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第二十三部 肆章 イレギュラー達の新年

View ケルビム


 「新年あけましておめでとうございます」


 『おめでとうございまーすっ!!』


 日時が変わった直後、その言葉でこの宿泊施設が包まれた。すぐにそれぞれのグラスが互いに触れて祝いの音を鳴らす。


 「しかし、本当にエルフって珍しい種族なんだな。この国には色々な種族がいるって聞いていたけど、エルフはウチのする限りじゃあんただけだよ」


 「ホントホント、髪サラッサラだし目元もパッチリしてるし、肌も白くて羨ましいなぁ…」


 「ふぁっ…もうっ!お腹突かないでよっ!」


 「あまりナイアスを弄らないでください。少し人間には恐怖心が残っているので、出来るだけ軽く受け答えが出来る程度に留めてください」


 少しだけフォローをしながら、僕もグラスを傾ける。この施設の人が新年のパーティーを企画してくれて、それに全員強制参加のために仕事を休む人がほぼ強引に休みを勝ち取ったと、アルコールを飲みながら吐き出していた。


 どうやら、この国では新年をとても大事にしているらしくて、今日のような新年を祝うのであれば、軽く休みを取れるらしい。パーティーの買い出しも昨日のうちに澄ましていたし、昨日今日はスーパーでさえ、お休みになっているらしい。


 「日本では考えられないな」


 ボソリと呟く。コンビニやスーパー、個人経営は店舗によって違うだろうが、休みを取っている人は多いがそれでも、営業している店はある。俺は1人でも新年は初詣に餅を食べたり、新年でやれることは大体やっている。


 「なんだ?その二ホンって、新しい年を祝えないってのかひでぇ所があるもんだな」


 参加している人の1人が僕の呟きを聞いていたらしい。


 「なんだ、聞こえてたのか。まあいいけどさ、必ずってわけじゃないけどそういう人もいるところだよ。この世界にはもう存在しない場所だけどな」


 「そりゃあそうだろう。新年を祝えずに仕事ばかりの国なんていつ滅んでも可笑しくねぇよ」


 男はガハハハッと笑いながらジョッキに酒を並々注いで、一気に飲み干す。それに感化されたのか、他の人も飲むペースが無意識に上がっていく。


 机の上に広がった食べ物も次々と空になってはビニール袋の中の別の食べ物を取り出す、ピザにラーメン、ほとんどが暖かくこの冬凍える身体にカロリーの高い食べ物はとても良いと言って、女性もバクバク食べていく…ただ一人の女性を除いて。


 (あぁ、そうか身体が受け付けないんだったな。仕方ないことだとは思うが、せめて味だけでも楽しんでほしいが、栄養になること含めての食事だからな。無理矢理食べさせて苦しめたくもないしでも…)


 「せめて食べるフリでもしてろ、次々と酔う人が増えると、絡まれて無理矢理押し込まれるぞ」


 「分かってるよ、でも目を盗む時間も無くて…」


 コッソリ耳打ちして、葡萄酒を注いであたかも酔いがすぐに回って食べれないようになっちゃいました、と言いやすいようにする。


 ひと段落したら台所から何人かがフライパンを何枚か持ってきたと思ったらカセットコンロの上にそれを乗せて火をつける。フライパンの中には白滝、豆腐、白菜、肉、その他、これはまさしく…


 「さぁさぁ!今日は新年!簡単にできてしかも美味い!すき焼きでシメとしようや!キチンと残った汁を使えるように麺も買っているぞ!」


 その言葉に歓声が沸き上がり、煮あがるまでそれぞれ取り皿に溶き卵を用意したり、マヨネーズやケチャップで味変を楽しもうとする人もいて、更に新年会は盛り上がりを増していった。


 それからしばらくして、酔いつぶれた人も満腹で箸を止めた人たちも段々と眠くなってきたのか、ウトウトし始めた。


 折り合いを見て、テーブルを片付けようとすると他にも片付けを手伝おうとする人が何人か手を貸してくれる。因みにナイアスは誰よりも早く潰れた。


 「すみません、雑用を押し付けることになっちゃったようで」


 「い、いいえ、僕も好きでやっていることなので…」


 「そーそー、この後またお風呂入ろっか!」


 手伝ってくれる人の1人は見覚えがあった、丁度この前にお風呂で俺を女と間違えたあの雪国出身の男だ。もう一人は男と親しげに話しているようで、内容から前に聞いた迷惑をかけている女性なのだと推測出来る。


 (いいコンビだな、引っ込み思案だけど礼儀正しい男と引っ張って活動的だけど少し踏み込み過ぎちゃう女…真逆だからとてもいいコンビだと思ってしまう)


