3話 黙示録 (後半)
蓮がポケットから取り出したものは人の目には見えるものでは無い。陽に照らせば僅かに光る程度で、虫眼鏡でも使わなければ見ることは叶わない。
「これは君に必要になる物だと思うから渡しておくよ。壁登ったりとか、用途はいくらでも考えられる。両方の剣の柄と"こいつ"の先のジョイントを接続すれば君が望まない限り外れない、伸縮も曲げるのさえも自由自在という優れものだ。」
ハフリングの言葉を思い出し、その指示通りに両方の剣の柄と黒いジョイントを接続し、思いっ切りぶん投げる。
「行け!不可視の糸!」
不可視の糸と名づけられたそれは、両端のジョイントの間隔を見るに初めは十数cmだったそれは、蓮が壁の上へと投げた瞬間に何メートル、十何メートルと伸び続け、とうとう剣は壁を超えてしまった。
(この後どうやって剣を壁に刺すんだ?!)
蓮に一つ疑問がよぎる。普段は糸と同じ性質を持つ不可視の糸はこれ程蓮と距離があっては上手く力を伝えることは出来ない。つまり、この剣を壁に刺す事は出来ない。
が、蓮は一つ言葉を思い出した。
「伸縮も」そして「曲げる」のも自由自在とハフリングは言っていた。
(ならば…壁に刺すことも出来る!)
「曲がれ!!!」
そう蓮が叫ぶとその意思を汲み取ったかのように不可視の糸は直線を描き、その先、壁の真上で折れ曲がる。
途中で折れ曲がった糸その部分から伸び、垂直に剣は壁の頂上に突き刺さる。
「やった!上手くいった!」
蓮は軽く引っぱってちゃんと刺さっていることを確認して今度は飛び上がり、そのまま糸に縮め、と命令を送る。
糸は命令を受け物凄いスピードで縮み、蓮を一瞬にして壁の上へと運んだ。
蓮はそこから塔の国の外、つまり黙示録達の支配下にある場所を見る。
1度だけテストで外に出て見たことはあるが、その時に見たものは塔の国だった場所で、廃屋が連なっている荒野だった。
しかしここから見える景色は違う。荒野のさらにその奥、そこに見えるものは一面に広がる機械化された地面。それは最早地面と呼べるものでは無いが、塔の国と同じかそれ以上の面積に広がっている。
その景色に息を呑んだ蓮はふとポケットに違和感を覚える。
ゴソゴソと中から何かを取り出して見ると、そこには飛び降りる前にハフリングから受け取った通信機があった。
(完全に忘れていた…下に降りたら着けるようにと言われていたのに…。)
しまった、というような顔をして慌てて耳に着ける。
すると通信機は起動し、それを告げる青いランプが点く。
しばらくノイズの入ったあと、ハフリングの声が聞こえてきた。
『起動した!蓮くん!よかった…何かあったのかと思ったよ…。』
「申し訳ないです、ハフリングさん。ところで今壁の上にいるのですが、これからどこに向かへばいいですか?」
蓮はひとまず謝罪し、壁に登ったところで次はどうすればいいか分からない蓮はすぐさまハフリングに次の指示を仰ぐ。
『塔に背を向けて正面、奴らの城が見えるかい?』
蓮は機械の地面、その中心を見つめる。すると、何か建設中の建物が見える。城と言われれば城に見えなくもない。
「城って…あの作りかけの、中心にある建物ですか?」
『そう。そこからオートマタが10体ほど出てきてこちらに向かっている。もうそろそろ機械の地面を抜けたんじゃないかな。』
確認の質問をすると、予想外の答えが返ってきた。
機械の地面を抜けたという事はつまり荒野の方に既に入っているということ。そして、
(かな、と語尾に付くということはハフリングは僕に予想を伝えた。つまり敵の位置を正確には把握していない!)
「今すぐ荒野に向かいます!ハフリングさんは敵の詳しい位置を発見次第教えて下さい!」
『よく見失ったって分かったね…。まぁ、ひとまず了解した。こちらも全力で探そう。』
ここの高さはほぼ塔の7階と同じだ。ならば、と思い飛び降りる。その最中、正面に土煙が見えた気がした。
(とりあえずあの方角に向かえばいいか…。)
着地の痛みを堪えている間にタイヤを出して、加速への準備をする。
下に降りてしまってもう土埃は見えなくなってしまい、見間違いだったのではないかと考えたが、しかしそれ以外に手がかりはない。
兎にも角にも先に進まなければ意味は無い。蓮はフルスロットルで荒野の道を進んでいく。
(広い…塔の国はこんなにも広かったのか…。)
蓮が幼い頃はまだここは塔の国の一部だった。しかし黙示録によってここからは人がいなくなり、この荒れ果てたこの場所は壁によって切り離されてしまった。
その面積は本来の塔の国の半分を軽く超える。それだけの数の人がいなくなり、黙示録はそれらを糧として勢力を拡大した。
走り続けて数分、テストで来た時よりも遥かに遠くまで来たところで妙な気配を感じた。しかし、その気配には覚えがある。
(オートマタが近くにいる…!)
僅かな音や匂いを頼りにその気配の元へ警戒しながら進んでいく。ある程度進むと、次の角を曲がった辺りになにか物音が聞こえた。
音を立てないようにして忍び寄り、建物から顔だけ出して様子を見る。
(いたな…3体か!)
視線の先にはテストの時に出会ったブラウン管テレビ型のオートマタが3体、集まってゆっくりと移動していた。
先手必勝、と言わんばかりに廻式を抜きながら全力で距離を詰め、飛び上がって真上からの攻撃を仕掛ける。
「ーーーーーー!!」
1番近かった1体を廻式で突き刺し、そのまま引き裂いた。
すると声にもならないけたたましい断末魔を周囲に響かせなからパーツを散らばらせた。
その声に反応し、残りの2体は距離を取り、笑い声を上げながら画面から赤黒いアリアドネの槍を放ってきた。
「キャハハハハハハ!!!」
甲高く、耳を塞ぎたくなるような声を必死でこらえ、槍を避けながら間合いを詰め、避けきれないものは剣で捌く。
「終わりだ!!」
オートマタの攻撃の隙に1本剣を投げる。それはまっすぐ最短距離でオートマタの画面に直撃し、オートマタはやはり断末魔を上げて砕け散る。
蓮のニルバーナはあまりオートマタのアリアドネを破壊するには向いておらず、テストの時は何度か殴ってやっと倒せたが、廻式は言わばオートマタやアリアドネを破壊する為の剣である。
その威力に驚きながらも、もう片方の剣で最後のオートマタを攻撃しようとした。
「ギィィィィイイイイイイイ!!!」
しかしオートマタもタダでやられるかと言わんばかりに叫びながら大量のアリアドネを放出して抵抗し、その威力に片方しか剣のない蓮はそれをガードするのに手一杯になる。
しかし突然ピタリと敵の攻撃が止んだ。放出されたアリアドネはその場で霧散し、どこかへ消えてしまう。
アリアドネが消えたことによってクリアになった視界の先は、先程投げた廻式の片方が最後の1体のオートマタに突き刺さっていた。
その剣の柄には、ジョイントが付いていた。
「不可視の糸がこんな使い方もできるなんてな。…と言うかこっちが本来の使い方なのでは?」
剣を引き抜きながら蓮はそう呟く。腰に付いた鞘に収め、周りを見渡す。
恐らく先程の断末魔に呼び寄せられてきたのだろう。オートマタの気配が周りに満ちていた。