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第二十七部 二章 介入

 「はい。口開けてねー」


 レイラが持った水の入ったペットボトルを少し傾けて反射的に口を開けようとするが、ピリッとした痛みで少し閉じてしまった。レイラは少し困った顔をしてすぐに何か思いついたのか、ペットボトルのキャップの部分に水を注いで小さく開いた口に注いだ水を飲ませる。


 冷たく感じる水が喉を通って意識を起こす。薄く目を開いて視線をペットボトルの方に向けると察したのか、少し上半身を起こして飲みやすい体制を取らせてくれた後に、ペットボトルを手渡す。しかし、手は言うことを聞かずに口を動かそうとするが、それも出来ない、まるで垂らした水滴が地面に落ちた時に瞬時に蒸発したように、口内がカラカラに乾いている。さっき飲んだほんの少しの水も喉を潤すには全く足りない。今の自分は自力では何も出来ない、小指も動かす事が出来ない。


 レイラは全てを理解したように患者の看病をするようにゆっくりと口をペットボトルのくちに近づけて水を飲ませてくれる。一口飲んだ後は、時折鼻で息をしながら、水を飲み続ける。水は見る見る無くなってすぐに飲み干してしまった。


 「ケホッケホッ…」


 軽く咳をして、声を確かめるように何度か「あー、あー」と言ってさっきまでは動かすことが出来なかった手と足を見て自分の身体をベタベタと触って何も問題ないことを確認してレイラに向き直る。


 「ありがとう、レイラ、生き返ったような気分だよ」


 「お疲れ様、それにしてもすごいね!勝利とは言えないけれど、初めて先生の反撃を回避して引き分けに持っていくなんて、レイラ感動しちゃった」


 「…引き分け、かぁ……あの後どうなったの?フルバースト使った後がよく覚えてなくて…」



 「もし、これが模擬戦ではなく実践だったら瀕死の重症だったくらいです。それも立っているのが不思議なくらいに、あの二人も十分化け物ですよ。小石が当たっただけでも気絶しそうなのに、立っていたんですから、フラフラでも武器を構えたらふらつきも止まっていたんですが、歩くことがままならないらしくて、回復魔法とポーションの両方で身体を治しています」


 自分の問いにレイラの隣に立っていたリラが答える。その隣では深呼吸をしながら闘志を燃やしているアイシャが薄い笑みを浮かべながら誰もいないフィールドを見つめている。


 「戦いはお互いに続行不可能と判断したケルビム先生がすぐに美奈さんを治した後に私達に託して今は先生達の治療中ということです」


 「…そっか、引き分け……引き分けかぁ…あぁ、悔しいな」


 「私から見たら、美奈さんの戦い方はとてもシンプルで効果的なものだったと思います。美奈さんの小細工なしの戦い方なんて、滅多にみられませんからね。一瞬だって魔法でを途切れさせる事もなかったでしょう」


 「……光学迷彩でも実態は1つだけ実態がある方を見抜いたり、音を消せないからそれでもアウト今までの戦いを見るに小細工をしたらそれを逆に取られると思って最初に小手調べをしたのが間違いだった。本当はあの子たちに少し細工をしていたんだ、冷静な思考を無くしたから使わずに終わったけどね」


 そう踊り狂え(ダンス・マカブル)我が無心の(・アンマインド)軍隊犬(ドッグ)の時に自分の周りにいた2匹には少し手を加えていた。もし、あの時に倒せていなければ、2匹の体内に魔法を内包させてて死角から一撃を入れようとしたのだが、それで倒せないと無意識で理解した事で大博打に出た。


 フルバーストで一緒に消し飛ばしていたからもし、防御魔法で予め守っていたら、少し結果は違う事になっていたかもしれない。魔法は手品みたいなものだ。言葉で惑わし、身体で捌き、頭で騙す。それを素早く行うことで魔法は使い方次第で様々なものになれる。俺にとっては小細工で翻弄したいみたいな思考がつい働いて、戦いを戦いとは思わずに手加減をしてしまう。


 だけど、今回は純粋に模擬戦を模擬戦と思わずに戦いをしたという気持ちになれた。前世ではそのような考えをするのは間違いだと思いつつもゲームではそういう気持ちによくなっていたのを覚えている。割とCPUに対しても切れていたりしていた。


