第二十四部 壱章 古のエルフ
2月29日
冒険者ギルドのある通りで大急ぎで走る一人の冒険者がいた。何か大きな荷物をを背負っているのか毛布で包んである。
冒険者ギルドの中に飛び込むように入った冒険者は声を荒げてギルドの中にいる誰もが聞こえるように叫んだ。
「医者!じゃなくて、ギルドマスターを呼んでくれ!急患だ!!」
ドアを開けた勢いで既に中にいる人達の注目を集めたがその言葉で更に注目を集めた。フロントのスタッフが少し驚きながらも、内線で話すと程なくしてアリアが2階から降りてくる。
そしてアリアは毛布に包まっている正体を見て少し驚いた。それは人でありながら、人間とは違った身体の特徴的な場所が所々に見受けられたのだ。
「……言いたくは無いんだけどうちは病院じゃないよ。どうしたのこれ?」
連れて来た彼を見てそう言うと彼はさっきまでの動揺が抜けきってないのかせき込みながら言葉にならない声を上げている、それを見て呆れたように首を振ってアリアはハンドサインで「何か飲み物を」のジェスチャーをすると冒険者の一人がリラックス効果のある紅茶を持って来た。
それを一気飲みして一息ついてから彼は事の成り行きを少しづつ話し出す。
彼はいつも通り、ギルドに向かい適当な依頼を受けるはずだった。その時、フードを目深に被り足取りがおぼつかない人がいるのを見かけた。他の人もそれを見ていたが心配しつつも声をかけることはせずにすれ違う人ばかり、彼も最初は見て見ぬふりをしようと近くを通り過ぎようとしたら、その人物は突然ふらりと力が抜けて崩れるように倒れそうになった。
その時は彼が一番近くにいたということもあり、反射的な行動で身体を支えていた。そしてその人物が気を失い声掛けにも反応しなかった事に動揺して病院に連れて行こうとしたがそこまで距離がある事と焦りで正常な判断が出来ない状態で距離も離れておらず、すぐに処置を出来る人物がいる場所として、アリアの顔を思い浮かべてバッグの中から毛布を取り出し自身と結びつけてここに連れて来たと言う。
アリアはその人物を見てそれがどんな種族かを瞬時に見抜いた。最初はフードと毛布で分からなかったが、特徴的な尖った耳に雪のような白い肌、滝水のように流れる髪の質感に魔力の流れ、それらを一瞬のうちに感じその人物の種族がエルフであることを理解した。
彼の話しから気を失ったと聞いて、外傷がないか一通り見たが特に異常は無い、血の臭いもせずに身体を触って見たが痛がる様子も脈拍も問題ない。体調が悪い訳ではないことが分かった。
だとすると足取りがおぼつかなかったり気を失った原因としては身体ではなく精神だと考える。気を取り戻したとして、いきなり質問攻めにしても混乱して碌に話も出来ないだろう。
(となると、私が話すのも少し問題があるかもしれないわね。彼女の警戒を高めずに安心させて、尚且つ話を聞き出せそうなやつ…彼らが役に立てるでしょう)
そしてアリアは彼女を医務室に運ぶように手配した後にスマホである人達と電話をしてすぐに冒険者ギルドに来れるか交渉する。
しばらくすると、そこに3人の冒険者が現れる。彼らは気を失った彼女と同じ種族、つまりエルフだ。
「ギルドマスターから電話なんて驚きましたよ。ボクらと同じエルフが倒れたからすぐに来て、なんて説明もほとんどなしで呼び出されたのですもの」
「でも、なんにせよ今日の依頼も全部終わらせて帰る予定だったからいいけど」
エルフたちは医務室の扉の前でアリアから説明を受けて部屋に入る。その中で彼女を見た彼らは驚いたように目を見開く。男のエルフは覗き込むように彼女の顔を見ると考え込むようにしてアリアたちに振り返る。
「まさかと思ったけど、信じられません。彼女は純血の中でも神祖クラスですよ。ハイエルフの更に上位、エルダーエルフでしょうね」
エルフとは自然の中で最も生命が発生しやすい場所から産まれた生き物、最初は人型からかけ離れた形であったが長い年月で二足歩行を会得して知識を蓄えて、人と似通った姿になったという。
そしてその中でも原初のエルフは自身の身体と力を分けて自らの種族の存続を目的として、エルフという種族は数を増やして自然の化身とした種族であると伝えられてきた。
しかし、エルフの中には自然の過酷さについていけず、自然の多くがある森や山を離れて適応した大地を住処として亜種のダークエルフを始めとした様々なエルフがいる。
その中でも最も原初の力を強く受け継いで、そして潜在能力で言えばその原初のエルフを超えると言われているが、その数はエルフの中でも極わずかで同族でも見ることが出来れば奇跡だと言われている。
「ボクの祖母がハイエルフだったんですが、昔話で話してくれるのがエルダーエルフの話しばかりで、口癖のように「いつかあってみたいね」と言ってましたよ」
「へぇ…エルダーエルフと言うのがいる事は私も知っているけど実際に見るのは初めてだ。しかし、そんな力が強く希少なエルフがどうして行き倒れになってしまうのかな」
