第二十三部 四章 元旦当日の朝風景
View シーラ
お正月には、おせち料理や鏡餅、凧揚げ、書き初めなど1つ上げるとキリがないほどの多くの行事がある。
それぞれ、何をやるかは自由ではあるけれど、寝正月をするのはなんか勿体ないと思いあまり興味ないものをやってみたりする人も珍しくないだろう。しかし、それをやろうと思うのにも気力が必要だ。
その場のノリで準備はしたけれど、そもそも興味が0のやつをどうやれば楽しめるのか今まで、正月も仕事をしていたから何をすればいいのか分からなくなった。外を歩いていたら何か思いつくかと思ってぶらぶらして見たが、出歩いているのは子供が多い。
公園で球技や芝の上で凧揚げで誰が一番高く上げられるか勝負したりしているが、流石にそれに混ざる事はしないししたくない。
(正月料理は作れない、お城にも人が少ないしお仕事もない。そもそも、正月って何の為にあるんだっけ、でも、本当に正月を楽しめてないな、お正月何かして過ごさなくちゃ…お正月…おしょうがつ…お し ょ う が つ…)
頭の中でぼんやりとゲシュタルト崩壊をしそうな事に危機感を覚えながらも澄んだ空気の街の中を歩き続ける。しかし、やはり人はまばらで住宅が立ち並ぶ所ではみんな家の中にいるのだろうか人の気配がない、まるで自分だけがこの世界に1人だけ取り残された気分だ。
今まで正月もずっと仕事続きだったし、学校で知識と教養を身につけた後はただ仕事か美食巡りの日々だった。おじいちゃんと2人暮らしをずっとしていた時から、何かしたいと思っていなかったし、ただ仕事の後片付けとかしていたら、おなかが空いていた事に気がついて懐に割と多めのお金が入っていたから、美味しいものを食べてストレスを減らして英気を養う毎日だった気がする。
当たり前だけどそればっかりをしているわけではなかったけれど、たまに出るオフの日はウロウロして何か探し物があるわけでもないのに商店街やデパートでいろんな商品を見たりまるで博物館の展示品を時間をかけてじっくりと見ているようにしたりする。
たまに駅やCMで見たことがある話題のグッズやガシャポンがあったら、それをやったりするが、お正月は店もほとんどやってないし、開いている店も特に目を引くものはない。
仕方なく、スナック菓子を何個か買って自分が取ってあるホテルで不健康な食事をとる。
そして、その翌日…
「うぅ…頭が痛い…体がだるい…こってり濃厚豚骨ラーメンが食べたい…味薄目、麵硬め、油多めで…」
「風邪の時は消化にいいものを食べろ、まったくこんな日に何で病人の看病をしなくちゃいけないんだ。大学の研究もひと段落ついてゆっくり休めると思ったのに…」
「嫌だ~食の美貌が~美味のアバンチュールが~私を待ってるんだ~」
「正月から数日はどこの飲食店も休みだ。少なくともこの近くで営業している所はどこにもないよ。それ以前にお前の体力で行けるようなところもないしな」
「きょうじゅ~出前とって~板前も~」
「あぁっ!うるせぇ!うどんでも作ってやるからそれ食って薬飲んで寝ろっ!食バカ死神女が!!」
「やだ、薬持ってない。そもそも風邪もひいたことほとんどないから傷薬も風邪薬もない」
「お前は妖怪か何かか?病気も何にもないわけないだろ…クソッ、マジで必要最低限のやつしかねぇ…っ!」
教授は部屋に入ってから10回以上の舌打ちをしながら看病を続ける。
「味うしゅい…」
「腹出して寝なかったら、こんなのじゃないやつ出来たのに残念だな」
「んん…お布団が柔らかくてシーツもすべすべなのがいけないのぉ…お肌全体で感じたかったのぉ…」
「はいはい、つべこべ言わずに食ってろ、薬もないんじゃこれくらいしか出来ないんだからな、汗は自分でなんとかしろ、俺は母親じゃないんだし「背中拭いて でも見ないで」なんて事しないししたくもないからな」
