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第十六部 肆章 山脈に隠されていた物

 ~シャリア城 城主夫婦寝室~


 View リヒト


 「どうだい?お腹の子の調子は」


 「そう毎日来なくても…仕事もあるんでしょう」


 「いや、こんな大事な時に仕事に打ち込められるはずない。せめて撫でさせるくらいはさせてくれ」


 ヴィーラはここしばらくはずっと安静にさせている。お腹に負担をかけないように運動も必要最低限、臨月にはまだまだ時間があるとはいえ、やはりどこか心配でならない。いつも仕事はそつなくこなせるが少し無理をしているように見える箇所がいくつかある。


 妊娠を利用するようで悪いが臨月が来る40週間までは休んでもらおう。


 「でも、まだまだお腹は大きくないんだし、どんな調子かって言われても分からないものね」


 そう言ってお腹を撫でるヴィーラに懐かしさを覚える。リラが生まれる時も全く同じ顔をしていた。


 「そう言えば前に妊娠した時、ナントカ症候群って言うのになったことあったよね。大体20週間あたりに発症するって医者が言ってたのを覚えているけど」


 「妊娠高血圧症候群ね、降産後十数週のうちに高血圧や蛋白尿になったりする事、昔は違う名前だったらしいけど…まだまだそれは先の話、必ずそうなるわけじゃないからそれは通院して経過観察が必要なんじゃないかな」


 「そうか…それでもやっぱり心配だ。妊娠中の人は情緒不安定になるケースが多いと聞くしそれでリラが傷つくような事を言ってしまうんじゃないかと…」


 「そうね…しばらくはその対策をお医者さんに相談してみようかしら」


 (情緒不安定になるのはそれ程問題ではない、むしろ前者の妊娠高血圧症候群の方が余程の大事だ。発生状況が明確になっていない以上未然に防ぐ事が出来ない、妊婦の20人に1人と言う確率だがそれに加えて症状が重度のものだと赤子が死亡してしまうケースもあると言う)


 リラを妊娠している時にそれを医者から聞いた時はとても驚いた。幸い軽度なものだったから無事に出産出来たが今回も同じようなことが起きたらと思うととても不安になる、それに今回は大変な出産になる。


 「失礼します、陛下はここにいらっしゃいますか?」


 部屋の外からノックの音と共に声を掛けられる。ヴィーラに小さく「お大事に」と言った後に返事をして部屋を出る。


 「どうした、今日の執務は全て終了したはずだが」


 「いえ、別件です。王国八傑の第一席がお見えです、要件を聞こうと思いましたがどうしても陛下に確認したいと」


 「分かった、応接の間に通せすぐに向かう」


 「はっ」


 自室で準備をしながら、第一席の要件を考察してその答えをいくつか用意したいが、正直なところあまり関わりたくはない。


 八傑の選定基準にはいくつかある。単純な力もあるが出自、境遇、忠誠心、知力、財力、人脈等々あらゆる分野でも他の人と比べてずば抜けている人材を更に成長させて国の柱として存在する事で平和を保つ事を目的とした。


 第一席はそれらを総合して第一席の座を任せられると一番の信頼を寄せている人物だ。第二、第三席も同じ出自ではあるが敢えて比べるとしたら二回り大きい忠誠心と芯の強さが2人を押しのけているのだろう。


 「すまない、待たせてしまったな」


 「陛下、お忙しいところに申し訳ございません、要件の内容を考えると城の者が混乱するかと思いこのような形になってしまったことを改めてお詫び致します」


 「そう硬くならなくてもいい、お前が護衛もつけずにここに来たという事は他の人に聞かれたくもないのだろう?ここからは友人として話してくれ」


 第一席は少し息をつくと先程の表情から柔らかな笑みを浮かべて席に着く。


 「それで、話というのはなんだ?」


 「それなんだが、要件はいくつかある。報告を兼ねてな」


 「構わない、一つずつ話してくれ」


 「カルミリナの不正が発覚した」


 「何だと…?」


 以前からカルミリナの不正疑惑は疑っていた、近々潜入捜査を行おうとしていたが誰かに先を越されたというわけだ。


 「どうやら、リラ様が相手の心を揺さぶり、動こうとしたところを崩されてボロボロと余罪が出てきたらしい。牛耳っていた王家は国際地位失墜により死刑が決まったが、自殺や事故で他界、深く関わっていた奴らも逃亡中に何者かによる襲撃で死亡したと…」


