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第二十五部 二章 理事長は…

3月24日


View 美奈


「ん…」


 カーテンの隙間から漏れた日差しで目が覚める。のそりとベッドから上半身を起こして精霊達を揺すり起こす。カラカラに乾いた口をだらしなく開けながら、となりのベッドを見てみるとアイシャの姿がない。


 昨日もアイシャは自分よりも少し早起きなようだ。昨日はレイラの焼きそばパンパーティーでリラの次に満腹になった後、俺の方が風呂と歯磨きを早めに済ませてアイシャがまだ部屋に戻る前に就寝したはずだ。


 洗面所の扉を開けると浴室の方からシャワーの音がする。しかし、その音は数秒で止まり扉が開いてアイシャが出てきた。


 「うわっ、ビックリしたぁ」


 それほど驚いたわけじゃないのか、びっくりしたの声の大きさは普段の声と同じだった。


 「おはよう、アイシャ」


 「ん、はよ」


 「二文字にまで略すの…」


 「朝はそんなにテンション上げて話すもんでもないだろう?とりあえず、髪と体乾かして準備しないとな」


 アイシャは近くのバスタオルを身体に巻き付けると近くに立てかけてあるドライヤーを取ってスイッチを入れる。その光景を横目に俺は洗面所で口をゆすいだ後に顔を洗って歯磨きをする。


 最後に櫛で髪を整えて鏡で確認をして朝の準備は完了。もう慣れたものだ。机で今日の予定を確認する。とはいえ、今日は土曜日、本格的な授業は明後日の月曜日から始まる。


 それでも、今日は家に戻らなくてはいけない。何時には家に帰るようにとは言われていないけれど、多分実家の方からお迎えがくるはずだ。サリアちゃんも既に準備しているはず、スマホで近くの自動販売機の近くで待ち合わせする。


 「お嬢様、おはようございます」


 待ち合わせからすぐにサリアちゃんと合流出来た。貴族と同伴の使用人は同じ学生寮に使用人用の一人部屋が用意される。何故1人部屋なのかと言うと色々理由があるそうだが、貴族の中でも犬猿の仲の間柄でお互いの関係性の事から陥れたり嫌がらせ行為が頻発して、中でも多いのが荷物の管理をしている使用人の荷物に悪戯をするというものだった。


 最初こそ程度は低いものだったがそれは徐々にエスカレートしていき、単位を落とす事まで発展した。直接的、間接的問わず、その様な行為をする使用人の監視、あるいは使用人同士の嫌がらせ行為の防止の為、関わりが少ない1人部屋をわざわざ用意している。


 「お迎えはメイド長かな?」


 「どうでしょう?メイド長は多忙な方ですから、代わりの者をよこすかもしれません」


 よこすって言い方をサラッと言ったサリアちゃんの事を少し怖いと思いながら、家に帰ったら何をしようかと考えていると、スマホに着信がかかる。画面にはレイラと表示されている。


 「もしもし?」


 『もしもし、美奈?今どこ?朝ごはん食べたの?アイシャが朝ごはんも食べずに部屋を出ていったって聞いてさ、もしよかったらこれから予定と時間が合えばは一緒にご飯食べないかって三人で話してね。もしまだ時間あるなら休憩所に来なよ。サリアさんも連れてきていいからさ、ね?』


 一方的に話して一方的に切られてしまった。まだこっちから返答も聞かずに切られて多分断られる事を想定していないで用件だけ言ったのだろう。なんにせよ、返答を言う為には休憩所に向かうしかない。


 心の中でため息をついて、話の内容に耳を傾けている。サリアちゃんは既に行く気満々だった。


 その心はレイラの料理目的であることは明白で、ご飯の事を考えるとお腹が空いてきた。いつ連絡が来ても大丈夫なようにと考えている間に空腹なのを忘れていたのだろう。


 休憩所には既にバスケットを広げた状態で3人の他にも使用人の3人がソファに腰を下ろして小さなテーブルを囲んでいた。俺達に気付くと少し身体を横にずらして座るように促す。


