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第十二部 参章 過去に通った道


 日付が変わる前、アリアとレイラは2人でバインドの一室で部屋着に着替えて寝ようとしていた。


 「さて、今日はもう寝ちゃおうか」


 「…うん、アリアさん、おやすみなさい」


 「……ねぇ、レイラさん、本当は寝たくないんでしょう。眠れないんじゃなくて寝たくない…そんな顔、他の人はどうか知らないけれど少なくとも、あーしは気付いたなぁ「東の大戦」の話題の後にあんな顔されちゃ、あーしも気になって寝れないかも」


 アリアがそう言うとレイラは布団に包まりながら窓の方に向く。


 「あなたは私をどう思う?東の大戦のたった一人の生き残り、どうして生き残れたのか、どうして一人だけ生き残ってしまったのか」


 一呼吸置いてアリアは枕元に置いてある、ぬるくなった缶コーヒーを啜りながら顔を歪ませる。


 (にっがぁ…)

 「どう思う…ね。正直なところ何も思わない、大戦の話は有名だから知っている。後に英雄と呼ばれた一人の男と各地の大戦での生き残りは魔王を名乗る魔人と魔物の軍勢を倒して世界に平和をもたらした…実際は世界の大戦ではなく、島国の戦いだった」


 その島は人口、技術などのあらゆる分野において最も最先端の国だった。その才能めいた功績故に各国から「あの国を語らずして一生を語ることなかれ」とも言われた。


 しかし、その国は厄災に飲み込まれることとなった。魔王の襲来、島国の端小さな漁村に大量の魚が岸に打ち上げられ、そのどれもが不審死を遂げている出来事があった。


 その日を境に魚だけでなく人間までもが日を重ねるごとに不審死を遂げる謎の現象が起こるそれと同時に魔王を名乗る人物がその漁村に訪れた。


 最初は何かの妄言か頭のおかしい人だと思っていたが、偶然の一致とも思えなくなった時には既にその漁村の人間は全滅したその後、漁村の近くの集落に魔物が大量発生してその後ろには一人の男が魔物を指揮してるのを高台に身を潜めた男が命からがら逃げて伝えた最後の言葉。


 そして、その証言を裏付ける証拠があり、魔物の動向は島を外側から囲むように動き、徐々に首都へ進撃する。


 明らかに人間を一か所に集めてそこを強襲するという意図が見受けられる。自我が薄く本能で生きている魔物としては有り得ない動き、そこでその国が取った行動は一つ、殲滅戦だった。


 国の中でも指折りの戦士を各地から招集して、それぞれの地域へ派遣する。その戦いでは激戦を強いられることになり、多大な犠牲を出しながらも魔王は打ち倒され戦いに勝利した。


 「魔王が現れたというのは知っていたけれど、世界を巻き込んだというのは誰かが脚色したものでしょう。魔王は何人かはいるって話しはいくつも聞いたことがあるし、一般的に魔王は世界を掌握する絶対的に悪い奴のイメージが強いからね」


 「そう、私は祖国のためにその激戦区の一つ、東の大戦に参加した。激戦区へ向かう途中、最後の晩餐になるかもしれない時には多くの仲間と会話した。拳を合わせたり意味もなくはしゃいだり、聞いてもない自慢話をしたりして、明日の…「あの日」が訪れた」


 レイラは自分なりの考察を入れながら話してくれた。魔王は国が取るであろう対策を予め手を打っていて自分の手下の中で強い奴らを将軍格として地域の指揮、制圧を目的として遣わせた。


 将軍格として選ばれた魔物は伊達ではなくその強さは熟練の兵士が5~8人が束になっても勝てるかどうか程の戦闘力を持っていたらしい。


 「あの時は最初は優勢だったものの、時間がたっていくにつれて段々と全員に疲れが見え始めてね。その隙を見逃さないと言わんばかりに魔物の大群が押し寄せて、最後は逃げ出す人もいたけれど、既に退路も断たれていて…そして、その時、ふと思い出したことがあったんだ」


 声を震わせてポツリポツリと言葉を紡ぐレイラは後悔したのだろう。だけど、一つの事に精一杯になってしまうと人間は感情的な行動をとってしまうか、冷静さを取り戻そうと行動を全て放棄してしまうかのどちらか、今回の場合は…前者だろう。


