第七部 三章 いつもと違う帰り
View 美奈
「はぁ…はぁ…」
レイラの家では四人の肩で息をする声と嗚咽が漏れていた。
「情けないなぁ、基礎を鍛えたのに持久力がなさすぎる。これじゃあ、勝てたとしても最終戦までに疲労が溜まるか…でも、そこは訓練で伸びる物ばかり、才能としてはかなりのポテンシャルを持っているわ」
「あ、ありがとう、ございます」
その時、玄関からピンポーンと言う軽い音が聞こえた。
「あら、今日はお客さんが多いわね」
玄関に向かっている間、エイラが飲み物を配ってくれている。気を使ってくれているのか、飲み物は昼食の時、最も多く飲んでいた物だった。
「ありがとう、エイラちゃん」
「美奈ちゃん、アイシャちゃん、お迎えよ」
アリアが声をかけるとその後ろから2人の男女が入ってきた。
女性の方は、中学生くらいの年だろうか、その割には発育が良く、ウェーブがかかった髪がなびく綺麗な女性だ。
一方、男性の方は女性の方よりも少しだけ、身長が小さい、しかしその顔は凛としてその髪は今の自分と同じ、いや少し濃い茶髪をしていた。
「アイシャちゃ~ん、迎えに来たわよ~」
「ヴェっ!何でここがっ!?」
「それは~パパに聞いたらここだって、お買い物帰りだったから~丁度よかったわ~」
「俺の方は学校帰りだっただけだ。偶然こちらの御仁とこの近くで出くわして、まさか目的地が同じとは思わなかったが、そろそろ夕陽だ。帰るぞ、美奈」
「下兄様が来るなんて、サリアちゃんはどうしたんですか?」
「掃除やらその他で汗をかいていたから、代わりに行けって父様から言われた。汗を流して走ってきても間に合わないらしい」
「直樹叔父さんに?」
男性の方は私(美奈)の叔父の子供、千麟 空。美奈とは6才違いの一家の中では二番目の年少者。ヴェルスター学園の小学5年生だ。
「ともかく、一緒に帰るぞ、今日のごはんは、肉じゃがとキノコとバター醤油の和風パスタだぞ」
「あっ、それって多分、麵は細麺だよね」
「いや、それは叔父、ああ、美奈の父さんのだけだ」
「それは良かった、お父様は太い麺は嫌いだもの」
「昔、太い麺を喉に詰まらしたんだっけ、食べ物にそこまで引きずるかと思うが、では、御仁、えっと…アイシャちゃんとそのお姉さんも俺達はこれで…」
「「母です」」
「…は?…お母…さん?」
「「母です」」
空はポカンと口を開けたまま顔に「これが経産婦だと…?」と書いてあるのが分かる。
「それじゃあ、また後日に、お邪魔しました」
「これからも美奈とは仲良くしてやってください」
「こちらこそ~」
玄関から出て、アイシャちゃんと母親に挨拶して帰路を歩く。
「そう言えば、美奈はジュニア部門のナントカトーナメントに出るんだっけ?」
「えっ、はい、そうですけど…」
「そうか、電話越しにメイドたちの話し声が聞こえたが…ふぅ、俺も出たかったな」
「下兄様は出られないんですか?」
「あれは5歳から10歳までだから俺は一年オーバーだ。それに、この国では今回が第一回らしいしな…当日、応援しに行くよ」
「…うん、ありがとう下兄様、大好き」
「っ…そういうのは、大人になって大切な人が出来てから言えっ!」
「それでも、私の大切な人は今は下兄様です」
「~~っ!あー、もうこの話しは、やめだやめ!ほら、手ぇ出せ、速く帰るぞ」
「はいっ!」
View Change アイシャ
「~♪」
「アイシャちゃん楽しそうね~いい事あった~?」
「それはもう、充実した一日だった」
「それはよかったわね~」
「ママも顔、にやけているよ」
「うふふ~、だってさ私とアイシャちゃんが姉妹みたいだって~姉妹…うふふ~」
「……お、お姉ちゃん」
「ひゃぁんっ!だ、ダメよ~アイシャちゃん~不意打ちでお姉ちゃんなんて~えへ、えへへ~」
意外に姉としての立場に弱いのだろうか、妹がいる事は知っているけど、あまりこういう風に甘えられたことがなかったのかも知れない。
