事件の真相
菅原刑事には、まだやるべき仕事が残っていた。
この事件の主犯、楠木かえでの逮捕である。彼女はアラセブの脅迫をはじめ、メンバー麻村真理恵、猪野島朱音、笠郷ローザに対する傷害、さらには黒沢杏奈のマンション放火の疑いがある。
実行犯は彼女自身ではなく、孫の斉藤琉児とその友人の中佐古翔太と思われるが、猪野島朱音の飲み物に毒物を入れたのは、楠木かえで本人の可能性もあった。
斉藤と中佐古は怪我をしており、すでに病院に搬送されていた。したがって、かえでを尋問することになった。
「全てをお話します」
手錠を掛けられた往年の大女優は、パトカーの後部座席で話し始めた。
大筋は、杏奈が別荘内で読み上げた奏絵の台本通りだった。
この事件は親、子、孫の三代にわたる復讐劇だったのだ。かえでは恋人を死に追いやった外山荘二朗、ひいてはスタッフに復讐するつもりで芸能界に飛び込んだ。彼らに接近し、全員を自らの手で恋人と同じ目に遭わせるつもりだった。ところが女優として成功し、不動の人気を獲得すると、徐々にその気持ちも薄らいでいった。
しかしスタッフのミスによって実の娘、福原渚が死んだことで、再び復讐心に火がついた。さらに歳を取って、仕事が激減するとその気持ちは揺るぎないものへと変化した。もちろん外山荘二朗の殺害が最大の任務に変わりはないが、同時に芸能界全体にも恨みを抱くようになっていた。
娘の遺品を整理していると、父親を死に至らしめた芸能界に復讐する内容の脚本を見つけた。彼女は通常のドラマの仕事をこなしながら、裏では芸能界を転覆させるシナリオも考えていたのだ。
かえではその脚本を読んで身体が震えた。そこには芸能界に対して最も効果的な復讐劇が書かれていたからである。
それは国民に愛されるアイドルグループを結成して、長期にわたってメンバーをマインドコントロールし、そして最後にテレビの生放送中に殺し合いをさせるという、突拍子もないものだった。
果たしてこの通りに事が進むのか、母親は疑心暗鬼になったが、実行に移すしかなかった。なにしろ、これは娘の遺書であり、芸能界への復讐は残された者の責務だからである。
そこで新生アイドルの企画を外山荘二朗に匿名で持ち込んだ。もし彼が動かなければ、自らアイドルグループを立ち上げるつもりだった。その後、外山にプロデュースを依頼すればよい。
結果この企画はあっさり採用されることになった。それほど中身がしっかりしたものだったということだろう。この時ばかりは娘のシナリオライターとしての才能を再認識させられた。
外山は毎月送られてくる番組台本を何の疑いもなく採用し続けた。
そこで試験的にアイドルの性格を徐々に変えていく脚本を送りつけた。これも外山は忠実に実行してくれた。実はこの時点でアラセブは大成功を収めていたので、台本を心底信じ切っていたのだ。要するに外山にはプロデューサーとしての能力などなかったのだ。誰が何の目的で書いたか分からない指示書にただ従うだけであった。さらにはその台本の存在について誰にも明かすことなく、全ては自分の手柄と吹聴するほどだった。
時を経て、メンバーの性格も徐々に変わってきた。これで芸能界を意のまま動かせることが証明できた。
後は、最大の悲劇を起こすのみである。
そんな中、一つ気になることがあった。外山荘二朗を殺すにあたって、当人は何故自分が死ななければならないか分かるだろうかということである。そこでアラセブの命と引き換えにマイティ・ファイターの再放送を要求してみた。
彼にはその意味がまるで理解できないようだった。かつて自分のせいで一人のスタントマンが命を落としたことなどすっかり忘れているのだ。
ここでシナリオにはない、予期せぬ事態が発生することになる。
外山は警察に連絡をして、アラセブの警護を依頼したのである。
そして黒沢杏奈の登場である。
当初から、彼女が警視庁から送り込まれた人物であることは分かっていた。しかし新人アイドルが一人増えたところで何の影響もないと思っていた。アラセブに加入したところで、これまでの強固なシナリオを止めることはできない筈だった。
ところがこの黒沢杏奈というのは実に厄介な人物だった。芸能界の常識をまるで無視して、自分の意志を曲げなかった。まるで未知の細菌が芸能界に寄生したようだった。
なぜだか、杏奈からは若き日の自分と同じ匂いがした。芸能界に飛び込んできた彼女は燃えさかる強い意志を身体から滲ませていたのだ。
偶然、スタッフの矢口邦明が事故に遭うことがあった。
娘のことが頭をよぎり、彼を助けようと身体が自然と反応した。あのときも杏奈は誰よりも必死にスタッフのことを心配していた。
不思議なことに、いつしか彼女を好意的に見るようになっていた。
本来傷つけるつもりだった黒沢杏奈だが、どうしてもそれができなかった。そこで彼女がいない間にマンションの風呂場の窓から火炎瓶を投げて警告に留めた。
それを実行したのは、孫の琉児だったが、彼は瀬知明日香に顔を見られてしまった。彼女も警察関係の人間だと分かっていたので、琉児が窮地に追い込まれることを覚悟したが、何故かそうはならなかった。しかし不安要素は取り除くべきと考え、外山に進言して彼女を急遽アラセブの一員に迎えた。そして別荘内に閉じ込めて、メンバーと戦わせ、最後に外山を殺す要員とした。
これ以上、計画の変更はできなかった。何故なら脚本の最後は伊豆の別荘での殺人ゲームなのである。これを生放送することに意味がある。これで復讐劇全てが終わるのである。
ついに覚悟を決めた。心を鬼にして邪魔する者は消すことにした。
そこで琉児らに工事現場からトラックを盗ませて、少々乱暴だとは思ったが、黒沢杏奈が乗った車を谷底に落とすように指示した。
これで杏奈は殺人ゲームに参加しなくて済む。どこかに安堵する気持ちがあった。彼女には殺人ゲームの舞台に上がってほしくなかったのだ。
時間になると、生放送の準備を終わらせたスタッフを地下室に集めて閉じ込めた。後は自分一人でも放送が可能だった。内側から鍵が開けられないように改造しておいたので、たとえ刑事が一緒でも出られないと考えていた。
メンバーたちにはリハーサルに見せた模造の武器を、室内の電気を切ってから、本物にすり替えて渡した。後は放送開始時刻を待つばかりだった。
しかし、ここでもまた計算が狂った。
黒沢杏奈は谷底から這い上がり、殺人ゲームを妨害しに来たのである。
これには作戦の変更を余儀なくさせられた。まずは杏奈を殺すようメンバー全員に伝えた。
しかし戦闘能力の差は歴然だった。彼女は圧倒的に強かった。
実は復讐を遂げた後は山荘に火を放ち、自ら別荘内で死ぬというエンディングを用意していた。それを生放送してもらえれば、芸能界に一石を投じる役目を果たせると思っていた。
しかしあろうことか、殺人劇ではなく、あのマイティ・ファイターが再放送されているというではないか。恋人が生き生きとアクションを演じていたあのドラマが。
信じられなかった。まさか本当に再放送をするとは。あの番組の意味を理解している人間がいるとは思いも寄らなかった。
最後に杏奈の母親という人の声を聞いた。
彼女は娘同様に素晴らしい人物だった。私に死ぬのを思いとどまらせてくれた。
この世に私の気持ちを理解できる人がいるなんて信じられなかった。
「それが私にとって最大の誤算だったのです」
楠木かえでは、まるで映画の台詞のように淡々と語った。




