表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/134

第十二部 肆章 魔界の紫炎雲


 「……」


 ネメシスが集結して10日後、ニコルが大鷲を腕に乗せて足の紙を取り出すと、鷲に固形の何かを食べさせる。それをついばむと大鷲は再び大空へ飛び去っていく。


 「どうだ?雲の動きは」


 隣にいたゲンブが問うとニコルは紙を広げていく、するとニコルの顔が徐々に険しくなっていく。


 「予想以上に早くなっているな、水平線上でしばらく停滞した後に速度は三倍に上り、こっちに向かって一直線に向かっている。それと共に海の魔物も活発になっているらしい」


 「海…か、少し、まずいな」


 この国は海辺の近くは砂浜が少ない、それだけなら特に問題は無いが、雲が来ている方向は港近く、水棲の魔物は砂浜に上がると我先にと陸地へ向かうため後続の魔物は砂を浴びるため陸地へ上がる速度が遅い。しかし、港では砂をかけられる心配もないため大群で押し寄せてくると、非常に厄介な事となる。


 「船上で戦う事も…無理そうだな、下手に戦力を分散するといざという時に対処が出来ないとダメだ」


 水棲の魔物と陸地の魔物の一番の違いは領域の戦闘力だ。陸地の魔物は人間と同じ条件であるため、危険度は変異種を除き、変動が少ない。しかし、船上や海上で水棲の魔物と戦うとなると分が悪い為陸上と海上での危険度は大きく変わる。


 「前の報告だと2週間って言ってたよな、あの速度だと遅くても2日には着くか?」


 「いや、あの大きさを考えると今日中には魔物が港に押し寄せるだろう。あの雲の中にどれだけの魔物が潜んでいるか分かったものじゃない。飛空系の魔物も多いだろうな、弓で攻撃しようとも雷で撃ち落とされるんが関の山だろう」


 「ギルドマスターに港にバリケード設置をお願いしとくか」


 「やめとけ、この国の馬鹿どもが撤去するだろうよ」


 「…そうだな、これだからバカは気に食わないんだ」


 「縁なき衆生は度し難し、とはよく言ったものだな、こちとらお前らのために必死になって頭回して考えてるってゆうのによ」


 「取りあえず、俺達は今できる事をやるだけだ。バインドに戻って迎撃の準備とあいつらにも何か提案があるかもしれない」


 「分かった、俺は話が分かる連中だけでも避難誘導を進めておく、あの高原で落ち合おう、目印にこれを立てておく」


 ニコルは自分のマフラーを槍に巻き付けて旗のようにすると街の方に向かって走り出す。


 ~バインド内 リビング~


 「おい、そろそろ時間だ。みんなそれぞれ準備してくれ、今日にでも魔物が押し寄せてくるぞ」


 ゲンブがそう言いながらバインドに戻って行くと、そこには…


 「あーひゃらってまいにちゃまいにちゃらんびゃっていりゅにょにれいくりゃぁいえらいいのにひゃあ?じゅ~としおらいおうにゃんておかひゃくにゃい?(あーしだって毎日毎日頑張ってるのにお礼言ってほしいのにさ、ずっと塩対応なんて、おかしくない?)」


 「おいおい、朝から飲んで行くって言うのに30分でダウンか?弦は部屋に籠りっきりだしよ。やっぱり、酒が合うのはレイラさんくらいだな」


 「いえ、これはソフトドリンクで…」


 「あーひゃはにゃあ!れんびゅのちゅまなにょにしゃあ、かんしゃのこてゅびゃもえっぱいゆーてひょしいのにゃああらまらってなれなれしれほしゃあ(あーしはさあ!ゲンブの妻なのにさ、感謝の言葉をいっぱい言ってほしいし頭だってなでなでして欲しいんだ)」


 「そんなの要領まもりゃ水と変わらんけ、ならまだまだ飲めるさかい、アリアもこがぁ酔ってんのにまだまだ飲んでいるさけ、ちょびっとでも飲みねま、ほれ、グラス注いだけ貢ぎ物と思って」


