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第十三部 四章 孤高のキョンシー

 結界内を歩き回って方向感覚さえも曖昧になり始めた時、結界に入った時と同じ感覚とヴンッという音が聞こえると辺りの風景も変わり、ようやくあの結界を抜け出せた。


 心の中では若干の焦りを感じていた。このままずっと結界から抜け出せないのでは?帰り道が塞がれているのではないか?と考えたくもない事で自問自答をしながらも今の状況に安堵する。


 「さてと…」


 安堵したところで冷静に辺りを観察すると今までとは一際、強烈な臭いが鼻を突く、その臭いは腐敗臭だけでなく鉄錆に似た纏わりつく臭い。


 (…血はないようだけど、何かをどかすなんて事はしないほうが吉だな、何が出てくるかなんて分かりきっているし、この身体はグロいものなんて見ただけで卒倒しそうだ)


 結界を抜けたところは見ただけで廃村と分かる、吉野ケ里遺跡のような簡素な家、壊れた弥生土器、考古学者が見たら歓喜の声を上げながら飛び込んでいるだろう。


 「一番の不安は、あんな結界を張ってまで隠したかったものがあるのか、ということだな」


 結界を張るのは魔法を少し齧るだけでは出来ない。魔法の基礎を極めてそれの応用と発展を何百と繰り返して試行錯誤の末に自分だけの結界を作れる。その為結界を解除するのは結界を張った人物が解除するか亡くなるかの二択しかない。


 「あれがいつくらいに作られたものなのかっていうのもあるけど、それよりもこの村…何があったんだ?」


 屋根に穴が開いたり、潰れていたり人が生活していた痕跡はあるのに人はおろか遺体すらも見当たらない。まるで人々が突然消えたような、人為的消滅とでもいうのか言葉で表すのが困難な状況だ。


 建物も過去の文明も「壊れた」ではなくて「壊された」という表現が正しい。経年劣化による破損と人為的による破損の違いがハッキリして経年劣化のものが明らかに少ない全体を見ても経年劣化による破損は10分の1にも満たない、多くても100分の1程度だろう。


 「ここを破壊した奴の目的は物ではなく人間、私にとっては古代人。見せしめとして家や監視塔を壊した、なんていうのも考えられるけどそれじゃあ「消えた」という表現と嚙み合わない、攫ったなら不明な点はあれど腑に落ちる…もう少し見てみるか」


 腐敗臭の根源もまだ見つかってない、廃村の中を歩くがどれも壊されていたり土に埋もれていたりして調べられそうにない。小さな村だが、石垣など石で村を囲う程の知識はあるようで僅かではあるが石を使った物も見つけた。


 村を歩くながらも調べられるものがない、しかし、腐敗臭はどんどん強くなっていく。そろそろその正体に行きつくだろう。


 (そう思ったけど、それらしいものが見当たらないな)


 潰れた家にボロボロの担ぎ棒、荒目の布地に虚ろな目をしながら俺を見ている10代後半くらいの女性。


 「この臭いの出処みたいなやつはどこ、に…もぉぉ?」


 待て、今スルーした奴に変なもの混ざってなかったか?保護色並みに同化してたから気付かなかった!?そんな馬鹿な、アニメみたいな二度見を自分がやる事なんて…


 急いで戻って見たら岩の隙間にちょこんと座る女性、しかし、その視点は俺に向けてはいるものの首を動かさず、眼だけを動かしている。


 「え、えぇっと…どうしようかな、これ」


 肌はおよそ人間とは思えない程、痩せこけた色、血色が失われた白に近い灰色の肌、眼は深い緑色に俺を映している、あの時を思い返して僅かに見えた服の端が一致していて近づけば近づく程に分かる腐敗臭、間違いない。


 (でも、流石にこれはないよな、嫌な予感がしたから後をつけて見つけたと思ったら「え、なに?」みたいな顔を向けられるなんて)


