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ダンススタジオへようこそ(3)

「フィオナさん、ちょっといいですか?」

 控え目な声で、奏絵が回線に入ってきた。

「どうぞ」

 指令長はすぐに応じた。

 もう何時間も二人の声を聞いていなかったので、てっきり持ち場を離れているのかと思っていた。しかし実は時間を共有していたことが分かって、杏奈にはそれが嬉しかった。

「アラセブのことをいろいろ調べてみたのですが、結成された当初と今とでは随分雰囲気が違っているようですね」

「どういう意味ですか?」

「アラセブのデビューは二年前に遡るのですが、当時のメンバーはみんな清純派として売り出していたようなのです。ところが最近では、メンバーは個性派揃いで、無感動な子、他人に厳しい子、さらには芸能界の先輩に対して攻撃的態度をとる子までいるのです」

「それって、メンバーが入れ替わったのじゃなくて?」

 杏奈が口を挟んだ。

「いいえ。メンバーは二年前とそれほど変わってないのよ」

「ふうん」

「ほら、今朝、小柴内くんが言ってたでしょ? アラセブは意外性を売りにしているグループだって」

「そんなこと言ってたっけ?」

「私、それを聞いて、意外な企画もこなせる懐が深いメンバーたちなのだと解釈していたけど、そうではなくて、以前は清純だった彼女らが予想もし得なかったキャラクターに変貌したという意味かもしれないわ」

 杏奈にはその意味が分からなかったが、さすがにフィオナは理解していた。

「つまり、犯人はメンバーの傍若無人な振る舞いが気に入らず、戦隊ヒーローの再放送という実現不可能な条件にかこつけて、アラセブを襲って解体するのが真の目的だと言うのですか?」

「はい、確証はないのですが」

「それはよい着眼点です。その辺りは菅原に詳しく調べてもらいましょう

「ところで、先程フィオナさんはプロデューサーの外山氏に辛くあたっていたようですが、それにはどんな意図があったのですか?」

 奏絵の好奇心がここでも顔をのぞかせた。

「あの外山という男は、どこか胡散臭い感じがします。何と言うか、自分にとって都合の悪いことは隠そうとする狡猾さが滲み出ています」

「と言いますと?」

「外山は脅迫状をイタズラと考え、最初の事件が起きる前に捨ててしまったと証言しました。もしそれが本当なら、その内容まで詳しく記憶していないと思うのです」

「なるほど」

「ところがその割に、マイティー・ファイターシリーズを初代からとか、メンバーを五十音順に襲うとか、結構正確に内容を覚えていました。それはつまり、脅迫状の文面に興味があったからだと考えられます。ひょっとすると、彼はまだ脅迫状を手元に置いているのかもしれません」

「何のために?」

 杏奈が思わず口を挟んだ。

「外山はその脅迫状をビジネスに利用するかもしれないってことよ」

「ますます分からないんだけど」

「事件が無事に解決した暁には、それを公表して、アラセブが脅迫にも屈することなく一致団結して戦ったという美談にするんじゃないかしら。そうすれば、アラセブひいては自分の株も上がるでしょ」

