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第八部 三章 ハーン家の異情事

 3月23日 午後2時


 View レイラ


 「…で、今日はどのようなご用件で?アイシャさん」


 (まーたこのパターンかよ…マジで勘弁してくれ。予選追加されたことでも頭いっぱいなのに、更に君が来た=余計な事が起こる状態なんだよ)


 アイシャは前のようにずかずかと家に入ってくるわけじゃなく、ただ扉の前でうつむいたまま、一言もしゃべらず、ただ立っている。


 (おかしいな、いつもなら、遠慮なしと言わんばかりに話してくるはず、心境の変化?にしては変わりすぎだし、イメチェンでもないよな…)


 「あの、聞いてますか?話してくれないと私としても何といえば分からないのですが、出かけることはご家族にも言って…」


 すると、「ご家族」という言葉に反応して、びくりと肩を震わせると、ガバッと胸に飛び込んできた。その事に反応できずにいると、胸を通して肌に湿気が伝わってくる。


 「………よ」


 その湿気の正体を知る前にアイシャが言った言葉に思考が奪われる。


 「…え?」


 「怖いよ!怖いよお!!ああああああああああああああん!!」


 「ちょ、ちょっとアイシャさん!?」


 大粒の涙を流しながら服にしがみつき大声で泣くアイシャさん、その姿は年相応の少女の顔だったが、今までのような男勝りな性格とは違う姿に戸惑うしかなかった。


 急いで、家の中に招き入れ、自分の部屋に連れて来る。エイラには悪いけれど席を外してもらった。エイラも大泣きしているアイシャさんをみてギョッとしたが、空気を読んでくれた。


 「…落ち着きました?」


 「…(コクコクッ)」


 アイシャさんは胸に顔をうずめたまま、頷いてそのまま徐々に縋るようになり膝枕をする形になった。


 まだ目からはポロポロと涙が流れて服を濡らしていく。声もまだ安定しないようで、震えたまま、今は訳も聞けそうにない。


 (ああ、なるほど…)


 アイシャさんのプロフィールを思い出す。普段のアイシャさんは行動と思考を同時に行う。つまり、いつも頭の中は真っ白なのだ。だから、何かを考え出すと止まらないのだろう。

 今の状態は乾いたスポンジ(心)を水(恐怖)に浸したといったところだろう。


 (でも、言葉で慰めようとしても火に油を注ぐ効果しかないよな…原因を聞くのも同じ、こう言うタイプが一番厄介なんだよなぁ)


 ついに涙は服を通して肌に吸い付く。びっしょりと濡れた服が気持ち悪いが、それでも膝枕を止められるような雰囲気ではない。


 そのまましばらく膝枕をしているとアイシャさんは眼を閉じかけているようでうつらうつらと今にも寝てしまいそうだ。


 一回寝れば恐怖もなくなっているだろうし、ここは寝かせてあげようとした。その時、忘れていた。あの時の事を思い出していれば寝た後にすぐに退散したというのに…


 「チュピ…チュゥゥ…ペロペロ…」


 (何で忘れてたんだろう、こんな事案的の事を)


 子供特有の癖と言うべきだろうか、指をしゃぶるのはらしいと言えばらしいのだが、こういうのは怪我をしてしまった時だけでいいと思う。


 (アイシャさんって一回寝ると中々起きられないんだっけ…前は炭酸水で無理矢理起こしたんだけど…今回はそんな簡単に起きるわけない…)


 「ん…うぅ…うんん~…」


 そう思ったが、何か様子かおかしい。前は穏やかな寝息と共に可愛い寝顔だったが、今は悪夢にうなされているようだ。


 激しい唸りと共に何かから逃げているようで、目から涙が流れている。


 「アイシャさん、アイシャさん!」


 流石にこれ以上うなされているのを見てはいられないと思い、体をゆすって起こす。すぐにアイシャさんはガバリと起き上がって自分の胸に手を当てると、俺の方に向いて抱きつく。