「そこまでは分からない、と言いますかこの子に聞くのが一番手っ取り早いでしょ、ほれほれ丁度一本劇薬が残ってるからそれで気付けを…」
「やめなよ。しかもその劇薬の材料を揃えたのってボクだよ?いつの間にくすねたんだ?プロのすりか君は?」
「心外だな、アタシはただの薬師エルフさ、どこにでもいるね」
「あなたたち夫婦漫才はそこら辺にしておいて、彼女の看病をお願いね。必要ならフロントでいろんなものを用意できるように手配しておくから、それじゃあ仕事に戻るから何かわかったら、それもフロントで」
アリアは後ろでに手を振って部屋からでる。先程言い合っていた2人にも気づかないようで彼女はベッドで寝息を立てている。
アリアがギルドマスター室へ行く途中ぐったりとした様子の冒険者達に続いて紙コップを片手にしているゲンブと出くわした。
「相変わらずの訓練?精が出るわね」
「あまりいい運動とは言えなかったがな、若いからもう少し楽しめると思ったが…素人だと教え甲斐はあるがどうしても経歴の差が違いすぎるから、そこは教えるもんじゃなくて自分で探して初めて理解出来るやつだからな、答えが複数あるやつの模範解答を持ってくればそれでいい」
そこまで言うと何かを思い出したかのように「あっ」と言って言葉を続ける。
「そう言えばさっき誰かが叫んでなかったか?緊急事態なら直接かスタッフが呼びに来るから違ったらしいが」
アリアはその回答に少し考えた。エルフを拾ってパニクった奴が騒いだと言ってもそこから更に質問を次々とされるし、エルダーエルフの事まで詳細に話してしまうと、そこから話を広げられて時間を無駄にしてしまう。
言葉を濁すのが一番いいのだろうが、それに気づいても問い詰める事をゲンブはしてしまうだろう。彼女の事も知らずにゲンブが彼女のところまでいくのはさせない方がいいだろう。
「ええ、緊急ではあったけれど、度合いが違ったのよ。早とちりのせいで騒いじゃったみたいでね。私が見た時には既にスタッフが対応していたの、だから詳しい詳細は私にも分からなくてね。もうロビーの方も落ち着きを取り戻しているからそんなに慌てる事じゃなかったんじゃない?蓋を開けてみればなんやらってやつ」
そう回答したが、一瞬だけ口角が上がったような気がしたが、すぐに「そうか」と返して休憩所の扉を開けて紙コップをゴミ箱に捨てて去っていく。
その頃、医務室では3人がローテーションで彼女の看病をしていた。とは言っても外傷もない人を無理矢理起こす訳にもいかず、小説を読んだりスマホを片手に横目でチラチラと気に掛ける程度にしていた。
そうしていると、寝息が聞こえなくなると同時に彼女の目が開く、そのままゆっくりと身体を起こす。
「あ、起きた」
女のエルフがいち早く気付いて、その言葉で彼女の傍まで駆け寄った。
「大丈夫?覚えているかな、ここの通りで気を失ったって聞いたけど」
「……こっ…!ゴホッ!ゴホッ!」
「いきなり声を出そうとしないで、はいリンゴジュースで申し訳ないけど飲んで、喉を湿らせてゆっくり」
そう言うと彼女はコクコクと手渡されたコップの中のリンゴジュースを飲むと自分がどこにいるのかが気になるのか分からないという感じだったが、片手で一番近くにいた男性のエルフの手を軽く握った。
「色々聞きたいことがあると思うから、一通り説明させてもらうね。ここは冒険者ギルドの医務室、ボクたちは既に知っているだろうけど、あなたと同じエルフ族、とは言えあなたはエルダーエルフなので、少し違う所はあると思います。先程も彼女が言いましたけどあなたはギルドのある通りで急に気を失ったと聞いたんですが、その時の記憶はあります?」
彼女は少しずつ口内をもごもごさせながら、言葉を言おうとして唾液で舌を湿らせて話す。
「ありがとう、私は…私の名前はナイアス、ナイアス・セラフィーナ…元隠れ里の姫君です」
その名を聞いてエルフたちは少し困惑する。その理由は名前に時代を感じるからだ。彼らの名前は男性のほうがロビン、活発な女の薬師のエルフはシシリーもう一人の若干無口な女はナナリー、シシリーとナナリーは姉妹だ。
この名前は個体名としての認識でしかない為、家名を持っているエルフは珍しい。しかし、それは少し他の認識とは異なり、家名に興味がない。もしそれを持っているエルフがいたらそれは他のエルフから見たら異端視される対象なのだろう。
家名だけなら少しだけ困惑する程度の反応で終わるだろう。しかし、それだけではなくその名前はとても古く感じる名前だった。それはナイアスでもセラフィーナでも同じくらい古い名前だった。
今からおよそ2000年以上前のエルフに人間が家名を与えた事で一時期エルフの間で家名を名乗るのが流行となったがそれはほんの一時期で名前にそれ程重要な意味を見いだせない事から個体識別として家名を捨てたエルフは多かったという。彼女の名はその流行の時期にあったという名前だ。
しかし、同じエルフは目の前のエルフがそんなにも昔から生きている事ではないことが分かる。まだ1000歳にも満たない程の平均的には少し若い年齢だろう。