 「あっ、いや一口で分かりました。普通に限界で…」


 「ほーりゃあ!あーひゃにちゅきあってしゃきにちゅぶれにゃいれにぇえ!ほりゃほりゃあ!(ほら!あーしに付き合って先に潰れないでね!ほらほら!)」


 「あっ、噓っほんとに無理!がぼっ!ごぼぼっ!おえっ」


 朝っぱらから床下や酒瓶やワイングラスを机いっぱいに散らかしながら、こぼれたビールとカクテルが混ざった机に突っ伏しながら呂律が回らないアリアと要領を守ってほろ酔い状態のヨハネス、たった今限界を向けてアリアの酒の追い打ちを喰らって意識を手放したレイラがいた。


 「お前ら何やってんだよ!」


 「おっ、ゲンブもやる?これなかなかうまいもんらしくて我慢できずに開けちまったけど」


 「今はそんなことしてる場合じゃねぇんだって、ほらこれ自然物100%の飲み薬だ。酔い覚ましに使うもんじゃねぇけどこれ飲んでさっさと外出やがれ!」


 「おー、なんか変な形だな、プランクトンみたい」


 「自然物100%だからな、その分効果は絶大だぞ。後、材料費は全額請求させてもらうからな」


 ~20分後~


 バインドから全員が出て高原の真ん中に目印の旗ととニコルが待っていた。


 「ようやく来たか、さっき海にいる奴らに協力してもらって何とか水棲の魔物は対処できそうだ、だけど、飛空系の魔物は俺のテイムしている奴らじゃ対処できねぇ、俺らで何とかするしかない状況だ」


 「海にいる奴ら…テイマーって魚とかも使役できんのか、中々便利なもんだな」


 空を見上げると紫色の雲が徐々に近づいているのが目視出来るほどに空が淀んでくる。周りの白い雲はそれに吸い込まれるように集まっていき、通った後の空は快晴と言ってもいいほどの青空だったが、そこには魔物が多く群がって次々と紫色の雲の中に隠れる。


 「…不味いな、ここら一帯の魔素があれに吸い取られているぞ」


 「魔素を吸い取り魔物を強化する雲か…名づけるとするなら「魔界の紫炎雲」とでも呼ぶとしよう」


 「名前何てどうでもいいけど…あの雲の中の魔素は見えないの?弦さんは」


 「……増幅している」


 弦曰く、魔界の紫炎雲は自我と言えるものは無く、魔素の増幅器として存在しているらしい。自制できるものでもなければ操ることも出来ない。ただ、魔素の増幅という目的を果たすため魔素が満ちているこの地へ向かっている。


 魔物は魔素に引きつられ中毒者のように魔界の紫炎雲から追い出されようとも自ら雲の中に入ろうとする。


 「俺達はそれを邪魔する害人という立場ってわけか」


 「それで迷惑をかけているのはそっちの方だっての」


 「そうだな、それに、早速お出ましみたいだぞ」


 ヨハネスがそう言って指をさすと魔界の紫炎雲から黒雷が放たれ高原の一部に落ちると黒雷と共に首無しの騎士や亀のような魔物が出現する。それらの魔物は明らかな敵意を持ってこちらに襲いかかろうと一直線に向かってくる。


 「おうおう、随分堅そうだなぁ…ぶっ壊したくなるほど」


 ニコルはピィーッと口笛を鳴らすと遠くから獣の足音が徐々に聞こえ始め、10秒も経たずに前に出たニコルの周りには凡そ20種類の動物が集まった。動物はそれぞれ爪や牙には鋼や機械化しているようで、正に戦闘のためにつけられた装備が施されていた。


 ニコルが魔物の群れに向かって走り出すと同時に動物たちはそれぞれの方向に向かって走り出し魔物を倒し始める。


 魔界の紫炎雲は今もなお黒雷と共に魔物を出現させ続ける。


 生み出される魔物は多く、スライムやワイルドウルフ、ゴブリンなどの下級モンスターからハングリーベア、アイスララバイ、マカブルダンサーの高危険度の魔物まで多くの種類がこの高原に次々と落とされている。