 「そうか…」


 「安心してくれ、リラ様が揺さぶったのは意図的ではないらしい。大会議の時に間違いを指摘したことにより、それに過度に反応した結果、自身で足場を崩しただけだ。齢5歳児に意図的な行動なんてできる訳ないだろう」


 その言葉に異を唱えたかったがそれをグッと抑え込んだ。リラはとても賢い子だ。今回の使者として適任だと思いお付きの者を連れて行かせたが、そこで違和感を感じそれを逆手に取った。そう考えていいだろう。帰った時に報告書を見ればどのような事を行ったのか把握できる。


 「それとリラ様が禁書を持って行ったと…エリックの一家のあれを」


 「それを先に言え!!どうだったんだ!かかった呪いの数は!?解呪に成功したのは!?解呪士の手配は!?」


 「落ち着いて、解呪は自身でなさいました、一つも残っていませんよ。その方法は詳しくは分かりませんが、あのお遊びの本を持っていくなんて、お茶目というか命知らずというか…」


 「そ、そうか…規格外ともいえるがあの子なら少しだけ納得してしまう」


 「王家の血筋でよかったな、平民や貧民であったなら厳重に保護されて研究材料にされていたかもしれない。とは言えそれに気づいた人もいなかったらしいしそれは幸いと言ったところか」


 「相変わらず、どのようにそんな状況を仕入れてくるのか、聞かせて欲しいな。それも親の才能って物を引き継いでいるのか?亡国の皇太子さん」


 「その言い方はやめろと言ったはずだリヒト、父上様の侮辱に等しいと何度も言ったはずだが?」


 「…あぁ、すまない。良くない癖だな少しでも知りたいことがあると怒らせて饒舌にさせたいって脳がつい働いちまう。要件に戻ろう」


 「後はリラ様がダンジョンを攻略したり、千麟邸が半壊したりしているがこれはすでに知っているよな」


 前者は初耳だが後者は知っている。その報告の詳細はにわかには信じ難いがあの貴族の中でもやや高位のあれを半壊させる人間なんか内部から襲撃しないと不可能だ。ただの喧嘩でそんなことができるなんて、人間の可能性は計り知れん。


 「後は、そうだな…快晴の日が最近続いているから多くの船が港に多く来るんじゃないかって漁師の人たちが言っていたな。観光客から仕事、移住者まで色んな人が来るだろうって、それでまぁ、宿の予約が殺到しているってこれは世間話レベルか?」


 「いや、報告の補足に入るな。確かに宿や寮の増設依頼が来ている。ただ、人手不足でな…派遣会社にも根回ししているが、こういう時に地下道路と船しか外部からの援助を受けられないのは不便でならないな」


 「ふむ……そうですね。滑走路や空港を立てるにも削れる土地もないしだからと言ってヘリポートだと燃料代…いや金の心配はないか、でも燃料は簡単に手に入るものじゃない」


 滑走路という言葉で思い出したのだが、人工的な島を作りそこに空港を作ろうという企画書が過去にあった。当時はまだ自由にできる土地があったため賛成する声があったのだが、燃料だけでなく治安の悪さ、つまりゴロツキが滅茶苦茶にしそう等々、企画段階で複数の問題を抱えたまま見送った結果、人工島の計画自体が白紙になっている。