 「よっ、さっきぶり」


 「急にお呼びして申し訳ございません。本当は私からの提案なのですが、話し出すタイミングを見計らっていたら完全に逃してしまいまして…」


 「結果的にレイラから言おうって事になったの」


 「少なくとも親しんだ相手ならズバズバ言えるのはレイラだからな。それが初対面の人にでも出来るなら世渡り上手になれそうだが」


 「そ、それは生まれつきだから仕方ないでしょ、自分でも直したいと思っても身体が動かなくて口も聞けないんだから」


 「推測、心の奥底に刻まれた人間の恐怖、あるいは悪意ある人間の恐怖で過剰な被害妄想を無意識に身体がこわばり固まってしまう」


 「アシュリーさんは結構独特な話し方をなされますが、独特な文化の育ちであるのですか?実は私も両親が北西の国出身で…」


 「ランク様、女性に聞くのも自慢をするのも控えた方がよろしいかと、どこに地雷があるか分かりませんから、私の父は何度も母の地雷を踏んで顔が何度もぶどうみたいになった事か…」


 アシュリーの使用人は何度か見たことがあるがレイラとリラのお付きの人は多分初対面だ。


 (そもそも、レイラの家はメイドどころか家政婦さんもいなかったけど、最近雇ったのかな?それとも冒険者ギルドの伝手?)


 「おっと、つい話のキリがつかずにしゃべり過ぎましたね。先ほどお三方にも自己紹介しましたが、改めて美奈さんに…私はアイシャお嬢に仕えているランクと申します。本名ではありませんが、そちらの方で呼ばれることが多いので是非そう呼んでください。余談ですが、アイシャお嬢も長い名前で呼ばれないのでそこは似ていると言われました」


 「名前、アシュリー、恩義によりオーガスタファミリーに保護、レイラ守る、ゴゴゴゴゴ」


 「ジェバンニと言います。これと言って特筆した特技もありませんがどうかお見知りおきを」


 「ランクさん、アシュリーさん、ジェバンニさん…うん、メモした。よろしくお願いしますね」


 電子学生手帳に名前と顔を保存している隣でサリアちゃんも同じように電子データに保存したようだ。因みにサリアちゃんが持っているのはもちろん学生手帳ではなくシステム手帳と言う大容量の電子機器だ。父様が特注で作ってくれたらしい。


 「ささ、挨拶が終わったなら座って座って、食べる量が減っちゃうよ」


 アイシャが席に着くように促して、それに応えるようにソファの後ろから、回り込んでアイシャの隣に座る。


 「アイシャさんとお嬢様は本当に仲良しですね。あっ、私ったら皆様の名前をメモするのに自己紹介を忘れていました。私はサリア・ウォルコットです。千麟家に入りお嬢様と一番歳が近いという理由で専属のメイドとなりました。まだまだメイドとしては未熟ですがよろしくお願いします!」


 「フフッ、いやすまない。まるで新人教育をするように思えてね。だけど、その立ち振る舞いは使用人としての目線としては十分所作が出来ているようだ。謙遜する必要はないよ」


 「きょ、恐縮です」


 「はいはい、二人とも食事を再開して朝ご飯は重要だよ。一日のエネルギーを今のうちに取り込んで置かなくちゃ健康にもよくないよ」


 アイシャがこの場の主導権を握っているかのように、話を切り上げたりする。でも、その目は少し遠慮しがちに見える。多分、自分が大食いなのを気にして、他の人の取り分が無くなるのを危惧しているのだろう。女性はよく自分の体重を気にするが、アイシャの体重は気孔で体内のカロリーが常に燃焼して、減量しているのでそこはあまり気にしていないらしい。


