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第二十六部 四章 男の意地

 先生達が帰ってくると破れた服は既に元通りになって、ケルビムの手には肩掛け紐付きの裁縫道具が握られていた。


 (なんで最初から肩に掛けないんだろう…?)


 フィールドに戻りパンパンと手を叩いて次の模擬戦を始めると合図をして次の相手を指差す。次の相手はウィルトン・ブーリン。初めて見た時よりも更に体つきががっしりとして、同年代としては最も重量が大きいだろう。


 ストアドシリーズの登場人物は、国はバラバラでも偉人として歴史に名を刻んだ事としてお話しになっているモデルが多くいる。その中でウィルトン・ブーリンの名前のモデルはイギリスのヘンリー8世の妻、アン・ブーリンの曾祖父の息子ウィリアムが元と言われている。


 リチャード3世から「サー」つまりナイトの称号を授かり城の城主になったと言われているが、それ以外の情報はほとんど無く、どのような戦果を残したのか謎に包まれている部分もあり家系のアン女王の処刑や息子のトマスの話が歴史として後世に伝わっている。


 もし、彼の実力がモデルのウィリアムをモデルにしているのならば、騎士としての力は大きいと思う。日本で言うと大名クラスと言える。最もその力を再現しているとは限らないから、実際にどのような戦いになるのか分からない。


 「美奈、どう思う?」


 「それ、私に聞く?私の時の戦いはカウンター不能の戦いをしただけで持ち味を生かすことを許さない戦術だから勝てただけで、それ以外は…」


 美奈はそう言ったが、あの戦いは俺の記憶には鮮明に残っている。もし、バトルアリーナで俺とウィルトンが戦っていたら、俺は惨敗していただろう。魔法も体術もカウンターされて美奈が勝てたのはトークンと魔法が自身の制御距離を超えた事とが理由だ。例えばリラの魔法で冷気を防いでもそれによって下がった気温には無抵抗になる。制御距離を越えたらそこから先は物理現象になるわけだ。しかし、今回の模擬戦は生徒からの攻撃を合図にしている。


 典型的なアタッカーに反撃技のカウンターを生かす事が出来なければそれは彼の実力を全て測れるとは言えない。


 (これは…先生の方が大変そうだな)


 見た感じ、先生の方は手加減して攻撃をしているから、カウンターを喰らったら自身の防御力なんて意味が無いし元々攻撃力がトップレベルのウィルトンの攻撃をわざわざ受ける事が大怪我に繋がる可能性は高い。


 さっきからレベルレベルって同じ単語を言っているがそれは本当にそうとしか表現が出来ないからそう言ってしまう。レベルの意味は「基準として」の力を表す指数と言うが、この模擬戦でのレベルは「基準」ではなく「領域」として表現するのが一番適しているからだ。これは断言出来る。


 フィールドではウィルトンと先生達の攻防が続いている。常に攻撃を2人に与え続け反撃の隙を与えないようにしているが、その隙を誘うようにわざと互いの距離を置いて攻撃の合間を作ろうとしている。その事に気づいてどうにかしてお互いの位置を近づけようとするが、既にその攻撃は先生達に通用しなかった。


 先生達はアンドレ先生からレレイ先生に向かって水弾を放ち、それを土魔法で跳ね返す。その弾道はウィルトンの顔に向かっていく。視界を一瞬にして戸惑ったウィルトンの隙を見逃さずに一瞬で背後を取って一撃を入れる。


 まるで今のは美奈の複合魔法である泥を似せたようなものだった。ウィルトンのカウンターはおそらく()()()()()()()()()()()()()()()()()


 先程バトルアリーナで美奈の戦闘から、例えとしてリラが戦闘していればの事を思ったがアンドレ先生が放った水弾はレレイ先生が土魔法で打った際に既に水弾はアンドレ先生の制御を外れていた。だから、泥となった水弾はウィルトンに着弾したときにカウンターが発動したのはレレイ先生の土魔法だけを反射した。


 しかし、既に土魔法は水との複合で泥になっていたので、反撃を喰らってもほぼダメージは無く、そして、複合魔法にややほころびが生じて泥は泥水となって視界を封じる事が出来た。


