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第二十三部 一章 流れ行く時間は時に濁流の速度で

12月31日


 View 美奈


 年月が過ぎるのは20歳を超えたら早く感じる、とはいうがそれは肉体ではなく精神の話だと分かる。そう、それは特に今の自分だとそれが一番自覚できると分かる。


 現在時刻は11時30分を過ぎたばかり、普段ならベッドに横になって眠る時間だが、今日は強制的に夜更かしをすることになっている。理由は初詣だ。


 この時期は寒かったり、厚手の服を何重にも着て服の重みに耐えてまで初詣に行きたくないという人が多くて普通に行かないという人があるが、誰もが一番行きたくない理由が混んでしまうというところだ。前述した理由はごく短時間なら苦にもならないが、神社やパワースポットになっている所に初詣をするとなると遠かったり、ほかの人で人混みに潰されそうになる。それが長時間耐えられずに初めて経験した人は皆口を揃えて「もう帰りたい」と言ってそれからはそもそも、行きたくないという状態になる。


 しかし、中にはそうなると知りながらも初詣に行く人もいる。しかも、人が比較的マシな時間帯を狙って、それが深夜0時を回った時だ。勿論、その時間に神社に既に来ている人もいるが、新年番組を見て気分だけ明けましておめでとうございます、状態でいる人が大半だろう。


 その為、深夜の方が何かと絵馬やおみくじなどが比較的にスイスイ進む、子供時代は携帯ゲーム自体手がかじかんで操作しにくかったが、今ではスマホという指先でゲームどころか動画も視聴できるデバイスがあるため待つのが苦にならない人も多くなって、初詣に行く人が多くなったという噂も聞いたことがある。


 と、前置きはその辺にして、今の俺、千麟家は深夜初詣をする派で移動時間を含めて、家から徒歩20分の距離にある神社に初詣に行く事になった。既に目は落ち切ろうとしているのを4人の精霊達に無理矢理、瞼を開けされながら耐えているが、どうしても耐えられなくなると顔洗って凌ぐ。


 うつらうつらと半分眠りそうな瞼を擦りながら、テーブルの上にある時計に目を向ける。そろそろ出発時間だ。その時に部屋がノックされてサリアちゃんが入って来る。


 「お嬢様、そろそろお時間ですよ」


 そう言って入ってきたサリアちゃんは驚いた顔ですぐにクローゼットを開ける。


 「お、お嬢様、まだ着物に着替えてないのですか!?すみません、すぐにお着換えさせてください」


 (あ、そうだ、初詣に行く時に着物を着るように言われたんだった)


 眠気にあらがうのに必死なのと言われたのが朝に起きたばかりであった為、忘れていた。


 テキパキと慣れた手つきで、着物を着せられる。余談だが着物を着る時に下着を着けないという話はあるがそれは邪魔ではなく着物との相性が悪く、肌が傷ついたり着崩れが起きやすいという理由だったが、近年だと和服用の下着がある為、それを着用出来るようになった。勿論、今着ているものも専用の下着を着けて多少の寒さはあるものの布一枚あるか無いかでは全く違う。


 サリアちゃんに手を引かれて玄関に向かうとその時には既に全員が和服姿で待っていた。勿論、メイドたちは和風メイド服で全員同じ服を着ているから家族との見分けがつけやすい。


 「…あれ?……んー?」


 「どうかしましたか?お嬢様」


 「いや、なんか久しぶりにお父様の姿を見た感じがして」


 確か、最後に見たのは秋の中旬だったような気がする。テレビでイチョウの葉っぱが色づきながら、風に乗っている時から見かける事がパッタリと無くなった気がして、それからは見ていないように感じる。


