幕間 外伝 街の喧騒
~シャリア王国 新開発区~
1月11日
今日は年が明けて初の開発区の工事作業が再開された。作業員は年明け初日ということもあり、手元に資料をパラパラとめくりながら担当の場所を確認している。
そして作業開始から数時間、昼休みが近づくとそれぞれの担当者からひと段落した場所から休憩を取るようにと言われ、その場から徐々に人が離れていく。
その内の男性作業員の一人が、自分のバッグの中からレジ袋を取り出して中に入っているサンドイッチやおにぎりを取り出しながら近くのベンチに腰掛ける。すると前からその男性の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
男性がその声に反応して辺りを見渡すとその声の主が小走りで向かってきている。声が届いた事に気づいた事に気づいた彼は少し速度を上げて走ってくる。
「よぅ、久しぶりだな。年明け前ぶり」
彼は友人である男性に軽く挨拶をする。その人の服装は私服、使い慣れたようなラフな格好で所々黄ばんでいる少し悪く言えばだらしない姿だった。
「そうだな、それで何か用か?」
「おいおい、用が無ければ友人に話をする事も悪いのか?」
「悪くはないけどよ。お前、今日が仕事じゃなかったはずだろ?明日からじゃなかったか」
そう言うと彼は少し、頭を搔きながら作業途中の場所に視線を送ると一間おいて視線を男性に戻す。
「ちょっと明日の作業が気になってな、ぐだって上にグチグチ言われるのも嫌だし、下見だけでもしてみようとしただけ、そしてついでに見かけた友人を見かけたから話をかけた」
彼はそう言いながら懐から弁当を取り出して、隣りに腰掛ける。炭酸ジュースのペットボトルを開けて、一口飲むと弁当の蓋を開ける。
「…ん?お前の嫁、そんなに綺麗なもん作れたか?前まではもう少し簡素というか…あっいや、別に悪口じゃないんだけど、以前のやつとは違う感じがしてな」
「分かるか?そうなんだよ。今までのやつが不味いわけではないんだけどある日を突然にして料理が上手くなってさ、味も今までとは全く別で偽物じゃないかって一瞬疑ったほどだよ。話を聞けばマンツーマンのお料理教室に行ったらしい、一日であんなに上達するなんて…あれこそ魔法みたいだったよ」
「…それ、嫁自慢か?」
彼は数年前この王国に夫婦で引っ越してきた移民だ。人柄がよく商店街で仲良くしていることから商店の店員からもからかわれたり、買い物をするとおまけを貰えたりしていることをよく見る。
「惚気じゃなくて本当にそうなんだよ、ほれほれこの玉子焼き一個やるから食ってみ」
彼が差し出した弁当に手を伸ばして一口で玉子焼きを食べると確かに美味しい。トロトロの卵の半熟が舌を滑らかに滑り、砂糖の甘さだけでなく、塩のしょっぱさが調和されてそれでもって卵特有の美味しさを無くすことなく更に美味さを引き立てている。
「…確かに美味いな。前に料理店の番組で見たふわふわオムレツのあれ、名前なんだっけ忘れた。あれの味も同じようなものなのかな」
前に見た彼の愛妻弁当では玉子焼きは焦げ目がついていて美味しそうではあったが特に食いたいとは思えなかった。今回初めて彼が進めてきたから思わず手が伸びてしまったが、美味しかったのでよしとした。
「そう言えば前までの開発区の噂知っているか?」
その後、明日からの作業状況を1つずつ確認していたら彼が唐突に話題を変えてきた。
「なんだ、急にそんなことを言って、噂って前の現場の事か?」
「そうそう、あの時は俺もお前も同じ場所で仕事していたから覚えているだろ?あの妙に開けていたあそこだよ」
彼がそう言って男性は自身の記憶を探るとすぐに思い出す。以前の開発区の中心に大きな面積を持った空き地があった、そこは芝で覆われていたがそれを取り除き、土を敷き詰めた後は全く手を着けなかったそのことに疑問は持ったが、その後すぐに今の新開発区に移された為、そのことを聞ける状態ではなかった。