「アイシャちゃん、帰りにお肉屋さんのコロッケでも買う~?ママはね、今日すっごく機嫌がいいから~、アイシャちゃんの好きな揚げ物二つ買ってあげる~」
「本当にっ!?えっと、うーんと…クリームコロッケとエビフライ!」
「はーい」
View Change リラ
「リラはまだ帰らないの?」
「はい、お迎えが来ていないので」
「でも、王族ってすごく忙しいんじゃない?ずっとエリックさんが付いているわけじゃないでしょう?」
「別にエリックだけが私の世話をしているわけじゃないし、誰かが代理としてくることも珍しくない事です。迎えの者が来るまで、リエラと遊びながら待っていますよ」
「そう…あれ?そう言えば、お母さんは?」
「お母さんはさっき玄関でどこかに電話かけていたよ」
「…えぇ、分かったわ。それで場所は?…うん、そこなら10分くらいで到着出来るわ、うん、それじゃあまたね。リラちゃん、お迎えの人がアサルト通りの入口で待っているらしいから、一緒に行きましょう」
「はい、分かりました」
「あっ、待って私も送ります」
「お姉ちゃんが行くなら私も!」
「はいはい、それじゃあ電気消して、窓も閉めてね」
(レイラさんはいい母親に大切にしてもらっているようで少し羨ましいな。でも、「俺」もリエラに大切にしてもらっているから、羨ましくはないけど、実の親に愛してもらっているのは、今の年齢の子からしたらとても幸せなことなんだろうな)
「アリアさんが話していたお迎えの人ってエリックですか?」
「いや、女の人の声でしたよ?リラちゃんの所は色んな人がいるでしょう?誰が来てもおかしくないんじゃない?」
「…そう、ですね」
正直、城の中ではリエラと王女陛下以外の女性にはあったことがほとんどない、見かけることはあっても、すぐに走り去ってしまい、避けられている感じがする。
思い違いだと思いたいが、それは一回二回だけでなく、十数回も同じ様な行動をとられている以上それは意図的にされていると見て間違いないのだろう。
そのことについてエリックに尋ねたことがあるが、露骨に話しを逸らすばかりで結局、分からなかった。どうしても知りたいことは問い詰めるのが一番だが、それが知らない方が良かったと思える内容なら、気にしない方がいいのだろう。
「姫様、こっちです」
声の方向には、街頭に照らされたスーツの女性が立っていた。胸ポケットの所には王城の使用人を証明する刺繡が施されている。
「では、私はこれで失礼いたします。今日はありがとうございました」
「また来てね「姫様」待っているわ」
「出来れば、次からはちゃんと連絡知れてから来てね」
「リラ姫、バイバーイ」
それぞれに手を振って、使用人についていく。
View Change レイラ
リラと別れた後、家に帰って、手を洗った後、すぐに夕飯の準備に取り掛かった。
「冷蔵庫には、ひき肉と卵にチーズと…」
「あっ、そのチーズはダメ!私とお父さんのお酒のつまみなの!」
「お母さん、この前お酒しばらく止めるって言ってなかったっけ…」
エイラの一言にぎくりと固まりゆっくりと視線を窓の方に向ける。
「お昼の時に冷蔵庫の中にはお酒はなかったはずなんだけど、もしかして、お母さんの部屋の所に武器とは違う所にお酒を隠してたりする?」
追って発される言葉に、冷や汗をかき始めて、その後、観念したように自室に向かい、樽丸ごと持って来た。樽の中からは芳醇なブドウの香りとワインの頭がくらりと揺れるような匂いがする。
「港の…地酒で、この前に友達からカニを受け取りに行った時に、セール中で…いけないと思ったけど、そこは…ほら、毎日ギルドマスターを頑張っているご褒美という事で…許容範囲に入れてくれると…あの……ごめんなさい」
不服はないのだろう。大方バレないと高を括る事で罪を逃れる為に言葉を選んだが、穴をつつかれる未来しか見えなかった、エイラは頭がいい、それに口も達者だ。
相手の非を見つけることに関しては右に出る者がいないと言っても過言ではないのかもしれない。
