第二十七部 三章 レイラのスイッチ
レイラが肩を上下に動かしながら、ケルビムの回復魔法が終わるのを待っている。その間どうしようかと思って辺りを見渡すと丁度、アイシャの腕に少し違和感を覚えた。試合後ということで肌の所々が赤くなったり白くなったり、まだら模様のようになっているが、腕にそれとは違うようなものが見えたような気がした。
それを聞くよりも先に手が動き、アイシャの腕をがっしりと掴み肘の部分を見るとそこには注射の痕がついていた。その事について違和感を覚える。注射は痕が残るようにはなっていない。採血もそうだが、血管に刺して抜く時にも技量が必要でほんの少数mm単位で痕が残りやすかったりする。
それがこんなにクッキリと残るのは医術について断片的な知識しか持っていなかったり、打たれた人が暴れて失敗したケースが多いが、注射痕はその原因を突き止めるのが難しい。素人目にしてはその注射の痕が見えなかったり関節の皮膚のシワで目立たない為、痕を見つけるのが医者でも難しい。
普段なら自分でもこのように見つけるのはほぼ無理なはずだ。それもこんなにハッキリと見えるなんて正直信じられないほどだ。その事に驚きながら目を見開いている時にふとアイシャが戸惑いながら腕と自分を交互に見ていることに気が付き慌てて手を放す。
「あっ、あっ、ご、ごめんね?少し気になるところがあって」
アイシャは少し気になりながらも凝視していた所を見て、そして同じように目を変えたがすぐにいつもの表情に戻ると言い訳のような事を言い始める。
「あぁ、さっきのやつって鎮痛剤だったんだ。血管に刺すやつは珍しいな。静脈でもないのに…」
そのセリフに少し驚く、鎮痛剤の事にいち早く気付いて静脈の事に行きつくのはそれこそ医術の心得がある人間だ。この世界ではポーションや魔法で現代医学などでは到底不可能な技術を用いて病気を治す事が可能になっている。
「…随分と医療関係に詳しいんだね。独学?」
「えっ?あぁ、これは…えっと、そのぉ…そ、そうそう!うちのお抱えの医師がそういうのをよく言うんだよ、激しい運動でよく通っているときにそういうのをペラペラ喋っていて、それでいつの間にか詳しくなってて、それでかなぁ…なんて」
そういうアイシャは目を逸らす。噓をついているのか、もしくは疑問を問いかけられて戸惑ったのかどちらにせよ、その話題に触れてほしくなさそうにもごもごと何かを言いかけては口を閉ざす。
(これは…どっちだ?そもそも、運動でやる怪我と注射に関係はないと思うし、他の患者の話題を出すなら個人情報駄々洩れになっているから社会研修を一からやり直してほしいとは思う。さて、この話を広げるのは少し印象が悪くなりかねないな…ルームメイトとギスギスした関係にはなりたくないし、すでに放した腕の話題をし続けるのは不自然に思われるかな)
向こうから目を逸らすのを見て、こっちも興味を無くしたように顔を逸らすと一瞬だけアイシャは視線を向けると少し安心したようにして同じ方向を見た。先生達は少し頭を軽く横に振って、フィールドの方の戻っていく。
View Change アイシャ
(へぇ、治り速いな、結構全力でぶちかましたのに、それなりにケルビムの回復魔法が優秀という事かな)
あの試合ではただただ単純な力任せな事をしてエルとエリィが動いてくれたのは俺が指示したことではなかった。2匹が自発的動いた結果だ。とはいえ最初少し驚いた事があった。最初に先生に一発与えた時にアンドレ先生は反撃を顔面に打ってきた。一瞬だった事で咄嗟に回避も出来なかったが、その衝撃を受け流す為に見様見真似でフィギュアスケートのように跳躍からの三回転半で衝撃を受け流すと共にその勢いからの打撃、あれがなかったら一瞬で距離を離されてこっちの有利射程に持ち込むのが難しくなっていただろう。
今、思い出すともしかしたら、あの時反撃されたのは意図的にそうしたのかもしれない。今回、俺は「メガトンパンチ」も「テラトンパンチ」も出せなかった。というより、出せなかった、が正しい。
どっちの技も精神を集中させて放つまでに数秒の時間がかかる。いわゆるアクションモーションというやつだ。それを無くして技を放っても威力が激減するし、反動で身体が痺れたりする。