 「それは、旦那様が持っている会社が開発に追われていたからですね」


 「め、メイド長…!」


 「開発?何かでかいものでも作ったの?」


 「物理的にはそこまで大きくないというか、大きくしたらオーダーとは違う物になるからコンパクトにしないといけなかったらしくて…仕事関係を話す事がないお嬢様は知らないと思いますが、旦那様が取締役社長をしている家電会社の「トール電気」は家電のオーダーメイドを承って、無二の家電が便利だというのが売りでして、時期というか新生活シーズンとか帰省シーズンになると旦那様自ら会社や工場に赴いて、現場の指揮をしなくてはならないんです。それで、今回は更にスパコンの発注が多かったようですよ。世界に数個しか存在しないスパコンだけでも難しいのにそれを何個も、しかもオーダーメイドとなると一個一個の値段が張るだけでなく手間や部品も特注のやつを作らなくてはいけないので、家に帰る時間も無くて、しばらく会社で泊まり込んでいたらしいですよ」


 世知辛い社会に少し同情しながら、顔色を窺ってみるが、特に青かったり赤かったり疲労の表情ではない。


 (というか、何で名前がありきたりな徹なんだ?と思ったけど、会社名聞いてピンときたわ、雷神トールが元ネタか…)


 ガチャリとドアノブがひねられる音がすると、今まで話していた人たちがピタリと会話を止めて玄関の扉の方へ歩いて行く。


 あけられた扉から冷気が家の中に入り込んで、一瞬身体を震わせる。着物の袖の中に手を引っ込めてみるが、それでも寒さは入る混んでくる。


 (カレン、少し温かくできる?)


 ちらりと目を向けるが、カレンはガチガチと歯を鳴らしながら魔法を使うことすら忘れているようだ。


 (…まぁ、火なんて使ったら服についちゃうかもしれないから、使わない方がいいかも)


 本当はお湯の手袋をつければよかったのだが、それを思ったのはこの次の日だった。


 澄んだ空気を見上げるように空を見ると星がキラキラと光っていた。まるで新年を祝うように月が星光を連れて夜道を照らしているようだった。


 神社に近づくにつれて、他の一般人も段々と増えていき、神社に着いた頃には日付が既に変わっていて、本殿の賽銭箱からは小銭の音が遠くからでも聞こえてくる。


 「そう言えば、賽銭のお金って何円がいいとかあるのかな?」


 「特にそういうのはなかったと思いますよ。私の父は語呂合わせが好きでご縁があるようにって常に5円玉を財布に入れてましたけど」


 (5円玉か…最近5円玉って全く見ないな、キャッシュレスでお金事態あまり見なくなったけど、プリペイドカード以外で現金払いってめっきり少なくなったな、便利と言えば聞こえはいいけど、今まで現金で支払うのが慣れている人からすると、少し複雑な気分だよな。どうやって支払うのか戸惑ったりもするだろうし)


 「…本当だ。特に決まっている訳じゃないって、でも縁起が悪い金額はあるんだね。風水的には「115」つまりいいご縁という語呂がおすすめらしいけど風水はどちらかで言えば信じないかな」


 そもそも、魔法が存在している世界でわざわざ風水なんてものを信じている必要があるのかな?予知も魔法で使えるからそんなに悪い気もしないけれど…あっ


 そこで、前世の事を思い出す。あの時に神社でお願い事をした後、突き飛ばされて石階段を転がり落ちて致命傷を負って死が近づいてきた事を、この神社は高いところにあるわけではないし、段差と言ってもそんなに足を踏み外すような高さは無い。


 (…いつまでも引きずるのはよくないとしても、せっかく前世の記憶があるんだから、これは大切にしないと)


 近くの絵馬や矢を売っている人とは別にドラム缶に乾いた木を放り込んで、焚火をしている人、暖かい甘酒を配っている人それぞれが神社に目を向けて新年を祝っている。


 配られた甘酒をかじかんだ手で掴んで暖かさを感じながら、チビチビと飲む。熱い甘酒は外気で丁度いい温度になっていながら、喉を通って温泉に入った時のような身体に染み渡る心地よさを感じる。