 (泥は水が多ければ濁った泥水となり土が多ければ形が保てなくなって崩れる。泥だんごを作る際一番難しい工程は水と土の配分だ。それが少しでも違うと何度も作り直すことになってしまう。先生はあえてその配分を自ら崩すことでウィルトンのカウンターを無効にして一瞬の隙をついた…やっぱり2人の経験は余程のものなのだろう)


 時間を測ってみたがアナスタシアよりは早く決着がついた。具体的には丁度半分の時間と言っていいだろう。制服を泥水で汚して結局ジャージに着替えるために更衣室に向かった。


 「破れたならまだしも汚れは落ちるのに時間かかるからな」


 「あっ、次は俺か」


 待ちくたびれて背もたれに体重を預けていたホーグス・キングストンは背中を曲げて反動で飛び上がる。カッコつけているのか着地した時に鉄棒選手のように両手を斜めして振り返るが、あまり評判はよくなかったり同じ攻略対象からは額に手を当てて「やれやれ」と呆れたような表情を浮かべている。


 (まぁ、うまく出来たら自慢したかったり、カッコつけたいというのは子供の心理としては分からなくもない。昔もよく何か得意なことがあったら、それでマウントを取ったり自慢をしたいと思っていいセリフを考えたりもした)


 それでも、彼の実力は本物と言えるだろう。彼の専用である技の「トレース」はゲームではあまり使い勝手がいいとは言えないものだった。ゲームでは戦闘中、対象の使った技を習得するという技で、それを使う際にはデメリットとしてHPを消費したり、威力がオリジナルと同じようなステータスではない為、物足りないと思われてややマイナーな専用技と言えた。


 だが、それを補うスキルが彼にはある。「精神統一」「鷹の目」の二つはどっちも相手の回避率を下げる効果がある。精神統一は自分の回避率も10%下がるデメリットがあるが、敵全体に効果があり自身の急所率、つまりクリティカルヒットの確率も20%上昇する。鷹の目は単体ではあるが自分にデメリットは無い。それに鷹の目は自身の攻撃命中にも上昇効果があるため、外れる可能性が高いスキルと相性がいいスキルだ。


 敢えてその弱点を上げると言うなら、それを備えるターンが多いという点だ。一回スキルを使う必要があることからトレースを使うにも1ターン必要で精神統一と鷹の目をほぼ同時に使うには素早さにバフを使うサポーターをチームに入れる必要がある。そして、トレースは何でも無尽蔵に習得し続ける訳じゃない。最大の取得数は20個それ以上スキルと取るには何か1つを捨てるかスキルレベルを上げて習得数を増やすかになるが、後者でも最大は30個が限界、全作品のスキルを全部合わせると10倍の300個は超えている。その中からわざわざ自身のステータスに起因するスキルを取るのはそれなりのリスクがある。逆に言えば使える人が使えば強いと言えるが、それでも使うには下準備に時間をかけないと行けなかったりする。


 ちなみに俺の場合は雑魚狩りの為に全体攻撃で固めてHP回復装備で固めてレベリングしていた。


 だけど、今のホーグスはレイラの「究極奥義 一の太刀」を覚えている。エコノミークラスで使う際デメリットのHPを支払う事で相手の幸運が自分よりも低い場合、問答無用の即死ダメージを与える。


 だけど、これは少し効果をぼかしてあり、もし自分の幸運が相手より同値か低くある場合、通常の攻撃のダメージしか与えられない。


 オリジナルは幸運が同値かそれ以下でも相手の体力を1割にしてしまうぶっ壊れ技だ。だから、単体技としてバランスを取ろうとしているのだろうが、相手が1体だったりしたら仲間呼びをされなかったり全体攻撃しか攻撃手段がない限りわざわざ全体攻撃をしないだろう。


 まぁ、全体攻撃と隣接の拡散攻撃の二の太刀と三の太刀も十分強いからそっちを使うのが多かったりするからボス戦以外では使う機会がなかったけど。それに習得出来るのは武器を使う際の技で、魔法を習得は出来ない。トレースが無属性魔法である限界、或いは規則と言うべきだろう