 (そういえば、新庄のやつゲームでは負け知らずなんだよな…確か俺と遊べない時にゲームの達人と一緒にプレイしてて上達法を伝授したとか言ってたけど、その人と一度も会ってないからおかしいと思っていたな)


 なんにせよ、今回の模擬戦は少なくとも授業として学ばせて貰った。小細工だけではなく、純粋な力やテクニック、自身の理解、あらゆる面で臨機応変に対応することが重要だという事。


 「あっ、そういえばまた先生達は服を変えなきゃいけないかもね。美奈の魔法でボロボロになっているし、裁縫であの焦げたところは流石に…」


 レイラがそう言い終える前にケルビムが2人の姿を横切って一瞬隠れた後にはあのボロボロになった服は最初から傷などがついていなかったように新品同様のシワ1つない服に戻っていた。


 それを見たレイラはもちろん2人の先生もその事に驚いたのか服の感触で幻影などではなく直っていることに戸惑っている。


 だが、正直なところあまり驚くことではない。ケルビムが人間だったなら、驚くことなのだろうが、ケルビムは「人間らしい」のであって「人間そのもの」ではない。その「らしさ」を求めたのであったとしても神々が造った物であっても本物を作れるはずがない。


 それは原初の人間であっても完全でなかった。聖書を見たこともない人でも聞いたことがある旧約聖書の「創世記 アダムとイブ」の一部にケルビムの名が書かれている。天使の階級では第二位の智天使ときらめき回転する炎の剣を置いたなどと記述されているが、今の状況とは関係ない。そもそも、彼は創造した天使の位の名を賜っただけなのだから。


 (だけど、一瞬で服を直したのか?裁縫道具を持っているようには見えなかったが、それに直す様子を見せなかったのにも何か理由があるのか?)


 先生達の様子を見るに一瞬で肉眼でも捉えられない程の速さで専門家でも匙を投げる程の損傷を直した。ケルビムの登場作品の2作目ではエンディング後の彼の行方は大抵の場合が放浪の身となる。もちろんヒロインと結ばれる未来もあるが、人間ではない事から死に別れその傷心を癒すために各地を巡る旅人として描かれる事が多い。


 しかし、3作目以降にも彼が著者とした冒険記が見れたりする。中には運悪く船旅で嵐に巻き込まれて武器以外の全ての荷物が海底に沈んだなどという文もあったが、ケルビムのステータスの運の値は悪くないどころか2作目の中では最高値、とはいえ当時の幸運値の効果はクリティカルヒットの確率上昇効果しかなかった為、ドロップアイテムや宝箱の中身の品質には影響がなかった為、後に発売されて幸運値の効果を受けてからはリメイク希望の声がファンの間で上がっていた。


 先生達が驚いていたのは一瞬ですぐに落ち着きを取り戻してフィールドの中央に立ちアイシャを招く。アイシャは立ち上がって軽くジャンプを2回するとフィールドに向かう。


 アイシャのその行動は作品でもあった。戦闘開始モーションでアイシャは軽いジャンプを2回する。バトルアリーナではそのような行動はとっていなかったが、その癖は入学してからするものだったのかと理解する。


 「なぁなぁ、美奈。少しいいか?」


 「どうかしたの?ジャック」


 「あのアイシャのフルネーム?ふぃる…なんたらかんたらってなんであんなに長いんだ?名乗る時にも自分で言ってスラスラ言えるのってすげぇなって思ったんだよ」


 「あぁ、あれね…前に聞いたけど、フィリアンス・エリシア・ラヴリーヌ・リフィリット・フルート・メロン・イストーリア・レッドヘリオ・アイシャ・ハーンっていうのは・がついているところで少し区切っているでしょう?それらはぜーんぶ家名なの」


