第十三部 一章 幻獣の村
4月17日 午前0時
View アイシャ
「すぅ…すぅ……んぅ?」
微睡に促されるまま眠っていたはずが、背中が硬い地面に当たる感覚で目が覚める。そこは眠った場所ではなく、秋の風景のような紅葉が風に吹かれて空を舞っている光景が広がっていた。
「俺、何でこんなところに…夢?」
地面に触れたり、手の甲をつねったりしてみるがやけに現実味を帯びていて痛覚も感じる。寝ている間に、さらわれたと言われれば納得してしまう程に今の状況は夢でないと分かる。
まだ意識がはっきりしない事で無理矢理にでも覚醒するために頭を大きく振って辺りを見渡すが先程から夢と現実が入り乱れたような感覚が交差する。
紅葉が空を舞っているにも関わらず風の音が聞こえない、肌に触れた木の葉の感触を感じない。正に自分自身が幻の存在になった感覚だ。その事を考えて今まで疑問で頭が埋め尽くされていたアイシャの頭は不安で上書きされた。
ゾワゾワした身体から鳥肌が立ち、不安で立つことも出来ずに体を震わすことしか出来なかったアイシャの耳に聞き覚えがある声が聞こえた。
「ぉーぃ」
誰かが近づきながら手を振っている、しかし、恐怖で動けないアイシャはその方向に目を向けることが出来ずその場で釘付けになってしまったように身体を強張らせる。
声が間近になった時、アイシャはその声の主を目にする。
「ようやく見つけた。ここに来るには多少の誤差があるのか…だが、少し時間的に厳しいな。少し急ぐか」
そこには父親であるガルドが立っていた。しかしいつも見る様な顔色ではない。多少の生活改善で表情や顔色はよくなってはいたが、それとは比べ物にならない程の健康状態、肌は白粉でもぶちまけたように白く、肌色と呼べるものは見当たらない。
独り言を交えてアイシャに話しかけていたガルドだったがその様子を見てさらに驚いているアイシャを気にせずに胸の片隅に抱えるようにするとその場から飛びあがり、木から木へと飛び移りながら秋の風景を駆けていく。
アイシャは何かを喋りたくしているようだが、ガルドの移動速度はとてつもなく速く無理に喋ろうとすると葉が喉を詰まらせたりしてしまいそうで話すことが出来ない。
「ここは夢の現実の間、俺はそのまんま「境界」と呼んでいる」
ガルドはまるで何を聞かれているのか知っていたように語りだす。
「誰もが夢を見るのは脳の一部による働きによるものだけだと思われているがそれだけじゃない。夢を思い出す事は難しいようで簡単だったりする。ゲームをする夢で最上級のレアを見つけた夢はそのゲームをした時に見た夢を思い出す」
「しかしおかしいと思わなかったか?夢でみたレアは存在していなかったのに夢の中では勝手に「そう言えばこういうのあったな」と思い込んでしまったり、見覚えのない場所にいても「ここは家の近所じゃないか」とまるで催眠でもかけられたように思い込んで夢から覚めると催眠が解けると同時に…昨日の出来事がフラッシュバックして夢を塗りつぶしてしまう」
「夢というのは無意識に生物が生み出す「世界」そのものだ。「いい夢」「悪い夢」「どうでもいい夢」そして、それと対比するリアリティが凝縮されて再現した世界が現実という「世界」ここはその中でもごく少数しか入れない境地、秘境と言ってもいいだろう」
「その中でもここは夢に近い場所、時間の流れは早い、今から向かうのは境界の中の境界その名を…」
ガルドは急激に速度を落とし、地面を踏みつけるとその地面は土のような柔らかい地面ではなくコンクリートブロックで出来た道路のようなところだった。その正面には神社の鳥居のようなものが見えるが、その先にあるのは藁や木造の家が立ち並ぶ田舎と言ってもいいくらいの小さな村が見える。
「幻獣の村」
「……」
未だに状況が分かっていないアイシャはガルドに手を引かれその鳥居を潜り抜け村の中に入る。