もし、エイラがハッタリなどを覚えて揺さぶりをかけたりしたらと思うと魔性の女としての才能が目覚めてしまうのではないのだろうか、末恐ろしい妹だ。
「とりあえず、次の解禁日まで、没収ね。ちなみにもし、次の解禁日にもし、これが今の重さより軽くなっていたら…」
「…いたら?」
「そうだね~、お姉ちゃんがお母さんとお父さんのご飯作り忘れちゃうかもね」
「はい、すみません、鍵をかけさせてもらいます、鍵も預けていただきます。ごめんなさい」
もう、どっちが保護者なのか分からない。
「ねぇ、エイラ、どうしてお母さんが酒類の隠し場所まで知っていたの?ハッタリかましただけ?」
「そこは「女の勘」ってやつ、中々侮れないからね。お姉ちゃんもいい勘していると思うよ…なーんてね。半分は噓だよ、この前ギルドに行った頃に2人の会話が聞こえてね、全部は聞き取れなかったけど、お酒の話があったから、そのことを思い出して、そこから家の絶好の隠し場所はどこかなーって、それで思いついたのが、私たちでも入れない所と言ったら…」
「お母さんの部屋しかないと…一瞬で今の推理を?言いくるめるまでもなく、そんな当たり前のように行き着くの?」
「この程度、息をするように簡単です。アハハ!探偵ドラマの真似ー」
エイラは天才だ。特に技能が優れているだけじゃないのに地頭の良さで発想から生み出される仮説の中から最も辻褄があう考えを瞬時に選べる。
でも、何だろう?どこかでそのような考えを持った人にあったような…この世界じゃなくて前の世界で同じ様な人にあったような…
【ゲームやドラマ、アニメ問わず人が作った世界を紐解いていくと、裏設定に気づくことがある。それを何回も繰り返していくうちに、いつの間にか、他人が考えている事に気付いてしまうんだよ。お前のかっこかわいい美学みたいにな、良かったら伏線が事細かく書かれた物貸そうか?】
「…いや、偶然かな」
「?お姉ちゃんどうかしたー?」
「ううん、何でもない。それじゃあ今から作るから座って待っててね」
そう、そんな事あるわけない。こんなにかわいい子が「あいつ」な訳がない。俺の妹は、無垢で無邪気なちょっぴり残酷な小悪魔っ子なだけだ。
View Change リラ
「♪~♪♪♪~♪♪~」
車の中で女性が車内音楽をかけながら合わせるように歌っている。その音楽はよく知っている曲だ。
ストアドシリーズに作られた専用の曲「サウザンド・ワールド・インサート」カラオケでも、誘われたとき歌っていたことを思い出す。
「♪♪~♪~♪♪~」
彼女につられて自分の口からも同じ音を奏でる。その歌は城について彼女がエンジンを切るまで続いた。
その後、彼女は私の自室にまでついてきた。
「ありがとう、えっと、あなたの名前は…?」
尋ねると彼女の顔は、黒くなってドロリと溶けるようにびちゃびちゃと床に落ちる。
彼女の顔は先程までのものとは全く違う顔、しかし、その顔は今の自分と、とても関わりが深い人物だった。
「お母様…?」
ヴィーラ王妃の顔だ、しかし、何かが違う。目鼻立ちも瓜二つ、服を除けば例え双子だと言われても疑わないほどだ。
それでも、違う。自分でそう感じるのがおかしいくらい「絶対」という確信がある。
「初めまして、私の名は「シーラ・アンゲロイ」あなたの母親の旧姓をそのまま受け継いだ血筋、ヴィーラ王女は私のはとこ、お爺ちゃんの兄妹の孫って事、遠い親戚だと思えばいいわ」
「親戚…」
その時、廊下の方から足音が聞こえて、その足音は迷いなく私の自室のドアを開いた。
「姫様、お戻りなのですか…お、王妃陛下!?なぜ、ま、まさか自身からお迎えになられたのですか!?」
「ええ、そうよ」
シーラさんは、お母様の真似をして口調だけでなく話の速さ、仕草などをまるで自分のように完全に真似をしている。
「でしたら、私か他の者にお申し付けください、わざわざ自分で迎えに行くなど危険でございます」