 このままだと日常生活にも支障をきたす恐れがある。話しにくいだろうが、その恐怖を聞き出そう。


 「その…ね…お父様が…ぅぁ…」


 ぽつぽつとだが、アイシャさんは涙の理由を話してくれた。


 どうやらアイシャさんは父親の事が怖いらしい。いつも怒っていて、誰と話す時も不機嫌らしくて、中でも最近、父が自室から出ていることが多くて家でばったり出くわすことが多くなったという。


 (家庭内の事情か、親に恵まれなかった子供の気持ちなんて分からないし、だからって怒るのをやめろって言って止められるものじゃないよな)


 やはり、怒りの原因を探さなくてはダメだろう。問題はどうやって探せばいいかという話だ。


 人間ずっと怒って生活しているわけじゃない。少しアイシャさんのお父さんである、ガルドさんの私生活を見てみよう。


 「というわけで、しばらくアイシャさんの家に泊まろうと思うんだけど、一緒に行こう、エイラ」


 「泊まりに行くのはいいけど、母さんと父さんには言おう?」


 「そうだよね…でも、今は連絡取れないんじゃないかな。私たちデバイス持ってないし、ギルドの電話番号知らないし…」


 思い立ったが吉日、とは言うが、後先考えるのが先だったとは後の祭り、すでにお泊まりの準備が終わっていた。


 「そう言えば、今日の訓練まだやってなかったな」


 (でも、後でやればいいか、武器を使わずに基礎体力作りだけだし、武器の基礎は大体覚えたし)


 View Change 美奈


 数時間前


 「頼むっ!!生徒時代と学生時代ずっっっっっっっっと同級生のお前にしか頼めない事なんだっこの通りっ!!!!」


 サリアちゃんが実家帰りの準備をしている最中、お母様が臨時メイドとしてブランチをしていると強面の男性が突然押しかけてきたと思ったら自分に、いや、お母様に頭を地べたにつけて、何の説明もせずに懇願している。


 それを見て、お母様は俺の対面の椅子に紅茶を置くと、そのまま恐らく話を聞く体勢を取る。


 戸惑いながらも男性は椅子に座り、頭の上に?が浮かんでいるようだ。


 (まぁ、そうだよね。お母様に頼みごとをしに来たのに対面に座っているのは、直接的な接点のないその娘なんだから)


 「あ、あの…ゴホンッ、頼みたいことなんだが、娘との関係を前の時まで戻してほしい」


 「…お嬢様、どう考えます?」


 お母様のいきなり話を振られ顔がこわばる。


 (いや、あんただよ。この人が話しているのは私じゃなくあんただよ!同級生と言っていた時点であんたしかいないんだよ!)


 「階段からの転落事故からアイシャは「パパ」から「お父様」と呼ぶようになってしまい、目も合わせてくれなくなった。

 あんなに可愛いのに、チワワみたいにプルプル震えている姿も可愛いが、やはり、前のようにダックスフンドみたいに後ろをついてきてくれた頃のように触れ合いたいんだ」


 チラッとお母様を見るが返答せず、こちらをジッと見つめている。


 (だからなんで私が答えるムードなの?あんただよ!この人の頼みごと聞くのはあんただよ!)


 その時、一つの推測の答えが頭に思い浮かぶ。


 (まさか…試されているのか)

 ※違う


 (令嬢として、誰の頼み事にも冷静に対処して最適解をはじき出すのも千麟家としての素質教育だというのかっ!?)

 ※ただ単にイタズラしているだけ


 (対面に座らせたのも他に頼りっぱなしだと部下からの信頼を失ってしまうという教訓なのか…!)