教授は最後まで嫌味を言いながら部屋を出て行った。シーラは静かになった部屋で寝返りをうって仰向けになりながらベットから落ちないようにしている鉄柵に足を引っ掛けて腹筋をするかのように上半身を起こす。
目の前にはまだ湯気が立っているうどん、ネギやショウガが乗っかっていて小さな小鉢に追加の薬味が乗っかっている。
麵を一本つまんで、まじまじと見つめて震える指を抑えながら口に運ぶ、普段ならいつものように啜れるのだが、その体力すらさっき起き上がった時に使って残ってない。仕方なく次から次へと麵を口に運ぶ。
「はむ…もにゅもにゅ…あむ…しゃりしゃり…」
一口食べて、ピタリと動きを止める。そして、しばらく動きを止めると体全体がプルプルと震えて涙を流す。
「こんなの食事じゃなぁい…うじゅ…ぐすっ…ふぇぇん……味が薄いよぉ………ひっく…うぇぇっ……おじいちゃぁん…こんな美味しくない食事なんてただの拷問だよぉ……もぐもぐ」
目から大粒の涙を流しながら、一本ずつ麵を頬袋に入れてゆっくりと食べていく。泣きながらうどんの不満を言いながらも最後はスープまで飲み干すとそのままベットに倒れこんで、枕を濡らしながら寝た。
「目が覚めれば目の前にビュッフェが並んでいますように…出来れば薄味のポテト(塩味)が多めで…ポテトってなんだかんだ塩味が最高の味付け」
そんなシーラは気にもしなかったが机の上には教授の置手紙があった。
【風呂は入ってもいいが、湯冷めしないようにぬるめの湯につかるように、万が一のために保温しておいたがキチンと体調を直すように、病人は言うことを聞くものだぞ】
View 美奈
「ん~♪美味しい!」
1月1日、睡眠時間は十分とは言えなかったが、新年という事で冒険者ギルドを貸し切りでおせち料理などを振舞ってくれた。
「そう?一年に一度しか作らないから上手くできたかどうか心配だったんだけど、よかったぁ」
「何言ってんだ。レイラの料理はどれも専門店顔負けの美味さしか作らねぇだろ?あっ…無くなっちまった、おかわり貰えるか?」
「アイシャさん、よろしければ私のをどうぞ、あまり多く食べられないので残すくらいなら差し上げますよ」
リラが差し出したお皿の上には半分以上も残っている料理の品々だった。
「相変わらずの少食だな、こういうのは多少無理してでも食うものじゃないのか?僕は満腹になったこと無いから分からないけど」
「アイシャ、それ以上は言ってはいけないよ。それくらいにしないと他の人に言葉の鉛玉が体内で弾けて、そして瘦せたいと思っても瘦せれないからその内考えるのをやめてしまうからね」
「それは声のトーンをひそめて言ってください。ほら、一部の人がお通夜みたいなテンションになってしまったじゃないですか、私フォローしてきます」
パタパタとリラは重苦しい空気の中を駆けて、優しい言葉と愛嬌の仕草で次第にテンションは爆上がりして、レイラは次の料理があるからとそそくさと厨房に戻って言ってしまった。
「それにしても、レイラの腕前また上がったんじゃないのか?」
「アイシャも気付いた?」
「何というか、あまり料理の事には詳しくないけれどレベルと同じ上がり方じゃなくって、同じ物でも全く味が違くてでも飛躍的に美味しくなっている…食材も調理時間も一分一秒違わないのにどうしてこうなってるのかな?」
アイシャが言ったレベルと同じ上がり方というのはレベルが高ければ高いほど次のレベルへの必要経験値が多いという意味で、レイラの料理は常に必要経験値が同じで更にその値が低い。もしレベリンガーが見たらどこまでがカンストか気になって24時間料理を作らせて続けるだろう。
「流石に、レイラの手から旨味の調味料が溢れているってことは無いよな…」
「ちょっ…それは流石に…フフッ…」
