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第二十六部 三章 皇女の秘密

~ヴェルスター学園 職員室~


「…………」


 アンドレはパソコンのデスクトップ画面を見ながら動きを止めている。その姿はまるで氷漬けにされたか時間が止まったようだ。既に今日の業務は終わり、他の人の仕事を手伝ったりするが、今日は自分の仕事を終わらせると、ずっとどこか上の空でパソコンの画面とにらみ合っている。


 「気になるの?明日の事が」


 アンドレの片頬にペットボトルを当ててレレイが話しかける。ペットボトルはまだ冷たくキャップも固く閉じられている、つい先ほど買ったばかりのようだ。その冷たさに少し肩を痙攣させながら呆れた顔で言う。


 「ああ、明日の生徒のこと…それに、例の編入生の事も…」


 それを聞いてレレイは少し考えてゆっくりと目を閉じて、薄く目を開きながら小さく「そうね」と独り言を言うように話す。


 「でも、貴方はアナスタシアちゃんの事が気になっているんじゃない?」


 ニヤリと笑いからかうような声でそう言うとアンドレは少し顔をこわばらせる。その顔色は恥ずかしさによる赤色と恐怖による青色が入り交じった土気色になっていた。


 「な、なんでアナスタシアさんの話になるんだ!」


 「だって、随分と甲斐甲斐しく世話をしたんでしょ?」


 「それは初対面で随分と迷惑をかけた謝罪としてしただけで…」


 「娘が出来たみたいで嬉しかったんだよね?アン……タリーズパパ」


 「むぅ……」


 「まぁ、正確には迷惑をかけたのが彼女の親だって事は理解しているけれど、不幸中の幸いは彼女が君を覚えてないっていうのもあるんじゃない?仕方ないか、ねんねの頃の記憶なんてどれだけ泣いたか今じゃ一切覚えてないもの。そういうもんだよね」


 「からかいはそれくらいにしてもらおうか。今は模擬戦のための準備だけだ。お前も加減を違えるなよ」


 「しばらく不在の治療士がいなかったから大分手加減の仕方は出来たと思うよ。熱が入りやすいのは不治の病と言うか悪癖みたいでご愛嬌って…ならない?」


 そういう風に「えへへ」と照れくさそうに笑うレレイを睨み黙らせる。手加減が下手で模擬戦の度に王宮の治療魔法士に来てもらい学園側の予算がガンガン減るのを目の当たりにした教師は死んだ魚のような眼で射殺す視線をレレイに向けたことが少しトラウマになって露骨に目を逸らす。


 「保健の先生が来てくれてよかったな。たしか、ケルビムさん…だったか?相当優秀なんだとか聞いたことがある。何しろあの理事長が直々にスカウトしたとか噂だ」


 「理事長…理事長かぁ…人を見る目がある才能は私達も理解しているんだけど何しろあの性格がなぁ…」


 「お前も大概だと思う…と言うか理事長があれだから他の変人が霞んでいるだけであってこの学園では変人と言える人が普通に見えるのが当たり前だ。悪い意味で「朱に交われば赤くなる」というものだな」


 「話を戻して模擬戦の話に戻るけどそんなに準備が必要かな?私達もそれなりに傷を受けるのは理解しているけど、流石に死ぬことはないでしょ?バリア貫通の即死なんてこれがあれば一度は食いしばれるし」


 レレイは首に下げている貝殻のネックレスにぶら下げた小指サイズの木彫りの札を見せる。


 「要の札か、痛覚鈍化と死を一度回避する遺物、冒険者のエンブレムに保険として何枚か仕込まれていたな。だが、俺たちの心配はいらない、心配なのは生徒の方だ。無理に実力を出させて評価するよりも今のうちに力加減の制御を知ってもらわないとな」