「ああ、なるほど、そういうことか」

「もっと心配なことがあります」

 フィオナが言った。

「この脅迫自体を番組の企画にしてしまうことです」

「まさか、そんな」

 杏奈がそう声を上げると、

「視聴率のためなら、どんなことでもするかもよ」

 奏絵は自信たっぷりに言った。


 スタジオの入口付近が騒がしくなった。誰かがやって来たようだ。

「黒沢さん、写真撮影をしますので、ご準備願いまーす」

 見ると、大きなカメラをぶら下げ、肩に三脚を担いだ男性と、その後ろからは派手な舞台衣装を手にした女性が姿を現した。二人はカメラマンとスタイリストだと名乗った。

 これからホームページに載せる写真を撮るのだという。

 杏奈はシャワーを浴びると、スタイリストに案内されて化粧室に入った。そこでアラセブの新曲用の衣装を着せられた。

 大きな鏡の前で化粧が始まる。

 ロングヘアのウィッグを被ると、

「黒沢さん、長い髪もよくお似合いですよ」

 とスタイリストがお世辞を言った。

 鏡の中で、みるみる顔立ちが整えられていく。と同時に本来の自分が失われ、別の世界へと足を踏み入れた感じがした。

「まるで本物のアイドルみたい」

 奏絵が感嘆の声を上げた。

「だから、そのアイドルとやらをやらされてるのよ、無理矢理にね」

 化粧が終わると、スタジオに戻って、緑の簡易スクリーンの前に立って写真撮影をした。言われた通りに笑顔を作ると、目も眩むほどのフラッシュが何度も浴びせられた。

「これにて撮影終了です。お疲れさまでした」

 スタジオの隅で興味深そうに見ていたマネージャーが近づいてきた。

「おい、記念にサインをくれよ」

「バカなこと言わないで」


 その後、アラセブの衣装を身にまとったまま、ダンスの特訓は続けられた。

 杏奈は練習中も明日香の熱い眼差しを感じ取っていた。やはり女の子にはアイドルになりたい願望があるものなのだ。しかも彼女は杏奈よりもはるかにダンスが上手いときている。それ故に、願望はいつしか形を変えて嫉妬心を生んだかもしれない。

「衣装がこれだけ派手だと、何故だかダンスが上手に見えるな」

 マネージャーが声を掛けた。

 確かに、観客の目がこの衣装に吸い寄せられていれば、下手な踊りも目立たなくなるというものだ。

 レッスンが終了したのは、午後10時を過ぎていた。

 女子二人は学校の制服に着替えた。龍哉と一緒にスタジオを出ると、駐車場には菅原刑事の車が待機していた。

 杏奈は後部座席に倒れ込んだ。

「フィオナさん、今日の彩那の点数は?」

 奏絵が訊く。

 おとり捜査班では、捜査活動を毎回点数化している。それらは警視庁の上層部、政府関係機関に報告される。持ち点は百点で、指令長の指示通りに動けば減点なしである。

「今日の黒沢杏奈は、停止命令を無視して偽警備員を転倒させました。よって30点の減点となります」

「ということは、70点?」

 彩那の声がぱっと明るくなった。

「ひょっとして、自己ベスト?」

 奏絵も続く。

「と言いたいところですが、今日は正式な出動日ではないので採点はありません」

「なあんだ」

 彩那はシートに大きく身を沈めた。しかし、すぐに起き上がった。

「まさか、フィオ。ダンスの出来は得点に入らないでしょうね?」

「当たり前です。それを採点したら、これまで積み上げてきた倉沢班の実績は地に落ちます。警視庁の実験プロジェクトは大失敗にて即解散となります」

「もう、めちゃくちゃな言われようね」

 明日香が肩で笑っている。

「フィオナさん、お小遣い没収の件はどうなりました?」

 奏絵が切り出した。

「あのねえ、そういう余計なことは蒸し返さなくていいから」

「私の指示に従わない時は、もちろん無しにしてもらいます。おかげで家計も大助かりと、梨穂子も喜んでいました」

「アヤちゃん、お母さん、そんなこと言ってないから」

「それは冗談にせよ、今回は悪い予感がするのです。指令を無視して彩那がとんでもないことをすれば、その悪行はテレビ中継されて全国に流れてしまいます。大勢の国民がその目撃者となれば、さすがに警視庁も知らなかったでは済まされません。今回、それが最大の恐怖なのです」

「よっぽど信頼されてないのね、私は」

 一同は声に出して笑った。

「それから、瀬知明日香さん。本日はダンスの特訓にお付き合い頂き、ありがとうございました。彩那は明日から官舎の公園で練習を続けます。もし機会がありましたら、その成果をぜひ見てやってください」

 明日香は無反応で、真正面を向いたままであった。

 こうして、彩那の長い一日は終わりを迎えた。

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