 とは言え、生きているとは思えない、100%アンデッド系の魔物だろう、しかし、俺の記憶を辿ってもこのような魔物は見たことない、ゾンビにしては綺麗すぎるし…NEWエネミーか


 危害を加えるような気配もないので指を顔に近付けるが、それを嚙みちぎったりするわけでもなく目で追ってる、左右に動かしたり額にトンッと当てたり口に近付けるが目で追うのみ。


 「うーんと、こ、こんにちは?」


 もし、意思があるならこれには何かしらの反応があるはず、それにこれに応えなかったらそれはそれで少なからず情報が手に入る。


 「気安く話しかけてんじゃねぇよ豚が、とっとと失せな」


 「えええっ!?」


 まさかの毒舌!?表情一つ変えずにいきなりそんなこと言われたのって初めてなんだけど、マゾじゃない俺にとってこの言葉は普通に傷つく。


 「な、何か気に障る事でもした?触ったこと気にしてる?」


 「…あいさつ」


 「へっ?」


 「あいさつはこれが基本…違う?」


 「ぜんっぜん違う!!」


 つい、突っ込んでしまったが、今のがあいさつとでもいうのか?どんな教育を受けたら「気安く話しかけてんじゃねぇよ豚が、とっとと失せな」が「こんにちは」として受け取られると思うんだ?


 「わ、私はレイラ・オーガスタ・キャロル、あなたの名前はなんていうの?」


 「キョンシーシスターズ373号、豚ごときがこの名前を聞けるなんて光栄に思いながら地面に這いつくばって足を舐めなさい」


 だから、なんで会話がこんなヘイト稼ぎかドM仕様になっているの?趣味か?キョンシーシスターズ作った奴の趣味なのか!?作った奴のばかやろう!


 いや、いったん落ち着こう、深呼吸して何て言われても無の心を保つんだ。質問には答えてもらっている、問題ない。


 「えっと、あなたはいつからここにいるの?」


 「…ずっと前から、名前を言ったのにそれを言わないなんてお前の頭は一つも覚えられないすっからかんな頭なのか」


 (……………)


 「さっき街中であなたみたいな人を見つけたんだけどそれはあなたで間違いない?」


 「…公園を通って大通りから路地裏に行ったのは私、後をつけたんだな、その様は水槽にぶちまけられたエサに群がる金魚のように無様な姿だったろうよ」


 (っ………………)


 「あなたさっき373号って言ってたけれど少なくともあなた以外に372人以上の姉妹がいるのよね、それらはどこに?あなたの主人は?」


 それを言うと今まで瞬きをせずに無表情のまま答えていた彼女はゆっくりと瞬きをしてパチパチと今度は二回瞬きをすると深緑の瞳は思いつめるように上を見る。それにつられて視線の方向に目を向けるがそこには何もない。いつも通りの青空が広がっているだけだ。


 「…私が今の私になったのは」


 視線を上に向けながら彼女は話を続ける。


 「いつものようにここで石を運んでいた時に大きな音が聞こえて、その音はすぐに悲鳴にかき消された」


 先程の質問の答えというより、思い出話か、何で急にそんなことを?だけど、聞こうとしていたから丁度良かったが


 「村に急に現れた仙人が私達の家を壊して大切な物も全部壊して「お前たちもこうなりたくなかったら服従しろ」って言われてその仙人についていった」


 仙人…ここは人がいないとはいえシャリア王国の中だろう結界はあったとはいえ転移の魔法回路は組み込まれていなかった、だとすると仙人は結界を作り誰も立ち入れなくしてここを狙ったのか、でもその仙人は生きているに違いない。


