第十一部 参章 酒の肴にはうってつけ
静けさに夜風の音が窓を揺らす食堂、ほんの少し前に賑やかだったとは思えないほどの静寂が辺りを包む。
時計の針はもうすでに0時を指している。参加者は自宅に帰ったり家が遠いという理由で一室を借りたりしている。
しかし、物音一つ立たないはずの食堂ではグラスの音が時折聞こえる。
「…マンハッタンを頂ける?後、軽食でハンバーガーとポテト」
バーカウンターでグラスを傾けながらアリアがバーテンダーに向かって注文するとしばらくしてから簡素なハンバーガーとポテトが運ばれてくる。アリアは小さく「ありがとっ」と言ってハンバーガー片手にグラスに注がれたカクテルを少しずつ飲みながら一息つく。
その時、廊下側の扉がキィッと小さく軋む音がして反射的にそちらの方を向くとリヒト陛下が入ってきた。
「やあ、ちょうどよかった。少し晩酌に付き合ってよ」
「いや、こちらは見回りの仕事中なのですが…」
「どうせ、こんな夜中に見回りなんて、意味ないでしょう。あんたは国王だから雑用何て全く似合ってないし、後…今日は色々と話したい気分なの」
切ない顔をしたアリアに促されるように、おずおずと隣の席に座る。
「話したいというのは、どういうのです?」
「こういう時は思い出話と相場が決まっているからね、私達が出会う少し前の事でこの大陸に来たばっかりの話しをしよう」
~およそ7年前 ギルド船 船上~
船の船尾側でアリアとゲンブはただ船が水をかき分けている様を見ている、他にやることもなく風が吹いてそれが心地良いが潮風は髪をなびかせる。
ふう、とため息を漏らすとアリアは懐から一枚の紙を取り出す。それには自分の名前が書かれていた、ある日自分とゲンブの2人にこれが届いた。
差出人はシャリア王国ギルドマスターの名前と他の冒険者の名前と緊急の依頼と書かれていた。
「…新婚旅行が魔物退治なんて冒険者としてはどうなんだろうね、あーしはよくわからないんだけど、らしいと言えばらしいのかな?カナ?」
「そんなこと知るわけない、しかし、俺ら以外の「ネメシス」の奴らが全員集まるなんて初めてだ。どんな奴か興味がある」
「でもでも、ネメシスが集まるってことはそれだけやばい事が起きるって事でしょ?何かな「瘴気の風」「魔境の地割れ」「極地の絶対零度」「魔雲の台風」あるいは未知の現象だったりして」
「知るか、書かれているのはネメシス宛てに緊急ヘルプがかかってきたというだけの事、それ以外にない…だが、これを見ろ」
ゲンブが手渡してきたのは手帳、しおりが挟んでいるところを見るとシャリア王国の事が事細かに書かれている。
「へぇ、治安が悪いんだ…いや、違うね学園と王城以外のところが治安として最悪なのかぁ、ならず者と盗賊がはびこっていて、お世辞にもいい国とは言えないね」
「そもそも国として機能しているか分からん、機能していないなら、そこは王国でも何でもない。ただのごくつぶしの馬鹿どもの集まりだ」
「ふぅ、ギルドはそのたまり場を通らなきゃいけないのかぁ…」
話していると後ろから船員が声をかけて「もうそろそろ着きます」と行った後、荷物を持って来る。それぞれ自分の武器や道具の入った袋を持って船から降りる準備をする。
港に着くとそこは人はほとんどいなく漁師の漁船が複数あるが、どれも使われていないのかいつ沈んでも可笑しくない程に整備されていないものばかりだった。
そんな様子を横目に降りる時に手渡された地図を片手にギルドを目指す。
~シャリア王国 冒険者ギルド~
ギルドの中に入るとむせかえるような酒の匂いが鼻を衝く、机の上や床には酒樽が無造作に置かれていて大声と共に飲み比べをしている。冒険者としては珍しいくらいのバカ騒ぎ共の集まりが目につく。