 ガパラタートルのような硬い敵はニコルが従える動物のライオンやワニの強靭な牙が甲羅をいともたやすく貫き、ブラッドインセクト、虫型の魔物はヨハネスが斧で一振りするとそれは粉微塵になり風がそれを彼方に吹き飛ばす。


 「うーん、雨が降ったらこの子達の出番はないと思ったけれど、雷以外は無いようだし、あーしもそろそろぶっ放して発散させたいしねっ!」


 アリアはアイテムボックスに手を突っ込むと自分の身体の半分以上の大きさの長銃を取り出し、魔物が集まっているところに向かって連射する。


 それなりに使い慣れているのか放たれた銃弾は殆どが命中して、弾が切れたら慣れた手付きでマガジンをリロードして再び魔物に向かって銃弾を浴びせる。


 ネメシスの六人はそれぞれ自分に合った戦法を取り襲いかかってくる魔物を難なく葬り、互いに援護する程の連携も行える。


 しばらく戦いを続いたが魔物の数は一向に減らず、寧ろ多くなっているように思える。魔界の紫炎雲はこの高原の真上で静止しながら魔物を仕向けてくる。


 今まで数多の戦場を経験してきたネメシス達も多少の疲れが出てきて万全の準備をしてきたのにも関わらず、手負いの状態になってくる。


 その時、魔界の紫炎雲は今までより一際大きい雷を三つ落とした。その大雷から出てきた魔物は…


 「っ!!三時の方向に大型魔物の影あり、あれは…「コカトリス」だ!」


 「同じく七時の方向に大型の奴がいるな…めんどくせぇ、「ジャイアントデビル」」


 「こっちもか十一時の方向、「ミスリルゴーレム」あーしの銃も弾かれる」


 コカトリス、ジャイアントデビル、ミスリルゴーレム、どれも脅威度の部類に入る危険な魔物だ。


コカトリスは砂漠の地方に生息していて卵を守るため縄張りに入る者を両目の石化の魔眼で石にしてしまう。


 ジャイアントデビル、山岳地帯に生息する一つ目の巨人「サイクロプス」の最上位種、黒い皮膚からは鋼鉄の球を射出しその威力は戦艦をも貫通する程の威力を持っている。


 ミスリルゴーレム、水晶などの希少な鉱石を守るために古代の人々が作り出し、長い年月をかけて魔素を蓄え続けた結果、魔物として危害を加える存在になった。


 (石化のコカトリス、覇弾のジャイアントデビル、鋼のミスリルゴーレム…個体だけでも面倒なのに一斉に三体同時だと…どうする…一体に全員を向かわせると少ない負傷で倒せるが、他の魔物が黙って見ているわけない。最悪、街に向かって大暴れするかもしれない。

 だと言ってそれぞれ一体に2人ずつだと勝率が下がる。俺達のレベルは60前後、あれらは一体60レベルの5人分の戦力だと言われる。バカな!この状況でこの戦力…圧倒的に不利だ…このままでは)


 三方向からの大型魔物は徐々に近づいてくる。コカトリスの方向にはニコルとヨハネス、ジャイアントデビルはゲンブと弦、ミスリルゴーレムにはアリアとレイラ、武器を構えてはいるが、相手はそれだけではない。今も魔界の紫炎雲は魔物を送り続けている。


 「くっ!」


 全員、今の状況を理解しているのだろう。このままでは自分達が死ぬだけでなく、国全体が無くなり、魔物が蔓延る最悪の事態、世界を動かすほどの大事件になる。今、ここで食い止めなければ事態は更に悪化する。


 その時だった。


 コカトリスがギィと鳴き声を上げたと思うと全体から白い光がコカトリスの身体を覆うと、更にコカトリスは悲鳴と怒号が合わさった声を上げる。


 「あー、うるさいうるさい。うちの生徒は全校集会で一言も喋らないんだよ?少しは見習ってほしいな」


 コカトリスの前10メートルほど先には20歳程の年齢だろうか、グラマラスな体型でもし街中で見かけたらモデルか俳優の仕事でもやっているかと思うほどの女性が耳を塞ぎながら自身の5倍ほどの巨大ボウガンをコカトリスに向けていた。