 「特待生の新入生とはいえ、子供だからね。力加減を知らずに玩具を何度も与えては壊すワンちゃんと同等に考えればいいと思うよ。私ワンちゃん飼ったこと無いけど」


 「お前何回も同じような事言ってないか?セーターを祖母の形見のものだと言って祖母が存命だったりとか…まぁこの際はいいとして、今回の新入生は優秀なやつが勢揃いだ。極道のボスの家系に皇太子の秘術の継承者、冒険者ギルドの娘、王族の姫君、王国親衛隊隊長の息子、城砦の最高責任者の孫、元情報管理部実績ナンバーワンの後取り候補、ハウンドウルフの異名を持つ高機動部隊のエースの指導者の息子もいる」


 「でも、それは家柄と言うだけで、その才能が受け継がれているというのは確定ではないんでしょう?」


 「バトルアリーナでは全員が予選を通過しているその映像は見ただろう?それを踏まえての模擬戦だ。あれは見ているだけではただの白熱した娯楽として見るか、もしくは戦いを分析するかで見方が変わってくる」


 あのバトルアリーナでの映像は王国の最高視聴率で今ではどの戦いも知らない人はいないだろう。今でも度々話題が出るほどだ。子供の競技として大人からの安全性の心配はあったがそれを差し引いてもその人気度は高い。


 「無理をさせない程度で尚且つ実力を測れる試合をしろって事ね。それはただ手加減をするよりも難しいってわけだ」


 「それが出来ないわけじゃないだろう。それが実際の状況によると乖離が発生する可能性がないとは限らないでしょう。今まで何回も同じようなことをやらなかったわけじゃないけど、ほんの一瞬、コンマ1秒にも満たない状況で身体が自然に動くかどうかという話だと聞かれると「ケースバイケース」としか答えられないからな」


 「矛盾した答えだね」


 「そう、教師っていうのは矛盾した答えが多いんだよ。椅子の座り方だって、机とお腹の距離がこぶし一個分だなんてそれをいつまでも守っている大人なんて見たこと無いだろう?それをしても誰もそれを注意しないのが、その教えが矛盾している証拠じゃないか」


 「はぁ…どうしてもあなたとの話は長くなっちゃうから、少し苦手ね」


 「知識の事となると誰でもそうなる。自分の好きなもの、得意なことは素人よりも多く詳細なものだ。それを他人に伝えようとすると、どうも分かりやすく説明するために長く話す必要がある。それを理解するには聞き手の態度しだいだろう。興味があればそれについて関心を持って自分でも調べようとする。逆に関心を持てずにどうでもいいなどという感想を持った人がいれば簡単に記憶から消してしまう。後者についてにのみ限るが、そんな反応をするなら最初から説明させるような発言をするな、と説教したくなるな。こちらから話を振って勝手に説明したならともかく…」


 「知っていることに差がありすぎるとその話題の中で語弊どころか関係性にも影響があると?」


 「良いまとめかたじゃないか。やはり理事長が君を副担任にした事に間違いはなかったようだ。それじゃあ、明日の心配はないと言ってもいいな」


 「…そんな単純なものじゃないと思うけど」


 3月26日


 ~ヴェルスター学園初等部中央訓練場~


 View アイシャ


 模擬戦当日、俺たちは手番の最後ということもあり、観客席で模擬戦を見ることとなった。と言ってもこの模擬戦はクラス合同というものでもないから、それ程、待つ必要もない。


 この模擬戦は明らかに一方的に攻撃を誘わせつつ、これ以上力がないと判断すれば即攻撃に転じて決着をつける。今は既に3人の模擬戦が終わった。どれも同年代としては特化した能力を持っているはずなんだが、それ以上に教師たちの経験とレベルの差が圧倒的なんだろう。


 そして、次の模擬戦はアナスタシアの番だ。


 「удачи(頑張ってね)」


 リラがそう言うと、アナスタシアは振り向いて頷いてからフィールドに向かう。スタートの合図は生徒の先制攻撃から始まる。


 「コテツ!」


 アナスタシアは腕に抱いている子猫を呼ぶと子猫は腕から飛び降りると2人に向かい威嚇のような声を上げるとその姿が突如巨大になり、猫の姿から巨大な見たこともない獣の姿になった。