 「薄暗い小さな洞窟の中で長い間馬車馬のように働かされて、使い物にならないと判断されたら処分されるか「ある処置」をほどかされた、それがキョンシー化の仙術」


 仙人はとにかく長命で有名だこの世界では人族はいくつかの亜種「○○型」「○○族」というふうに分かれており仙人はそのどれにも属さない後天的長命とされる。


 キョンシー化はそのさらに先「不老不死」の失敗作として出来た術式、札を張らなければ理性を失い破壊の限りを尽くして身体が塵くずになるまで動く。


 「人間だった私はキョンシーにされて、他のキョンシー達と休みなしで働かされていました、しかしながら私はキョンシー化される前人間だった時の私は「何か」をしてキョンシー化による矯正を不完全なものにしたのです」


 さっきから重い話をつらつらと真顔で言っているがその言葉はだんだんと人間味があるように聞こえる気がする、しかしそれはあくまで気がするというもので断言できない。


 「その為、私は意図的な暴走を始め、同じ仲間や仙人を殺して権限を全て奪いました。そして、たまに街に出ては時代の流れを記録しているのです。カチャッ、キュルルル」


 …今の効果音はDVDかCDの回転音か?さっきの毒舌もちゃんと丁寧語になっているし、説明以外だと毒舌になるのか…いや、今はそんな事よりも重要なことを言っていた。


 「権限をすべて奪った」確かにそう言っていた。だとしたらあの結界は仙人が張ったものだが現在の結界の所有権は彼女にある。そして、彼女はキョンシーであるのに自発的に行動出来て何よりも札を張らずに自我を持っている。


 (まるで不老不死を実現できた仙人だ、だけど彼女は死んでいる)


 今まで、彼女を追っていたのは腐敗臭と表していたが、実際には少し違う。医学生だったためか色々な動物を解剖したりすることも少なからずあった。


 その時の感覚、言葉に表すととても難しいが敢えて表すとするなら「死者の気配」とでも言うのだろうか、身体から血の気が引いていくような、ゾクゾクッと鳥肌が立つ決して冷静を保てるような感覚ではない。


 もし、冷静になれる人がいるのなら、それは紛れもない殺しの経験を持っている人だろう。


 「話し方は不完全な矯正で反抗的な行動を取っていたのでこれ以外の喋り方はほとんどしません、私の元ご主人はあの話し方をする私に鼻息を荒くしながら「お前の言葉は心に響くよ」とご満悦した様子でした」


 シリアスな考えをしているのに何でそういう事言うかなぁ?さっきまで質問にしか答えもしなかったと思えばベラベラと物語ったりして、というかその仙人マジでM気質かよぉ!!


 でも、今はそんな事を考えている暇もないんだよなぁ。


 時計を見る、針はもう12時を指そうとしていた。片手に持っている食材は傷みやすいものは買っていないのでそこは安心だが、このまま彼女を一人にするのは心苦しい。


 この村が廃村となったのがいつなのか分からないが、今まで彼女はずっとここで一人ぼっちで死んだ後もずっと何十年も誰とも関わらずに天国にも地獄にも行けずにあの世とこの世をさまよっている、さながら「ジャックオーランタンズストーリー」のジャックのように


 「ねぇ、レイラと一緒に来ない?」


 それを聞くと彼女は一瞬顔を輝かせたがすぐに真顔に戻ってぽーっとした様子で後ろについて来る。


 「それじゃあ、君に…ううん、アシュリーにプレゼント」


 「?」


 「決まった呼び名がないと不便でしょう?いつもキョンシーシスターズ373号だと面倒だし、だから、ちゃんとした個体名だよ。アシュリー、それが君を表す名前でレイラからのプレゼント」


 彼女、アシュリーは何回か自分の名前を繰り返しながら後をついてくる。


 「アシュリー…アシュリー…名前…アシュリーの名前は…アシュリー…」


 「ほらアシュリー結界の中に入るよ、さあ早…く」


 結界の中に入った瞬間場の空気が一瞬で変わった。それは結界の中に入った時とは全く別の感覚、身体が瞬時に凍てつく程の空気、恐る恐る顔を上げるとそこにいたのは…


 「あ…あぁ…」


 青龍、それも5メートルもない程の距離、長い身体をうねらせながら目を光らせている。その光は恐怖を感じさせるには十分でその場で動くことすらできない。


 次にアシュリーが結界の中に入った時、青龍は大きく吠えて大きな牙をこちらに向けてきた。


 「……っ!」


 死ぬ、そう思い目をぎゅっと閉じながら誰に聞かせるでもない言葉を心の中で何度も繰り返す。


 (ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい)


