって連絡したけど」


 それを言うと男性はきょとんとした顔でリビングの端にあるコードに繋がっているスマホに目を向ける。


 「ん?連絡?あぁ、そう言えば鳴っていたかも!ゴメンゴメン酒のせいで取る暇がなかったよ、すまないなぁ」


 声の大きさはすぐに変わったが表情は起きた時と変わらず無気力という感じでスマホを取るとしばらく操作した後近くにある紙束を指でなぞると散らばった紙がパラパラと宙を舞い、なぞった紙の上に音を立てながら積みあがっていく。


 「それで、話しって何?ただ世間話をしたって事じゃないんだろう」


 「いいえ、世間話を兼ねた世間話ってやつ、私よりもそう言うのに精通しているのは教授であるあなたの方が詳しいでしょう」


 「ははっ、そうでもないよ。確かに教授という立場は学生の噂話を聞きやすい方ではあるが大抵は眉唾物が多いし確固たる証拠もない噂程度、世間話としては十分だけれど…うん世間話するならこれ以上は無駄話が始まっちゃうね」


 この男はシーラがこの国で一番最初に作った伝手、この国でよそ者は珍しくはないけれど、来る人全員が無害というわけではない。その為自分の職業や立場を知ってもあまり気にしない現地在住の伝手が必要で手を付けたのがこの男、38歳で教授という立場になった秀才でヴェルスター学園を首席で卒業した後も学園で講義を開いている。


 彼の世間話は興味深い事ばかりだ。主に彼が話すのは神話などが多い。と言っても世間話で「神とは」と話す人はいないだろう。怪しい宗教ならまだしもこの男が話すのは世間話からの単語で「○○で思い出したんだけど」を口に出して神話の話しに持っていく策士だ。最もそれが口癖になってしまっているから常套句と思い、聞き手に回らざるを得ないのが更にたちが悪い。


 「そう言えば、あの姫様と使者として第一に行ったんだって?どうだった?」


 いつも神話の話しで数時間も話す彼の口からその言葉が出て驚いた。私の変装術は自慢できる程に完ぺきに近い。実際にこの変装がじいちゃん以外にバレた事は一度もない。カマをかけられたのかとも思い顔をうかがうけれど真っ直ぐ見つめる目は確信して言っている。


 「どうって何が?」


 今は変装の事について話す場合ではない。私も彼も表面上、世間話をしている。そのことで探り合いをするのは互いの関係に溝を作ってしまう。それで、疑って下手に失礼な態度をとって敵に回ってしまうのは避けないといけない。


 「ただの感想を聞きたいだけだよ。姫様の功績とか君がどうやってかき乱したのか…とかね。まぁ、君がしたんはごっちゃごちゃの所を刺したんだろう。そういうのが得意って顔しているし」


 「…どんな顔よそれ、うーんと…感想か」


 特に感想とかそう言うのは無い。仕事とか面倒だけど大事だからやったとしか言えない。そもそも私が各地に飛び回っているからと言って着いた街で楽しむのはあまりない。この国に来る前もメイプルシロップが特産品の国へ行ったが任務が終わってホットケーキを堪能しようと思ったら、すぐに次の仕事で涙ぐみながら次の国へ直行、辞めたいけれど辞めれない。普通の職業に就くのが難しい経歴だから。

 

 とにかくそれに噓を言っても本当のことを言っても何かが変わるわけでもないので詳細は省いて正直に答えた。


 「へえ…中々面白いものだったんだな。実に興味深い」


 今まで真顔で話していた教授に変化がある、興味深いと言った割にはすぐに話を逸らして違う世間話を持ち掛けて一方的に話しをしてそれに相槌を打つ程度の受け答えしかできなかった。


 そのうちの1つに私の行動に感動した、敬意を表すと言った。それには返事として「偶然」という言葉を使ってしまった。それを聞くと彼はテーブルを勢い良くたたくと感情を高ぶらせて力みながら話す。


 「偶然…君は偶然を信じるのか?奇遇だね!僕も偶然を信じるんだよ!!」


 この国での一番の協力者である彼は普段から真顔か仮面を張り付けた表情しか見たことなかった為少しその楽しそうなキラキラした瞳に気持ち悪さと微かな恐怖を感じた。


 「今じゃ老若男女問わず誰もが偶然なんてものは無い全ては必然的に何とやらなんて言うがそれは大間違いだと正してやりたいね」


 「へ、へぇ…その心は?」


 「偶然というものは無いのなら「偶然」なんて言葉は存在しないからね。他も同じさ無いものを名付けるなんて普通ありえないだろう?無いのならそれは何の意味も何の利益にもならない。つまりそのようなものに名前が付けられるのはそれが実在する証明のためにある言わば存在証明というわけさ」


 いきなり偶然の話題になった事で私の頭はパンクしそうだった。それでも彼は偶然の話に自身で花を咲かせる。


 「今までの出会いも出来事も馴れ合いも全部が必然だったのならそれらは本当に必然出会ったのか振り返ってほしい。どこかにほんの一欠片でも偶然があったのなら偶然という言葉が出てきてしまう。言葉…いや、単語の1つ1つはそれらが存在するという証明社会で言う名刺のような物なんだよ」