「いや、これは笑わせようとして言ったんじゃなくて何というか…あっ!ほらほら次の料理が来たぞ!まだまだ飲んで食べよう!昼食も夕食も入らないくらい、いっぱいな」
アイシャがそういうと肩をポンポンと叩かれて振り返るとアリアがにこやかに微笑みながら立っていた。
「そーそー、今日は新年の最初の食事なんだから、楽しまないとね!食材の料金とかも気にしないで、半分以上依頼料……というか貰い物が余りまくって処理に困っていたから、レイラも目を輝かせて張り切っているから、申し訳ないを通り越して気分転換になるくらい楽しんで言ってね。あっ、ごめーん!ワイン赤と焼酎、それとほっけの塩焼きとたこわさもおねがーい!」
「まぁ、アリアさんがそう言うなら、ありがたくご馳走になろうか、まだお腹には余裕があるし……でも、ここっていつから居酒屋を兼営するようになったのかなぁ?」
「僕から見たらただ騒げるだけの場所が何よりも楽しいんだと思うよ。大人になれば、ただただ他人との対応でみっともないから口喧嘩もわざと難しくしてストレスだから、昔みたいに食べて飲んで騒いで反省できるっていうのが一番の至福の時なんじゃないかな」
「アイシャって人の心を理解するのが上手いよね、そう言われると説得力があるっていうか」
「ただそう思うってだけだよ、想像力が豊かって言われるけれど、それは少し皮肉を交えている事も理解している。だけど、言葉に出しにくいからそれを勝手に代弁しているだけで、本心からそう言っている人もいれば全く別の事を言っている人もいるだろう。さっきみたいなことを言うと中には「年寄り臭い」とかいう人もいると思うけど、いつの時代も同じ事が起きる以上、古いとか新しいなんて無いと思うんだよね、不朽の名曲ならぬ不朽の名事ってやつ?」
「いつの時代もお風呂は気持ちいいとか?」
「そうそうそう、そんな感じ」
話していたら、ほかの人の心のケアを終えたリラがアイシャの隣りに座りなおして、食事には手を伸ばさず、ぶどうジュースをチビチビと飲みながら話に入ってくる。
「レイラさんは楽しんで料理をしているならいいんですけど、自分が食べるのは作り終えるか、みんなが食べ終えるまで食べないんですよね。我慢していると思うと申し訳なさが勝ってしまいます」
「そういう気質ってどことなく使用人感があるよな、レイラって」
「私のうちではそういうのは緩くしてあるから、家族の中でもメイドが混じって食事をすることもあるけど、テーブルが足りないから仕方なく待つ人も多いんだよね。サリアちゃん…私の専属の子はメイド長は必ず最後に食べるって言ってたけど」
「あいつ、いつか悪い貴族に騙されて普通の使用人以下の扱いにされないかな」
「そういうのは私たちが守ってあげるのが当たり前でしょう。でも、そろそろ皆様も満腹になっている人も出てきましたし、食器を片付けてレイラさんも食事に誘いましょう」
厨房ではお皿洗いをしているレイラがいて丁度もうすぐで終わりそうになっていた。
「レイラさん、食器洗い終わりましたか?」
「うん、もうちょっとで終わるよ。後はこれの大きな汚れを落として食洗機に入れて…よし」
レイラは軽く手を洗って、みんなの方に目を向けた。
「それでどうしたの?食事の感想はもう貰ったけど」
「そうじゃなくって、せっかくだからレイラの食事がまだでしょ?1人で食べるよりも友達として一緒に食べたほうがいいと思ってね」
「若干一名、一口でも入らなそうな人がいるけど…」
「の、飲み物なら何とか…」
「無理しないで、レイラの事を思ってくれているのは嬉しいけど辛い顔をしてまで付き合ってくるのは逆に迷惑だよ…んー、自分の食事を作ってくるから先に戻っていてよ」
そういうレイラの肩をポンと手を置くと厨房から遠ざけようとする。
「えっ?ええっ?ちょっと美奈離して…ってアイシャまで!?なになに何なの?」