先生達はそのモーションをしなければ通常の威力を出せないというのを知らなかったのか、いきなり技を出されたら、実力のそこが見れないと思ったのか、一撃の後に反撃したのかもしれない。その真意は直接聞いてみないと分からないが、美奈の模擬戦と比べると長期戦にした方が相手の手の内を探るならば、丁度いいと言える。
もしそうなら、俺からすると次のレイラとの模擬戦は難しいかもしれない。様々な武器を使うレイラは武器スキルをいくつか持っているだろう。主に使うのが剣とはいえ、それだけのスキルで戦っても手の内を全部見れる訳ではない。俺が先生の立場なら、如何にしてレイラのスキルを使わせるか、どうやって剣以外のスキルを見せるかが、肝心になる。
長期戦に持ち込むなら最初は「究極奥義 一の太刀」を使わせない事を意識した方がいい。同じ全体攻撃の「究極奥義 二の太刀」も強力ではあるが、相手とのレベル差でダメージが変わるものよりもステータス変動が少ない幸運値によって効果が発揮される「究極奥義 一の太刀」の方を警戒するだろう。
逆に「究極奥義 三の太刀」はあまり警戒はしなくてもいい。あれは自分よりもレベルが低い場合、追加効果の「即死」があるが、レベルが同値以上だとその追加効果は無くなる。一度戦ったら分かる。あの二人は俺たちでは束になっても勝てない。合計レベルではギリギリ同値ではあるが経歴が違いすぎる。「究極奥義 三の太刀」は隣接する敵にダメージを与えるつまり3体以下の雑魚狩りとしては優秀で戦闘開始時にFPをチャージできる装備品を着けていればMPの節約にもなるからこのスキルが使えるキャラには誰もが同じものを装備させていた。
一応、その先の技である「究極奥義」はあるが、レイラはそれをまだ使えないだろう。それはその効果が完全上位互換だったり、公式チートとして使えるため習得レベルが高く設定されて、全クリ後のレベリングやアイテム図鑑コンプリートにしか使わないもので正直言って序盤から使えればヌルゲー越えて常温ゲーという新しいゲーム単語が出来たほどという。そう言わせるほど強い。
レイラの話に戻るが、実は俺も少し剣以外のスキルは気になっている。レイラの剣術はいくらか見たがそれ以外のは素振りしか見ていない、スキルならどのような戦い方をするのか気になる。
そして、その時はすぐにやって来た。レイラがゆっくりと立ち上がり、フィールドに向かう。手には何も持っていないように見えたが2人と対峙すると、瞬きすらしないなかったのに、レイラの手には槍が握られていた。
「っ!?いつの間に武器をっ!?」
あまりの早業にクラスメイトからどよめきが聞こえる。そして、レイラの模擬戦が始まった。
View Change レイラ
(ぶっつけ本番だけど、やるしかないよね)
今日の模擬戦のためいくつか策を練っていたが、その中で思い浮かんだのが前世でやったアプリゲームの戦法、そのアプリゲームは1年でサービスが終了してしまったが、個人的には好きで1日目でコンボを発見して2vs2のプレイヤーマッチで何度も何度も同じ手に引っ掛かる相手を見て心の中での口癖が「なんで同じ手に自ら引っ掛かりに来てんだ、バァカかおめーはぁっ!!」になってたほどだ。
それを見様見真似でこの模擬戦でしようと思って頭の中でイメージトレーニングをした。先ずは2人が前衛と後衛のポジションの位置に行く前にその間に入る。そして、片手に槍を持ったまま回転切りの要素で回る。
するとその場で竜巻が起こり、先生達は一瞬あっけにとられたようにしていたが、その竜巻から抜け出そうとするが、どうしてもその場から足が動かないようだった。
(よし、次は!)
回避のバックステップをして回転のモーションを強制的に終わらせて槍を構える。「チャージスラスト」力を溜めて竜巻が消える前に一体に狙いをすませて、突きと同時に薙ぎ払う。体格の違いがあっても、その身体は空を舞い3メートル以上も吹き飛ばす。その攻撃を受けたのはレレイの方だった。しかも吹き飛ばした方向はアンドレ先生の方向。
「ばっ…!」
何か言おうとしたがその時には衝突して、2人の身体が重ねるようにして立ち上がった時にはすでに俺がその距離を詰めていた。そして、その時にはあのパターンが完成している。すでにスキルのクールタイムは終わっている。
(こうしているとまるで料理を作っている気分になるなぁ…例えるなら、ゴボウを斜め輪切りにして、熱した鍋にごま油と共に入れる。火が通ったら、砂糖、醬油、すりごまを適量入れ……ってきんぴらごぼうのレシピだこの工程!!)
