第二十二部 弐章 冒険者学科 基礎座学
同日 冒険者ギルド 特別訓練場
冒険者ギルドの特別訓練場はギルドから徒歩5分にある結界が張られた広場だ。広さはテニスコート20個、学校のグラウンドがすっぽり収まる程の大きさとなっている。
そこは特殊な戦い方をする冒険者とその訓練がギルドの訓練場では広さが足りないため、少し離れて尚且つ騒音対策がしっかりとされた場所でなければならず、使用許可も必要な場所だった。
「よし、それじゃあやってみろ!」
ゲンブはそう言ってギルドのスタッフに声をかけてそれを聞いた職員は口笛を鳴らす。するとダカダカ、バサバサッ、と色んな動物たちがわらわらとスタッフの前に集まる。手元のスイッチを押して的を立たせるとスタッフは大きく深呼吸をして自分を落ち着かせる。
「出ろ!ガパル!」
スタッフが支持をするとのそのそと大型の亀、ガパルは口を大きく開けると水の球を勢い良く射出する。その後も三発も連続して放つ、初弾含めて3発命中した。
「バネッサ!蹴り上げろ!」
次は馬がガパルが当てた的に目掛けて走る。一瞬通り過ぎたように見えるがバネッサは後ろ足で的のみを蹴り上げて的は空を舞った。
「クリップ!ラッカル!リンダ!トドメだ!!」
スタッフの両肩と頭に乗っていた鳥が一斉に飛び立ち、的を鋭い嘴で攻撃すると的は5つに分かれてボトボトと地面に落ちた。ゲンブは少し頷くとスタッフに話しかけた。
「中々、いい腕前だな。調教も上手くいっているし、支持も中々のものだ。訓練を見て欲しいと言われた時は難航しているのかと思ったが、いやはやこれ程早く彼らの成長を見れるなんてな」
「ありがとうございます!師範、これも指導のお陰です」
「なぁに言ってんだ。テイマーの力を持っている君だからこそ出来たもんだ。俺はただあいつの真似事をしただけだ」
「…あの師範と同じオリハルコンのアニマルテイマーの方ですね。あの人に比べたらまだまだ未熟で、もっともっと精進したいと思います」
「そう言って更に腕を上げようとする意志はいいが、あまり焦るなよ。まだまだ調教が必要な動物はいるようだしな」
そう言ってゲンブはある場所に視線を向ける。スタッフがそこに目を向けると、キリンが上機嫌で走り回ったり、それを楽しそうに追い掛けるポニーがいた。スタッフは少し恥ずかしそうにしながら、そちらに向かう。
「フォル、ハニー!来なさい!他の人に迷惑だろ!」
特別訓練場には動物を使った訓練が行われる。騎馬状態のやぶさめに狼の群れのチームワークや猪を使った突撃隊、様々な使い方をしている。これらはギルドのスタッフが餌の管理だけではなく裏で調教をしている。
ゲンブが頷いていると、後ろから声がかかる。
「しは…ゲンブさん、そろそろ時間です。ギルドにお戻りください」
「ん?そうか、ならちょうどいい、代わりに鍛錬の成果を見てやってくれ」
「はい、分かりました」
そう言うとゲンブはすぐにギルドに戻る。その脚力は時速50キロ、馬には敵わないがそれでも早い、まるで獲物を狩る肉食動物のような速度だ。
1分もかからずにギルドに着くとすぐに自室のロッカーからスーツといくつかの紙束を持って一室に向かう。扉を開けるとそこには多くの冒険者が席についている。彼らは冒険者の中ではまだ魔物退治の依頼をしたことがない言わば初心者、ゲンブは指南を行っているがその中で座学も行っている。
ゲンブが行うのは討伐依頼や武器の特性などの冒険者にとっての基本を教える。ゲンブ曰く基礎を抑えなくてはどこかで頭打ちになり、粗削りが残ると他のメンバーだけでなく失敗が積もる事があると実体験のように語る。
一通り、冒険者の人数を確認すると紙束を整えてその音でシンと一瞬で部屋の中が静まり返った。