そこからはしばらく会話をして受け答えをしながら緊張をほぐしてこちらの質問にも答えてくれるようになった。
「つまり、ナイアス…さんは冒険者になるためにここまで来ようとしたけど、トラウマから人間が多くいる所だと失神してしまうと?」
「同じエルフと同居している人となら少し和らぐんですけど、一人だとどうもあの時の記憶が思い出してしまうのです…あ、呼び方はご勝手にどうぞ、さん付けでも敬称もなくていいので」
「でも、キチンと登録料金も持ってきているのはともかく、一人でここまでされると向いてないと思うなー、受け答えが出来ないんじゃパーティーを組むことも出来ないでしょ」
「一人なら何とか…三人は…少し怖い…けど…」
それを聞いて3人は少し考えてお互い顔を見合わせると頷きあう。
「ナイアスさん、あなた武器は持ったことある?もし無いなら今から一緒に出かけましょう。幸い良い訓練場がある武器屋があるんです」
「とりあえず、冒険者登録を済ませてから行ってみましょうよ。私たちが一緒に回ってあげますから!」
「訓練場ならギルドが所有している庭でいいでしょう、ギルドマスターに掛け合ってみます」
「えっ?はっ?えっ?」
「気にしないでください、ボクらは流石にこの状況で見て見ぬふりをしたくないくらいのお人好しなんで」
やや強引にナイアスの手を引いてフロントで冒険者登録をした後にロビンはアリアにナイアスの事を報告をした。アリアはしばらくの間ナイアスの教育を3人に任せ、任務も同行をお願いした。ロビンたちもエルダーエルフと行動できるのはエルフとしてこれ以上ない栄誉であり、喜んでその提案を吞んでくれた。
「そう言えば、エルフって弓矢が得意って聞いたことがあるけどそれって本当なの?」
「種族によりけりって感じですかね。エルダーエルフは自然以外の食べ物はあまり身体が受け付けないんです。同じ自然界で生きる動物…魚とかなら食べられるんじゃないですか?それなら武器も使わないので弓とかそういうのは使わないんじゃなく使えないと思いますね。ボクは普通のエルフなんで狩りについて行って弓矢だけでなくナイフとかでイノシシを狩って食べたりもしてましたよ。だから、組織的な社会に生きている以上、才能があるかないかというのはエルフという種族の中でも人によるということです」
「私もエルフにはあなたたち以外にもあったことはあるけど、自然と共に生きて異種族とは極力関わらないって奴が大半だったのよね」
「その考えに当てはまるエルフも多くいます。ボクは…ボクだけではなくあの二人もそうです。いつも森に籠っていて外の世界に興味を持たずに同じ生活をしている事に嫌気がさして家族や里長に猛反対されながらも「ボクがやりたいのはこんなことじゃない!」って強引に里から飛び出してここに着いたんですから」
「…それでもツラくはあったでしょう?」
ただでさえエルフは希少種だ。その珍しさと美しさから人身売買や奴隷制度がある国からはエルフや希少価値がある種族は喉から手が出る程に欲しいだろう。もし、彼らが行きついたのがここではなく種族差別が激しい国だったり、人身売買が当然のように行われる国だったらと考えると胸糞悪い気分になる。
「そうですが…少し気になる点が彼女にありましたね」
「何か気付いたの?」
「彼女同行者がいた、という話です。ボクも冒険者の1人違和感にはそれなりに敏感です。その同行者は本当にいるのか?彼女は武器を…それも銃や大型の金属を扱ったような鉄の臭い、ここら辺では手に入りにくい素材のくず糸、一切匂わない同行者、今ボクが気付いているのはそれくらいです。人間にも匂いはあります。でもそれが彼女からは一切感じない、匂いが何かにかき消されたとか混じってしまったとしてもボクらは嗅ぎ分けることが出来る。それなのに…ここからは私でも」
「…冒険者の勘というのは女の勘より当たりやすいと言うわ、ロビンあなたに私直々のミニクエスト、受けてみる気はない?その同行者を軽く調べて貰えないかしら?」
「…奇遇ですね。ボクもそれについて気になっていまして、それにギルドマスターからの依頼なんて初めてです。過去の恩もありますし、報酬もあるのなら喜んでお受けいたします」
「OK、依頼についての内容は口外禁止それがこのクエストの注意事項よ」
「分かりました。他に何か伝え忘れている事はありませんか」
「無いわね、最悪調べているターゲットに自分の正体がバレても問題ないわ、いなかったならいなかったで彼女を問い詰める事になっちゃうけどね」
「…分かりました」
ロビンはそう言って3人の元へ戻っていく。アリアは扉がしまって足音が聞こえなくなってから深いため息をつく。
「はぁ…なんで余計な面倒事が増えていくんだろうな。八傑の定期報告もこれを含めなくちゃいけないよね。二度同じことを書くのも本当に辛くてたまらない。プラべでやらなくちゃいけないのもあるって言うのに時間が全く開けられない」
次回2月末予定