 アナスタシアはその背に乗って鎖をコテツの胴と自分の身体を結び付けて突撃する。


 その脚力は今まで見た猫はもちろん、犬などの色んな動物の脚力とも似たようなものではなく、もしこのような動物がいたら、自然界の生態系が崩壊するような力を持っているだろう。


 「おい!レイラ、確か動物に詳しかったよな!あれは何なんだ?」


 「……」


 「レイラ!」


 「分からない…なんなの…あれ」


 初めて見る獣に他の人も恐怖を覚えているのか開いた口が塞がらないようでその光景を見ているしかなかった。


 教師の2人は姿を変えたコテツに少し驚いたようだが、すぐに真顔に戻りその行動を先読みをして攻撃を避ける。しかし、アナスタシアは手綱を器用に使い避けた角度の死角から鎖を潜りこませるようにして攻撃を当てる。その攻撃は今日初めて先生に当てた攻撃だった。


 「噓でしょ…なんで今まで気付かなかったの…?」


 美奈が信じられない程動揺している。その視線はコテツに向けられていて先程アナスタシアが攻撃を当てたことなど見えてないようにずっとコテツを凝視している。


 「確かに、コテツがあんな姿になる力を持っているなんてな。レイラの親父さんと同じ魔法でも使っているのか?」


 「違う…違うのアイシャ、コテツの事じゃなくてコテツに設けられた制限のことなの」


 「制限?設けられた?どういうことだ?」


 「子猫の姿の時のコテツは本来の姿ではなく、力だけじゃなくて知能も封じられていたんだ。だから、子猫の姿の時はその見た目通りの行動を取るし、力も子猫と変わらない。でもそれは封印されているからそうであって、それを解いた事で抑えられていた力と知能が爆発的に上昇した。これは有り得ない話かもしれないけど長い時間をかけて熟成した力を解き放ったような感覚があるの。私の魔法でも自身の力を上昇することは出来てもそれは無限ではなく、必ず上昇限界がある。コテツはそれを無視したように力を溜め続けていた…」


 「それは…いや、確かにあの行動はいつもの姿だと想像できない程素早く行動が予測できない動きだ。目で追うのだけでも精一杯なのに…」


 「私から見るとあの姿のコテツさんはリエラと似て非なるもの…神獣ではないがそれと似た力を持っていてその存在が確認されていない、そんな気がします」


 それを聞いてあの姿のコテツの正体に1つの可能性が頭の中に浮かびこんだ。


 (まさか…いや、そんなはずはない。現存する個体がこの世界に残っていたと言うのか?)


 その可能性はエリィとエルの2匹と同じ幻獣という事だ。加羅爺の話では全ての幻獣はあの村に住んでいて元々現実世界に存在していた幻獣は全て絶滅したと言っていたが、それが生き残っていたと考えればあのコテツの姿にも説明がつく。


 それに俺たちが知っているコテツは子猫の姿だ。もしかしたらアナスタシアの家系は幻獣を関わりを持つ一族で幻獣を護る為にわざと力と知能を封印することで幻獣を絶滅から救ったと思えば今も何体か現実世界で生き残ったものがいると考えられる。


 (この事を加羅爺に言うべきか…?もしかしたらそれを知ってアナスタシアとコテツを引き離してしまう可能性がある。いや、もしそうでなくともあのコテツが幻獣ではなく魔物の可能性も捨てきれない。でも魔物である場合は討伐対象として指定されるはずだ)


 今も戦いは続いて、コテツの太く鋭い牙と爪は2人の服を破いてはいるが、直撃を避けている。だが、それでもまだ2人は反撃をしていない。むやみに近づいてしまったらその攻撃範囲に入った瞬間にその素早さで攻撃を喰らってしまうのだろう。