 本坪鈴が視認できるところまで進むと、家族のが横の手水舎で手を洗う、それに倣うように同じ様に手を洗う。着物に水がつかないように手水で水をすくって手に掛ける。冬の時期というのもあり凍えるような冷たさに手を引っ込めるが、我慢して2~3回掛けてもう片方の手にも同じ様に清める。


 その間にも列は進んでいたようで、後続の人達は自分待ちだったようだ。小さくお辞儀をしながら元の位置に小走りで向かう。既に列は最前列直前だったようですぐに自分の番になった。


 背伸びをして精霊達が鈴緒を手繰り寄せてみんなで鳴らす。二礼二拍手一礼を欠かさずに心を込めて願う。


 (主人公に会えますように、あとこの世界のゲームにもストアドレベルのゲームが発売されますように)


 前世のように1回の参拝で2つの願いを込めて横に避けると近くにおみくじがあった。無人販売のようで、一枚100円という一般料金だった。


 (100円玉…あったかなぁ?賽銭用の10円玉何枚か以外に大きいものしかなかったような…あっ、あったあった!ラス1、元々ラス1だったんだろうけれど、いつの間に入ったんだろう?)


 引いたおみくじを近くの机の足に寄りかかるようにして中の紙を指で抜く。大人の指だと太くて外側の紙を何度も破いてしまうが今の指の太さだと丁度よくてするりと中の紙を抜くことができた。


 (前世でも初詣は何回も行ったけど、一回目の反省の後はシャーペンをもって行ってたな…未来を見据えて来年からシャーペン持って行こうっと)


 おみくじをいざ開こうとすると、少し疑念が思い浮かぶ。この体の運はヒロインの中でもビリどころか序盤の中ボス以下の値、ステータスはレベルによって上がるが運の値は専用アイテムでしか上がることが出来ず、逆に運が低いと敵の攻撃で急所に当たりやすくなったり、自分の攻撃がマイナス補正の急所になったりする。命中率に響かないのが救いだが、それでも運で生死が分かれることがあるのをゲーマーである俺は理解している。


 しかし、既におみくじは取った後、もう戻れない。意を決して何枚折りにもされたおみくじを開く。


 徐々に見えるおみくじは第一番、大吉だった。


 「おっ、おおっ!!」


 「すっごーい!お嬢様!大吉ですよ、大吉!!」


 隣のサリアちゃんも喜んでいるが、その片手のおみくじには大吉の文字が書いてあった。自分の隣でサラッと大吉を引いていたメイドに余り褒められたように感じない微妙な空気が自分の周りに漂う。


 (でも、こういうのって大吉だから全部良いってわけじゃないんだよね)


 下の続きを見ると、思うまま、なり色に溺れ欲に狂えば凶なり、と書かれている。その他の願い事や待ち人に書かれているのも油断すれば叶わずや遅くともくる。など勿論、悪いものしか書かれていないわけではないが、今までの出来事を考えると全部自ら凶の道に行ってしまいそうで苦い顔をしてしまう。


 【当たるも八卦当たらぬも八卦、いい結果だけ信じればいいんじゃね?俺もそうするし、えっ?俺のおみくじ?末吉だよ。すっげぇ微妙だから縛っとくわ】


 空耳であいつの声が聞こえた気がした。勿論、何年か前で聞いたセリフが脳内でレコーダーのように繰り返されただけだ。


 正直、前世で最後に引いたおみくじが小吉で、20年以上のおみくじのトータルで考えると8割末吉だった俺はこの大吉のおみくじを持ち帰ることにした。


 他にも何かすることはあるかと周りを見渡すが、もう帰ろうとしている人もいれば絵馬や破魔矢を買う人もおみくじを結んだりそれぞれだった。


 自分も何かできることは無いかと見渡すが特に何もなく、みんなの用事が済むまで邪魔にならない所でスマホでも弄ろうとした時だった。


 「あれー、美奈じゃん」


 不意に声を掛けられて振り向くとそこには見知った顔が光に照らされていた。


 「ホントだ、久しぶりだね。同じ神社にいたなんて気づかなかったよ。家族で来たの?ついさっき2人と出会ったから話してたの」


 「お久しぶりです、美奈さん。聖夜の時はそれぞれ家族で過ごしたのでお集まりになることはできませんでしたが、新年をこうして共に迎えられることに運命を感じてしまいますね」