 ※不正解


 (なるほど…これは令嬢の常識問題という事…下手な返答でも返したら「下民」程度の頭の中があっぱらぱーな人だと思われるという事か、ならば…)


 「それは…接し方に問題はないかしら?」


 「は…?」


 (うん、当然の反応だな。頼みに来たのにその答えが違う人から帰って来たのだからな、だけど、ここで止めるなんて選択肢はすでにない)


 「例えば、顔を合わせて一言だけ交わす人はそれ程親しくない人の関わりでしょう?逆に顔を合わせずとも他愛もない話し、メールとかする人は友人、又は親友との関係だよね。

 もしかして、接し方が前者の親しくない関わり方をしたせいで、逆に近寄り難くなっているんじゃない?」


 「た、確かに…今まで口数はほとんどなく話していた…!」


 「それが原因じゃないかな?そこを直してみたら?最初からガラリと変えるのは難しいだろうから、共通の話題から徐々に話題の幅を広げて、口数を増やしたら、自然と関係が深まると思うよ」


 「ですがお嬢様…」


 今のお母様の言葉で理解した。完全にメイドになりきっている。

 サリアちゃんが実家に帰省中だからって口調まで真似せずともいいのに、もしかして、生活もマネする程になっているわけじゃ…ないよね、流石にそれはやり過ぎだ。


 「彼は万年病弱な強面なのでその体質が怖さに拍車をかけているので根本的な解決にはそれも明るみにしないと…」


 「ふぅん、病弱か…」


 前世の知識的には病弱な人の共通点はあまり見られない。ただ生まれついて病弱だったが、大人になるにつれて風邪や花粉症にならにくくなったというケースは多い。

 解決になるわけではないが、そればかりは生活習慣の改善に他ならないだろう。


 「あの、あなたの一日の出来事というか、どの様に過ごしているのか聞いても?」


 10分後


 (これは…あまりにも酷い)


 一日目だけでも生活習慣に大きく乱れている。2時間の睡眠、11時のブランチ、運動もあまりせず、おまけに歯を磨く時間もない。親知らず抜歯も済ませている。


 口内の菌は風邪を引く原因にもなる。この人の場合はそれだけでなく、どう過ごすかによってグロッキーになるか決まっていると言っても過言ではない。


 (一番ダメなのはそれを病弱という言葉で済ます事だろう)


 一応、何を食べたのかという食事チェックもしてきたが、圧倒的に野菜が少ない、というわけではないが、他の物に比べてバランスが悪すぎる。

 もし、一週間もずっと同じ生活をしているとしたら、死んでいてもおかしくないくらいの体調不良っぷりだ。


 (一日目の多くがデスクワークに費やされている事も原因の一つだろう。俺も家にいることは多いがずっと同じ場所にいるわけではない。軽めの運動や魔法の練習など無理のない範囲で体を動かす。それすらも疎かにしているのを見ると、正直言って馬鹿なんじゃないかと思う。

 だから、今この人に言えることは、この一言しかない)


 「生活習慣を…改善しましょう」


 その日から、一週間の間、生活指導という名目でアイシャさんの家に泊まることになった。(母親同伴)

 予想外な事と言えば偶然にもレイラさんと妹さんもついてきたという事だったが、それは特殊な事情と言われてはぐらかされた。


 (まぁ、これは踏み込まないのが吉だな)


 一週間後


 「ここで見守りましょう」


 アイシャさんの家に泊まって今日で丁度、一週間が経った。思えばレイラさんも大変な思いをしたとの事、一昨日にうっかり二人共、口を滑らせてきた理由を話してしまったが、親子の関係という共通点があったため、進展具合を話し合ったが…


 「それでも、結果はあの二人だからね。レイラ、しーっ」


 View Change アイシャ


 (一週間前、恥を忍んでレイラに頼んでどうにかして家族として父に接したいと頼み込んだ。そして、いつの間にか美奈もやってきたが、別件らしい。

 今、俺は父親に呼び出された)