 ともかく、「究極奥義 一の太刀」は相手の幸運値が自分より高いか低いかは使ってみないと分からない。2人に使うとなると2ターン使うことで相手の反撃ターンをより早めてしまうだけ、だが、もしかしたらそれ以外にトレースしたものがあれば善戦できる可能性はある。


 「…すでにスキルを使ってますね。反則ではありませんが、万全の体制を持っての戦闘を好む彼らしい戦術ではあります」


 「…リラ、それは既にホーグスはスキルを使いながらフィールドに上がっているという事?」


 「ええ、鷹の目を使用している間は瞳が青白く下の部分に三日月を90度回転したような形が浮かび上がるんです。戦闘中そんなことに一々気にする事じゃないので見落としがちですが」


 第四作目に実装されたカットインの演出を思い出してその事だと思った。その作品はディスク内の容量が大きい事もあり、色々な演出が追加されていた。どの魔法もどの体術も初見の時は必ずそのキャラ特有のモーションで演出シーンが追加されていた。


 俺は主人公以外の演出シーンはスキップか短縮にしておいたけど、確かに鷹の目の演出はそういうものだと思う。ステータス最強クラスの主人公につけたいスキルが多過ぎて早々に選択肢から外していたから、あまり印象がなかった。


 フィールドで激しい金属がぶつかり合う音が響いてきた。考え事でその金属音が頭に響く程痛くなりそうで反射的に耳を塞いでしまう。だが、他の人も同じようで眼もギュッと閉じている人もいる。


 その金属音は何度も何度も響く。最初こそ驚いてしまったが数回も同じ音が繰り返す内に慣れたようで段々とその音に驚くことはなくなって遂には耳を塞がなくても動じない程度には慣れた。


 一の太刀だけでは手数としてはあまりにも好きないのだろう。体制を変え、持ち手を変えて不意を突こうとするも、相方がそれを妨害する。しかし、それでもホーグスは息を切らさずに剣を力任せに振り続ける。


 ホーグスはステータスはほぼ平均値でレベルを上げても即戦力として使える程ではなかったと思う。先程のトレースによる工程を経て型を経て起点パーティーを作り活躍を与えられる、そんなキャラだったはずだった。


 (あんなにすぐにスタミナを使い果たす疲れるような事をしたところで、すぐに疲労が目に見えるはず…はず…なのに…?)


 ホーグスは未だにその剣撃を続けている。その速度が遅くなることも早くなることも出来ない。ただ相手に反撃する隙を与えないように攻撃を続ける。


 しかし、それがいつまで続くと思い始めると突然金属音は再び鳴り響く、防戦一方だったアンドレ先生が剣で鍔迫り合いをした。その鍔迫り合いはスキルとして使える。しかし、条件がシビアでお互いの装備が剣、又は刀である事で刀を使う魔物や鎌鼬のような身体の一部が武器の形になっている敵が少ない事からトレーニングモードで威力を見れば強いものだった。


 互いの筋力と武器を足した数値でその差の分で自身が相手の数値より上回り、その差のパーセンテージで相手に攻撃を行いつつ自身のダメージを0にする。効果の強さに目が行きがちだが、その発動条件が厳しいためこのような模擬戦でないとその効果を発揮する事が出来ないのだ。


 鍔迫り合いで違いの力比べが始まるがすぐにその決着は決まる。アンドレ先生が地面を強く踏みしめると、ホーグスの身体は宙に浮くそのまま着地の体制を取るが地面に足を着けた時には既にアンドレ先生の剣が胸の丁度心臓に届く位置に当てられていた。


 ホーグスの顔には模擬戦の時に搔かなかった汗が冷や汗とともに顔に浮かび上がった。


 「勝負あり、ですね」


 「うーん、最初の方こそ調子は良かったけれど、途中で焦ったのがよくなかったね。自分が持てる全力を持って相手を倒せなかった想定をしていなかったから、がむしゃらに武器を振り回した結果がこの敗北をもたらした訳かな」