2人はウンザリした気持ちのまま正面の受付に向かう。受付の人は他の人とは違い細身の男性で目つきも荒くれ者とは比べ物にならない程に穏やかな性格が見ただけで分かる。
「ようこそ冒険者ギルドへ、本日はどのようなご用件でしょうか」
聞き飽きた社交辞令の挨拶をする受付人に依頼書を提示すると「少々お待ちください」と言って階段を上がっていく。
「…俺たちが一番乗りみたいだったな、先に席を取っていてくれないか。出来るだけ大人数が座れるテーブルを」
「ん、分かった。他にあーしがやった方がいいのは?」
「特にない…いや、席に荷物置いて他の奴らが座れないようにするくらいだな」
「りょーかい」
アリアが席を取りに行くと同時に先程の受付人が降りてきた。
「お待たせしました、あの方は?」
「席を取っている。そしてどうだった」
「はい、確かにギルドマスターの直筆の依頼書でした。どうぞこちらへ」
「俺だけでいいか?」
「構いません、依頼書は提示させていただいたので」
受付人の後ろをついていき、2階のとある一室をノックすると中から返事があり中に入ると少々紙が散らばっている接客用のテーブルに執務机には肩まで届くように積み上げられた書類の山が置いてある。
「よく来てくれました。おや、依頼書は二つのはずでしたが…」
「席を確保しているぞ、他の奴らが来てから依頼内容を聞いた方が効率がいいからな」
書類の隙間から顔を出したのは強面のおよそ40代後半の男性、右頬から顎にかけて痛々しい傷跡が残っている。
「すまないな、君たちが来るときには少しでも片付けようと思ったのだが…」
「ここの冒険者は全員躾けがなっていないようだな」
「っ……!」
「話を弾ませてその話題を切り込みを防ごうという意図が見え見えだ。あいつらは冒険者ではなくてただの流れ者や山賊だろうな。冒険者という肩書きを与えてはいるがエンブレムを発行していないが、肩書きを与えたら改心すると思ったが逆効果として余計つけあがる事になってあの始末…違うか?」
「噂にたがわぬ目の付け所、そこまで読まれるとは恐れ入りました」
「怒ってはいないが呆れた者だそしてそれは連れも思っているだろう。ギルドマスターの権力はこの地方では高くないから、肩書きを与えることは出来ても取り上げることは出来ず、依頼は溜まっていく一方、馬鹿どものたまり場となり下がった」
「ええ、ですが…」
「そうだな、そんな事を些細なものと感じる異常事態が近づいているというわけだ。取りあえずハッタリや虚言を並べるより「ネメシス」が集うのを待ちましょうや、どうせ俺達の事は調べているんでしょう」
それを聞くとギルドマスターは観念したように席を立ち、廊下に出る。すると一回の方から大きな物音や怒声が響いた。しかしその音はたった10秒前後で鳴り止んだ。
「あ~あ、これだから馬鹿どもは分かりやすい」
少しわざとらしくゲンブは言うと平然と一階に向かって歩き出す。一階に降りるとそこにいたのはうめき声を上げる奴らとひっくり返った椅子やテーブル、そしてその中央にある椅子に腰を掛けて足を組みながら紅茶を飲んでいるアリアがいた。
「おぉ~これはまた派手にやったなぁ、席は?」
「お帰り、端に寄せといたよ あそこ~」
アリアが指差した場所は入り口から入ってすぐ右の奥、そこにはテーブルをいくつもつなげて不格好ではあるが話し合うには十分な大きさになっている。
「こ、これはあなたがやったのですか?」
ギルドマスターが心底驚いて指をさしながらアリアに問う目線の先には肩書きだけの問題児や乱暴者が倒れている姿。
「そうだよ。そこらへんに転がっているボロ雑巾の事でしょ さっきの事なんだけどね」
~ゲンブが二階に行った直後~
「さてとあの丸テーブルでいいかな?でも6人で使うにはキツキツそうだな。もっと大きな物は無いかな」
「なぁなぁ姉ちゃん、ちょっといいか」