 「私の一族には仙人…いえ邪仙の血が受け継がれています。その受け継がれた血が濃ければ濃い程強力な仙術が使えると教えられて…私はあの時、その中の最も危険な仙術である禁術を使ってしまえばいいと思ったんです」


 しばらくの沈黙が続きレイラは涙を流しながらも話し続ける。


 「その禁術は発動して、一瞬のうちに周囲の魔物を一掃しました。だけど、その術の代償は自分が払うものではなく…自分の周囲にいるありとあらゆる生物の命というものでした。禁術が終わった後には自分以外には…なにも、何もありませんでした。魔物も人間も植物も瓦礫も…ただのひび割れた大地と空に広がる曇天の空以外には…」


 そう言ったレイラの涙を流す瞳は淀んでいるというよりも、虚空を見ているようだった、それと同時に願いがあるように思えた。


 その願いは至極簡単な事、「死に場所」を探している。


 「…そう」


 「他人事みたいな答えね…冷たい人」


 「いや、似ている話しやそれ以上にヘビーな事聞いたあーしはそういうの聞いてもどうも思わなくて…だからさ」


 そう言うとアリアはレイラの両肩を正面から掴んで俯きながら言う。


 「5439人」


 「…?」


 「あーしたちが一年で殺してきたギャングや罪人、逃亡者の「同種(にんげん)」を殺した数、2年前はその10分の1程度…例え悪事に加担してなくともギルドの裁量によって犠牲者になっちゃうんだよ。傭兵だろうと孤児だろうと何も知らずにまともに働いている人だろうとね」


 顔色を一つ変えずに朗々と殺人の事をまるでそれこそ他人事のように自分は関係ないと言わんばかりに続ける。

 

 「ギルドっていうのはさ、結局のところ余計なことを知ってしまったり、それに近付こうとしたらその情報漏洩を防ぐために万が一…億が一のためだけにあーし達が処刑人になってあの人たちは罪人になっちゃう。適当にしてもない大罪をでっち上げられて、でも、あーし達はやめなかった。

 居場所がもう残っていなかった。続けていくうちに別のところで働こうとしても評判は悪い方向にもいい方向にもいくことがあるけれど、それでもうまくいくのは、ほんの一握り…あーし達はそれに選ばれなかったからさ、仕方なく続けるようになったんだよ。過去を変えられるなら話しは…いや、身体も記憶も残っている時点でもう手遅れか」


 この国は今までの旅の中ではいい方だ。旅を短い間でする人は一目でいい所悪い所がすぐわかってしまう。それはいい才能でもあり悪い才能でもある。


 人のいい所をすぐに見つけて、それと同時に悪い所も見つけてしまって、見限ってしまう。それでも残されたものを絶対に手放さないから、自分の心と向き合うことが滅多にない。


 「ごめんなさい、もうそういうの分からないんだよ。正しいのはあなた、あーしは間違っている。人の命を語ることに向いてない。あーしみたいにならないであなたのような人がいなかったら、あーしたちがやっていることが全部無駄になっちゃうからさ、悪い人を減らす意味なんて、あなたのような人がいてからこそだから、あーしが…()()()がやっている事、やった事、許容しないで」


 誰かのための正義を貫き続けた結果、正義に殉じた結果と言えば聞こえはいいが、それは意味という概念が入ってしまうと途端に底辺の言葉に成り下がってしまう。装飾語というのは自分に言い聞かせる自己暗示、言い訳でしかない。

 

 「…無駄なのに」


 その「無駄」の言葉にまだ語ろうとするアリアの発言は止められた。


 「噓みたいに上手くいこうとして頑張って、それが無駄で、求めてもいないものだったから…ただ理不尽という行動に移すことも出来なくて…間違っている事を知っていても、騙されている事を知っていても…!」


 「正しいよ」


 「っ……」


 「何も殺さなくてもいいじゃないか…そういう正義を上っ面だけでなく内面まで染められるようにしていた少女は今か昔か…「殺さなくてもいい道」はあの頃…始めて人殺しをさせられた時から少しづつ歪んでいった、でも心の奥底では殺していい人間なんて存在しない。そういう事をずっと信じてた…過去形ナノは()の死んだ両親がよく口喧嘩していた内容に「障がい者は生きている価値がない」なんて言う言葉が出た時にすでに私は間違えた道を…あぁ、そうか」