 「一旦話を戻そう。そのやってくる人間の対処なんだが、いわゆるシェアハウスをしてみるのはどうだ?」


 「ほう?具体的にはどこを使うべきだ?」


 「もちろん別邸が幾つか余っているでしょう。それを寮代わりに使うのも一つの案だが別邸はどこも同じ部屋じゃないだろう。部屋の大きさ設備の設置場所他の人と共同して使うとなると十分なスペースもある。当然、管理する人、ハウスキーパーは必要だがな。ハウスルールも作ってくれるだろう」


 ハウスルール…今それを決めてもいいが、一般的に利用してくれれば違反する事もないだろう。喧嘩しない、異臭を発生させない。騒音を立てない。設備は丁寧に扱う。他にも色々ありそうだが、それは後回しにしよう。


 「冒険者なら、ギルドの方で安全で安い宿を勧めてくれるだろうな。メートルならそうする」


 メートルと言って第一席はハッとした顔をして何かを言おうとするが敢えて注意するためそれを遮るように口をはさむ。


 「大分ブロンド弁に馴染んだと思ったらそれか、発音自体はブロンドだが言葉はちゃんとこっちに合わせてもらわないとな」


 「…どうしても母国の言葉が出てしまうのは中々直りませんで、まだまだあっちで暮らしてた年月が鮮明に覚えている故」


 「それをふいにすることは己が許さないってか?第一席…いや「リュミエール・グレイラット」」


 「…その答えは今言わないとダメか?」


 「…いや、やっぱりいいや、それにその態度を見るにこれ以上はやめた方がよさそうだ。お前も恩を仇で返すような真似はしたくないだろう」


 「ええ、それはもう、これからも友好的な関係を維持していきたいものですな。いついかなる時でもご用命であればお助けする立場でいたいです。我が王よ」


 静かな、しかし、鋭い殺気を気力で打ち消しながらしばらくの沈黙が続く。先程の「メートル」というのは師匠という意味らしい。第一席は自身をゲンブさんとアリア様の弟子と自称している。いくつかの技を習ったりしたらしいが、それならば冒険者は全員二人の弟子という事になってしまう。


 「おっと、そう言えばその事についても報告をしなければなりませんな。どうやら迷宮探索あと残り1つになっているらしいですよ」


 「流石に早いな、でも、依頼をした私が言うのも何だが大丈夫だったのか?最後の場所は恐らく…」


 「ええ、あそこを選んだらしいです。でも心配はないと思いますよ。あそこを1人で行かせる気なんてないでしょう、師匠は」


 「…なるほどね。それじゃあ夫婦水入らずで頑張ってもらおうじゃないか」


 ViewChange アリア


 ~ベルゼビュート山脈~


 「よっ、はっ、とぉっ」


 馬の背を乗り継ぎながら山脈地帯を駆けていく。駆け抜けた跡には足跡の代わりに危険度ほぼMAXの魔物が音を立てて崩れ落ちる姿だった。


 「ごめんね!後でしっかりと素材を回収してあげるからしばらくはそこでくたばっててね!」


 おてんばな口調とは思えないほどの殺戮具合にその光景を見ていた者は心の中で乾いた笑いをしながら後をつける。


 それから約五分後、馬たちが立ち止まる。その方向には大の大人が5人並んでも入れる大きさの洞窟があった。


 「ここか…」


 辺りを見回してみるが、魔物の姿もないし、山頂が近い事もあって風が呟いた声をかき消すようにビュウビュウ吹いている。


 「よう、遅かったな」


 洞窟の中から聞き慣れた声がした。間違えようもない声の主は暗い洞窟の中から一切の灯りを持たずにこちらに向かってくる。


 「ゲンブ…いつの間に」


 そう言いかけた時にゲンブが肩にかけている皮袋に目が行った。それに気が付いたゲンブは少しだけ袋を開けて中身を見せる。


 「あぁ、お前がここに来るまでに倒した奴の素材だ。素材を取るのは俺の方が得意だからな」


 そうだった…私は昔から素材を取るのは上手くはなかった。流石に下手というわけではないけれど、失敗経験はそれなりにある。毛皮を途中で破いてしまったり、牙を折るのが遅かったり、正確さを求めると時間がかかり時間を求めると正確さが疎かになってしまう、極端な偏りが発生する。