「んえ?姉ちゃんってあーしの事を言ってるの」
「あぁ、そうだ。姉ちゃんにイイモン教えてやろうと思ってよ。俺たちは冒険者だからな」
「そりゃそうだ冒険者ギルドだから冒険者がいない方がおかしいもんねー」
「うっはっはっは!!中々ジョークが通じそうな姉ちゃんだ、仕込みがいがありそうだなそれも実践的なやつを…あんな男についているなんて勿体ねぇよ「豚に真珠」ってやつ?それよりも俺と―」
そう言って男が肩をたたくと男が一瞬にして消えた。そして一時置いて上から落ちてくる。頭から落ちたため気を失ったようだ。
「てめぇ、気安く触るんじゃねぇよ…あ?ゲンブといるのが勿体ねぇ?豚に真珠?人の価値を自分基準で図るんじゃねぇ、あいつを侮辱するのはあーしを侮辱しているんだよ。覚えとけクズ野郎」
「て、てめぇ!このアマ…よくも俺のダチ公をっ!!」
「おうおう、あーしとやろうってんの?いいよいいよ。やってやろうじゃないの」
「舐めやがって…おい!てめぇらも手伝え!この女の身ぐるみ剥いで金目のもん全部奪うぞ!!」
大声を上げた男にその場の受付人以外の奴らが席から立ち上がる。受付人は止めるわけでもなく頭を抱えながら机の下に隠れる。
「…はぁ、これだからバカは困るんだよなぁ」
その後は約10秒でカタを付けて、このありさまが出来たというわけになる。
「あいつがやられた時点で私の力を知ってほしいんだけど、それも判別できないくらいの馬鹿どもだったワケ」
「…俺達ここに来てから口癖のようにバカバカ言ってるな。気を悪くしないでくれよギルドマスターつい評価しちまうのは色んな所行ってる俺たちの悪い癖だ」
「いえ、正直なところいい薬になったでしょう。しかし妙ですね…少しの間とはいえ外からも何人か来そうなものですが」
「あぁ、それなら…」
するとギルドの扉が開き三人の男女が入ってきた。
「はーい、ただいま来ましたよーっと今回の依頼者はどなたですかー…」
「いやぁ、外は酷い光景だったな。携帯食も底をついたし何か適当につまめる物でも…」
「道中で会えたのはすごい偶然だったからそれを記念して俺が作るのもいいが…どうした?入らないのか」
「なにこれ…」
三人はゆっくりと入って辺りを見る前に中央にいるアリア達に目を止める。お互いに目が合うと一瞬その場が凍り付くが、すぐに我に返ると笑顔を向ける。
その後、すぐにギルドマスターが挨拶をすると三人はアリアとゲンブと同じ依頼書を取り出して端の机にある椅子に腰掛ける。
「なんだ外に倒れていた奴らってお前らがやったのか」
「来るまでに「金目のもん置いてけ」とか言ってきてな特別ムカついた奴は倒した後に頭丸刈りにしたり、落書きしたり…まぁ、殺してない分ありがたいと思わせるようなもんをしたな」
「そういうことか、なんかセンス悪かった奴がいたと思ったがあんたら中々面白いことするね」
「…もう集合時間は過ぎてるよな、最後の奴はまだなのか?」
三人の中でも比較的だが、会話に参加しなかった男が腕時計に目を通しそう呟くとそれぞれが自分の腕時計に目を通したり壁や柱に備え付けられている掛け時計に目をやる。
集合時間は午後の2時だったが5分を過ぎている。ゲンブが立ち上がり扉を開けて辺りを見渡すが首を横に振る。
「おいおい困るなぁ称号持ちであるのに遅刻なんて「ネメシス」の名が泣くぜ」
「ギルド船って割と多いよね?連絡取れるかなっと」
女性がスマホを取り出すと電話を掛ける。会話内容に「せんちょー」や「伝言」という単語が聞こえたり親しげに話しかけている雰囲気から親交深い相手がギルド船の船長だという事が分かる。
「どうやらもうすぐ着くらしいよ。来るまでにプチ嵐に巻き込まれて到着が遅れたらしい」
「嵐ねぇ…そういや俺たちが到着する時に遠くに黒雲があったがあの方向か」
