第十二部 弐章 再開発計画
再開発計画、それを聞くとどのようなイメージを抱くのだろう。主に治安の悪い土地の改善を中心とした慈善活動、と言えば聞こえはいいがその実態は力による抗争だ。
あるところでは再開発計画のせいで裕福な街の裏側で地下道、スラム街で生活することを余儀なくされた元貴族や兵士、中には騎士団長も居たところがある。
冒険者として色んな場所を転々としてきた2人は再開発計画はどの国でも抗争の言い訳にしか使われないようなイメージしかないそれを目の前の成人にもなっていない少年がそれを実行しようとしているというのはこの国の崩壊を意味するようなものだった。
すでにこの国は限界集落ならぬ限界王国と言っても過言ではない。
この怒りを表に出すのは上っ面の正義を振りかざした人々の心が憎くて恨めしくて絶対的で、そしてその行動が自分達の心のどこかで「正しい事」だと思ってしまうからだろう。
今この怒りは自分に向けて、目の前の子供に向けて、そのような事を今も考えている人達に向けて、自分達は何に向かって怒っているのかすらも忘れそうなほど、再開発計画と言う言葉を聞きたくなかった。
外道…ゲンブは自分が言ったことを深く考えた、非人道的な事をやった人が外道?非人道的行為をした人が外道?今まで旅した中で外道と言われた奴を何人も見てきた。しかし、同じだった目に宿した志も笑みに潜んだ邪悪さも、外道と言われる人々はみな一同に同じに見えた。
それなら…そいつらを手にかけた俺達は何なのだ?俺たちもあの志を持った事がある。行き過ぎた行動をして今度は自分達がそういう存在になるのだと思った。
だけど、あいつらを手にかけて俺たちに与えられたのは…感謝の言葉と暖かい祝福だった。
深い後悔をした、いや俺たちにはあのようなものを受け取る資格がない。こんな何も知らない人達に感謝されるくらいならあの視線を…俺たちがお前らが言った外道に向ける視線をくれ。
そのような事を思った事が何度もあった。そしてこの少年の目はかつての自分達がした覚悟の目危険なクエストを受けてお互いに顔を合わせ頷く時の顔、しかしその顔も時がたつにつれて無くなっていった。
俺たちのようになってほしくない。もし今言った一喝でこの子が諦めると言ってくれたらどれだけ良いか、だけど言って諦める様な奴じゃない。
なぜ、再開発計画をやるという意思をそのままにさせてやろうとしている自分がいるのだろう。自分を反面教師として同じ後悔をさせないようにするのが一番の選択だというのに、もしかしたら、どこかで間違えた自分達とは違うのではないか、期待しているのかもしれない。
この少年は間違いを犯さず手を汚さずに出来る方法を見つけ出せるのではないか、無数の道にたった一つだけ存在する俺たちでは到達できなかった道、それをこの少年に託していいと思っている自分が今自分を信じられる数少ない気持ち。
「…一人だけでどうやるっていうんだい」
アリアがリヒトに向かって何かを投げ渡す。投げた黒い物体は一見リモコンのような物にも見えたがそれは拳銃のような物だとすぐに分かった。
その拳銃を受け取るとリヒトは困惑して渡された銃とアリアを交互に見渡す。その様子をニヤニヤしながら愉快そうに見ながらアリアは言葉を続ける。
「撃った事はあるかい?」
「無いし、これ…重った…撃ったら肩外れるんじゃないのか…?」
「特別だ、撃ち方のついでに装填の仕方も教えようじゃないか」
「アリア、そこまでする必要は…」
ゲンブはそこまで言うがアリアの横顔を見て言葉を失う。その顔は今まで見てきた勇ましさや力強さのような物ではなく思い出に懐かしさを感じたような笑顔だった。