「やだやだやだーっ!リラちゃんを迎えに行きたい気分だったのーっ!」
「陛下に知られたら、一大事なのですよ。ですから…」
「それじゃあ、それを知ってるのは私達三人だから、それを言いふらさなかったらいいだけでしょ?」
「…はい?」
「じゃあ、ゆーびきーりガーンマーン噓ついたらウォッカ1ℓ飲ーます、はい!これで約束完了じゃあ、おやすみなさいエリック私はもう少しリラちゃんと話してから寝るわね」
「は、はい…お体に障らぬように、いつもの時間には寝るようにお願いします」
そう言って部屋を出たエリックを見送った後、再びシーラは話し始める。
「それで、私がここに来た理由についてね、それは派遣されたの」
「派遣?」
「そう、この国は元々は治安の悪いところだった。そのことから治安をよくするために、変装の得意な私や他の人に治安維持者を任せることにしたの、城に来た理由は変装が何処まで通用するか試してみたかったから、ヴィーラさんにもあってみたかったけれど一介の使用人じゃ会えないみたい」
確かに、エリックでさえも変装を見破れなかったな、得意とじぶんじぶんで言うだけあって変装技術は相当なものなのだろう。
「でも、それなら私に合う理由はないのでは?」
「それはただの好奇心、遠い親戚とはいえ血縁者がいるのなら知りたいとは思わない?」
まぁ、一理ある。自分が知らない血縁者がいると、どんな人なのか知りたいし、写真でも見てみたいと思う。
「さてと、これ以上居座ると流石に誤魔化すのも限界感じちゃう。そろそろ私は下宿屋に戻るとするよ。それじゃあね」
「はい、お気を付けて」
シーラは急ぎ足で、暗闇の廊下の中へ消えていく。
(変装…だとすると彼女のジョブは偽装者?それにしては隠密に長けているとは思わない…雰囲気が穏やかな感じで不意討ちなどの戦闘系技能を持っている風貌でもない。となると、新ジョブのいずれかかもしれない)
ゲームではジョブは1シリーズごとにいくつか増えている。初代は大まかな魔法タイプ、物理タイプ、特殊タイプしかなかったが、それから時代が流れるに連れて細かい設定も出来るようになってジョブとタイプによって覚えられるスキルが決まったりしている。
「さて、そろそろ寝ようかリエラ…ってリエラ?」
さっきまで近くにいたリエラがいない。少し部屋を見渡すとリエラはベッドの上で掛布団もかけずにスヤスヤと寝息を立てていた。昼間に起きていたせいもあるだろう時計を見ていたらそろそろ九時を回りそうで、人によっては眠気が限界になる時間帯だ。
リエラに掛布団をかけて、手をつなぎながら就寝についた。稽古をしたせいか布団に入るとすぐに眠気がきて、ぐっすり寝られそうと思いながら、うつらうつらと舟をこぎ始める。
View Change アリア
アリアが部屋でパソコンを見ている。
「ただいま」
「あら、遅かったわね」
「何度も連絡をした。少し厄介ごとが起きたぞ」
そういうゲンブの顔は険しかった。
「グレーターウルフが現れた。数はおよそ50頭その他同じ規模の群れがある可能性も高い。うちのシルバーCランクの軽傷者2名、荷物持ちとして同行したブロンズA重傷者1名、命に別条はないらしい」
「名前は?」
「ハリーとジョーイだ」
「なる程、最近昇格した冒険者にありがちなものね。タナトス山脈の鉱物採取、その途中に運悪く出くわしたようね。大方、気分が有頂天になっていて、想定モンスターを確認せずに行ったんでしょう」
「だが、奴らはその帰りだったらしい。東エリアの大森林での事だ。グレーターウルフの生息地は山脈の中腹麓どころか森林まで降りてきたとなると、奴らの住処が何者かによって荒らされた。又は乗っ取られたと考えられる。
ともかく明日、その事で他の冒険者に招集をかける。指揮は任せるぞ。もし、奴らが難しいと判断したら、責任者としてお前が行け、いいな?」
ぱたりとパソコンと閉じ、口をニヤリと歪ませる。
「もちろん、喜んで」
次回四月中旬予定




