表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/134

第八部 四章 鬼灯を背負う恋する乙女

 3月23日


 View リラ


 王城の私室、バスケットに布を被せて机の上に置いて手を合わせる。


 「ごちそうさまでした」


 頬についた生クリームを指ですくいティッシュにくるむ。


 (今日は、23日…最近では素の自分を出せない日々がずっと続いている。俺である事を捨てきれないという事は数ヶ月たった今でも、それがいい事なのか悪い事なのかわからない)


 瀕死の痛み、意識の薄らぎ、最後に見た光景が今も鮮明に覚えている。夢に出てくる自分の姿はいつでも前世の自分で、その夢から覚めるたびに淡い期待を持ってしまう。


 はぁ、と溜息をすると、ジリリリリリリリリリリリンと部屋に備え付けている受話器がなった。

 すると、ベッドでお昼寝していたリエラが飛びあがり、自分目掛けて飛びついてくる。


 「ほっ、キャッチ・アンド・ベッド・スロー・イン」


 ポスッと再びリエラをベッドに飛び込ませて受話器を取る。


 「もしもし、リラです。そちらは?」


 『あっ、もしもし、リラちゃん?通じてよかった』


 受話器から聞こえてきたのはお母様の声だった。


 『リラちゃんは鬼灯家の一人娘知ってる?』


 「鬼灯家…知りませんが以前お茶会の参加者ならば、見覚えはあるかと思います」


 『うんうん、その子がお話しをしたいって連絡があってね。もう既にエリア30で待ってるらしいんだよ。一階の客間に通してあるし、お願いね』


 「えっ、そんな急に…お母様?お母様ーっ!!」


 呼びかけるも受話器から聞こえるのはツーッツーッという通話が切れた音だった。


 「お…、はぁ…」


 一方的に話しを打ち切られ、無理矢理押し付けられた事でまた溜息。


 (思えば、自由にできる時間もあまりなくって他の三人と共に行動しないと外にも出られず、凄く窮屈な思いしてて、ため息しか出なかったな)


 「はぁ…」


 思い出してまた、ため息をつく。だが、このままだと待っている人に失礼だ。せっかく来てくれたので…


 「…いや、招いてもいないし、来てから連絡してきたようなものだし」


 やっぱり、全てのやり取りはキャッチボールでないとダメだな。それを思うと前のサプライズもレイラさんからしたら、迷惑だったのだろう。


 (そもそも、サプライズってお祝いの時に気付かれずに盛大なパーティーとかを開くイメージがあるけど、少なくとも迷惑かけるものじゃないのでは…?)


 これ以上の思考は幼い脳のキャパシティを超えそうなのでブンブンと頭を振り考えを振り払う。


 客室の扉をノックして入ると、ソファの上にお人形のような可愛らしい娘が座っていた。

 少女は俺の存在に気づくと、立ち上がり、スカートの裾を持ち上げて頭を下げる。


 「この度は突然の訪問にも関わらず応じてくれたことを心より感謝いたします」


 礼儀正しい作法と言える言葉遣いだがところどころに言葉が震えていたり、動きがカチコチになっている事から緊張していることが伺える。


 「いえ、そんなにお構いなく、連絡していただければもう少し気の利いた物でもご用意できたのですが、このようなつまらないものしかご用意できず…」


 そう言って懐から小さな缶を取り出してふたを開ける。中にはクッキーがいくつか入っている。それを机の上に置く。


 「お久しぶり、ですね。ご存知かと思いますが、私はリラ・エンジェルス・シャリア。この国のプリンセスをしております。ですが、今回はお話しという件なので、畏まらずに、リラとお呼びください」


 「では、さん付けで、ところで「かしこまらず」?とはどういうことでしょうか」


 「あっ、えーっと」


 (そうか、今まで美奈さん達と話していたから難しい言葉は分からないのか…えーっと確か…)