「ま、全員が集まるまであーし達の自己紹介はお預けか、所で残りの人って男?それとも女?」
「確か男だったはずだ女はそっちの2人」
割とフレンドリーな軽そうな男がアリアと女性の2人をピッと指差す。
「どちらにせよ今の俺たちには待つしかできないというわけか、何か暇を潰せるようなものは…考える暇もなかったか」
ゲンブは立ち上がると床に転がるボロ雑巾を端に寄せたり遠くにポツンと転がっているのは引きずり込んで放り出す。
「おっと、俺たちも手伝うか」
「そうだな、嵐に巻き込まれたんだ。なかなか来ないだろ」
そう言って男は端にならず者達を寄せるたまに放り投げたり暴れられないように縛っている最中に骨がミシミシと軋み「あっしまった」という声とともにボキッという鈍い音が聞こえた。
一方、女達の方は魔法で酒を水で流したり、椅子やテーブルを定位置に戻したり、壊れた家具は複合魔法で簡易的な修理をする。
ギルドマスターはその光景を見て啞然としている。
「よし、こんなもんか?」
「少なくとも俺たちが来た時よりは綺麗になったな」
「おえっ、酒臭いのは消えないか、少し窓を開けていいか」
「やめとけやめとけ、ボロ雑巾が増えるぞ。こういう馬鹿どもがいる所でその行動は不用心にも程がある」
「…そうか」
(不用心に強弱とかあるのか…?)
ゲンブが再び時計に目をやり溜息を吐く。暇つぶしに片付けをしたものの手伝いがあったというのもあり時間もあまりかけずに終わってしまった。
「しかし、女性のお二人はよかったのですか?片付けに魔法を使うなんて少々言い方が悪いですがもったいないような…」
「いいや「魔抜き」にも丁度いいし」
「そうそう特に私たち…というか女性には魔力をため込みやすいからね」
「魔抜き…?とは何ですか」
「…あんた、ギルドマスターだよね?なんでそんなことも知らないの?」
「その境地まで至ってないという事だろう。俺から話そうか?」
「いいや、その必要はないわ。魔抜きっていうのは定期的に古い魔力を体外に放つ事だね、わざわざ魔法を使うなんてことはしないから、微弱な魔力を時間かけて放出するの」
「魔力に古いなんてものがあるとは…ちなみに古い魔力が多いとどうなるんですか?」
「体調が悪くなるというのが多いんだけど、一番怖いのは魔法の暴発だね。古い魔力は新しい魔力に混ざることが出来なくて弾かれることがあるんだ。そうすると魔法が意図せずに暴発しちゃったり偶然魔法を使うときに暴発して自爆しちゃったり見当違いのところに魔法が行っちゃうんだよね」
「でも、古い魔力ってわざと魔力操作をして出さないといけないのって面倒じゃない?」
「あー、それあーしもよく分かる!古い魔力って硬くなってるのか中々出ないんだよね」
「押し出すようにしても、うまくいかなかったり、新しい魔力と一緒に出て無駄弾撃ったり」
「色々と大変なんですね…」
「まぁ、深く考えなくていいですよレベルが高くないとそういうことは起こりませんし、男は魔力がそんなに多くないのであまりないらしいですが…」
「ふわぁぁ…船旅で疲れたから眠くなってきちまった…どんだけ遅れてるんだよ」
「…いや、どうやらようやく来たようだぜ」
外からドドドドドドドドドッと強く地団駄を踏んでいるような音が聞こえてギルドの扉がバンッ!と大きな音を上げて開いた。
「す、すみません!遅れてしまい…申しゲホッゲホ!」
「本当にそうだよ。どうしてくれ…むぐっ」
「いえいえ、気にすることはありませんよ我々も少し前に来たので」
「ちょっと何すんだよ、それに待合時間に遅れてんだぞ(ひそひそ)」
「あんなに息を切らせてきたから強く言ったら可哀想だろ(ひそひそ)」
「どうやら、揃ったみたいですね。では皆様初対面らしいので軽く自己紹介からお願い致します」
次回12月中旬予定




