2話 バベル (前半)
「ご用件は?紹介状等ありましたらご提示願います。」
蓮は塔を取り囲むようにしてある壁の門番に止められた。近くで話していたからだろうか、紹介状というワードが出てきた。蓮は博士から受け取った手紙を門番に差し出す。
「錦博士ですか…。照会します。暫くお待ちください。」
丁寧な受け答えをしてからタブレットで何かを調べている。すると彼の表情は一変した。
「バベルか。」
笑顔を時折覗かせていた表情は一気に固くなり、まるで汚物でも見るかの様な目付きで蓮を睨む。
「入れ。」
ただ強い口調で一言。その言葉に促されるまま蓮は中へ進んでいく。
門番は蓮が入ったことを確認して門を閉めてしまった。
どこへ向かえばいいかも分からず、ひとまず塔を目指して進んでいく。
その塔は近くで見ると迫力を増し、どれくらいの高さなのか見当もつかない。横幅もかなりのものだ。そこらのかなり大きなビルの何倍もあるだろう。
困惑しながら蓮は恐る恐る塔の中へと入っていく。
塔の中は白を基調にしたそれでいながら極彩色の装飾。表面の材質は石だったが、中身は全くわからない。
錦博士の家は貧乏とまではいかないものの裕福な家ではない。そこで育った蓮にとってこれは見たことの無い材質だった。
(凄い…綺麗だ。引き寄せられるように…いつまででも見ていられるぐらい綺麗だ…。)
蓮が内装に魅入っていると突然上から声がした。
「ようこそ。気に入ってもらえたようで何よりだよ。君が近衛君だね?」
その声の主は塔の壁に沿うように作られた螺旋階段を降りてきた。
長く伸びた透き通るような白髪をなびかせ、その柔らかさとは対照的なゴツゴツとした鎧を見に纏ったその青年は蓮の目を見てにこりと優しく微笑む。
「初めまして。私は山那白。バベルのリーダーをしている者だ。どうせ君には案内の1人もつかなさそうだからこうして迎えに来た。」
ハハハと笑いながら蓮を連れて塔の中を階段がある正面ではなく左側に進んでいく。
その方向には扉とボタン、つまりエレベーターがあるようだ。
「階段で上がると思った?バベルのある場所は7階だから。そこまで階段はないんだ。2階までだけ。他はエレベーターで。」
そうなんですか。とエレベーターを待ちながら蓮は返事をする。特に何を話すわけでもなく、ただただ静かな空間がそこに広がっていた。
そんな中、蓮はひとつ疑問に思った。
「そう言えば山那さんはどうして鎧を身につけているんですか?」
当然の疑問だった。迎えに来ただけなら鎧は必要はないし、ましてやここは彼にとっては最も安全な場所なはずだ。
そんな疑問に彼は待ち受けていたかのように直ぐに答えた。
「ちょっと特殊でね、この鎧は。上に行ったら詳しく話すよ。」
返事を言うと同時にちょうどエレベーターがこちらに到着した。
さぁ、乗って。と山那に促された蓮はそれ以上何も話すことも無く、そこからは景色は何も見えないエレベーターに乗り、到着を待った。
エレベーターの中の表示が7を示して止まり、ドアが開いた。
そこは高いマンションの広いリビングのような、大きな窓からよく陽の入る明るい場所だった。奥には扉もいくつか見える。あの塔の1階分、丸ごとバベルの場所なのだろうか。
見上げると、どうやら上の階まであるようだ。
奥の大きなソファーには2人、こちらの様子を窺うように見つめる人達がいた。
蓮は1歩踏み出し、その場に踏み入る。
後ろから山那は呆然とする蓮を追い越し、しばらく早足で歩き、ソファーに座る彼らの前に立つ。
「ようこそ、バベルへ。早速だが…」
「やるなら物壊さないように気を付けてね〜。」
突然2階からヒラヒラと手を振りながらニンマリと笑顔を浮かべる人物から声が飛んできた。
「ええ、もちろんです。ハフリングさん。そうならないよう細心の注意を払います。」
ニッコリと微笑む山那は上に投げ掛けるように声を発した。
彼は深呼吸をして右腕を横に広げると、どこからとも無く細身の剣が現れた。
「行くよ。」
声が聞こえる時にはもう既にこちらに低い姿勢のまま飛び込んできた。
「ーーーーーーは?!」
かなりの重量があるはずの鎧を身につけていながら、ありえないほどの速度で迫る。
何とか攻撃を躱し、距離をとる。
「いきなり何をするんですか?!」
言い終わる前に次の攻撃が飛んできた。剣を前に突きだし、確実に避けなければ体を貫かれる。そんな正確な攻撃が先ほどよりも速度を増して飛んでくる。
(殺しに来てる?…なんのために?それに…なんなんだあの速度は!反則だろ…!)
困惑する蓮はひとまず彼の思考について考える事を止め、攻撃を躱すことに専念する。
山那は攻撃を一旦止めて蓮に微笑む。
「何をするか…か。ただ、ここにいるのに相応しいか確かめるんだ。ここには戦う為に来たんだろ?君のスペックを見たいんだ。さぁ、私を倒してみろ!」
山那は剣を構え、真っ直ぐ蓮を見据える。
蓮はマントを脱ぎ捨て、腰に付けていた双剣を抜く。
「分かりました。山那さん、あなたを本気で倒しに行きます。」
蓮も双剣を構え、腰を落とし、姿勢を低くする。真っ直ぐ山那を見据え神経を研ぎ澄ます。
「行くぞ。近衛君。」
「いつでもどうぞ。山那さん。」
山那が飛び出すのとほぼ同時に、蓮もニルバーナに力を込めて正面から突っ込む。
2人は凄まじい速度でぶつかり合い、鍔迫り合いをしながら互いを睨み合う。
2人の瞳には憎悪や嫌悪などは無く、ただ相手の動きを読むために、牽制する為に睨み合っていた。
刀身からは火花が散り、互いに1歩も譲らぬ力のぶつかり合いが繰り広げられていた。