 自分の頭の中の辞書から適切な単語を調べる。


 「慎み深い態度を取ることですね」


 「…?分かり、ました」


 「…(汗)」


 (しまった…この言葉でも伝わりにくいか…子供に伝えるのってこんなにも難しいものだったのか…逆に美奈さん達には結構伝わるのが不自然だったと思う。

 何であの子達には難しい言葉も伝わったのだろう…何か共通点、共通点…そうか!補正だ。攻略対象にはどのゲームでも補正がある。主人公補正ならぬ、ヒロイン補正が働いたのか。

 危ない危ない、また深く考えすぎて身体に負担をかけるところだった)


 「あっ、申し訳ございません。こちらのご挨拶が遅れました。鬼灯優菜です、鬼灯家の令嬢です。今日はよろしくお願いします、リラさん」


 (うーん、美奈さんのようなフレンドリーな態度もいいけど、やっぱりこんな感じで段々と慣らしていくような少したどたどしい感じがいいよな。美奈さんは幼馴染系の誰とでも気軽なキャラだから自然と納得しちゃうけど)


 「こちらこそよろしくお願いします。優菜さん」


 View Change 優菜


 (まさか、直接姫様に合わせてもらうなんて…ダメもとで言ってみただけなのに、即OKして貰えた。なんて幸運、「あの噂」について聞き出すチャンス、無駄には出来ませんわ…!)


 「この度、こちらに訪ねたのには理由がございまして、風のうわさでリラさんが我が家のライバルの千麟家のご令嬢である、千麟美奈様や他の貴族の方々と共に行動しているとお聞きして」


 「ええ、皆様も大切なご友人、私をお外に連れ出してくれた、恩人のような人たちです。お陰様で外の世界に目を向けることが多くなりました」


 (よしよし、自然な流れで話しを持って行けたわ、このまま話題を美奈さんの話に持っていって、あの…)


 そこで思考が一瞬固まる。


 (あの…顔が火照る理由と体の芯から昂る感情、を…あぁ、忘れらませんわ、あの手の感触が、まだ手に残って…美奈、さ…ま…)


 「優菜さん?どうかしましたか?」


 「ハッ!い、いえいえ、全然なにもっ!!けけけ結婚とか私考えてませんから…!」


 「…え?」


 「…あ」


 (地雷踏んだーーーーーっ!!いくらあの時の事で頭がいっぱいになるからって普通外にまで漏らす!?ないない、鬼灯家末代までの恥ですわっ…!)


 「け…血痕?あっ、腕!少し、擦りむいているじゃないですか!確かによく見たら床に血痕が…ごめんなさい回復魔法は出来なくて…でも氷魔法なら使えるので、傷口を氷で止血しますね」


 「は?え、あ、ありがとうござい…ます?」


 (もしかして、姫様、結婚と血痕を聞き間違えたんですの?というか、擦り傷?これは今日ここに来れば美奈様に会えると思ってはしゃいでいたら、怪我しただけで…あっ、これよく見たら擦り傷じゃなくて切り傷でしたわ)


 「でも、よかった。洋服についた血は落ちにくいけど、応急手当はしたので、もう大丈夫ですよ」


 「あっ、はい。ありがとうございます。では、失礼します」


 「あの…お話は?」


 「あっ、ごめんなさいそうでした」


 (なんだろう傷一つで用を済ませた気持ちになっていた)


 View Change リラ


 優菜さんが聞いてきたのは自分以外の令嬢の皆様の話だった。理由をさり気なく聞いてみたが、やや強引に話しを逸らされて、何か隠し事があるのは誰が見てもバレバレだ。


 話しをしている間に、やたらと美奈さんの話題になると興味があるように身を前にして聞いているようだ。しかし、それはただのライバルと言うにはオーバー過ぎる食いつき具合だった。


 (互いの企業が競い合うっていうのはよくあった展開だったけど、そこまで食いつくようなものじゃないよな。このような初対面の人にカマをかけるのは気が引けるが、少し試してみてもいいかもしれない)