 「うるさい生徒には少しお仕置きが必要かな」


 巨大ボウガンからは考えられないほどの速度で何かが打ち出された。その何かは肉眼では取られられない程の速度、例え今までの旅で培ってきた動体視力をもってしてもそのボウガンから放たれた物を捕らえることは出来ない。


 しかし、コカトリスはその身体を震わせ、巨大な足でボウガンごと女性に向けて、振り下ろす。


 しかし、その足はニコルとヨハネスによって切り落とされた。片足を無くしたコカトリスは体制を崩して地に倒れるしかし、すぐにでも体制を立て直し、再び襲いかかってくるだろう。


 「助太刀してくれたことには感謝します。しかし、ここは危険です。あなたは離れてください」


 「そういうわけにもいかないね。うちの可愛い生徒を助けてくれた礼だ。助けさせてもらおう」


 「生徒…助けた…?」


 「いや、君たちには関係ない事さ、手柄は君たちがたてたまえ」


 一方、ジャイアントデビルのところでは一つ目から2人を見定めると皮膚から鋼鉄の弾を放つ時にその目玉が撃ち抜かれた。その弾道から察するに後頭部からピンポイントで目の中心を打ち抜いたのだ。

 

 そこから500m先の建物からは5メートルもある超長銃を構えたスーツ姿の男性とその横に同じスーツ姿に赤い派手なネクタイを巻いた男性とその二人から少し離れたところに銃を運んできただろう男たちが立っていた。


 「ヘッドショット、お見事です。樹三戸先生!」


 「後は援護に徹するとするか」


 「いいんですか?まだミスリルゴーレムが残っていますが」


 「その必要はない、すでにあの人が仕掛けているだろうよ」


 その言葉に応えるようにミスリルゴーレムの身体にピシッと亀裂が入る。その亀裂は徐々に多くなっていき、その体表からはボロボロとミスリルの欠片が落ちる。


 同刻、ミスリルゴーレムの上空には一人の男が浮いている、風の魔法を使っているのか、足元には竜巻が身体を支えるように渦巻いている。


 何よりも目を引くのが片手で軽々と持ち上げている布を巻いた大の大人が100人程の大きさの大斧、男は何も言わずに大斧を振りかぶりミスリルゴーレムの頭を目掛けて振り下ろす。


 斧はミスリルゴーレムの身体をいともたやすく砕き、パラパラと音を立てて膝をつく。この状態は回復システム移行のサイン回復が一定量になるまで隙だらけとなるが、その回復速度は折り紙つき、古代の人々最高の修復速度と言える。


 しかし、その身体からは修復音のような物が聞こえない。まるで起動しようとしている物が何者かによって抑えられているような感じがする。


 男が持っている大斧はただの大斧ではない。斧の刃には特殊な魔法が施されており、斧がかすりでもしたら、刃は形を変えて鎖になり身体に絡みつく。絡まった鎖は外側から内側に入り込み、内部のいたるところまで絡みありとあらゆる行動を制限する。ミスリルゴーレムの回復システムも制限対象に入っているという事だ。


 その様子を見てニヤリとコカトリスの対処をした女性はニッと口角を上げて楽しそうに微笑む。


 「さてと、生徒たちもそろそろ着く頃だろうし、雑魚はみんなに任せておこうかなっと実戦は何よりも大切な訓練となるだろうからね。あの子にとっては恩返しとなるから丁度いい」


 ネメシスを囲むように次々と現れた魔物は突如現れたスーツ姿の集団と学ランや学生服を着た人々によって数がみるみるうちに減っていく。その服にアリアとゲンブは見覚えがあった。


 「…リヒト君かぁ、恩返しにしては1000倍以上にして返しているんじゃないか…!」


 「今だ!少しでも動きが封じられているうちにそいつらを倒せ!」


 ネメシスはその声ですぐに我に返り、疲労した身体に鞭を入れて、三体の大型魔物は鍛圧された。


 「…ん?」


 安堵した時、弦が何かに気付き、空を見上げる。他の人もそれを不自然に思い、釣られて空を見上げて目を見開く。

次回2月中旬予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