 それは命乞いに使う謝罪か、好奇心に抗えなかった自分自身への謝罪かただただ繰り返す。


 次の瞬間、グイッと服ごと引っ張られると同時にボスッと何かに乗せられた、最初はボロボロと流れる涙で視界がぼやけていたが、それはすぐに乾き視界が戻る。


 「…え?」


 今自分が置かれている状況に啞然とした、青龍の背に乗っている。アシュリーも一緒に、青龍は結界の中を素早く移動して1分もかからずに路地裏側の出口まで送ると器用に俺たちを降ろして、再び彷徨うように飛び姿が見えなくなる。


 「相変わらずおっせぇよ。40秒でできるなら次は30秒で出来るようにしやがれ」


 状況が飲み込めないままアシュリーは毒舌を浴びせる。


 それからは特に何も問題は無く、家に帰ることができた、後から聞いたのだがあの青龍は案内人のようなもので危害を加えなければ基本的には無害らしい。


 そして、あれは青龍そのものではなく仙人が作った複製品クローンのようなもので実力は本体の20分の1にも満たない戦闘力らしい。仙人の技術は個人によって変わるがその強さはどれだけ長命であるかによる。


 伝承によると千年生きる仙人もいれば一万や身体中が腐りゾンビや骸骨のような見た目の仙人もいるらしい。しかし、それでも仙術としての実力は凄まじく、様々な能力を持つらしい。


 アシュリーを家に連れ帰ってからはエイラに猛反対された、当たり前と言えば当たり前なんだが、経緯を話すと俺の行動に感動したのか涙を流して、渋々といった感じで賛成してくれた。


 とはいえ、猛反対した理由は初対面でアシュリーが毒舌で出合い頭に無意識に罵倒したからというのもあるが、とにかく毒舌を治すために言葉遣いを改める事を最優先事項としよう。


 とはいえ、いつまでもここに住ませる訳には行かない、というか父さんと母さんがこの事を知ったらどうするかは考えるまでもない。説明を一切聞かずアシュリーを切り捨て御免するだろう。


 問題が山積みだ。自業自得ではあるが、喋れる人?人と言っていいのか分からないが今まで危害を加えられたのにそれをしなかったという事実だけで、アシュリーは無害な存在だという事が証明できるだろう。


 View Change アシュリー


 今まで孤独に生きてきたキョンシーは主人である仙人を手にかけて権限を奪った、仮とは言え自身と同じ術を施された姉妹もなくし、村で暮らしてきたキョンシーは永い永い時を越えてある人と出会った。


 理解不能、理解可能、否定、肯定、あの時はそれ以上に考えることなどなかったのに、なぜあの時記録した限りの事を話したのか自身でも理解が出来なかった。


 理解不能理解不能、今までして来た事を塗りつぶすほどの無意味な行動、それを聞いてもらえるだけで、永い間動かないはずの顔が変わってくる。


 口角が緩み頬が吊り上がり、瞳が細まる。知識が覚えている。


 私は今、笑っている。


 なのにどうして涙が止まらないのか、理解不能


 私は、今まで、いま、まで、ずっと…寂しくなんて…なかっ、た…のに…ずっと…ひぅ…ひと…りっ…で…ひとり…でぇ


 ぽろぽろと涙が緑色の瞳から流れ出る。それは生前にも流した涙、死んだ後、流したくても流れなかった、それが今再び流れた。


 今まで止まっていた時間が動いたように、歯車は今再び、動き始めた。

次回4月末予定

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