ごぼう→先生達 斜め輪切り→竜巻攻撃 熱した鍋→吹き飛ばす方向 ごま油→チャージスラスト 調味料→追撃コンボ このような感じで模擬戦は第三者から見ると激しいが一方的な戦いに見えるが、レイラからしてみれば料理をして、先生達からしてみれば大型犬に引きずられる飼い主の気分になっている。
(えっと、次の攻撃は…)
再び竜巻で2人を捉えて薙ぎ払う、すると2人の姿は派手に吹き飛ぶ、その時、俺が持っていたのは槍ではない。その事に観戦者は目を疑った。
「な、なんだあのドでかいハンマーは!どこから出したんだ!?」
槌の部分は自分の身体がすっぽりと入る程の巨大なハンマー、先程まで使っていた槍の姿は影も形もない。
ハンマーは斧の武器の類に分類されていくつか斧のスキルが使えない事と斬撃の追加効果がない代わりに攻撃力は同じ素材でも高い事になっている。
吹き飛んだ2人は距離が離れたのを好機と思ったのかレレイが魔法を放ってきたが、それを避けようともしない、その代わりに、ハンマーを持つ手が震えると同時にその魔法は弾かれた。
打った。野球のように魔法をハンマーで思いっきり打ったのだ。その光景にみんなが驚いて言葉通り、開いた口が塞がらないと言ったようだった。しかし、そのような事は関係無い、すぐに硬直している2人の下に瞬時に移動して、ハンマーを手当たり次第に振り下ろす。
そして、その手にあるのは1つではなく両手に全く同じ形状のハンマーがある。
「一体どこに持っていたんだよ!それにあの細腕で軽々と持ち上げられるもんなのか!?」
「あれ…バトルアリーナで使われたら速攻で終わって優勝を持って行ったんじゃないか?」
「…バトルアリーナでは使える道具は全部あっちが用意したもので見た感じハンマーは無かったから…」
「今回はそのような制限がないから、思い切りやれる…と」
フィールドのハンマーを叩きつけた場所は衝撃と風圧でヒビだらけになって、ぴくぴくと痙攣した2人の姿とスッキリとした顔で額の汗を拭うレイラの姿があった。
「はい、試合終了です。お疲れ様でした」
ケルビムがすぐに先生達に駆け寄り再び治療する。美奈の引き分けから勝利が続き、何だかサンドバッグになっている2人が可哀想になってきた。
そして、終わったのにウキウキとした顔で俺は戻って来て席に着くと俯いくと身体が徐々に震えて身体全体がバイブレーションのように小刻みに震えて顔は真っ赤に熟したリンゴのようになって、その場でしゃがみ込む。さっきまでした事が再現されて終わったと同時にすごい恥ずかしさとギャラリーの視線が時間差で身体を貫き、羞恥心と好奇心で見られた事で死にそうな程に緊張で身体を引き裂かれそうな思いをした。
「…ぅ…うぅぅぅぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
View Change リラ
その後も大声で泣きながらアイシャの服を思い切り引っ張って引きちぎる程の力で美奈がポケットから出したハンカチを一瞬でウェットティッシュにしても一向に涙は溢れ続けてむしろこのまま床に水たまりが出来るんじゃないかと思うほどにレイラの目から涙はとめどなくあふれ出てくる。
バトルアリーナで本戦に出場した8人とラウンドガールとして控え室に入る事が出来た優菜はその光景を見たことがあるが、他のクラスメイトはおろおろとしながら、寄ろうとするが、それを手で制止する。というかこの時のレイラは近づけたらどの程度の被害をもたらすか分からない。
ただでさえ人の肌に手を突き刺す事が出来る程のバーサーカーをどうやってこの中に放りだせるというのだろうか。レイラはこの模擬戦が始まる前からすでにスイッチが入っていた。それが切れて今まで本気モードからいつもの人見知りに戻って今までの緊張が一気に押し寄せて来たのだろう。
実はこの現象についてアリアさんからのメールで取扱説明書みたいな文でこう書かれていた。「スイッチが入っている場合は人見知りの症状が出ませんが、多くの視線や緊張するほどの衝撃が大きければ大きいほど人見知りゲージが溜まります。この人見知りゲージが溜まれば溜まるほどスイッチが切れた時の反動が大きくなります。スイッチが切れる際は心を強く保てるもの或いはその反動を受け止め切れる程の頑丈な物を事前に準備することを推奨します。」と書かれていた。
俺含めて3人が「人見知りゲージ」の文面で頭の中が?でいっぱいになったがバトルアリーナの時を思い出して本能的に理解した。そもそも、そのスイッチが入る条件が料理の時以外の事が戦闘時というのをすっかり忘れた事から今回の事になったのだが、アイシャは物理的な包容力も精神的な包容力を併せ持っている事でこの状態のレイラを落ち着かせるのは適任だと思う、だが、説明書の反動を受け止め切れる程の頑丈な物扱いとしていいのかという疑問は残る。
(そもそも、この状態でも他の生徒からの視線を浴びているから、止むのは遅くなりそうだな…どうにか睡眠の魔法を使える人がいればいいんだけど)
その魔法を使える人がこのレイラだった。体験版では状態異常の効果魔法はレイラしか使えなかった。一応、美奈の魔法では追加効果として状態異常はついてくるが生憎睡眠効果の追加効果を持っている魔法は無いし、ダメージを与える事から使用はダメだ。
どうにか、レイラにフルボッコにされた先生達の回復が終わるまでに落ち着かせたいが、最高峰の回復魔法が使えるケルビムは無情にも俺を呼んで最終戦をする事になった。
次回9月末予定