 大体の食器は多く常備してある大型の食洗器で洗えるし、ほぼ全部が紙皿に乗せて食べていたから、思ったよりも早めに片づけは済んだ。正直言ってこれからが大変だ。


 僕は誰がどの部屋に住んでいるのかを知っているが、そこまで連れていくにはこのエントランスを何十回も往復しなくちゃいけないし、部屋の鍵を開けるためマスターキーを取る為に責任者に来てもらう事になる。


 面倒だと思いながら、このままにしてはおけないと思い、申し訳なさそうな声色で責任者にマスターキーを取りに行った。


 それが終わると、ようやく、騒がしかったエントランスは夜の静けさを取り戻して、片付けを手伝ってくれた人たちも自分の部屋に戻る。僕もナイアスをお姫様抱っこをして起こさないようにゆっくりと階段を上がって自分達の部屋に入る。少しだけ音を立ててしまったが、それに眉をひそめずに腕の中でスヤスヤと静かに寝息を立てる彼…いや、彼女を見て本当に元々男だったのかと疑いたくなるが、元の自分よりも長く生きてきた人生が精神にも染み付いているのだと意外と簡単に納得してしまう。


 View 二スタ


 ~ヴェルスター学園 多目的ホール~


 『かんぱーい!!』


 ヴェルスター学園の多目的部屋では学生、教師問わずいろんな人でごった返していた。そこにいる人々は全員が学生と学園関係者だ。


 ジョッキでソフトドリンクを飲んだり、一気飲み勝負をしたりして和気あいあいという風に騒がしくなっている。


 一応、強制参加というわけではないが、ヴェルスター学園の生徒全員が参加するという状況になっている。それが、本日は年に一度だけ、週一の購買部限定商品のプレミアムデーの絶品パンが食べ放題となっている。


 普段は戦争レベルの奪い合いになる騒ぎだが、今回は数量制限がなく、生徒全員の胃の許容スペースを破裂させる程の量がテーブルに並べられている。


 ガッツリとハンバーグを食べる人もいれば、パンをいくつか取り皿に入れて、ポタージュに浸したり漬けたりして口に運んで、幸せな顔を浮かべている人もいる。それは生徒のみに留まらず、教師も同じで飲み物はノンアルコールを出されているのに雰囲気で酔って、生徒に絡んで意味が伝わらないだろう仕事の話をうだうだ聞かされて、最初は愛想笑いで誤魔化せるだろうが、途中から同じ話をリピート繰り返して聞かされる事に絡まれた生徒は瞳から徐々に光を失っていって、そして、逃げたいと思っても逃げられないので…そのうち絡まれた生徒は考えるのをやめた。


 「ふぅ…とりあえず、これで生徒たちは満足しましたよ。他の多目的ホールに担当している教師も苦労しているようですけれど、上手く捌いているようですよ。理事長」


 「お疲れ様、樹三戸先生。持つべきものはやっぱりベテランの指揮能力だよね!」


 「違うとは言えませんが、それは言い方というものがありますでしょう?わざわざ悪い言い方にしなくちゃいけない呪いでもかけられているんですか?」


 「面白いことが無ければ、皮肉でも言いたくなるもん。私が欲しいのは樹三戸先生じゃなくて樹三戸先生が持っている指揮能力だからね。私が愛するのはわが校の生徒たちだけ、まぁ、一人一人愛せるかどうかは話が別だけどね」


 「だから、ほかの先生からも対処マニュアルが作られているんですよ」


 「それは私からすれば褒め言葉よ。だから、わざとそれを盗み見たりせずにどう対処するかを楽しみにしているのだからね」


 「そう言えば、生徒会から、疑問が届きましたよ。新年ではありますが、少し場所を移動しませんか、一つだけですし、我々教師も少し学園のために仕事をしている立場。最初の仕事を選ぶくらいの選択肢は与えられていいものかと」


 それを聞いた二スタはニヤリと口角を上げると騒いでいる生徒たち誰一人として気付かれる事なくその場を後にした。


 多目的ホールから、文学系教室の階段を上がりすぐ近くの部屋に鍵を差し込み入る。立札には生徒会執行部と書かれている。


 部屋の中にはパソコンが数台置かれており、奥に小さな対面スペースが設けられている。そこの柔らかなソファに腰を下ろして、話す。


 「来年の、新しく生徒会に迎える生徒は、もうお決まりで?」


 「それが全然、ビビッ!と来る人が多過ぎて困っているんだよね」


 「…あの二人が頭を抱えたという生徒ですか、4人となると流石に生徒会のパワーバランスが崩れかねないというのは理解しているつもりですが…」


 「6人」


 「はい?」


 「私の目に留まったのは6人、そのうち2人には時期を見て編入させるつもりさ」


 二スタは懐から二枚の編入届の紙を樹三戸先生の前に見せつける。まだ編入生の記入欄にも名前は書かれていないが、理事長のサインとヴェルスター学園の校章の印はすでに押されている。