その村はとにかくおかしかった。魔物のような姿を持った生物がエコバックを持って表情の読めない顔をしながら歩いていたり、触手を身体中から伸縮させながら他の化物と追いかけっこしている生き物が至る所にいた。
特にその生き物たちは危害を加える訳でもなければ、叫ぶこともないが、自分たちを見て驚いているようだった。しかし、その感情はアイシャではなくガルドに向けられている物だった。
ガルドは迷いもなく村の奥へ向かうと入り口にもあった鳥居があった。しかし、今度は鳥居の前に誰かが立っている。
和服の着物を着て顔には狸の仮面をつけているこの村では珍しいと言える人型の生き物だった、それでも肌は薄緑に光沢が塗られたような感じになっている。
さっきから予想外の連続でアイシャの頭は裂けてしまいそうな程の頭痛が起きていた。ガルドは狸の面をつけた生物に話しかける。
「久しぶりだな」
「はい、誠にお久しぶりです。体感では780万年ぶりといったところでしょうか」
「そんなに経っていたか…相変わらずここの時間は常識が通用しないな…それで通してもらえるのか?」
「ええ、既にお話は伺っております。しかし、お連れの方は先にメンタルケアを行った方がよろしいかと」
ちらりとアイシャに目線を送るとガルドがそれに気づき、懐から錠剤を取り出す。
「す、すまない。我が娘ならこれくらい大したことは無いと思っていたが…」
「こういうのなんて言うんでしたっけ?ウワバミではない。でしたか」
「蟒蛇は酒に関して言うものだ。ただ人外になれていないんだろうよ」
錠剤を飲んだアイシャはまだ顔色が優れないがさっきまでに比べると少しは落ち着きを取り戻したようで狸の面の人に軽くお辞儀をした。
「では、どうぞお通り下さい」
そう言うとその人(?)は鳥居から離れる。
鳥居をくぐるとそこには大きな階段、遠目では分からなかった一段一段が2メートルくらいの超巨大階段が400段くらいずらっと並んでいる。もしこれを登り切ったとしてもそこからさらに階段が伸びていると考えるとそれだけで疲れてくる。
「っっっっ…!!」
「取りあえず上るぞ、そのまま上がろうとすると最悪全身複雑骨折してピカピカの仏様になっちまうから気孔術で身体を強化しながら防御も上げて上がってくれ、普通なら風魔法を使えばいいが…魔法は発現していない以上、気孔を使う以外方法はないからな」
「ぱ、パパ…一応聞くけれどこれは何段あるんだ?」
「427段」
(語呂合わせすると「死にな」じゃん…)
心の中でツッコミをしているとガルドはその場で軽く二回ジャンプすると気孔を瞬時に纏って一気に30段くらい登った。
「あ~…くっそぁぁ!!」
呆れた声とヤケになって階段を上り始める。最初は調子が良くても2段上がるのがやっとだったが、半分の200段を超えたあたりからトランポリンかバネでもつけているように徐々に飛び越えられる段が増えていき、ついには20段を超えられるようになった。
そのあたりから段々と飛び越えるのが楽しくなって、空中でクルリと一回転するほどに楽しんでしまった。
そして、登り切った後…
「っ…………!」
「予想以上に楽しんでもらったようで良かったよ」
童心に戻ってアスレチック感覚で楽しんだ事で我に返った途端、羞恥心で顔からマグマが吹き出しそうになるほどだった。
「さてと、目的地はもう見えているぞ。あれを見てみろ」
熟したリンゴのような顔を抑えながら指の隙間からパパが指差したところを見る。そこは一見するとただの牧場、しかし、柵の中にいるのは動物によく似てはいるが、違う生き物、村で見た生き物とは違う家畜やペットのような奴だろうか、手のりサイズのゾウや1メートルを超える兎、他にもケルベロスとでもいうべきだろうか、頭が三つの犬と頭が二つの犬がじゃれ合っている。
「先ずはここの管理者に会いに行くぞ。ついてきな」
