3話 黙示録 (前半)
「ウンウン。よく似合ってるね。」
ハフリングは蓮の新しい制服姿を見て満足げに頷く。
「そう言えばさっき言ってた錦さんの願い、とは何かな。」
蓮の言葉の中に含まれた一言に、ハフリングは不思議そうに尋ねる。
「ええ。博士の願い…それは『AIを止めること』です。完全な破壊ではなく。」
蓮の話を聞き、なるほど、とハフリングは直ぐに納得する。
山那も何か疑問があるようで、鎧の一部、右腕の部分をエリュシオンが見えるように変形させる。
「確か彼…近衛君はニルバーナと言っていたよね。確か私達のアリアドネの義肢の元になったものがニルバーナの設計図で、現物は無いって聞いていたけど。」
「うーん…正確には初期型ニルバーナシステムの設計図だね。」
ハフリングが山那の質問への説明をする。しかしどこか引っかかることもあるようで、ゴニョゴニョと何かを呟く。暫くすると決心し、話し始める。
「まずはこの国の成り立ちから話そうかな…。 この国は島国なのは知っているよね?昔の人は流れ着いた先にこの大地を見つけたんだ。そこには誰が作ったか分からない1本の塔があって、その周りに国を築いて塔の国が出来上がった。」
するとハフリングは柔らかな表情から一変、険しい表情で、声のトーンも下げて話し始める。
「ここから機密情報。50年くらい前かな、塔の根元を調べるとある物がみつかったんだ。そう、アリアドネさ。」
ハフリングは山那から蓮へ目線を移し、話を続ける。
「ちなみにアリアドネ研究の第一人者、蓮くんの義父の錦さんは僕の上司だったんだ。そこで初期型ニルバーナシステムを共に作った。」
思い出を懐かしむ様に語る。声のトーンも心なしか高くなる。
「そして十数年前、僕らのチームと蓮くんのご両親が作ったAIの研究チームが手を組むことになった。回路にアリアドネを使用した、人間の進化について答えを出させるAIを作る。僕らはコンピュータの計算には限界を感じていたからね。それには賛成だった。」
ソファーに腰掛け、ため息をついて目線を下に落とす。
「そして数年後…ついにAIが完成したんだ。何度も計算を繰り返させてね。でもね、本稼働試験で…失敗…というか事故が起きた。AIの暴走さ。奴は回路のアリアドネでその場の人たちを取り込みながら逃亡した。アリアドネのエネルギーを使ってね。僕達とその場にいた蓮くんは助かったけど…蓮くんのご両親は命を落とした。」
その場に最悪な空気が流れる。誰も言葉を発せず、発さない。その空気に暫く黙っていたハフリングは山那の質問を思い出し、付け加える。
「そして…AIが逃亡する際に初期型ニルバーナシステムを盗んで行ったのさ。だから設計図だけが残り、僕は君たちのを作って、錦さんは新しいニルバーナシステムを蓮くんに作った。」
誰も言葉を発せない状況を少しでも良くしようと立ち上がり、笑顔で4人に言葉をかける。
「君らはあの場にいた人の願いを叶える力を持っている。どうか、頼んだよ。僕は戦えないからね。」
そう言い終わると同時に、アラームが響き、場に緊張感が走る。ハフリングが慌てて奥のノートパソコンを開き、顔を険しくする。
「予想よりも行動が早いな…何か刺激があったか…?!」
「どうしたハフリング!アラームって事は黙示録どもか?!」
バベルの中は慌ただしくなり、久得がどこかへ駆けて行き、ハフリングはどこかに電話をかけている。
山那は困惑する蓮の手を引っ張ってエレベーターの方へ引っ張っていく。
「これから戦闘になる。直ぐに出発だ。」
「黙示録?って何なんですか!」
蓮は引っ張られた手を解いて自分の足で走り、扉の前で山那に質問する。
「黙示録は…AIが作った組織の名前。目標は"完全な人間"を作る…だったか。くだらないな。」
あまり表情を変えない山那は黙示録相手には苛立ちを隠せない。
すると突然、蓮は窓の方向へ走っていく。
「どうするつもりだ!近衛君!ここは7階だぞ!」
「窓から降りた方が早いです!」
その場にいた山那とハフリングは蓮の言動に驚きを隠せない。
慌ててハフリングは蓮に駆け寄る。
「それだと各々の場所が把握出来ないからさ、これ下に降りたら耳に付けてね。無線通信機。」
(え…?そこ?心配はそれですかハフリングさん…近衛君の安全ではなく?)
山那には彼らがもはや何の話をしているのか分からなくなり、間違っていたのは自分の方では無いかとさえ思ってしまうほど混乱してしまっていた。
「それでは。」
そう言い残し、蓮は窓を開けて勢い良く飛び降りる。
山那は塔から口をポカーンと開けたまま蓮を見守っていた。
蓮は落ちていくなか足を下に向け、軽く膝を曲げ衝撃に備える。
「ーー~~っ!」
ニルバーナそのものには痛覚は無く、全身アリアドネで強化されているとはいえ、着地の衝撃は凄まじく、蓮は痛みを堪え歯を食いしばる。
「行くぞ、ニルバーナ!」
底からタイヤを出して走り、壁を飛び越え、街に出る。
大きな道路を颯爽と縦横無尽に走る姿に人々は驚きを覚え、誰もが振り向く。しかし振り向いた頃にはもはや視認する事は叶わない。
街の建物が少しづつ低くなり、道幅が狭くなる。
すると前から大きなトラックが向かってきた。かなり距離はあるが、1度止まって通り過ぎるのを待たなければ普通であれば間違いなくぶつかってしまう。
もちろんそれは"普通であれば"の話である。
道の真ん中を走る蓮は勢いそのままに斜めに高く飛び上がり、建物の屋根に着地する。そのままスピードは落ちても止まることなく次の建物へ、またその次の建物へとトラックが通り過ぎるまで繰り返す。
通り過ぎると同時に地面に戻り、もう一度加速する。そうしていると1分も経たないうちに壁が目前に迫る。
10メートル程の高い壁。もちろん飛び越えることは不可能だ。
(貰ったあれを試してみるか!)
蓮は片手でゴソゴソとポケットを探りながら、もう片方の手で剣を抜く。