第十三部 三章 凍りつく出来事
4月18日
View レイラ
「っ………」
失敗した。
失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した。
失敗したがゲシュタルト崩壊しそうな程失敗してしまった、よりにもよって…こんな、こんな日に…一人でスーパーマーケットに来てしまうなんてっ!!
~一時間前~
「おはよう、母さん、朝ご飯は何がいい?大抵なんでも作れるけど、どうする?パンとお米はどっちがいい?」
寝ぼけ眼をこすりながら呼び掛けるが、その問いに応える声はなかった。
「…あれ、母さん?」
再び呼び掛けるが、反応はない。いつもはこの時間帯にはまだ家にいるはずなのに…家の中を探してみたが、家事をしているような痕跡も寝坊しているわけでもない。
一通り探してリビングに戻ると机の上に「レイラとエイラへ」と書かれた置き手紙が置かれていた。
紙には走り書きしたような筆跡で「しばらく家を空けます。中々戻れないけれど、お留守番はしっかりするんだよ。ご飯は朝昼夕三食食べて、夜にはちゃんと寝て、間食はあまりしないようにね、お母さんとの約束だよ」と書かれていた。
(…なんか、少し過保護度が増したような…気のせいかな?)
とりあえず、母さんが出かけている事は分かった。それならご飯の準備は俺とエイラの2人分だけでいい。そう思いながら冷蔵庫を開けると材料がほとんど残っていなかった。
「チーズと牛乳…あと鮭が二切、奥には…あっ、生ビールが四本、瓶ビールと赤ワインが3本づつ…これは没収っと…」
一方その頃アリアは…
「ハッ!?何か嫌な予感が…まるで自分のお楽しみがはく奪されたようなっ!」
ダンジョンで誰に聞かせるでもない独り言を呟いていた。
「ええっと、他には…っと卵はまだ数パックと、わっ、すっごく高そうなハム…でも朝ごはんには向かなそう…ラーメンの具材としてなら使えそうかな?野菜も全部切らしている…残るは…」
冷凍庫を開けると冷凍食品ばかりがぎっしりと入っていた、少しだけスペースがあるところを見るに母さんはそれを食べて出かけたのだろう。
インスタントもストックが多く用意されており、自分で何か作るには少なすぎる程に食材が足りなかった。
「…仕方ない」
自分の部屋に戻って、パジャマから私服に着替える、もちろん多少の変装をして明るい色のパステルカラーで陽キャ的な雰囲気を出しながら鏡に向かってポーズする。自分の机から財布と家の鍵、スマホ(GPS付き)を持って出かける準備をする。
「んみゅ…もう、あしゃなの…?」
のそりと布団の中からエイラが顔を覗かせながら、だらしない姿で頭をカクカクしている。
「起こしちゃった?まだ眠いならもう少し寝てて大丈夫だよ」
「あと…5分、いや…30分…くぅ…」
「朝ご飯出来ているからチンして食べてね…それくらい自分でできるでしょ?」
「…お姉ちゃん、私を何だと思ってるの?」
「さあね~」
…あぁ、そう言えばこういうやり取りをあいつともやっていたっけ、今頃どうしているかな…約束、破ったこと謝りたかったな。
前世で物心ついた時には、既に友達だった。家が隣同士だったしうちの診療所にも割と通っていた、別に怪我もないし病気でもないのに、あれだけはただ他の人の迷惑になるからやめてほしかったけど、中学生になってようやくという感じだったな。
「それじゃあ、行ってきます」
玄関で呟くように言って扉に手をかけようとした時…
「あっ」
靴ベラの横に母さんからの贈り物の刀「アラクニド」と投げナイフが何十本も置かれている。
(…明らかに過保護通り過ぎているんじゃない?モンスターを狩りに行くんじゃなくてスーパーで食材買いに行くんだけど!?)
心の中でツッコミを入れながら出かける、何故かアラクニドと投げナイフを隠し持って…いや、なんで!?自分で持っていきながらもなんで!?そもそもなに当然のように隠しているのオレェっ!
しかも隠し場所がスカートの中っていうのもおかしいし、手間かかるでしょこれ、あぁ~もうっ!こうなったら短期決戦だ、パパッと買い物をして直ぐに帰ろう、そうしよう総称類(精一杯のギャグ)
~現在~
バトルアリーナで少しは人目に慣れたと思った自分がバカだった!バレてはいないけど、こんなに視線が刺さるものだなんて…うっ、視線だけで酔いそうだ、速く終わらせたいのに頭がグワングワンする…
普段ならこれくらいの買い物は20分かからない程度のものなのに、売っているエリアへの移動すら視線による精神攻撃でやたら時間が掛かる。
(大丈夫だ、話しかけられなければ大丈夫。目を合わせなれば大丈夫、帽子を目深にかぶってれば大丈夫)
自己暗示を頭の中で繰り返しながら、帽子をかけ直してスーパーの中を早歩きで回る、しかし、周りの人が俺をチラチラと見ているのはなんでだ?ま、まさかバレて…
~同店内 少し離れた所~
(あの子なんで帽子を被ったまま買い物してるんだ?)