「そういや、そんなもんあったな、それでそこになんか噂でも経ったのか?お化けが出たから何も建てなかったとか?」
「そうじゃなくて、そこになんと教会、それもドデカいモンが出来るらしい」
その言葉を聞いて男性は少し驚いた。教会はこの国では今まで無かった。というのもこの国は多くの移民が住んでいるがその分様々な信仰対象も多く存在している。
そのことで対立している人も少なからずいる。教会が建つということは進行する神がいるということ、それにより問題が起こることもある。
彼らは宗教や神などに詳しくは無かったが、その問題による騒動に巻き込まれた経験がある。だからこそ今までこの国ではそれを忘れて暮らせていたというのもあった。
「だけど、噂なんだろう?確証がないんじゃ、そんな気にする事でもないような気がするが…」
「それがな、俺も見たんだけど、その空き地に修道服を着た人達がいたんだよ!俺だけじゃなくて何人かがそれを見たらしい、俺が見たのは三日前だけど、シスターが何人かと司祭さんかな?ローブを羽織った男が空き地を見てなんか祈っていた。詳しくないから何の神を信仰しているかは知らないけど、流石に問題はないといいよな」
「…まぁ、そこは王様が何とかしてくれるんじゃね?冒険者ギルドも学園もあるんだし、もし邪教だとしてもそこまで大きな顔はさせないだろ。もし気になるんならそこの信者に聞いてみればいいんじゃね?ああいう教会の信者って自分が信仰している神に興味を持った人がいたら喜んで話してくれるだろう?」
「確かに、一理あるな。でも…」
そこで彼は少し言い淀む。彼の言いたいことも理解している。先程も騒動の事で心の中に当時の事が思い出すのだろう。自分のところだけではなく、他の国でそのような事が起きた事もニュースが取り上げられると、自身の時と重ねてしまうのだろう。
「そこって神聖騎士団がいるのかな…」
思わず、その言葉が出てしまう。この国には聖騎士団というのが存在している。聖騎士団は王に使える精鋭のもので構成されたエリート騎士団、対して神聖騎士団は教会に属している信者で構成された騎士団だ。
騎士は兵士と似ているがその違いは身分と言える。兵士は平民で騎士は武闘派貴族の者で使える者が違えど騎士はそれ相応の戦力を持っている。もし、神聖騎士団が問題を起こせばそれを御せる者は限られるだろう。
騎士に対抗するには騎士しかいない。彼らはそう思う。冒険者もそれに関与は出来るだろうが、冒険者の中にその宗教に信仰している者がいたら、更に被害が拡大する事が明らか、なのでそのような問題が起きないことを願っている。
「神…神采英抜と言えば王様だけどな、もしかしたら現人神を進行する教会かもな」
「はっはっは!そいつはいい!でもそれは無いだろ、それじゃあ陛下は城にいられずに教会の御神体として祀られてしまう」
「でも、もしかしたら全く新しい教会かもな、それに期待するしかない」
「だな…」
そこまで言うと何かを急に思い出したように男性から、話題を切り替える。
「そうそう、年末の数日前に発表された王妃様の出産!もちろん知っているよな」
「あぁ、あれか。姫様が名前を付けたんだっけ?」
「そうそう、ウリエル王子とガブリエラ姫!先行公開の写真を見たんだけど可愛かったぞ、二人ともリラ姫の赤ん坊の頃とそっくりで」
「こう言っちゃなんだけど、俺の息子も可愛いぞ?今年で2歳なんだけど頑張って俺たちの所まで歩いてくれる姿が最高でな!目に入れても痛くないくらい愛らしいんだ」
「息子自慢もいいけど、このままじゃウリエル王子が正式な第一王子となるからあの人が…」