 それに対してゲンブはとてもうまい。素材が傷つかない剝ぎ取りの仕方を熟知しているように初見の魔物もスルスルと解体してしまう。


 「ところで、ここにゲンブがいるってことは既に洞窟の中は調査済みなの?」


 「いいや、まだだ、お前が来るまで待っていたんだ」


 「へぇ…よく私がここに来るって分かったわね。適当に迷宮を踏破してきたのに」


 「なに、お前の行動性は分かっているからな元相棒で現愛妻の事を理解できずに何が夫だって話だよ」


 「~っもう!ほかに人がいないからってよくそんな歯が浮くようなキザな言葉が出るわね」


 「その言葉で頬が緩んでいる奴が俺の目の前にいるんだが?」


 慌ててそっぽを向いて手鏡を取り出す。そこにはニヤニヤしながらうっとりする瞳の自分が映っている。すぐにパンパンと頬を叩きジンジンとした痛みに少し涙目になりながら普段の顔に戻して洞窟の中に向かう。


 「さあ、行きましょうか、久しぶりのペア探索」


 「そうだな、鬼が出るか蛇が出るか…まぁ」


 「「どっちが出てもやる事には変わりない」」


 被ったセリフに笑みを浮かべながら洞窟の中へ足を踏み出す。洞窟の中は下へ下へと進むように斜めになっている。外の風や温度が遮断されるように蛇行した道で入って一分もしないうちに着ていた防寒着は着なくても問題ない程だった。


 「これじゃあ野生動物どころか魔物も一匹いないんだろうね…」


 そう言っていると視界の端に緑色のものが見えたそこには目をやるとほんの1㎝程度の植物の芽が出ていた。


 「おっ、そうでもないみたいだぞ、これは…珍しいな精霊草の芽か!」


 「あっそうか山頂付近…」


 精霊草、精霊と名が付くものの精霊はほとんど関係なく、猫に例えるならマタタビと同じく精霊を酔わせる効果がある。希少性が高く標高が高く澄んだ空気の環境のみにほんの少しだけ生息する。希少性が高いだけあってギルドでは一軒家が5つ程建つ程の金が手に入る。


 その使用方法も多岐にわたる。薬にしたらエリクサー並みの回復になるし、武器にしたら国宝級、今目の前にあるのはまだまだ小さくつい数日の間に芽が出たようなものだ。


 「流石に今のままじゃ可哀想だよな」


 ゲンブがそう言った。その通り精霊草は今の芽の状態ではポーションにしても効果は半分以下の効果しかない。もしこのまま、にしていればここは精霊草が生い茂るのではないかと期待してしまう。ここは外にいた魔物でも入る事はないだろう。その理由はただ一つ、ハマってしまうのだ。


 外にいた魔物は全て大型の魔物、洞窟に入ることは出来ても途中で身体が蛇行した道に身体がハマって押しても引いても出られない。つまりそのまま餓死するしか未来の選択肢がない。


 「確かにそうだけど、こんな時に都合よく液体肥料なんて持ってきているわけないからね」


 バッグの中身は開拓と冒険者必需品の物しか入れてない。液体肥料や植物系の魔物をわざわざ強化させるものを持ってきているわけない。


 「仕方ないな。ここはいったん後回しにして先へ進むか」


 「分かったわ、少し先に行ってて」


 ここに精霊草があるという事を分かるようにチョークで目印をつけてゲンブの後を追う。ゲンブはそこからそう離れていない所でしゃがんでいる。手に何かを持っている、それをのぞき込むとそれは、五角形のメダルのようなものだった。


 それをゲンブは悩んでいるように見ている。しかし、それは私でも同じだった。何故ならそのメダルに彫られているマークは見覚えがある物だったから。

次回12月末予定

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