 「すぅー、はーっ」


 一週間の間、父親との会話は増えたが実際に目を合わせたことはほとんどない。あの眼光を思い出しただけで身体が震えて、顔を上げることが出来なかった。

 でも、いつまでもそのようなものだと、前に進めない。


 引き受けてくれた。レイラのためにも、逃げるわけにはいかない。


 意を決して、ノックをする。


 「入りなさい」


 震える手を、無理矢理抑え込んでノブを捻る。


 お父様はソファに座っており、待っていたと言わんばかりに、話しを聞くような体制になっていた。少々俯いているので表情は分からない。


 深呼吸をしながら、心を強く保ち対面に座る。


 「…お父様」


 自分から話しかけるが、呼吸が乱れそうで息が詰まりそうになる。


 「なんだ」


 「…っ!」


 普段家族とのやり取りにこんなに緊張することは無いのだろう。だが、今回はまれなケースの中でも極めてレアなケースなのだろう。


 今の俺はアイシャではなく五十嵐響也としての魂が強く出ている。五十嵐響也としての父親は目の前にいる人ではない。


 だが、俺は今、この身体として目の前にいるこの人を自分の父親と思い接する。それが今、出来るたった一つの選択肢だ。


 「…お父様は…ぼ、僕を…」


 聞きたいことがあり過ぎる。どう思っているのか、嫌っているのか、怒らせることをしてしまったのか、考えたらキリがない程の疑問の数々、一番聞きたいことは何なのか考えるが、それが見当たらない。


 「ぼ、ボクは…お父様を、愛しています!!」


 「……」


 「……っ~~~~~!!」


 顔が熟した林檎のように真っ赤になっていく。


 (なっなななななななななな、何をっ!言っているんだ。俺は~~~っ!!質問越しで言ったのに、言い直して、質問どころか思いもしなかった事を言ってしまうなんて…俺はアホじゃあ~~~っ!!)


 「…それなら、ここに座れ」


 お父様はポンポンと膝を叩き、手で招く。さっきの返事による羞恥心で頭が回らない身体は意志とは関係なく、動き、チョコンと膝に座ると同時に我に返る。


 反射的に立ち上がろうとするが地に足がつかず、お父様の手は華奢な身体を支えて、スッと頭を撫でる。


 「…懐かしいな、アイシャをこうして膝に乗せるのはいつぶりだったか」


 その時、コロンと寝転がるようになり膝枕をされると久しぶりに見た顔、その顔は前に見た時とは見違うほどだった。

 

 「記憶を無くしてからのアイシャは前とはまるで別人だった。執事たちにもジェシーにも俺にも、他人に接するようになってからは、俺たちはどうにかして記憶を戻せないか考えた。

 しかし、その方法はあまりにも衝撃的でな、傷つけてしまうものしか思いつかなかった

 だから、記憶が戻らないのなら、せめて今の君に心を許せる存在になりたかった」


 「……」


 (もしかして、今までの態度って、俺の噓で、あんな態度を取っていたのか?あの時は戸惑って何も考えられなかった。ただ、心配をかけさせないと思って記憶喪失のフリをした…)


 「アイシャ、今の俺たちでは…不満か?」


 「…いえ、いいえ!お父様、俺は…っ!」


 前世の事を話してしまいそうな所で踏みとどまる。もし、受け入れられたとしても、今までの関係上それを打ち明けられる心の準備は出来ていない。


 「それなら、俺の事を「パパ」と呼んでくれ、記憶が無くなる前はそう呼んでいた」


 「…パ、パパ」


 「おりこうさん」


 そう言って撫でてくれたお父様…パパの手は確かな親の温もりがあった。


 View Change ガルド


 アイシャを部屋に戻るように促すと廊下に出て、手前の扉を開く。そこには千麟美奈とレイラ・オーガスタがいた。


 「…世話になったな」


 「いいえ、親子というのは互いに分からなくては」


 「…どうも」


 「レイラ、いーかげん人見知りは直そうよ。ここに来てもう一週間なんでしょ、ジェシカおばさんには慣れたじゃない」


 「ゴホンッ、だが、盗み聞きは程々にせんといけないぞ」


 「さあ?何のことか、分かりませんね。私達はただ、この家を探検していただけです。

 だけど…もしそんなことをする人がいたのなら、あなた達が余程心配だったんじゃないですか?」


 「それはそれは、おせっかいなスパイがいたものだな」


 「そうですねー、あっ、それともう一つ、そいつはこう思っているんじゃないですか?「言った通りだったでしょう」?」


 「…さあな」


 それから数日、度々街には笑いながら手をつないで歩く親子が見られたという。

次回6月中旬予定

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