今まで思い出話を聞かされることは何度もあったがこの様な笑顔を見たのは初めてかもしれない。相手が自分だからそこまで思い出にふけることが無かったのか、或いはただの話題として話しただけで細かく記憶を辿ろうとしていなかったのかは、分からない。
そう考えている間にもアリアはリヒトに拳銃の扱いを教えている。一通りアリアは拳銃の扱いを教えると立ち上がり話を切り上げる。
「さてと、そろそろ夕日も落ちてきそうだし、もう帰った方がいいんじゃないかな、カナ?」
リヒトはそう言われると拳銃をアリアに返そうとするがアリアはそれを手で制すとそのまま
「いやあげるよそれ、今までの旅で手に入れられたものだけど個人的にB級のもんだからね」
そのままアリアは再び高原の方に歩を進めるが、途中で「そうそう」と言うと再びリヒトの方に顔を向ける。
「言い忘れた「そいつ」を使うのは話の通じない奴らにのみ使った方がいい。君にはそれよりも「言葉」の方が似合っているからね」
アリアは自分の口を指差して再び高原の方に向かう。リヒトは踵を返して自分が来た道だろう方向へ向かって駆けていく。
リヒトが見えなくなって数秒後アリアが後ろを振り返る。
「そろそろ出てきたらどう?」
そう言うと土の中からボコリと手が生えてきて、そこから弦が出てきた。
「…話を聞くつもりはなかったが…出てこれる雰囲気でもなかったからな…いつからだ?」
「怒鳴り声を上げても魔物が出てこなかったあたりから薄々感じたけど確証を持ち始めたのはゲンブが怒号を上げた時、その時から土中で魔物を引き付けて出てこないようにしてくれたんでしょ?」
「…単なる気まぐれだ。それに…」
弦は言葉を選んだようだが、少し迷うな素振りをして数秒の沈黙の後に
「人付き合いは苦手だが…嫌いなわけではない。それよりも興味深い物が見つかった」
「興味深い物…何も持っているようには見えないが…」
「持ってこれるような小さいものじゃないからな…重要な所をかいつまんで話す。そこから察してくれ」
弦はそのまま二人に対して話を始める。
「その話しをする前に能力の話をする必要があるか…お前らは魔素を知っているか」
「あぁ、詳しくは無いが知っているぞ。確か魔物が発生する空気もしくは環境にあるものだろう?」
「そこまで知っていたら問題ない。普段なら魔素は空気中の元素故に目で見ることは出来ないが俺の持っている能力の一つに「可視化」というのが存在する。これは見えないものを視えるようにするシンプルな能力だその気になれば空気や風を見ることも出来る」
「なるほど、ゴルフとかで使えそうなもんだね。風でボールが狙った場所に行かない理由が風だったりするってどこかで聞いたような気がするよ」
「…話を続けるぞ。俺はお前ら来る前に戦場になりそうな所の魔素を視てきた。だがここは異常なほど魔素が濃い。どれくらいかというと大型のドラゴンくらいのものだ、今まで俺はドラゴンを一匹しか見たこと無いが魔素の量を思い返すと…俺が見たドラゴンは幼体、つまり子どもだったんだろう。ともかく魔素が発生している場所を考えてこの高原で空中に行くにつれて魔素が分散している事を見るに発生源は…」
「地面の中って事か」
「そうだ。そして見つかったのが大きな山サイズの亡骸、全体は見えなかったが、この高原を埋め尽くす程度の何かだ。それが魔素を絶え間なく放出しているそれも色んな種類を…魔物を発生させるもの、魔物を強化するもの、魔物を凶暴化させるもの…他にも細かい魔素を放出しているが中でも最も濃い魔素がその三つだ。それから導き出される結論は、この魔素はフェロモンのような物を発して、それが今回の件に関係していると考えている…推測の話しだがな」