 「私はは命の尊さを説かれるのが…怖いんだ」


 「…アリアはこの一件が終わったら何がしたい?」


 「……」


 「私はね、アリアと一緒に居たいと思ってる。もちろん他のみんなと一緒に、遊園地や動物園、大きなテーマパークも行ってみたいな…………過去はやり直せないけど、未来はやり直せない分求める価値があると信じてるんだ。あなたとして生きてきた時が小さい分、これからの人生を豊かで大切なものにしようとしたい、これは私のわがままかな?」


 アリアは自分が起こした行動で多くの人を殺めた事を後悔して他人との関係を築く事に捕らわれた事で仮面をつけ満たされていようとしていた。


 レイラは自分が起こした行動で多くの人を殺めた事を後悔して自分を責め続けて自分で作った鳥かごに囚われ話す事のみで満たされようとした。


 その二人の会話は自分にとって考えもしない言葉が今まで埋めることが出来ない穴をいとも簡単に埋めてしまった。自分が抱えていた事をため込むことしかできなかった二つの穴は道を重ねることで補うことが出来た。


 レイラは自分の肩にある優しい人の手を取る。


 「…最後に私のわがまま…聞いてもらえる?」


 「…うん」


 「私に最後の一歩を踏み出す…勇気をちょうだい」


 「時間が許す限りは…いつまでも」


 「ありがとう」


 「でも今日は無理かな話していれば眠気が来ると思ったのに日付も変わっちゃった。少しリビングで晩酌でもする?」


 「わ、私あまりお酒は強くな…」


 「なーに言ってんの今日はあーしとレイラの記念すべき日だ。このままお開き何て許さないぞ」


 ~アリアとレイラが話す時 同刻 リビング~


 「俺の出自?」


 ヨハネスとニコルが突然ゲンブの出自を聞いてきた。


 「あぁ、俺達は噂は結構聞いてはいるんだが、それだけの力を持っているんだから親は随分と由緒正しい冒険者なんじゃないかと思ってな」


 「まぁ、こうしてあった以上は仲間としてそれぞれの事をよく知っておきたいからな、それに俺は口は堅い方なんだ。他人に言いたくない内容は絶対に言わない。何を餌にされようが脅されようが…」


 「重い重い、やめてくれ」


 出自を問われゲンブは少し思案すると何から話したものかと前置きして自分の家族構成から話す。


 「俺は小さな村や集落が集まった町の領主、つまり俺の父親だ。そして、俺はそのご子息…と言っても四男、末っ子なんだ」


 「領主…っていうとなんだ?金持ちだったりするのか」


 「恥ずかしい話なんだが、自分の身分以外、兄貴達含めて家族が何を成し遂げたとか知らねぇんだ」


 「どうしてだ?普通子供っていうのは同年代の奴らに自慢したいとかそう言うので、そういうのを親から聞くものだと思うんだが…特殊な事情があるのか?」


 「んー、質問ばっかりされるのもあれだな、順を追って話そうか」


 そう言うとゲンブはキッチンの方から紙コップとジュース、酒類を何本か持って来て、焼酎にソフトドリンクを割って一気飲みしながら話す。


 「俺の父親はな、息子の事を息子と思わずに家を継ぐ次期領主として厳しい教育を与える酷い奴でな、長男は次期領主、次男、三男はその予備…そして俺は副産物だ」


 「副産物…」


 「あぁ、欲求不満で俺が偶然、生まれてさ暴力とか振るわれることはなかったけど、家族から隔離されていたんだよ。そのせいで使用人が俺の親代わりになって、やりたい事を何でもやれる毎日だった」


 その時は知らなかった。親の仕事やストレスで怒鳴られたり、お仕置きとして飯を一週間抜きにされたり、ひどい時にはしばらく追い出されたりして衣食住無しの生活を送る事もあったという。


 だから、話し相手の俺がいたら一緒にお菓子を食べ合ったり、お絵かきする。対等な存在でいられるのが俺の世話係として生活できる時だった。


 「そうやって生きている時に俺が14歳くらいに使用人の噂が聞こえてきたんだよ。何でも長男が情緒不安定になって周りに当たり散らしているって、最初はそんな事何とも思ってなかったんだけど、それが日に日にエスカレートしていくようになったらしくて」


