5話 ゼロ (前半)
嵐のようにザドキエルが去り、その場には土煙と謎の少女が立っていた。
「アナタは…ダレ?ワタシと同じ匂いがする。」
ずずいと蓮の制服のマントの襟を掴んでその鼻に押し付けて匂いを嗅ぐ。
『あーー!!それ、そこにいるの、さっき反応があった奴だよ!間違いない!蓮くんそいつから離れろ!何されるか分かんないぞ!』
ハフリングがけたたましく耳元で騒いでいるが、この場にいる蓮たちにとってその様な危機感はない。
「いい匂い…あなたがニルバーナなのね。」
フフッと無邪気で柔らかい笑顔を見せる少女からありえない言葉が出る。
ニルバーナ。その言葉はバベルの者と錦博士しか知らないはずだ。ニルバーナシステムを起動する度に名前を呼ぶので黙示録の者も知っているかもしれない。しかしその少女からはおよそ敵意は感じ取れない。
「どうしてその名前を?」
「私がゼロだからだよ?」
質問の意図を全く理解していないであろう答えが返ってきた。恐らくゼロと言うのはこの少女の名前だろうが、しかし数字が名前と言うのは奇妙なものだ。
「ゼロはねーこれがゼロって名前だからゼロって呼ばれてるんだー。」
そう言って黒い手袋を外して袖をまくり、にっと笑ってラヒラと腕を見せる。
「これは…!?」
ニルバーナ?いや、指の形やフォルムは似ているが細かな装飾は無いし、何よりその色は蓮のニルバーナとは真逆の黒だ。
「ニルバーナに酷似した、もしくはそれを元に作った何か…いや、そもそも作ったのは誰だ?」
形から見て恐らくニルバーナを元に作ったのだろうと山那は推理する。しかしそれでは作ったのは誰かという疑問が出てくる。
蓮のニルバーナは錦博士が作ったもので、他のアリアドネの義肢はその技術を元にハフリングが作ったものだ。
この義肢がここにある事はありえない事だ。
『ひとまずその子を連れて帰ってきてくれ…色々と調べなきゃならないみたいだ。ニルバーナかどうかも確かめないと。』
ハフリングにそう促され、辺りも暗くなり始めたのでその場は切り上げて塔へと戻る。
塔の中に入ると、蓮と手をつないでいたゼロが壁の装飾をキョロキョロと興味深そうに眺める。
(僕もここに来た時はこんな感じだったのかな。)
そう思うと少しおかしくなり、頬が緩む。改めてあの殺伐とした場でなければこの子はずいぶん純真で可愛く見える。歳も蓮とそう遠くは無いだろう。
「近衛、おかえり。」
「あぁ、久得さん。ただいま戻りました…ってあれ?久得さん、出撃してませんでした?」
「僕が出てたのは壁までだからこっちには直ぐに戻ったんだ。とは言っても戻ってすぐだけど。」
壁に魅入るゼロの姿に魅入る蓮に久得は微笑みながら手を振る。
2人を連れて久得はエレベーターに乗り、7階まで上がってロビーに出る。
「あ、おかえり2人とも。と、ゼロちゃん…だね。」
ソワソワと扉の近くをグルグル歩き回っていたハフリングは蓮達に気づくと足を止めて、顔をしかめてゼロを睨む。
「須弥、ゼロを風呂に入れて体の汚れを落としてきて。義肢は特に念入りにね。」
「了解、ハフリング。」
ハフリングはやや強引にゼロを蓮から引き離し、久得に風呂場へ向かわせる。
その状況に蓮はひとつの疑問が浮かんだ。
「久得さんは男性ですよね…?あの、大丈夫ですか?色々と。」
「うん?須弥は女性だけど…ああ、なるほどね。一人称は僕だし、分かりにくかった?」
「へぇ…そ、そうなんですか…。」
久得には女性と思われる特徴は無く、強いて言うなら髪が長く声が高い程度だ。蓮はポカーンと口を開けたまま2人の後ろ姿を見つめる。
ハフリングは何かの資料か、紙の束を揃えてから机の上に置いて唖然とした蓮に声をかける。
「それで蓮くん、君のニルバーナを見せてもらうよ。あの子の義肢が何なのか確かめたいんだ。」
「構いませんが…何故彼女にそんなにも敵意を示すんです?」
今までハフリングはゼロと目を合わせようとしなかったし、声も震えていてどこか怒っているようにも感じる。
蓮にそう言われ、ハッとして苦虫を噛み潰したような顔になる。
「僕だって義肢装具士の端くれだ。彼女の義肢の動きを見ればすぐに分かる。あれはニルバーナを元に作らられたものだ。そしてニルバーナは2つある。1つは君の、もう1つは黙示録のだ。」
「あ…そうか、錦博士でもハフリングさんでも無いなら設計図を持っているのは!」
「そういうこと。でもザドキエルはゼロの事を知らなかった。一体どういう事なんだろうね。まぁそれを確かめるために君のと関連があるのか調べる。という訳で、腕、バラすよ。」
ニッコリと妖しい笑顔を浮かべ、指が不思議な動きをする。
そんなハフリングを見て蓮は苦笑いを浮かべ、後退りする。