「へぇ…そこまで調べ上げているとは流石だな、ソロの実績が強いというのは本当のようだ。一人でこんな大きな国を回れるとはちょっとやそっとの努力ではここまで辿り着けるものじゃない」
「…これから先は鵜吞みにしなくてもいい、ほら話と思ってくれ。比較的親交がある友人に魔素を研究している奴がいる。そいつの魔素研究におけるテーマは「魔素が発生される条件」というものだ。これまで魔素は魔物の体内に宿っていたり、空気中、環境下で見つかる、ならば魔物を発生させる魔素の発生源はなんだ?それを解明出来たらこれからの生活においての魔物対策も出来る、というのがそいつの研究内容だ」
「さっきからまどろっこしいなー、重要な事なら少しは目をつむるけどさ」
「その研究経過から俺がここで見た事を踏まえた上での仮説を聞いてほしい。恐らく魔素は魔物の怨念が込められた精霊と酷似したものだと思う。
あいつの研究から魔素はダンジョン内の魔石や壁自体から魔素が発生しているほか魔物自体からも、魔素が出ている事が分かった。
ならばダンジョンの中にある魔素と魔物、いや魔物の残骸から出る魔力の違いはなんだ?と考えた時、魔力を放出し続けている個体がこの中に眠っている。
もし、死んだ魔物が精神体のみになった結果ダンジョンの壁や地面、魔石に憑依したとするならダンジョンに魔物が生み出され続ける理由も頷けると思わないか?」
それを聞いて二人は互いに何かを考えては頷き目を合わせる。
「そんな事は考えたこともなかったな、魔物の発生源は虫や動物と同じ繫殖が可能かと思っていたが…」
「でも本当にほら話と思った方がいいやつじゃない?もしそれが一般の人々に向けての話しだけど…少なくともあーし達はその仮説は正しいと思うな。今まで交尾している魔物とか見たこと無いし」
ゲンブは自分の足元を見ながら思いつめたような顔をする。
「怨念を絶えず流出している骸…ならば同じ様に魔素を流出している現存種も存在しているのか…?」
「ん…?何か言ったゲンブ」
「あぁ…いや、何でもないっとそうだ。弦、伝えたいことがあったんだ。バインドに入る時に俺を呼べるようにオーブを渡しておく、バインドに入りたいときは何時でもこれに魔力を通すと話せるからな」
「…分かった。…なんだかんだ話過ぎたな、俺は疲れたからもうバインドにお邪魔するとしよう」
そう言うと弦はゲンブの手を掴み「頼む」と言ってバインドに入る。
「…今更だけど、弦って名前の一部が一致しているね。愛称でゲンブの事を「ゲン」って言わなくてよかった」
「発音の違いはあるだろう。というか全く関係ない話だな」
「だってだって~重苦しい話とか慣れないんだもん~ああいうのはゲンブにお任せします」
「よく言うよ、そういう本を好んで読む癖に」
それからしばらく2人で国を周り地図に詳細を書き込み終わった時には既に日が半分沈みかかっていた。ニコルからもバインドに入ると言う連絡があり、全員がバインドに入ったのは星が夜空を彩り始めるころだった。
「あっ、おかえりー」
バインドに二人が入るとテーブルの上に雀卓を作り他の4人が打っていた。
「中を見ていたら偶然これを見かけてね、初心者だけどやってみたらハマっちゃってね…あっ、それポン」
「まぁ、時間を潰すにはこれくらいの娯楽も良いもんだからなっとリーチ」
「ロン、平和のみ」
「ニコルさん…またダマテンパイかよ…」
「手堅いな…イカサマ使ってるんじゃないだろうな」
「確かに旧式の手で山を積むやつだけどイカサマは得意じゃない。そもそも麻雀のイカサマは難しいものばかりだからな」
「ドンジャラでもやる?オールマイティ入ってるし、あーしは麻雀よりもそっちが好き」
「いいねいいね!やろやろーっ!」
「その前に少し腹ごしらえといこう」