「さて、みんな揃ったな。何人か受講済みの人もいるが、基礎を再度学びなおすのは良いことだと思うぞ。それに教えるのは先輩としても指南役としても本分である訳だ。と言ってもここでの基礎知識は正式なものとは言えないが、今までの経験を分かりやすくまとめたものだ。それを踏まえながら君たちには立派な冒険者になってほしい」
ゲンブはそう言うと中央の最前列の前にプロジェクターを置いてマイクの電源を入れて話し始める。
「今回は初めて私の講義を受ける人が多いという事で、このギルドの事について詳しく理解するようにしよう」
ゲンブが手元のリモコンを押すと部屋の中が暗くなりプロジェクターが映す画面が変わる。
「ご存知の通り冒険者になるにはこのギルドで登録をしなければならない。それで受け取るのが君たちが今、腕につけている冒険者エンブレムだ。これが無い状態や紛失した場合でモンスターや魔物を狩ってしまった場合なのだが、それだけでは罰せられることはない。しかし、狩った後の行動では何らかの処分を受けることになる。その行動とは狩った魔物の素材を売買する事が一つだ。例えエンブレムをついつい家に置いてきてしまったり、どこかに忘れてしまったとしても、冒険者のエンブレムがない状態で狩ってしまった以上、違反は違反。しっかり罰則は受けてもらうから気を付けてくれ。後からエンブレムをつけてもすぐバレるぞ。しかし、忘れる事なんて結構あることだ。狩った魔物にもよるが罰則は比較的軽いものだ。過去の例では1日冒険者活動を禁ずるのが一番重い処分内容だった。どうだ?思ったより軽いだろう?」
その事に唾を飲んだり、緊張をほぐすためにペットボトルに口をつける冒険者もいたが、それを咎めることもせずに、ゲンブは手元の資料をめくる。
「では今度は先程話題が出たエンブレムの事について話そう。エンブレムはそれぞれクラスとランクがあってクラスは下からウッド、ストーン、アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤ、オリハルコンとなってランクはクラスによって上限は決まっているがF~SSある。言っておくがAが難しくSやSSは更に難しい」
ここにいるのは高くてもアイアンのAランク冒険者、その人が受ける依頼は魔物退治の実戦演習とも言うべき小さな依頼だ。
「本格的な魔物退治の依頼はブロンズから上のクラスになる。それまで君たちは薬草の採取や運搬が多かっただろう?それは何も便利屋として使うのではなく、基礎体力を作り魔物退治の時に動けないなんて事が起きないようにする為だ。冒険者になりたてのやつがドラゴンを倒すなんて出来ないしそんなむちゃぶりをする奴がいるなんて信じないけれど昔いたんだよ。そう言ってブレスで蒸発した冒険者が何人か、冒険者を遊びか何かと勘違いているんじゃないかと思うくらい馬鹿な事をしたやつが実在する。まぁ、それは昔の事だ。今では魔物退治には推奨ランクが設定されているし、ターゲットの情報もギルドのパソコンから調べられるから、そんなこと滅多に起きないけどな」
(本当は一般人に紛れ込むギルド職員やスタッフがいつでも助太刀出来るようにスタンバイしているが、それを言うと彼らのためにならないし努力を怠るから絶対に言わないけど、高ランクになるとそれを気付くやつが出てくるんだよな。まぁ、彼らもそれを敢えて言わないから、そこは少し助かる)
「さて、ギルドの基礎としてはこれだけだ。罰則など詳しく知りたい人は冒険者登録を完了したときにエンブレムと共に渡される電子手帳に書いてあるからそれぞれ自分で確認してくれ。それでは次の項目に移る前に少しだけ休憩するか、初めての講義で緊張してお手洗いに行けなかった人もいただろう。5分だけ、休憩を取る」
パンッと小さく手を叩くと、それぞれ冒険者たちは自身の手帳に何かを書き込んだり、席を立って部屋を出たりする。ゲンブは紙束の順番を変えたり見直したりする。その5分はあっという間に終わりになった。