 「とりあえず、編入生は今は置いといて、4人の方へ目を向けるとしようか」


 「一人目、千麟 美奈さん、世界的に有名な裏社会組織の高松宮会の元会長 高松宮 篝を祖父に持つご令嬢、貴族の千麟家と関わりを持ってから、改名し、婚約者同士の政略結婚をしてから表向きには千麟の名を使い表社会に大きな顔を持つことになった」


 「彼女は魔力量は新入生の中でピカイチの才能を持つ、長所を伸ばせば生ける伝説として歴史に永劫名を刻む存在になること間違いないでしょうね。でも、体力的に難がある。それを忘れるほどの集中力を有しているけれどそれは表裏一体の長所であり短所、自身の限界を図れずに無理をするなんて、とてもカバーに回るのが一人じゃ足りないのが目立つ」


 「二人目、フィリアンス・エリシア・ラヴリーヌ・リフィリット・フルート・メロン・イストーリア・レッドヘリオ・アイシャ・ハーンさん、王女の甥の血筋を持つ、彼等は特殊な能力である気孔を使える一族、それは今まで男性にしか発現しなかった能力から女性には扱えないと思われたが彼女はその気孔を発現させた唯一の女性、規模としては弱小の貴族ですが武力で言えばトップクラスでバリバリの武闘派ですね」


 「美奈さんとは別で魔力ががやや乏しく、でも高く身体能力は男性たちを凌駕するフィジカルモンスター、少なくはあるけれど魔法も使えるが、使用用途は自身の身体を利用するとしたトリックスター、バランスがいいとは言えないが、その発想の爆発力は眼を引く。ただ自分一人で解決しようとする部分があり、他人との協調性の不安定さが目立つ、本人にその自覚がないのが残念さに拍車をかけている。友人=協調性の証とでも思っているのかコミュニケーションは誰にたいしても平等」


 「三人目、レイラ・オーガスタ・キャロルさん、元オリハルコンクラスの冒険者のアリア・オーガスタ・キャロルとゲンブ・オーガスタ・キャロルを父に持つ天才と天才の間に産まれた子、貴族としては認定されているものの、その自覚がなく平民と一番関わりが多く、他の貴族たちからは疎まれているが、実力や財力、人脈などのスペックから口には出せず苦労もかけない以上、他貴族からは現状維持が精一杯」


 「とっても、面白く、可愛い子、武器を持つとその華奢な身体からは想像できないほどの力を発揮する。両親から受け継いだのか、それを織り交ぜて自身の物として昇華する。今はまだ発展途上でも、潜在能力は親を超えるポテンシャルを秘めている。それを最大まで発揮した状態の彼女が敵になったらと考えると、ゾッとするわ。でも、彼女は筋金入りの人見知り、一度馴れ合えばグイグイ絡んでくれるけれど、きっかけが無ければ一生声をかけるどころか顔も合わせずに関わりを断つ、何か共通点を持てる人がいればいいんだけどね」


 「最後に、リラ・エンジェルス・シャリアさん、この国の国王である、リヒト陛下のご息女であり、極稀に見られる魔法の亜種魔法を使えることを確認しています。現時点では雷と氷が確認されておりますが、時期的には魔法の発現がピークになる時期、これは他の3人にも言えますが既に他の魔法を習得している可能性が高いかと思います」


 「確かに、亜種魔法は私も3種類しか使えない珍しい魔法、威力もそんなに高いのは使えない。でも個人としての評価を上げるとしたら、とてもいい。丁寧な言葉遣いに身体能力、魔力量、武器適正も一般人を上回る、ただ上記の三人を上回る能力は無い。どれもが第二位に着いている。テストは同率一位だったけど、上回ったわけではない以上、特筆すべき点は亜種魔法しかない。気になる噂は出ているけど、噂は噂、確定してない曖昧な表現で評価はしたくない」


 少し間をおいて、腕をだらんと下げて「ふう」と息を吐くとそのまま、もういいでしょう。という顔で立ち上がり、部屋を出ていく。すぐに樹三戸先生が追いかけるが、廊下に出てきたときにはまるで最初から人がいなかったように無人の校舎の光景が広がるだけだった。人が隠れられそうな場所もどれだけ急いだとしても、視界に捉えられないとおかしい。先程まで話していた人物は煙のように消えてしまった。

9月中旬予定

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