「あっ、待ってくれ、パパ」
急いでついていくと牧場の舎の隣に建っている小さな家の中に入る。
「加羅爺、入るぞ」
「少しくらいは礼儀というものをわきまえないか、おぬしらしいと言えばらしいが…」
「はっ、それが取り柄とも言っていたのはあんただろう」
扉を開けてすぐのところには中性的な声をした大男が座っていた。しかし、妙だと思う感覚で少し身構えてしまう。
妙だと思ったのはその不釣り合いな雰囲気と言うべきだろう、ただでさえ大きいと思える身長に威圧感を感じるのにその顔からは無気力なやる気がない雰囲気が出ている。
まるで下手な腹話術かロボットと会話しているようだ。それでもガルドは特に顔色を変えず、家の中にずかずか上がり込むと俺もそれに続いて家に入る。
ある和室に入ると人数分の座布団が置かれており、座ると大男はいつの間にかお茶を用意して、自分用のお茶を一口飲み「ふぅ」と一息つく。
「こうして会うのは久しぶりだ。そっちの世界では何年経ったのか教えてくれぬか」
「俺たちとしては早速本題に入りたいところだが、まぁいいだろう。確かあったのは14歳の事だから、丁度10年だな、思い返すと時期も今くらいか…」
「そうか…もうそんなに経つのか…」
「時計どころか時間の概念すら無縁のあんたらにとっては思い出にふけるようなものでもないだろう」
「そうだな…もう一つ聞きたいがあいつらの事も聞きたいな」
「おいおい、こっちから訪ねてきたのに質問攻めか?おちょくってんじゃないだろうな」
「そうではない、ただ…」
そう言うと加羅爺と呼ばれた男は髪をクルクルといじりながら下唇を軽く嚙みながら言う。
「その…気になるだろう。信じて送り出した子供の事はよ…」
「…プッ、だっはっはっはっは!!ま、まさか加羅爺!あっ、あんたまさか昔っから変わってねぇのかよ、そのファミコン(ファミリーコンプレックス)!!少しは大人びた口調だから変わったのかと思ったら中身は変わってねぇのかよ!!ヒャハハハハハ!!あ、あいつらが聞いたら…どんな顔するかな!うっはっはっはっは!!ゲホッゲホ、おえっ」
「パパ、失礼じゃねぇ?死ぬほど笑い転げるのは、気持ちは分かるけれど、僕にとっては困惑しかないけれど」
「あ、あぁ、フフフッ、すまない、はしたなかったね、男でもそこは自重しなければ…それで何だっけ?あいつらの話を聞きたいんだったな…そうだな、元気にはやっているけれど、君が思い描いたような元気ではないな」
「?どういう意味だ」
「それはこれから言いますよ。だけど、その前にこの子に幻獣の事を少し説明しなくてはいけませんね、このままだとこの子を置いてけぼりにしてしまうので」
「パパ?」
「すまないな、時間もないから手短に話すぞ」
パパの話を聞くと14歳の頃、気孔を身体に纏ったまま寝てしまった際、普段は無意識領域の境界で覚醒してしまい、幻獣の村の住民に仲間だと思われてしまい、境界の存在を知ったらしい。加羅爺さんとはその時に知り合ったと言う。
人間の身でありながら境界に入れた事に加羅爺さんは興味を示して、ある提案をした。幻獣の使役、幻獣は名の通り幻の獣「夢か現か幻か」という言葉の第三の選択肢の代名詞みたいなものらしい。その幻獣は現で顕現できるのかを知りたかったらしい。
結果、現で幻獣の召喚に成功してそれからは幻獣の一匹を自由に使役することが可能となった。その幻獣の名は…
ヒドラ、巨大な胴体に9つの頭を持った大蛇、神話ではヘラクレスによる12の功業のうちの1つ不死の首を持つ事として有名だ。
パパは使役したものの扱いに困った所それぞれ9つの頭は分裂して人間社会に溶け込むこととなった、召喚者のパパの命令には聞くもののそれ以外は特に縛られることなく自由に暮らしているらしい。因みに分裂した個体は全員女性の姿をしているという。