「よし、誰も欠けることがなかったな。続いては戦闘のレクチャーをしよう。みんなはそれぞれ自分にあった武器を持っているだろう。中には生まれつき、刀や槍の才に恵まれた者もいるだろう。それらを確認するためにギルドでは武器の適性を確認できる道具が設置されている。量産には向かないためギルド以外では目にかかる事が少ないが、君たちも身体検査の時に見慣れない器具がいくつかあっただろう。それのどれかだという事だけ言っておこう。基礎知識には関係ないからな。適性の話に戻ろう。それぞれ自分にあった武器を選ぶのがいいが、中にはこれを使いたいと言って一度も使った事が無い武器を使う者もいる。しかし、それをやってしまうと冒険者が使う剣技などの技が使えない場面がある。適性が低いと技を習得するのに長い時間が要するんだ。俺の場合は刀のみの適性が高く、ギルドマスターはどれを使っても適性が高かった。だから技のレパートリーが多いんだけどな、だが、それでも使いたい武器があるならそれに向かってもいい。熟練度を高めてある程度、技を習得してから本格的な魔物退治に行く冒険者も少なくないからな、中には適性が高いけど使いたくない武器と低いけど使いたい武器を両方持って使い分ける奴もいたから、おすすめはそれだな」
ゲンブが話を続けようとすると、次に書いてある項目を見て少しだけ、顔が引きつる、その表情は言ってもいいのかと言う疑問がにじみ出ているようだ。少しだけため息をつきながらも話す。
「次は…これか、推奨人数についてだな。魔物退治の任務では大半が大量発生の時期に狂暴化したり、繫殖期に入って警戒心がピークに達してなわばりに入っただけでとてつもない被害に会うことが多い。知らずに入ったなんて人ではない魔物には通用しないからな。被害にあった場合それを対処するのが冒険者だ。対象が1体だけとか、純粋な力で有利だとかならソロでも受けられるが、対象が群れや強いモンスターだったら、パーティーを組まなければならない。それも推奨人数とかな、大体は3~4人が一般的で中には3人パーティーの一人一人に3人のサポーターをつける総勢12人もあったりしたな。5人以上のパーティーは連携が取りにくく、逆に足の引っ張り合いになるから、前線で戦うよりサポーターが重宝される方が多い。だから依頼の中に推奨人数が5~12とかとにかく推奨人数が多い場合はサポーターを頼むか、ほかのパーティーを誘うかだな、もし頼みにくかったらフロントで相談してみたらいいだろう。いいパーティーを紹介してくれるぞ。コミュ障の人がよく使っている」
(俺はほとんどアリア以外の人と組んだことがないから、詳しくは言えないんだよな…まぁ、他力本願ではないとだけ思い聞かせておこう)
「さて、そろそろモンスターの話をしていくか、と言っても一般的な奴だけどな。わざわざ言うまでもないこいつだ」
そう言ってプロジェクターを通じて映された紙に描かれたモンスターは…
「ご存知、スライムだ。サイズは小型で15㎝から30㎝、更に小型のものはプチスライムと言われるがあまり違いはない。スライムは魔物の中では一番弱く、君たちも子供の頃、遊び半分で倒した人もいるだろう。それ程弱い魔物なんだ。だが、被害が全くないわけではない。過去の事例だと赤ん坊の真上からスライムが落ちてきて顔を覆って鳴き声を出すことも出来ずに窒息させたというのもあったらしい。老人もそうだな。だから油断はできない。振りほどく力があればいいんだが、それすらできない障害者や赤ん坊からすれば脅威の存在であるわけだ。しかもスライムの恐ろしさはそれだけではない」
プロジェクターには同じようなスライムの画像が表示されるが、それらは違うものだとすぐ分かる。