そう言うとゲンブは懐から人数分の弁当を取り出してそれぞれの目の前に置いた。
「おー、見た目は悪くないね、見た目は…」
「勘違いするな、闇市で買ったやつだ」
「…南東の方か?」
「いいや、北北西らへんだな…他の場所と同じだったよ。物騒な感じがな」
「はむっ…うん、その割には中々の味だ。臭くもないしそこらの売店並みの味ここにもこういうのがあったんだ」
ヨハネスは庶民派なのだろうか、少し驚いた顔をしながら弁当の魚を頬張り、それを白い眼で見るレイラ、他の人も食事の時にはあまり余計な会話はせずに食べ終えるとテーブルの下にあるゴミ箱に容器ごと捨てる。
「ふぅん…」
「どうかしたのか?レイラさん」
「いやぁ、ここに入った時から思ってたんだけど、リビング以外は高級というかホテルみたいなところなのに何でリビングは大型のテントみたいな感じなのかなって」
バインドはリビングには大きな鍋と簡素なキッチンに食料を保存しておく収納棚、申し訳程度の暇を潰すラジオがある程度だが、個室にはホテルのようなベッドに綺麗な机、小さめの冷蔵庫も備えており、中にはいくつか飲み物も冷やしてある。
「確かに、ここだけ必要最低限と言うか殺風景というかあまり使わないとは聞いていたが、わざとアンバランスな感じにする必要があるのか?」
「そういうことか、特に意味はない…とは言わないが少しな、例えばそこのドでかい壺鍋は中に薬草とかを入れると時間がたてばポーションになる錬金鍋だ」
ポーションは薬草よりも回復量が多く飲むだけでなく傷口にかけるだけでも回復できる。
「それだけじゃなく、武器とかもエンチャント出来るから便利なんだよ。だから綺麗な部屋にしても便利な道具を乱用してるとすぐ汚れるからあえて古臭い汚れが目立たない部屋のしてるわけさ」
「もしかして二人って掃除嫌いだったりする?」
「……」
「…の、ノーコメントで」
「あー、こういうの知ってるぞ、嫌いなわけじゃないけど何か失敗したんだろ?魔法とか使って掃除する前よりひどい有様になったりとか」
「ぐぅっ」
「狭い部屋なら換気してカビを防止したりできるけど時間が勿体ないとかそう言う理由で短縮のためにあんなことになっちゃったり…おっと、これ以上の詮索はよそうか。もうほとんど表情から答え合わせ出来たし」
「…俺は掃除している時、無くしたと思ってたゲームやマンガをたまたま見つけてそれで1割も掃除が進まなかった事もあったな」
「ああ、それはめっちゃ分かるな、そういう時は袋を二つ用意して、要る物と要らないものを分けるとまた見失う事もないからオススメだよ」
そのようなやり取りをしていると壁にかけてある時計からゴーン、ゴーンと音が鳴り響く。時計に目を通すと現時刻は10時、生活習慣によるが眠くなる時間帯だ。
「…もうこんな時間か、ねぇねぇ、あーし達女子が先にシャワーとか使っていいよね。早く寝ないと肌も荒れちゃうし」
そう言ってアリアはレイラさんを半ば連行するように脱衣所がある扉へ向かう。
「ん、あ、あぁ…そう…だな…その間に俺たちもやる事をやるか…あまりなさそうだが」
レイラさんとアリアが扉に入ると中からカチャリと鍵がかかる音が聞こえて取り残された男達は少しの間静寂に包まれたが少し経つと弦が「先に休ませてもらう」と言って1人部屋に戻っていく。
「…ゲンブさん、お風呂に何かトラウマでもあるんですかい?」
「いいや、風呂というよりもアリアのこだわり的にな…あいつは一番風呂が好きでな…今までここの一番風呂は使わず、旅館の大浴場を使うんだが…いや、この話はやめよう。女の事情に男が首を突っ込むとロクな目にあわん」
「フッ、それには俺たちも同意だな」
次回来年1月中旬予定