その言葉で彼もはっとした顔で察した。シャリア王国は力が法となる事が多い。その力がコミュニティを形成する以上、それを覆すのが更なる力を持つ者。リヒト陛下はその力を持っているがその座を狙ったり国家転覆を狙う輩も少なくない。しかし、その一方でまだ10歳にも達していない子供と生まれて間もない赤子が将来の国を背負う可能性があるとそれを狙う輩も出てくるだろう。そしてその輩の中には自分の身分を引き下げられる者も含まれる。
「ザルド副団長…か」
「そうなんだよ。ウリエル王子は生まれたばかりとはいえ、リラ姫がすっごい実績を上げた噂があるからもしかしたらウリエル王子だけじゃなくガブリエラ姫も天性の才能があるんじゃないかってすぐに広まって今日、ここに来るまでにそういう話をよく聞いたんだよ。でもそれをよくないと思うやつもいるだろ?」
「確かにな、でも今までも陛下を誘拐したり脅したりした奴もいたけれど、陛下を目に捉えるどころか、誰一人危害を加えられた人はいないから、そんなに心配しなくてもいいと思うけど」
「陛下も人間だろ?有能であっても万能じゃない、そんな人が守るべきものが増えたら流石に腕も届かない場合はある。動かせる人材も無限じゃないし、その人材が裏切ったり口車に乗せられたりそそのかされて罪の片棒を担がされたりしないとは断言できないだろ」
「言いたいことは分かる。心配になるのも理解出来る。それでも俺はそんなことは考えないというより考えられない。リラ姫の実績も具体的に何をしたとか聞いてないし、噂を聞いたからってあくまで噂、それを全部鵜吞みにして大損したら誰のせいでもない噂を信じた奴の自爆になっちまう…まぁ、人の口には戸が立てられないから、信じるかどうかはあなた次第というやつだ。それで先走って転落してもそれは自業自得で無駄な行動ご愁傷様としか言えないな」
そう言った彼を横目に男性が俯き腕時計を確認するともうすぐ作業再開の時間になりそうだった。
「っと、もうこんな時間か、楽しい時間はすぐに過ぎるな。ありがとうな興味深い話を聞かせてくれて、俺はもう戻るよ」
「そうか、俺の方もありがとうな、明日の作業の準備も出来るしありがたかったよ。それじゃあまたな」
そう言って二人は別れた。
~同時刻 シャリア城 エリア7 騎士団訓練場~
『せいっ!せいっ!せいっ!』
「そこっ!もっと姿勢を正しくしろ!」
「おい!なんだそのへっぴり腰は!やる気あんのか!えぇ!?」
「お前!何十回も差が出ているぞ!もっと気合い入れてやれ!お前の同期はスタミナポーション無しで2倍は素振りを増やしていたぞ!あいつを越えろ!お前は素振り500回追加だ!」
訓練場では第一騎士団の団長が素振りをしている騎士たちの指導をしている。第一騎士団団長はゲンブの門下生でありながら、その才能を認められてゲンブが直接リヒトに第一騎士団の団長に推薦したほどの実力者だ。
推薦の理由では平均の身長以上の恵まれた身体ということ以外にその人柄の良さに言い方はキツイがその面倒見の良さから部下からも信頼を得て、ゲンブの期待に応える為に自身も過酷な訓練を積んで人望も厚い。部下の中にはそのカリスマ性と憧れからどれだけ無茶な訓練を受けさせられても泣き言を言うどころかお礼を言われるほどの信頼を束ねている。
「よお、久しぶりだな。相変わらず声に面倒見の良さがにじみ出ているじゃねぇか」
その言葉にすぐに団長は振り返る、そこには師のゲンブが立っていた。その姿を見た団長はすぐに姿勢を正してお辞儀をする。
「お、お疲れ様です!先生!」
「先生か…俺の事を師匠と言う奴らは多くいるが先生というのは未だにお前だけだ」
「私の中では先生は師というよりも全てにおいて指導されている事から先生と思っておりますのでそのように呼ばせて貰っています。ご迷惑なら以後気を付けるように致します」