(うわぁ、派手なお洋服…わたしも昔ああいうの持っていたけど、人前に出るのが恥ずかしくて、クローゼットの肥やしになってた気がするわ)
View Change レイラ
だ、大丈夫、バレてないバレてない。でも、速く終わらせたい~っ!
結局人通りの少ない所を選びに選びまくってスーパーの中を90分も歩き回る事になってようやく会計を済ますことに成功した。
(つ、づがれたぁ…この身体、人混みにぜんっぜん慣れてない。たった5~6人に見つめられるだけで涙目になるし、もうやだ…)
レジ袋に商品を入れながら、そんなことを考えると視界の端に椅子が数台置かれていた。利用している人の多くは両手に多くのレジ袋を抱えていたりしている。
幸いにも壁際の一番端の席が開いた。俺は両手に袋を持っているし、特に座っても問題ないと思う。
その席にそそくさと向かい座って一息つく。今まで、何度も人目に触れて涙腺崩壊寸前で耐えてきた、上着のポケットからハンカチを取り出して目に当てて目が疲れたふりをして涙目を隠す。
荒い息を隠して天井を見上げながら、レジ袋を足で軽く挟み店内全域に渡る常温に浸りながら心地よさを堪能する。しかし、ずっとこのままでいたら後から来る人にも見られる可能性がある。今はそれほど多い人がいるわけではないが、客足は徐々に増えている、恐らく俺が来た時よりは増えているだろう。
そして、立ち上がろうとした時…
「お嬢ちゃん、少しいいかの?」
突然の声に驚きながらも目深にかぶっていた帽子をずらして見上げると、そこには齢80歳前後の老人が立っていた、髪は白髪だがほんの少しだけ黒髪が混じっているのか白に近い灰色の髪の毛、そして、スーツ姿がよく似合う、典型的な初老執事みたいな印象を受けるが、声はしわがれている。
「な、なんですか、おじいさん」
(あれ、つい咄嗟に返事しちゃったけど、何だろう。意外と普通に喋れる…おじいさんだから、そこまで危険性を感じないのかな、それにしてもこのおじいさん、誰かに似ているような…誰だったかなぁ)
「わしは今日この国に来たんじゃが、長旅で疲れてしもうてのう、よければゆっくり休めるところを知らぬか?」
「あっ、すいません。どうぞお座りください」
すぐに椅子から立ち上がり、席に着くように促そうとしたが、それを力なき手で制して首を横に振る。
「いや、席を譲ってほしいのではなく案内して欲しいんじゃよ。屋外で人があまり訪れぬ、公園のような場所がいいんじゃが、知らぬかの」
(屋外…外で落ち着けて、休める所、あまり人が来ない、おじいさんだから近い所がいいよな…すると)
「百合園広場はどうですか?4月はお花見シーズンですが、そこは季節外れの植物ばかりなので、あまり人が来ませんし、カントリー風という感じで有名ですよ」
「ほほう、それはどこにあるのじゃ?」
「このスーパーを出て右の…あぁ、これから帰るので途中まで送りますよ。通りかかりますし」
「おお、このような老いぼれに気を利かせて送ってくれるとは、幼子の敬老精神は最高じゃのぉ~」
スーパーを出て百合園広場まで送る。周りの人からは孫と祖父を見ているような眼差しを向けられるが、少し強引に話題を振って気にしないようにする。
「おじいさんはどうしてシャリア王国に来たんですか?」
「わしは息子と孫、そしてひ孫娘に会いに来たんじゃ、歳で足腰が悪くなりがちでの行こう行こうとするも止められてばかりで…リハビリを重ねて今年ようやく来れるようになったんじゃ、初めてのひ孫との出会い、確か丁度お嬢ちゃんぐらいの歳らしい」
「そうですか、ぜひその人とお友達になりたいですね」
「そうじゃな、機会があれば紹介しよう。お、広場はあそこかい?」
おじいさんが指さした場所は近くに看板があり、そこには百合園広場と書かれておりその下に説明文が書かれている。この広場の名前の意味、何年何月何日にでき、歴史が事細かに書かれている。
「そうです。中央の噴水の近くに休憩スペースがあるので、そこまで案内しますね」
「本当にすまないね。この恩はいつか返させてもらわないと気が済まない。お嬢ちゃん、お名前は?」
「…レイラ、レイラ・オーガスタ・キャロル」
「レイラお嬢ちゃん、この「高松宮 龍次郎」いつかこの恩を返させてもらうよ。また会おう、麗しきお嬢ちゃん」
「はい!またいつ…かっ!?」
あるものに気がつき勢い良く振り返る。嫌な気配を感じ、その方向に目を向ける。それは公園の向こう。目を向けた時にはその気配の主であろう服の端が角に消えていく瞬間だった。
次の瞬間、それに突き動かされるように、その後を追う。それの気配は嫌な気配というよりは前世に感じた医学生の時に何度も感じた、あの匂い―腐敗臭―
(ゾンビ?いや、それなら大騒ぎになっているはず、周りの人は気づいてない。でも何かおかしい事は分かる、どこに行った、どこに…)
さっきは服の端しか見えなかった。しかし、追った先は丁度人が多くなる時間帯、誰もが行きかう大通り、この中から見つけ出すのはほぼ不可能。
(犬みたいに嗅覚に頼るしかないっての?でも、やるしかない)
人混みをすり抜けながらあの匂いを探す。スンスンと鼻を鳴らし、臭いを辿る。
「あった」
思わず声に出して向いた先は赤いカラーコーンにテープを巻き付けてある立ち入り禁止区域、その先には人が通れない程の小さな瓦礫が散乱している。
多分、レイラの身体ならアスレチック感覚で通れる、テープの下をくぐり抜けて瓦礫の上を通る。
進むにつれて瓦礫の小ささは無くなっていき、大きな岩やひび割れた石畳が小さな通路に立てかけてある。もしも大人だった場合通るのに苦労するだろう。
(だけど、今の俺は子供、これくらいの小さな道簡単に潜れることくらい、朝飯前だっ!)