 余談だが、気孔を使える人間は普通の人間では消化出来ない物も気孔を使うことで消化出来るという。バラムツという魚が持っているワックスエステルという蝋の原料でさえも体内に入ってさえいればその気孔を使うために体内に留めて、気孔を使う事で消化できるらしい。普通の人は消化出来ないのでオムツを履いたり、バクバク食べずに一切れか二切れだけ食べて他の排泄物と混ぜ合わせて出すなどという対処法があるが、バラムツは市場に出回らない超美味な魚らしいから、少し味が気になる。


 「そういえば、みんな週末は実家に戻る事になってるんだよね?私は迎えがくる事になっているけど、みんなは?この学園は城からも皆が住んでる地域から、結構離れているし…」


 「僕は徒歩で行くかな、ランクがいるし、いい鍛錬になるから」


 「レイラも、父さんと母さんはギルドのお仕事で忙しいし、それとアシュリーはね。こう見えてめちゃくちゃ強いんだよ」


 「えっへん」


 「私はペガサスで帰りますよ。キチンと申請書を出して、乗馬部に預かって貰っているので時間としてはお昼ご飯を食べる前か後になりますかね」


 「じゃあ、徒歩で帰る人は朝食後に、お迎えや乗り物で帰る人は昼食時って事?」


 「多分、そうなるね。アイシャはともかく、レイラは歩いても走っても家に着くのはお昼くらいかな」


 「一番学園から近い家に住んでるのはレイラか?俺は気孔を使えば10時、道が混んでなければ11時くらいには着くと思うが…」


 「それは私の場合でしょう。お嬢はパルクールの経験があるので延長どころかむしろ短縮出来るので、私がお付きとして近くにいる場合として、時間がかかってしまうんですよね…それと一人称、素が出てますよ」


 「ゴホンッ!と、とにかく、大抵正午には既に家に着く計算かな、でも何でそんなの聞くんだ?」


 「特に意味はないんだけど、それなら土曜の朝と日曜の夜は一緒に食事が出来るのかなーって」


 「あー、それか…学園寮に戻る時間にもよるけれど、大体そんな感じかな。学園外に出るには1階のフロントで手続きをしなくちゃいけないけど、一度手続きすれば次からは簡単な手続きだけで、出られるってママが言ってたよ」


 「それでは、これを食べ終わったら、全員で手続きしますか、美奈さんはいつ連絡が来るか分からないので、お先にどうぞ」


 「そう?それじゃお言葉に甘えて」


 そして、クラムチャウダーパンの最後の一口を食べて、お腹いっぱいになった後は皆が満腹になるのを待つ。


 (それにしても、お付きの人…ランクさんやアシュリーさんはともかく…ジェバンニさんって……どんな難しい作業も一晩でやってくれそうと思うのは俺だけかな)


 ~ヴェルスター学園初等部中央訓練場~


View ???


 「休みの日に何の用だと思ったら……なんですこれ?」


 目の前に広がるのは30人以上の人達が肩で息をしたり、疲労困憊で地面に突っ伏したままピクリとも動かない人達でいっぱいだった。まるでさっきまでここで脅威度の魔物と戦闘していたようだが、それは死体があったらの場合だ。


 「やあやあ、ごめんね休みの日に呼び出して生徒会の業務で忙しいだろう」


 その中でひらひらと手を振り平然な顔で語りかけてきた理事長は倒れている人にお構いなく話しかけてきた。


 「いいですよー、生徒会の業務は一通り終わらせているので、それよりもこれはどうしたんですか?シャリア1雑魚寝選手権とシャリア1肩息選手権の最中ですか?」


 「ほほう!中々面白そうな行事だな。学園でそういうのでもやるか?だとしたらここにいる人たちは皆優勝候補だろうな」


 (しまった、この冗談話術に耐性がついてしまって逆に悪化させる事になってしまった)


 理事長は面白そうな事があるとそれを間接的にやる事があるが直接的な事をとらない訳ではない。この前も自身が企画発案運営まで1から10まで全てを自分で行い強制全校生徒参加の数多の虫から逃げ続ける「バグズエスケープ」という遊戯をやったことがある。