「生徒をとった覚えはないが、お前の戦いにおける一挙手一投足全て俺無くしては得られてないな」
「はははっ…返す言葉もございません」
そのやり取りを見ながら、騎士たちは驚愕している。それもそのはずだ、いつも指導している時の団長は厳しく冷たい態度をしているが、ゲンブと話している時の団長は謙虚さを出している。
「剣の道は多くある武器のほんの一握りであるが故、戦いの極意に通ずる。一歩間違えれば殺しの極意になるのも人斬りの極意にもなる。この言葉をキチンと覚えているようで何よりだ」
「正しき道を行くには自らの足で道を踏み外さず、常に全ての方向を視て見極めよ。これはいつまでも心に刻み行動に移しております」
「それは何よりだ。今日はたまたま通りがかった時にお前の声が聞こえたから、たまには直々に指導してやろうと思ったが…」
そう言ってゲンブは騎士たちの訓練に目を向けて、少しするとため息をついて首を横に振る。
「これはダメそうだな、あんな疲労の時に剣を交ええてもすぐに武器を弾いて終わりだ。だが、基礎は出来ているな」
「もちろん、浮ついた戦い方だけでは必ずどこかで壁にぶち当たります。その壁を乗り越えるにしても破るにしても基礎を抑えてなければいけませんからね」
「いい判断だ、だがその表情を見ると何か問題があるようだな」
その言葉に団長は苦い顔をする。何かを言おうとして口を開くが上手く言葉に出来ないような、どこか言葉を選ぶようにしているが中々上手い言い方が見つからないようだった。
「お前の言いたいこと、推理していいか?ズバリ言いたいのは模擬戦の事でやや物足りなさを感じている。そうだろ?」
それを聞いて団長はぎくりと肩を震わせて顔を上げる。ゲンブはそのまま話を続ける。
「現状、模擬戦のルールは2通りある。人形を救助者に見立て安全圏内までの護衛訓練に攻撃側と防御側に分かれて防衛ラインの突破を目標とした拠点防衛訓練、どちらもどの国でも行われている伝統ある訓練だ。だが、それを続けるにつれて訓練に特化した戦術を取る奴が出てくる。それに感化されて同じような行動を起こす奴が増えていく」
「…先生にはお見通しですか、ええ、その通りです。それには戦術と言える行動ではありますが、それは実戦で使えるかと言われると通用するかどうかも怪しく思えてきたのです。ルールとしては間違いはないのですが、実際に戦いでは同じ状況ではないでしょう?ルールに特化した戦術や抜け道を探した戦略を立ててしまう人が多くなってきて」
「だからとはいえ、伝統ある訓練だからそのルールを変えたり、そもそも違う訓練を次々と追加してしまうと身につかない、それが課題になっている」
「おっしゃる通りです。このままでいいのか自分でも分からず、どうすればいいのか迷っていて」
「ふむ…俺の門下生ではよく対人戦をやっているが初戦は必ず俺が相手になる。もちろん手加減はするが、その相手の強さによって加減の具合は変わる、武器の扱い方や道具を使ったりする事も想定しての模擬戦だ。だが、ルールがあるここではその加減や相手がよく知っていたり味方の連携を重視しない我の強いやつと組んでしまうとどうしてもルールに特化した戦略を立ててしまう」
「それを注意してみたのですが、どうもやり方が身についてしまったようで、自分では直したつもりでも相手の出方で無意識同じ状況を作る場面になってしまう」
「ギルドでしばらく預かるのも手だが、戻った時に同じようなことになる可能性が高い以上その案は効果薄いか…少し頭の片隅に置いておこう。何か案が思い浮かべば知らせよう」
「感謝します、先生」
「あぁ、指導頑張れよ」
そう言ってゲンブは軽く手を振りながらその場を後にしながら、今騎士団の問題について考えており、そして…
(レイラ達ならなんか思いつくかな…?)
親バカが顔を覗かせていた。
次回2月中旬予定