 「ええ、それにしても、この前美奈さんが見ていた殿方がいたのですが、美奈さんはあのような人が好みなのでしょうか」


 それを聞くと目の色を変えて、そのまま目玉が落ちるんじゃないかと思うほど目を開き、テーブルに膝を置いて、両肩を掴まれる。


 「…その話、詳しく聞かせてもらえますでしょうか?」


 丁寧な言葉遣いだが、その肩にかかる重量はすさまじく、目からは圧力をかけて下手な事言えば殺されるのではないかと思うほどの希薄だった。


 「こ、この前、三人でレイラさんのご自宅へ行く途中、美奈さんが一人の殿方をずっと目で追っていたのですが、それ以上は…年齢も離れていますし、乙女の心は興味がある程、深く追求するのは野暮ってものです」


 「ちなみにその殿方というのはどの様な外見でしたか?」


 (あー、これはいけないスイッチ入れちゃったか?)


 「遠目なので、顔はハッキリと見えなかったのですが、歳は若干30代くらいで黒髪で短髪で髪をオールバックにしているように見えましたが、それ以外は印象はなくって…」


 「…………………がぁ」


 「何か?」


 「あっ、いえいえ、何でもないですわ。おほほほほほほほほ」


 View Change 優菜


 (危ない危ない、つい口から漏れる所でしたわ。流石に王族に「顔ぐらい覚えておけよクソが」なんて言ってしまったら見下されるようなレッテルを張られてしまうに違いありませんわ)


 「それにしても、そんなにも美奈さんの事を気になるなんて、もしかして優菜さんは美奈さんの事を恋愛対象として好きなんですか?」


 予想外の言葉に姫様の肩に手を置いたまま、ガクガクと震える。


 (す、すすすすすす、好き?私が?美奈様を…好き、私は…それって…ちゅまり…!)


 頭の中で私と美奈が見つめ合っている。うっとりとした表情を互いに浮かべて、美奈はまぶたをゆっくり閉じて唇を近づけてくる。


 (み、美奈様、いけません。こんな事)


 (お願いです。優菜様、一生に一度の大事な大事なお願い…それをどうか、受け止めてください。それが出来るのはこの世で一番私が愛している…あなただけ)


 (美奈様、私もあなたの事を…)


 二人の距離がさらに縮まり…


 そこでハッと我に返る。


 View Change リラ


 「バ、馬鹿言わないでくださいましっ!なんで私があんな奴の事をっ!」


 自分に言い聞かせるように、顔を真っ赤にしてようやく手を離して、再びソファに腰掛ける。


 (これは、ほぼ確定だけどダメ押しにもう少し)


 「そうですか、残念ですね。お二人はお似合いだと思ったのですが…」


 「へ…?」


 この世界では同性愛は元の世界と同じレズやゲイが少なからずいる。前世ではその様な人は見下されたりバカにされることがあるがこちらでは好きなものは好きという自分を貫く心が一般的で同性愛だとしても特に気味悪がられたりすることは無い。


 (まぁ、道無き恋だと思うけど)


 流石にIPS細胞があるにしても同性の結婚は認められない。何処かに嫁ぐ事で一族を存続させる手しかない貴族であればなおの事。この国では恋愛結婚が主流らしいが、勿論すべてというわけではない。


 もし、この世界がゲームの世界ではなかったらお似合いの百合カップルが出来たとしても、それを良くないと思う人は少なくないだろう。

 この国では貴族としての力関係は戦闘力を主軸とした、一族が持つ三つの素質と言える。一つ目が武力、魔法や身体術などの武力。


二つ目は国への貢献、平民より貴族が多い国ではどれだけ国のために動きその働きに応じて自分たちだけでなく、国に住むすべての人々がより良く暮らせるための貢献が必要不可欠なものだ。

 そして、三つ目は権力、権力と言っても色々なものがあるが、ここでは経済力が主な事だ。

 百合カップルを良くないと思う人はこの経済力を重んじている人だ。


 子を残せない、それは国内経済として大打撃を与えかねない大事だ。後継者争いが起こることも当たり前、その為貴族のご令嬢は後見人が必要だ。三つの素質を持つ家に嫁ぐ事を余儀なくされるなんて、よくある話だ。世継ぎ、血統…これだけの事を大きく考える人が、頑固者な人ほど同性愛に対して超えることが不可能に近い障害となる。