 女子や虫嫌いの人からは悲鳴の嵐、虫好きの人も「流石にこれは無理」の一言で学園内を悲鳴と駆け足の音が学園中に響き渡った。しかし、それは結果的に脚力、中でも逃げ足を鍛えられる事になって街でガラの悪い人に絡まれたが逃げられたなど「逃げ」に対する報告が上がり、別地方の同学園から「どのような訓練を行い恥じる行動の逃走を迷わず選べるようにしたのか」と問われ、「虫から逃げさせた」と理事長は即答したという。


 その後に長々とその自慢話をしたらしいが、その事に怒る事もなければ呆れる事もなく相手からの言葉は「何とも見事なものだ」だったらしい。とはいえ、その行事をするには何十万以上のあらゆる虫が必要で飼育員も少なく実現するのがかなり難しいという理由でそれは断念したという。


 「いや、ジョークでもブラック過ぎてもはや奈落だろ!!」


 「ん?何の話?」


 「いえ、この世界の闇を言葉として吐き出し精神統一をしただけなのでお気になさらず、話を戻しましょう。ご用件とこの光景の説明をお願い出来ますか?理事長」


 そう言うと少しキョトンとして恐らく話で用があったことすら忘れたようだったがすぐにそうだったと手を叩き、言葉を続ける。


 「来週の月曜日にここで激しい戦闘が起こる気がしてね。そこで結界の強化と張り直しの作業をしていたんだけど、みんなこの通りですぐに魔力を使い果たしてね。未だ生き残っているのが1人しかいなくてそれも限界があるだろう。授業で習ったと思うけど、結界は魔力を注ぐ人と魔力を練り固め結界の形を維持させる人の役割で始めて成立する魔法だ。今はあれがその2つを同時にしてくれているが、このままだと時間がかかり過ぎる、ということで特待生で魔力量も知識も申し分ないということで君を呼んだのさ、謙遜する事は無い。そこら中に転がっている木偶どもの魔力は君と比べても搾りかす程度だろう。とりあえずあれのサポートとして入ってくれ」


 理事長が指を指した所には1人の白衣を着た男性が結界の魔力を注ぎつつ、結界の維持をしている。それが出来るのはこの学園でもごく少数、複数人で行なう事を1人で賄える人物は天才と言えるだろう。


 近付くとその人の輪郭や顔が見えてくる、彼はこの年からこの学校の保健室の先生になった人、確かケルビムという名前だったはずだ。


 「あの、助っ人としてきました、お手伝いします」


 そう言うとケルビム先生は少しだけ、目線を合わすがすぐに結界の方に戻しながら話す。


 「それはありがたいね。それじゃあ、まずは魔力切れで倒れている人たちを保健室に連れて行ってくれる?結界の中にいると少し邪魔なんだよ。それが終わったら、また聞きに来て今のところは僕一人で持ちこたえれるから、その時に色々作業してもらう」


 すぐに倒れている人の下に向かうが、全員が呻き声しか上げず肩を貸そうとしても意識が朦朧として腕を回すことが出来ない。仕方なく魔法で簡易的なシーツで数人に分けて保健室のベッドに寝せる。


 それを何往復か繰り返して、ようやく全員を運び終えて気が付くと自分以外にも何人かが理事長に呼び出されたようで、結界の作業をしていた。


 その後はひたすら、結界の強化作業を手伝いそれが終わるのは夜の夕食時間までかかってしまった。すぐに終わるだろうと思い、朝ご飯を中断した事を後悔する事になった。だが、今までは結界の修復だけの作業だったが、今回は幾分かの強化をしたため作業時間が長くなった。


 理事長は普段からふざけているような人ではあるが、その教育方法が過激でぶっ飛んでいる以外はとても優れている。不本意だが、それを実感しているのは自分以外もそれを認めているだろう。


 つまり、来週の月曜日このレベルの結界を張らないといけないほどの事が起こるということだ。その事に不安を覚えながら自分の寮に戻る事になった。

次回5月中旬予定

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