「しばらくレイラさんは待っててくださいね」
レイラを半ば無理やり、席に座らせて少ししたらリラがトレイを持って戻ってくる。トレイに乗ったお皿にはシュウマイやポテトフライなど言わばパーティーセットフードが乗っている。
「わっ、これって…」
「いつもレイラに任せているからって、一応私達も作ろうとしたけど軽食を作るのはリラが得意だからね。レイラの作る料理がおいしいけど、せめてこれくらいはさせてって言ってくれたんだ「それじゃレイラさんが可哀想でしょう」ってね、私たちも同じ気持ちですしアイシャに至ってはわざわざ少し残して待ってたので、さぁ一緒に食べましょう」
そういうとレイラは少し照れて頬を赤くするが、少しするといつもの表情に戻って頷くと箸を持って食事に手を付け始めた。
「どうでしょう?唐揚げ、タコ焼き、一応出汁も軽く作ってみたのですが…」
「うん、美味しいよ!今まで自分で作った物以外は大抵スーパーの惣菜だったけど、こういうのも悪くないね」
「あれ?夏に食べてなかった?リラが持ってきてたバスケットのサンドイッチとか」
「あの時はつい、料理を作るのに夢中になっちゃって…」
「そう言えば焼きラーメンとか作ってたね…麵嫌いのお父様の為に千切れやすくして…」
「と言っても切れ込みを入れただけだよ。あっ、このミートボールも美味しい!」
リラの作った料理はレイラのようなプロ顔負けとは到底言えなかったが、それでも美味しく食べてほしいという気持ちが伝わってくるようで、美味しかった。
「そう言えば、美奈さんの為にこういうのも作ってみたんですが…」
「何々?私の家だと和風の食べ物が多いから、お味噌汁やたくあんもしかして納豆だったりするのかな?」
「人数分作ってあるので、皆様もどうぞ」
そう言ってリラが出したのは酢の香りがする均等の大きさに握られたおむすびの上に玉子焼きや魚の切り身が乗っかっているもの、つまり寿司だ。
「…確かに片手間で食べられるやつですけど」
「寿司って職人レベルじゃないとべたついたりして味のバランスが難しかったんじゃないか?リラのところってそこんところはどうなんだ?」
隣からアイシャがヒョイと素手で一貫つまんで口に運ぶ、何回かの咀嚼の後に疑問を持ったような顔をして今度はネタに醬油をつけてもう一貫を食べた。
「うん、美味しいよ。でも意外とバランスがいいね。お酢の香りはするけど口に入れた時にはちゃんとネタの味と調和できているのが驚いたよ」
「レイラも1つ貰うね…もぐもぐ……シャリも硬く握り過ぎず箸で摘まめる程よい握り加減で美味しいよ」
「それはよかったです。以前4人で行ったえいるるの和食が忘れられなくて時間があったら少し勉強していたんです。初めて作ったので心配してたんですが美味しいならよかったです」
「初めて作ったにしては上出来だと思うよ。レイラも何でもおいしく作れるし、僕は満足だよ」
「うーん、言いにくいんだけどレイラ、何でも料理できるわけじゃないんだ。お寿司はまだまだ勉強中だし、フグ料理は調理師免許がないと捌けないし」
「あー、そう言えばこの前にフグ料理が出された時には家に板前さんが来たっけ、あれ免許持ちの人だったんだ」
「それだけじゃなくて、フグは食べられるところは大体筋肉部分で、薄切りにしないと嚙み切れないんだよ。ぶつ切りにしたらゴムみたいな食感だけで味も十分楽しめないから、薄切りの刺身が一番美味しいんだよね」
「…レイラって免許持っていないのにそんなことよく知っているよね。やっぱり料理の天才なんじゃない?」
「…あっ、レイラさん。さっき言っておいたものは……」
「これね。後で包んで渡しておくね」
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