 使用人の噂は最初は俺に聞かれないようにしていたが、不満が溜まってついにはそれを俺に愚痴を聞いてもらうのが日課になっている使用人もいた。


 対等な存在だから例え親族であっても愚痴を聞いてもらえるかけがえのない存在、使用人は愚痴を言った後、気分が軽くなったと礼を言って仕事に戻る。だけど、それも長くは続かなかった。


 ある日、また使用人が俺の部屋に来て愚痴を言うのかと思ったらその使用人は目の焦点がおかしくなっており虚空を見つめながら涙を流して口からはよだれが顎から垂れ落ちて服を汚していた。


 「びっくりしたよ、いつもは重苦しい感じの顔なのに魂が抜かれたような顔だったからさ、それで何十枚もティッシュがそいつの為に使われたよ。それだけじゃなく消毒液や傷薬も使ったっけな」


 いつも話を聞くだけだった俺にとってその使用人の扱いに困った。何とか声をかけ続けて少しだけ落ち着きを取り戻してくれたが、それでも衰弱して食欲もなかったらしい。俺が差し出したお菓子も手で制して首を横に振る。


 話を聞くと、長男が次男や三男含めて多くの使用人を殴ったりする暴力を振るうようになったという、その使用人は逃げ遅れて標的の的になってしまったらしい。


 「今思うとその時から長男は精神的に不安定で次期領主としての器じゃなかったんだろうな、でも父親にとっては予備があるから大丈夫だとでも思ったんじゃないか?息子の暴力を止めない親なんて親と名ならないでほしいし」


 その使用人は長く俺の部屋にいた。衰弱していたとはいえ、すぐに追い返すなどという事も出来ずに俺は気を紛らわすためにトランプや軽く出来るゲームに誘ったりするが、自分でも驚くぐらいに圧勝した。


 圧勝するたびにそいつには脳があるのかと疑ったりもした、それ程、知能を使う事もなくいつもは楽しいゲームもそいつとやるゲームはつまらなかった。


 ひとしきりゲームをやると部屋の外からそいつを探していた使用人たちが入って来て半ば連行されていくように連れ出した。


 「そして、最後に俺が家を出るように決意したのが、初めて聞いた親の会話だ」


 夜にトイレに行って部屋に戻ろうとした時部屋の一室に灯りがついていたんだ。扉も少し開いていて、俺は小さな好奇心で聞き耳と立てることにした。


 「…どうするの、あいつの所為で次男も三男も殆ど使い物にならないわ」


 「クソッ、あいつを野放しにせずに精神病院にでも送るべきだったか、失策だ…こうなったら、隔離していたあいつを使う」


 「ま、待って!あの子はまともな教育も受けてないし、領主としては至らない所ばかりじゃない!」


 その時、俺は自分の本当の役割を理解した。父親が俺に果たすようにした存在の理由は予備の予備つまり兄の影武者として表面上の領主として生きること、次男と三男が回復するまで影武者として生きてそれが終わったら潰される。それが副産物としてのこれ以上ない有効な役割。


 「ショックだったぜぇ、今まで楽しく生きていたのに最後は潰される運命なんて、それを聞いたら居ても立っても居られなくて、部屋に戻って生きるために必要な物とか持ってって連れ帰る事をできないように名前も変えて、逃げたんだ…ゲンブ・オーガスタ・キャロルってのは昔読んだ本の人物から取ったりつなげたりしたんだ。

 そして逃げた先にある仕事を旅しながら生まれたのが今のゲンブ・オーガスタ・キャロルなのでした。めでたしめでたしっと…」


 「…それはアリアは知ってるのか?」


 「さあな、一回だけ仕事で山の山頂で見張りをしながら交互に眠る時、言ったことはあったが、あいつが狸寝入りしていたら、知ってるんじゃないか?実際あいつと結婚した二番目の理由は正反対だったからな、現実の線路から逃げてばかりの俺と理想の線路を走るアリア、素晴らしい程の逆方向だ」


 だからこそ、安心できる。

次回1月末予定

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