 「それだけじゃなさそうだけどな…」


 そう、先生と俺たちの間にはステータスや技以外に重大な勝敗を分ける特徴がある。それは身体の身長と体重だ。


 シーソーだと同じ重さでは足で地面を蹴る事でその衝撃で片方が地面に近づき片方が地面から遠のく、そして地面に近づいた方が地面を蹴ると再びもう片方が地面に近づく、それの繰り返し、だが、今回は片方が地面に常についている状態、こっちは1人で相手は2人であることから体重は明らかにあちらの方が重い。


 体重を生かして相手を宙に浮かせたら、身動きがほぼ出来ない。それで宙に浮いている間に魔法などで何度も連射したらそこでわざわざ追撃する必要も無くなる。それをしなかったということは、彼らは手を抜いていたという事だ。


 「……?あれ、おかしいな」


 「どうかしたのか、レイラ」


 「いや、気のせいかもしれないんだけど、アナスタシアとの戦いから先生の戦い方が格段に向上しているような気がして…でもただ相手との力量を図っているから、力加減を変えているだけかも…」


 それを聞いて最初の方と今の戦いを思い返す。確かに最初は軽くあしらうようにして、打ち込んできた攻撃をいなしていたが今では攻撃を受け止めて反撃をするようにしている。見方から考えると時間を気にしているようにも見えるがそれとは別に何かを抑えているようにも見える。


 気のせいと片付けるのは簡単だが、もしそうではないとしたら少し今回の模擬戦は厄介なのかもしれない。それを頭の中で思い、これからの模擬戦は解析するのではなく、観察してこの心の霧が晴れるのを願う。


 その後の模擬戦もいくつかを見る。アルバートの模擬戦では繰り出す2槍の連撃を受け止めて片方の槍を弾いて落とした事にその隙を逃さずに魔法でその槍を更に遠くへ飛ばすと槍をどうにかして取ろうと意識を向けるのを邪魔をするように飛ばされた方向へ立ちふさがる。そして、背後から武器の柄がコツンと背に当たる。もしもそれが柄ではなく槍や短剣であったら心臓に届いていただろう。


 そう、それが本当に武器ではなかったらの話であったら、命はなかったという事だ。そして、レイラの言葉が気のせいではない事に薄々感づいた。アナスタシアが負けるまでは先生が当てる場所は急所を完全に外していた。それが数cmではなく完全にどの部位に当てれば怪我をさせずにいられるか、後遺症が残らない力加減をしていたかを気にしていたようにしていたが、今では寸止めとはいえ、最悪病院送りになってもおかしくない程の実力を出している。


 ウィルトン、ホーグス、ジャックの攻略対象の3人の模擬戦を終えて最後の男性攻略対象はクリプト・ランブルドただ1人、とはいえ、これは見れたものではなかった。サポートがメインの彼は自身にバフをかけるも戦いと言える技はほとんど無く、魔法も防御や強化と言えるものがメインであり、後方で味方のステータスをタイムラグなしで4属性をフル展開で爆上げという。美奈の「知られざる七色の宝玉」の味方バージョンという事だ。自分にもかけられるがそれだと美奈と丸被りだと思ったのか、バリアは半分の耐久でその代わりバリア破壊後のステータス強化は2ターン延長という一長一短の調整がされている。


 なぜ女の方がダメージを与えられるバリバリ武闘タイプで男の方がサポートなのか、そこは少し疑問に思うことがあるが、そんな活発な女の子も魅力的に見えるからそこは大好物ではある。とはいえ、男の子も強くあってほしいとは思うからそういうバランスはとって欲しかった。


 敢えてこの戦いで目を引くことと言えば回避の技術だろうか、クリプトが使う武器は太刀、長いリーチでありながら斬撃を行える武器を使うが、それを上手く使い攻撃ではなく回避に使っている。


 反撃の行動に移った時に太刀を地面に突き刺してその上を滑るように動き、まるで舞を踊っているようにも見えた、それで相手の攻撃を誘導していながら回避をしているのだから驚きだ。


 とはいえ、それが広範囲攻撃だと効果が無い事に気付かれて全体攻撃の魔法と技で完封された時は流石に同情した事は言うまでもない。

次回8月中旬予定

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