 「家名?俺のアルバートみたいな?」


 「そう、そもそも、気孔は男でも使える人は少ないでしょう?でもそれを使える一族だっていうのはそれだけで大きなステータスやマウントを取ったり未来を約束されたりするの、その中でもアイシャの家柄はそれだけじゃなくてね…親族や先祖が自分の家名を捨てるなんて事はするなーって古風な考えの人が多くてね。結婚した後に自分の家名を合わせる事で落ち着いたらしいよ。運が悪いのかそういう人同士が結婚する事で自分の一族は気孔を扱えるんだぞーって威張りたいバカがいるんだよね。それで合わせて合わせて結果、家名がめっちゃ混ざってあんなことになったの、ちなみにハーン家の人は正当な気孔継承者の集まりだからそれだけは名前の後につけるのが一族の暗黙のルールになったらしいよ」


 「複雑なんだな…」


 「ええ、そもそも自慢したいんなら努力して功績を残したほうが何倍もいいってね。多分みんな精神がクソガキだったんじゃない?例えば「僕の血には気孔を使う人の血が流れているんだよー」って自慢に「すごーい!気孔を使えるのー?」って言うのに使えないって答えたらいいのにそれが出来なくて使えない僕をバカにしてるのか?ってなるのが彼らだったんじゃない?」


 「うわぁ…」


 「あぁ、気にしないで最後のやりとりはそういうのもあったんじゃないかなーって思っただけで自慢の返答は完全に仮説だから、無かったことかもしれないじゃん?でも、大人ってそういうのって受け流すのが得意だからね。そんな事言っても稼ぐのはヘイトだけだし、子供だったら羨ましいと思うけど…」


 「なんか…すごい説得力あるけど、聞いたことで損した気分だな」


 「知らなかった頃には戻れないのはつらいよねー、私もそれ以上に話を広げるのはやめたし」


 「そうなのか?美奈って聞きたいことは何でもかんでも聞き出すようなタイプかと思っていたんだが」


 「あなた、私を何だと思ってるの?」


 少し不機嫌そうに聞くと軽く笑って受け流すとジャックはフィールドの方に顔を向ける。それに釣られて視線を向けるとほぼ同時に試合が始まる。


 するとその時と同時に目に飛び込んだ光景はアンドレ先生に拳を叩き込むアイシャの姿だった。


 「ぐぅっ!」


 くぐもったような声を出して体制を整えるが、アイシャはアンドレ先生に集中で攻撃を続ける。それを妨害するようにレレイ先生が魔法でアイシャに魔法を放つがそれを防御も回避もせずに受けてそれでなお攻撃の手を緩めない。


 「ちょっ!まさかでしょ!」


 アイシャの攻撃は今作でも驚異的な威力だ。その攻撃力を考えたら例え打撃系の耐性が高い相手でもその天井知らずのパワーはお構いなしに沈められる程の威力を持っている。


 だが、それをフルに活用する戦闘はリスクが高い為かあまり活用する事が無い。問題点が多すぎるという事だ。


 誰もが思う事なんだが「そもそも攻撃が当たるとは限らない」アイシャのスキルを使った攻撃は武器を使わず体と直結している腕を使った技、これにより命中率が高いがそれでも、100%命中するわけではない。確率の話ではもし、100発の拳銃の射撃で百発百中をするなんて伝説のガンマンでも奇跡でもない限り出来ない、アイシャの攻撃は顔面ではなく相手の身体に当てればそれでOKしかし、これにより二つ目の問題が出来てしまう。


 二つ目の問題は「ダメージを分散させてしまう」ダメージを与えることに意味があるのは当たり前だが例え腕を主流とした戦いをする人でも腕を負傷したら戦えない訳じゃない。アイシャは同年代と比べても身長が低い。アイシャの身体能力が高く跳躍すれば簡単に先生の頭上まで届くが、空中浮遊を続けられる訳じゃない。足だけに攻撃を集中させようと上半身がフリーでは簡単に反撃の機会を与えてしまう。


 そして、二つの問題をクリアしたからといっての三つ目「倒せるとは限らない」ステータスが高いとはいえ倒せる場合はその攻撃で相手の防御だけでなく耐久力を全て削り切る勢いがないと倒せない。状態異常の「スタン」も持たない対対単体特化の肉体スキルではそれが大前提になってわざわざ熟練度が低い武器を持たせる人もいるくらいだった。


 この3つが問題点として挙げられるが、今回の模擬戦では4つ目の問題点が出来てしまう。それが「攻撃を避ける事が出来ない」だ。レレイ先生の魔法を避けるでもなく防御するでもなく攻撃重視、それは攻撃を緩めたりしたら、反撃されることから自分の敗北が決定される事を意味する。その事から攻撃を一切緩めずに怯ませ続けるには対複数の戦いでは取らない行動がこのノーガード戦法。