 もう一体何のことだよとツッコミたい気分で相槌をしていると今まで暴走していた彼が急にヒートダウンして机に突っ伏してふやけたような顔を横に向ける。


 「取りあえず、暇つぶしにはなったよ、ありがとう。今日はこれくらいで限界かなー次から来るときは連絡なしでいいよーリビングに大体いるし鍵かかってたら出勤日だと思っててー」


 話を一方的に打ち切られた私は一刻も早くその場から立ち去りたい一心で逃げるように彼の家を後にした。

 

 「はぁ…嫌いじゃないけれど一度自分から話すと長いんだよね、あの人」


 呟くように言うと眠気が襲ってくる。難しい話や勉強などをしていると眠気が襲ってくるあれと似たような眠さだった。


 そう言えば冒険者ギルドではどうなってるかな?王城より人が集まって行列が出来ているって聞いたけど…


 ~冒険者ギルド ギルドマスターの執務室~


 View アリア


 「……なんだこれ」


 目の前には書類の山が特盛がいくつも溜まって山脈地帯並みの多さ、山と山の間に山がひょっこり顔を出している状態。


 「いやぁ、私も代理を任された以上はいくつか処理したんですよ、でも以外にもギルドマスター本人が必要な物がありまして、でもでもデータとして保存してあるんで紛失しても書類自体は無くすことが無いんで……それではギルドマスターが戻ったことですし、私はフリーの冒険者に戻させてもらいますね、失礼しました~」


 「おいっ!君っ!待てこらぁぁぁ!!」


 制止の声も持たず早口で言い訳を並べてそそくさと出て行ってしまった。


 「あ~…もうっ!」


 だけど、言い訳だけだと思っていたけど少し冷静に考えたらこの時期はギルドマスターの仕事が多くなる時だった、本人の直筆サインが必要なものはそれほどないが、それでも執務室の足場が無くなる程の量だ。


 ここ最近はギルド自体に顔を出せていない状況だったが今日はどうしても外せない用事があった。それはこの書類の山の処理とは別のものだ……けど、予想以上に書類が溜まっていた。彼等の集合場所を執務室にしてしまった。


 直前の場所移動を報告しなければならない。予定時刻まであと30分、未だに誰も来ていないが期待のホープの夢を壊さない為にもすぐに手を打たなければならない。


 机の引き出しから適当な紙を一枚取り出してサラサラと筆を走らせてセロハンテープで廊下側の方から扉に貼り付ける。


 「これでよし…集合場所は適当に丁度いい場所で、取りあえず5分前まで書類の片付けをしないと…」


 一息つくようにため息を吐く、今までダンジョンに潜っていてため息を吐く時なんて一回も無かった。それほどの緊張感でいたのだろう。やはり冒険者というのは天職だったと思うと同時に戻ってきたんだなという謎の安心感があった。


 「忙しいところ悪いが、こういう時はこう考えたらどうだ?「こんな目にあったからしばらくは大丈夫」ってな」


 ポンッと肩に手を置かれる。ゲンブ以外にこんなことする奴に心当たりは一人しかいない。


 振り返ると派手な赤青緑が斜めに入ったネクタイが目に入る。そのまま見上げるとスーツ姿の男性が立っていた。顔には頬に三本の痛々しい痣があったがそれは傷などで出来たものではなく生まれつきのものだと知っている。


 「私からの受け売りをちゃんと覚えてくれるなんて嬉しいね、どう?小娘の戯言も侮れないでしょう?」


 「うっ…そんな前の事をよくも覚えていたんだな、ほらあの時はギルドマスターだなんて思わなかったから」


 「ところで何か用?あっ…そうだった予定時刻が今だっけ」


 腕時計を確認すると時刻は1時を回っている吹き抜けの正面玄関を見てみると空の食器を受け付け横にある食器入れに入れるために列が出来ている。


 「せっかく来てもらったのに悪いね。まだ誰も来ていないの、集合場所も訳あって変更にもなったし、せっかくだから一緒に行く?」


 「それは構わないが、ちょっくら忘れ物をしちまってな。その為にこの先に用があるんだ。お先にどうぞ」


 「それはそれは奇遇だね。私も少し用があるんだ。キリが悪いところで抜けちゃったからそれを終わらせてから行くとするわ」


 「そいじゃ、またあとでなギルマス」


 「はいほーい、また後でね」


 彼はプラチナのFランクの冒険者である。名前はサマエル・オクタ 体格がいい大男で強面だが内面は渋おじ、愛想がいいのも高評価だが誰に対してもため口で以前に総本部の人に無礼だと言われてプチ問題になったことがある。まぁ、相手がそんなに気にしなかったおかげで少しの謝罪で和解になったからいいが、がっしりとした体格の為に相手の年齢が総じて自分よりも年下としか思えないからそう言う事になってしまう。


 「確か今年で32だっけ…」


 見た目のわりに若い、昔から悪ガキで眉間にしわが出来る程のやんちゃ坊主で怒ってばかりだから歳をとるのが早いんだよとか陰口を言われたりもしたことがあり、それで冒険者になりたての頃は問題児だった。それがゲンブのもとで一年指導を受けた後、驚くほど丸くなって本当に同一人物なのか疑った。


 「さてと、私も色々と準備しないと…」

次回2月中旬予定

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