長女は八百屋の定員、次女はデパートのアパレル定員、三女はレストランシェフ、四女はカジノディーラー、五女はコスプレイヤー、六女は動画配信者、七女は学校教師、八女はベビーシッター、九女は遊び人と、個人的に幻という名に恥じて欲しい程、現実世界をエンジョイしているらしい。
それを聞いた加羅爺さんは「うーん、うーん?」と少し考えてから「まぁ、元気ならいいか!」という決断に至ったらしい。
「さて、時間を結構食っちまっただろう。ここに来た目的、我が娘であるアイシャに幻獣を授けてもらいたい」
やっぱりか、でも幻獣は今まで名前しか登場してなかったいわば新要素だ。ネット上ではフェンリルのような遭遇率が極端に低い魔物だと思われていたが、公式には違うとされているため、新しい要素がいつ出るのか心待ちにしているプレイヤーも多い。
「言伝はすでに聞いている。他の人間なら即座に記憶を抹消して送り返すが、他でもないガルドの頼みだ、ということで既に用意は出来ている」
加羅爺さんが懐から小さな布で包まれた形状から見るに箱のようなものを取り出して目の前に置くと慎重に布を取るとそこには…
「……か、かわいいっ!!」
思わずその箱の中に入っている生き物を見てそのような言葉が出てしまった。箱の中にいた生き物は2匹、内一匹は狐のような見た目をしているが額に赤い宝石が埋め込んであるつぶらな瞳にパピヨンの特徴である蝶々みたいな耳をピコピコ動かしている。
もう一匹はたてがみが尻尾の前まで伸びていて、4本の指、その先には3㎝程の爪とふっくらした丸っこいお腹に猫の耳と鼠の顔を合わせたような不思議な動物だった。
2匹は箱の中をウロウロしているが、俺がジッと見ているのに気がついて目が合うとパチパチと瞬きをして「なに?」という感じで首を傾げる。
「チチチッ、おいでおいでーGood boy Good boy」
「へぇ~珍しいな、カーバンクルは見たとこあるがもう一方はなんだ?」
(そしてアイシャ発音いいな)
「こっちは今朝生まれたばかりの雷獣だな」
「雷獣って…もしかしてトールか!?でもあれは牛のようなものなんじゃないのか」
「トールとは身体的特徴事態違うな、共通点としては電気を纏っている程度だ。それはともかく、独断だがガルドの娘よ、その2匹が君にあっていると思った」
(それと発音よかったな)
「どっちもお持ち帰りしていいの!?」
既に箱から出して両腕で抱きかかえる。2匹は服をはむはむ咥えるが歯が発達しきれていないので生地に穴が開くようなものじゃなかった。
「俺から加羅爺に出した条件のものはアイシャの気孔にあった幻獣を用意して欲しいというものでな、アイシャの気孔は身体強化よりも毒耐性に優れていたからその2匹はベストマッチと言えるだろう」
ガルド曰く気孔使いには大きく分けて「身体強化」「攻撃耐性」「攻撃軽減」「状態異常耐性」「状態異常軽減」の5つに分かれて一人一人いずれかに特化しているらしい。
アイシャの特化は状態異常耐性属、毒耐性というものであらゆる毒を即座に中和、抗体が出来る物らしい。カーバンクルと雷獣には爪と牙、体表に微量ながら毒が含まれているが、その症状が出ていないとなると既に抗体が出来ているみたいだ。
「加羅爺、ありがとな帰りはいつものところでいいのか?」
「ああ、せっかくだから見送ろう」
2人についていったところは、牧場から少し離れたところにある高いフェンスに囲まれた湖、そこには星々が映っている。
パパと手をつなぎながら2匹を片手でギュッと抱きしめると意を決してその湖に飛び込む。すると、身体中の空気が一気に抜けていく感覚が身体を襲い、苦しみで水面に上がろうとするも、身体はグングンと皆底へ沈んでいき、やがて俺は意識を手放した。
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