 その為、火遊びで済ます事が大事。というのが、人より国に踊らされている昔ながらの老いぼれ馬鹿の考えだ。


 (個人的には好きなものは好き、嫌いなものは興味なし。必ず自分で決められる事が出来る世界になってほしいというのが、俺の「上っ面」の人生論だ。自由に決められるというのが、楽だとは限られないけど)


 「フフッ、どうしましたか?お顔が真っ赤ですよ、優菜様」


 「あっ、ちょっ、ち、近寄らないでくださいましっ!」


 席から立ち上がり、歩み寄ろうとしている自分から、後退るように優菜は立ち上がるが、ソファの足にかかとが当たって、バランスを崩して「うっ」と苦痛の声と共に尻餅をついてしまう。


 「おやおや、これは大変、でも…」


 それを見て、またイタズラ心に火が付いてしまった。そのまま、覆いかぶさるように四つん這いで詰め寄る。


 二人の顔が急接近する。


 「私、優菜様の事が好きなんですよ」


 「ビクゥッ!?」


 (もちろん、噓だ。少女に欲情するような男ではないし、自分と他人が女として描かれているレズビアンが好きというわけではない。カマにカマをかけた。蜘蛛の巣のような言葉の罠)


 「…め、れすぅ…」


 「ん?何ですかぁ…」


 「りゃめぇ、ダ、メれすぅ…グスッ、ワタ、クシはぁ、み、美奈様、がぁ…いないとぉ、お胸が、切なくて…ヒゥ…」


 「…そう、ですか」


 (全く、そんな顔されたら、今更、冗談何て言えないじゃないか…こう言う返し方は流石に大人の対応を取らざるを得ない)


 「フラれちゃいましたね…では、私はその恋が叶う事を願いますよ」


 「…あぅぅ、はぅぅ…」


 優菜はもう、話す気力すら、先程の行動でそがれたんだろう。でも、カマをかけたせいで、怖がらせた事も多少の罪悪感は感じている。


 「それともう一つ、私達は近々開催される「ジュニア部門バトルアリーナトーナメント」に参加するのチーム戦と個人戦両方にね。まぁ、諸事情で個人戦に出られるかどうかは分かりませんが、とにかく、今日はお帰りになった方がよろしいですよ。いつまでも涙を流しては、何もできないでしょう」


 優菜はコクコクと頷き、よろよろと立ち上がり、震えながらも出口の方に向かって歩いていく。


 「続きを聞きたければ、また日を改めて、今度は連絡してくださいね」


 優菜が完全に見えなくなるまでお見送りをして、自室に戻ろうとすると、廊下でエリックとバッタリであう。


 「あら、奇遇ねエリック」


 「ちょうどよかったです。姫様、王妃陛下がお呼びです」


 王妃陛下の事を聞いて反射的に顔をしかめる。先程の事から、また厄介ごとが降りかかるのではないかと何となく身構えてしまう。


 お母様が待っている。部屋の扉の前で、エリックはノックをせずにその場を離れる。


 (珍しい、いつもは身の回りは全部エリックがやるのに)


 普段とは違う行動に違和感を感じつつも、その部屋にノックをして入ると、そこにはベッドに腰かけている。お母様の姿があった。


 「お疲れ様、リラちゃん」


 「お母様、何か御用ですか、それにしては先程の件とは随分と…真剣な表情みたいですが…」


 「フフッ、そう言う時に敬語で話す何て、本当にあなたが先に生まれてよかったです」


 「え…先に生まれて?」


 「エリックにあなたを呼ばせたのは、まだ私しか、知らない初めて知ったこと…」


 そう言うと一呼吸置いて発せられた言葉は衝撃の言葉だった。


 「私ね。新しい赤子を妊娠したの」

次回6月末予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