 「みんな!どうしてここに…って初詣に来たのは知ってるけど、同じ神社にいたの!?他にも近い神社はあったはずなのにどうして?」


 「僕の場合は最初は近くの神社に行こうとしたんだけど、人が多くて…仕方なく別のところに行こうとしたら偶然レイラ達と出くわしてね。それで比較的人が少なくて、進みやすい所を知ってるからって一緒に行動してたら、こうなった」


 「私は新しく城の乗馬場に前々から待っていたペガサスがようやく届いて、その試運転を兼ねて空を飛び回っていたら、見覚えのある顔が見えて…もしかしたらと思い近づいてみるとお2人が居たんです」


 「正直なところ、俺たちは馬に乗っているリラよりもその腕に抱かれている2つの…いや、2人の姿に驚いたけどな」


 さっきから話している間もチラチラとアイシャの視線はリラとリエラの腕に抱えられた人型の存在にそそられていた。


 「まだまだ挨拶は出来ませんが、ご挨拶をさせて頂きます。私の新しい家族のウリエルとガブリエラ、因みに男の子がウリエルで長男、兄で私が抱いている子で女の子がガブリエラ、次女で妹、リエラが抱いている子です」


 そう言って紹介された赤子は手足もほとんど動かさずにトロンとした目をしてほとんど抱かれたまま半分眠っているようだった。


 「可愛いね。でも、王妃様が新しく子供を出産したなんて聞いてなかったけど」


 「それに関しては少し長くなるんですが、この子たちが生まれたのって数日前、26日の日付が変わる直前だったんですよね。だから安定期に入るまで公にしないという事になりまして」


 「すうじっ…!26日って、大丈夫!?普段ならまだ病院で母親といるかもしくは新生児室に置かれているんじゃ…」


 医学科で俺が習ったのは主に外科と薬学の2つ、勿論その他の医学の知識も持ち合わせているが産婦人科などの出産に関係するものは、あまり興味を示さなかった。


 出産は素晴らしいものだという事は理解している。でも、当時は将来家業を継ぐ程度しか考えていなく、わざわざ産婦人科を兼任するクリニックが想像出来なくて、単位が十分の時は全くと言っていいほど講義に出席していなかった。


 「それが、意外と大丈夫らしいですよ。この子達普段はいっぱい泣いているのに私たちが抱くとリラックスして今のようにぐっすり寝ちゃうんですよね。よしよし」


 「そ、そうなんだ」


 抱えられた赤子はふっくらとした頬がとても柔らかそうで毛布にくるまった姿はとても可愛らしい。何回か頭が下がりそうになると目を薄く開けるが、何回も繰り返すと頭を腕の位置にペタンとつけてゆっくりと瞬きをしながら、最後には目を閉じて寝てしまった。この間も本坪鈴の音はなっていたがその音も意に介していないようで、ぐっすり眠っている。


 しかし、未だにこのことに疑問を持っていた。その理由はリラの家族構成だ。体験版ではリラに弟どころか妹がいるという描写はなかった。それなのにこの世界ではもとはいなかった新キャラクターが登場している。これが意味することは何なのだろう?


 そこで少しくらい想像をしてしまう。もし、最初からいなかった事を考えると妊娠はしたが、生まれることは無かった、流産したということになる。


 (この世界は運命が狂っている?だとしたらあの体験版は?そもそも、何であの通りに進むように出来ていないんだろう。あれ?そう言えば俺含めた攻略対象同士って、初等部で初めて知り合うはずだったような…んー?どうしてそんなことも忘れていたんだ?なんか所々ゲーム内の記憶が曖昧になるな、どうしてだろう?)

次回8月中旬予定

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