 それを考えずに一方的に殴り続ける。戦術…いやそれは戦術とは言えるものではない。作戦でもなく戦略でもない。力任せの運試し、問題点だらけの攻撃だが、だからこその利点がある。ハイリスクハイリターンだ。


 先程4つの問題点を挙げたがその問題の解決こそがリターンに繋がる。百発百中の攻撃を出来ずとも衝撃で隙を与えなかったら、足を使い物にならなくすれば、倒すことが出来れば、攻撃を避ける策ができていれば、それらを想定して戦う事が出来たらこの戦い方は俺の時よりも圧倒的に勝利する可能性が高い。


 「…なぁ、これって初めてじゃないか?先生が最初から魔法で応戦するなんて」


 「そうですわね。今までは防いだり弾いたりする事はあってもあのように援護射撃というのは今日で初めて見るものですわ」


 他の生徒がそう言っているのを聞いたがそれは既に気付いていた。というかこの模擬戦が続くにつれて、先生達の行動が活発になっている。最初は準備運動のつもりで次に身体が温まってきてその次に実力を出せるようになってきたという感じだろう。


 (さて、アンドレ先生の方は抑えられているけど、レレイ先生がまだまだフリーのままだ。どうする?)


 そう思いながら、続けざまに撃っていたいた魔法が外れた。その次の魔法も更に次の魔法も軌道が変わり外れる。それは傍から見ても、撃ったレレイ先生自身も驚愕する事態だった。


 その理由は第三者の介入でなければ説明がつかないが、その第三者は人ではない。そして、それは肉眼では見る事が出来ない幻のようで陽炎のように常に揺らめいている存在だからだ。


 エリィとエルの援護だ。エリィが雷で魔法を弾いて、エルが額の宝石からビームを出すと弾かれた魔法が吸い寄せられるようにビームの着弾地点に誘導される。


 レレイはその方向を見たがもちろん幻獣である2匹の姿を確認できない。姿を消しているならばとその方向に魔法を放つも実態を持っていない存在に魔法が当たるはずもない。


 自分達に対しての攻撃された事に気付いた2匹は援護を中断してレレイ先生の妨害に向かう。エリィが空中に飛び上がり、体毛から静電気を溜めてレレイ先生に向けて電撃を放つ、エルは額のビームをレレイの両手に向かい放ち電撃は両手に吸い寄せられるような奇妙な軌道を描きながら、的確に当たる。


 「くあっ!?」


 苦悶の声を上げ魔法が無意味と知り、再びアイシャに向かい魔法を飛ばすが両手を負傷して思うように動かずに放たれた魔法はエルのビームでレレイ先生の背後の壁の方に当たると軌道を変えてレレイ先生の方へ戻っていく。


 咄嗟の事で防御を展開しようとするが間に合わずに自身の魔法でレレイ先生は壁際まで飛ばされてフィールドの場外へ、アンドレ先生も一切反撃が出来ずにぐったりと両手を地面につける。


 戦闘不能と判断してケルビムはアンドレ先生に馬乗りになりながらまだ打撃を繰り返すアイシャを抱きかかえて押さえつける。


 「そこまで、戦闘終了だ」


 冷たい視線を向けるとアイシャはだらりと両手下げる。ケルビムがそこから何かを話すとそのままアイシャは席に戻り、ケルビムは負傷した先生の回復に向かう。


 (…俺の時と比べても時間がかからないな…このペースだと昼食前には終わるかな)


 時計を確認すると11時にもなっておらず体感としても時間はそれ程掛かっていない。だが、戻ってきたアイシャはうつらうつらと舟をこぎ始めている。


 額には汗がにじみ出て半分既に寝ながら椅子の上に寝そべる。このままにしておきたいが、頭に手を添えずに寝違えそうなので膝枕をする。


 (次はレイラとリラを残すだけか…先生達も本気になっているそうだし、少し楽しみになってきたな)


 心のどこかでウキウキしている自分を自覚しながら笑みがこぼれてしまう。

次回9月中旬予定

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