「スライムは色が違うやつがいるが、それは上位種又は変異種と呼ばれている。みんながよく知っているスライムは半透明の水色だが、半透明の赤色半透明の緑色半透明の中に濃い青色など様々な種類がある。まず、赤色のスライムは名前はそのままだな、レッドスライム。特徴は好戦的で消化液を飛ばしてくる。むやみに攻撃したら消化液で装備を溶かされる。最悪肌についてたら焼け爛れることもあるな。次は緑色のポイズンスライム、こいつも名前のまま毒をまき散らす。レッドスライムとは違い、肌以外についても毒が体内に入ることはないが、肌に付着すると毛穴から通じて全体に毒を回すから、それに気づかず毒まみれになったケースも多い」
それに疑問を持ったのか何人かが手を挙げる。それにゲンブが指名して一人の冒険者が立ち上がる。
「その毒っていうのはどういうのなんですか?毒と言っても色々ありますよね。身体が痺れたり、体調不良になったりとかしますがスライムの毒の症状はあまり聞いたことが無くて分からないんですけど」
「へぇ、そこに目をつけるなんて中々良い着眼点だな。でもそこは少し特殊でね。ポイズンスライムの唯一の強みと言えるだろう。実はポイズンスライムの毒を浴びても必ず毒が回るとは限らない。毒が回る前に免疫の方が勝って何の症状も出なかったというのもある。だけど、逆もあったりするんだ。毒液を浴びた所が晴れ上がり痒みが収まらなかったり、黒く変色して肉が腐り落ちたり、症状は様々、症状が発症しなくても後々後悔する事になるから、一応毒の対策はしておくことだ」
他の挙手をした人も全く同じ疑問を持ったようで、ゲンブが話し終えた後、目を向けるが挙手をした人は再び話を聞く姿勢に戻っていた。
「そして、最後はこのスライムの親玉と言える、メガスライムだ。名前の通りサイズがとにかく大きい、この他にギガスライム、エンペラースライムなどいるが、サイズの大きさで名称が決まる。メガスライムは表面は普通のスライムのように水色なんだが、中心に青い粘液塊がある。それはレッドスライムが飛ばす消化液の10倍の強力な消化液だ、そしてポイズンスライムの毒も併せ持っている。スライムとしては初心者が戦うものじゃない。出会ったら逃げるのが得策だ。まぁ、倒したら倒したでいいドロップ品やいい素材が手に入るから、目標として鍛錬を積むのもいいかもしれないな、メガスライム自体あまり数が少ない以上滅多に合わないだろうし、そしてそんなスライム族だが実は、どんな魔法にも耐性が無くどんな武器でもダメージを与えられる。そして中でも水分を多く含んでいるから、火で水分を飛ばすのが主流だったりする。過去にはナメクジに塩を振りかけて浸透圧でしおれさせるのを見てスライムに塩を振りかけた馬鹿…いや、一応効果があったから猛者とでも言うのか?とりあえず水気を飛ばすのが一番オーソドックスな倒し方だ」
「あの、その魔法って水魔法も効果があるんですか?スライムが水を含んでいる魔物なら水は効果が薄かったりするのではないんですか?」
「ふむ…今回は結構、着眼点のいい冒険者が多いようで安心するよ。それでその答えなんだがスライムは水を体内にとどめておくのではなくある程度の保水性を持っている。だが、それは決して高くないから水魔法でもダメージを与えることができる。ほら、泥だって土と水を合わせて出来るが水が少しでも多かったら濁った泥水でしかないだろ?そのバランスがスライムにはある。一方に偏ってしまうとすぐに崩れる。だから水魔法も何だろうとスライムには有効手段が多い。だから子供にでも倒せるんだよな。俺も冒険者始めたばかりはスライムばかり狩ってたからな、懐かしい。と、そろそろ時間だな。これ以上は実戦で確かめてほしい。これ以上の座学は集中力が無くなってくるしサボりや居眠りする人が多くなる。詳しく知りたかったら、次の座学の時間に来ると良い。次回は…ふむ、少し先になるが2週間後のこの時間になるな。廊下にも張り出して置くから、話の続きはその時にしよう。それでは今回の座学は以上だ。解散」
次回6月末予定