更に奥へ進むと瓦礫は無くなり土や雑草が隙間から生えている道になった。それにつれて先程の腐敗臭もだんだんと強くなりつつある。その臭いに顔をしかめながらも歩みを進める。
立ち入り禁止区域の割には一本道、小さな瓦礫で足場が悪いにしては人手が足りていればいつでも整備出来て若者が抜け道として使いそうな漫画でよくある裏道、少し奇妙だと思いつつもこの腐敗臭がそんなことを頭からすぐに追い出してしまう。
その時にヴンッと電子が切り替わったような音と同時に辺りの風景が変わる。今まで通った道は無くなり俺が立っている場所はガラスのようなブロックの上そのブロックは連なり道を作っている。周りは夜空の星々が煌めいて、まるで宇宙に放り出されている気分だ。
(まさか、罠か!?誘い込まれた。いや、まさかこれは…)
通ってきた道、ガラスのブロックがないところに足をゆっくりと置くと再びヴンッという音と同時に先程の風景が戻った。足を話すとまた宇宙の風景が映し出される。
「これは結界、それに高度な技術を含んでいるぞ」
今まで鼻を突くような腐敗臭もこの結界の中ではピタリと消えた、しかし、結界に自由に出入りが出来るなんて、ますます意味が分からない。
しかし、他に道はない、「好奇心は猫を殺す」というが「虎穴に入らずんば虎子を得ず」とも言う。意を決して結界内を探索しようと一歩を踏み出した、その時…
グオァァァァァァァァァァァッッッッ!!という方向が真上から響いてきた。その方向に反射的に顔を向けると青緑色の体色に蛇のような長い胴体、赤く鋭い眼、今まで伝承や葛飾北斎の風景画でしか見たことがないが、理解した。
龍だ。それも翼を持たずに、この結界の中を泳ぐように漂っている。その速度は凄まじく、すぐに遠くへ行ってしまった。
遠くへ行った後もしばらく俺は放心していた。今までモンスターや魔物は本で見たり、テレビの特集で見た程度、この世界で初めて見た、魔物は作中最強クラスの強さを誇る龍種の中でも強さの次元ではないと言われる「青龍」それが数秒間とは言え自分の真上を通った衝撃に未だ飲み込めていない。
今すぐにここから逃げ出したいという心、この結界内を探してあの腐敗臭の根源を探したいという心、なぜ青龍が結界内を漂っているのかという心、それぞれが頭の中を駆け回り、身体は指一つピクリとも動かせず、我に返るのには約5分程の時間を要した。
(流石に今のレベルじゃ青龍に勝てるわけがない、バトルアリーナで俺のレベルは30、ゲームで期間限定イベントで青龍と軽い気持ちで戦ったら平均レベル80のパーティが1ターンで体力10分の1まで削られた。一番の幸運は強制的に相手の手番が最後だということだ。MPがカツカツになりながらも、ようやく勝てたが、もう戦いたくないと思った)
しかもこれは現実、エンカウントしたら=死以外の何者でもない。
幸運だ。今の俺の幸運しか頼ることは出来ない。この結界内には青龍1匹以外のモンスターはいない。何とか青龍の目に止まらずに駆け抜けて、結界を脱するしかない。
全力で走り、ブロックの上を渡る。カッカッとガラスの音が意識するしないに関係なく小さく鳴る。
結界内を歩き続け時折スマホを見る、電波は圏外だが時間は確認できる。10時半スーパーから出てまだ一時間も掛かっていない。
予定ではもう家についている頃だが、今は両親は出かけているし、まだお昼ご飯の時間でもない。エイラが心配しているかもしれないというのが一番の気がかりではあるが、今は自分の事で精一杯だ。
結界内を見渡すが特に気になる物は無い。変わらないものと言えばただどこまでも続くような一本道に、継続的に聞こえる遠くからの青龍の咆哮、それに警戒しつつも結界内を走り続ける。
それからどれくらい走り続けただろうか、1㎞程走り続けたとも思えば、まだ400mしか走ってなかったとも思う。しかし、時間を視れば10時35分さっきからたった5分しか経っていなかった。
どこまで続くか分からないこの結界内をただただ祈りながら進む。
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