 それもその筈、コテツはその場で2人がくるのを待つように視界に2人を捉えながら静かに歩んでいるようにしたと思えば急にフィールドを駆けまわり、加速を続けてその姿を捉えるのが困難になった時を見計らったように直進して攻撃を仕掛ける。


 このまま勝負が決まらずに時間だけが過ぎていくのかと思った時に2人の動きが突然変わる。アンドレ先生が何かを呟いくと同時にレレイ先生が宙に浮かんで風の刃をコテツに向かって放つ。


 コテツはその風を捉えられずに、レレイに向かって飛び上がり嚙み付こうとするが、アンドレの手から放たれたアースショットによって軌道が逸れる。それを見逃さないようにレレイ先生がは落下するコテツにウインドカッターを放つ、コテツはアナスタシアを守るようにしてその攻撃を受けて、落下する。アナスタシアも落下の衝撃でコテツの背から投げ出され、次に目を開けると首筋に木剣を突き付けられていた。


 アナスタシアはその事に頭が真っ白になったようだが数秒したら我に返ったようで、横に倒れたコテツに向かって心配そうな顔をしてコテツの身体を揺する。


 「はいはーい、ちょっと通してね。もう少し脇に寄れるー?」


 後ろから聞き慣れたかっこかわいい声が聞こえる。気配も俺のかっこかわいいセンサーにも引っかからずにケルビムが後ろからフィールドに向かっていく。引き留めようとしたが、その行動は彼の仕事だと理解してそのまま身体をずらして道を開ける。


 ケルビムはコテツの身体をジッと見つめると手をかざす。直接身体に触れずに衝撃を受けた箇所を的確に把握してその手からは淡い色の光がコテツの身体を覆う。すぐにその光は無くなるとコテツは立ち上がり、アナスタシアのそばによって頭を摺り寄せる。


 アナスタシアは元気なコテツの姿に安堵した様子を見せた後、手のひらでコテツの頭を撫でるとコテツの身体に何重にも魔法陣が構築されて光を放つ、その光が収まった時にはコテツの姿はいつもの子猫の姿になっていた。


 (戻った…いや、この場合は再び封印されたと言うべきか)


 そう思ってフィールドを見るとケルビムがアンドレとレレイに向かって何かを話している。その言葉は聞き取れなかったが、多分少しやりすぎだと怒っているのだろう。


 とはいえ、この事はアナスタシアにも少し責任はある。俺たちもコテツの秘密を喋らなかったというのもあるし、なぜ学校にコテツを連れてきているのかはぐらかす理由が分かった気がする。今回は模擬戦という形でこのような展開になるというのは完全に予想外だった。


 アナスタシアはコテツを抱えて帰ってくるとロシア語で「悔しい」とか「もう少しだったのに」とブツブツ言いながらリラに寄りかかってリラも淡々と慰めていた。


 次は攻略対象の男性陣の番だ。順番はバラバラで俺たち女性陣の攻略対象もそうだが男性陣の攻略対象の中でもセンターのメインキャラクターはアルバート・ジャックだが、攻略対象の中での順番としては3番目、先生がどの順番で模擬戦をやるのかを決めたらしいが、一体どのような理由でその順番にしたのか理解できない。


 「あー、すまない。少しだけ休憩…というかさっきの模擬戦で先生達の服が破けたから応急処置が終わるまで少し待っててくれ。僕も家庭科室に言って裁縫道具一式を…あぁ、その前に貸し出し許可を取りに職員室に行かなきゃならないか…いや、私物にあれば早く済むけど、持ってきたかなぁ?」


 ケルビムはそう言ってその場からブツブツと独り言を繰り返しながら、その場を去るがその足取りは早くすぐにその姿は見えなくなってアンドレとレレイもその後を追う。その場には模擬戦に備えて身体を軽く動かしている生徒と終わったあとは気楽に傍観できる生徒が残された。

7月末予定

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