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別荘3階、頂上決戦(3)

 待ち望んでいたその時がついに来た。楠木かえでは興奮のあまり身体が震えた。ようやく恋人の敵を討つことができた。しかもこの処刑の瞬間は、テレビを通して全国に生中継されたのである。

 娘、福原渚が残した台本を、黒沢杏奈という新人アイドルが見事に演じ切った。この小娘にこれほど度胸があるとは思いも寄らなかった。本来、この役はリーダー須崎多香美が引き受ける筈だったが、外山を死に至らしめたことに変わりない。

 当の杏奈は、ゆっくりと外山から離れた。

「おい、俺に一体何をしたんだ?」

 外山が素っ頓狂な声を上げた瞬間、明日香に突きつけられていたナイフの刃先が下を向いたのを見逃さなかった。

 チャンス到来。

 直ぐさま振り返ると、長く伸ばした右脚で斉藤の脇腹をえぐった。

 うめき声とともに反対側の壁に激突する。床に転がったナイフをすぐに回収した。彼は腹を押さえてもんどり打った。

 かえでは一体何が起きたのか理解できぬまま、それでも、

「動かないで!」

 演技さながらの一声で部屋の空気を凍りつかせた。

 よく見ると、彼女の手には小型のスイッチが握られている。

「この別荘ごと燃やして、みんな死んでもらうわ」

「そんなことしても無駄よ。2階の灯油缶の発火装置は外したから」

 しかし、かえでは動じることはなかった。それどころか口元に笑みを浮かべた。

「まさか」

 仕掛けは2階ではないのか。とすれば、この階に仕掛けがあるというのか。

 かえでは本気だった。もはや心ある人間の目ではない。敵に追い詰められた獣が最後の力を振り絞って反撃するかのような眼差しだった。

「待って。早まらないで」

 その声と同時に、かえでは躊躇うことなく指先に力を入れた。

「フィオナ、建物が爆発するわ。みんなを避難させて」

 すぐ隣の部屋で爆発音が聞こえた。床が波打つほどの衝撃を感じた。

 しまった!

 隣には多香美と中佐古を残したままである。すぐにドアを開けて廊下に飛び出した。向かいのドアは爆風でねじ曲がっていた。そこから巨大な炎が吹き出している。

 廊下の先に男の姿を確認した。中佐古である。彼は腰を抜かしながらも、自分で這って階下に逃げようとしていた。

「多香美さん!」

 外れ掛けて斜めになったドアの隙間めがけて叫んだ。

 天井まで届くほどの炎を前に身体が固まった。じっとしているだけで、熱気のせいか頭が朦朧とする。とても中へは入っていけない。彼女を助けることはできないのか。いや待てよ、杏奈はすぐに気がついた。

 先ほど彼女が倒れたのはドア付近である。気絶してそこに居るのならまだチャンスはある。

 杏奈は腹腹這いになって、ドアの方へと匍匐前進した。するとこちらに向かって突き出している多香美の足を見つけた。片足を掴むと思い切り廊下へ引きずり出した。と同時にドアが激しく吹き飛んだ。

「大丈夫? しっかりして!」

 一瞬の間をおいて、多香美が咳き込んだ。

 よかった、まだ息がある。

 階段から複数の足音が迫っていた。防護服を身にまとった消防隊員である。

「早く避難しなさい」

 杏奈はぐったりとした多香美の身体を引き渡した。階段の途中で中佐古が介抱されているのが見えた。

「まだ反対側の部屋に4名います」

 そう叫んだと同時に廊下も炎に包まれた。一瞬で消防隊員らの姿が見えなくなった。火の勢いで互いが分断されてしまった。これでは階段を使って逃げることはできない。

 何とか部屋に戻ってドアを閉めた。

 楠木かえでは放心したまま立っていた。斉藤琉児も腹を押さえたまま床に転がっている。

「何をのんびりしているのよ」

 杏奈の叫び声に二人の反応はなかった。まさか、ここで死ぬつもりなのか。

 フィオナの声が聞こえた。

「今屋根を伝って菅原たちが到着しました。外から窓を打ち破ります。全員窓から離れて」

「了解」

 すかさず明日香と外山のロープを切った。

「せっちん、歩ける?」

「はい、何とか」

 喉の奥からひねり出すような声だった。

 外山の方は意外にも元気で、一人だけさっさと歩き出している。

 目張りのベニヤ板が乱暴に剥がされる音がした。続いて窓ガラスが割られる。破片が外山の頭に盛大に降り注いだ。

「早くこちらに!」

 窓の外から菅原刑事が叫んでいる。

 外山、そして明日香が窓の外に脱出した。

 残るは、かえでと孫の琉児だけである。

 廊下の方で再び爆発音が轟いた。いよいよ火の手がこの部屋にも回ってきた。ドアの隙間から煙が大量に流れ込んでくる。

「時間がない。早くしろ!」

 菅原の苛立つ声。

 杏奈は斉藤の身体を支えて立たせた。しかしどういう訳か自ら逃げようとはしなかった。それを見た菅原が室内に入ってきて、彼の身体を抱えて窓の外へと押し出した。消防隊員がそれを受け止めた。

 最後に残ったのは、楠木かえでである。

 彼女は無言で立ちすくんでいた。

「早く逃げましょう」

「いいえ、私はここに残るわ。黒沢さん、あなただけ逃げて」

 無感情にそう言った。

「私はここで死ぬの。生きていても仕方ないから」

「かえでさん、よく聞いて。今この時間、マイティー・ファイターが放送されているのよ」

 フィオナが回線で言ったことをそのまま伝えた。

「まさか! そんなの嘘よ」

 かえでは感情を大きく変化させたようだった。

「嘘じゃないわ。亡くなった齋木道春さんに捧げる放送よ。これを機に芸能界は変わっていく筈よ。だからお願い、生きて!」

「いやよ。私にはもう生きる意味はない。私を支えてくれた人はみんないなくなった。全て私の前から消えてしまった」

 菅原は、かえでの手を掴んで無理矢理引っ張ろうとするも頑として動かない。

 すると、倉沢梨穂子が回線に入ってきた。

「杏奈、これから言う通りに楠木かえでに伝えて」

「かえでさん、今私の母とつながっています。あなたに伝えたいことがあるそうで、私が代わって言わせてもらいます」

 杏奈はそう前置きしてから、かえでを正面から見据えた。

「私はずっとあなたのファンでした。あなたの生き様が私の人生に大きな影響を与えました。あなたにとってそれはいちファンのたわ言かもしれませんが、私と同じ気持ちを持った人がこの国には何百、何千人といるのです。あなたを支えていた身内が亡くなったことは事実だけど、それと同じかそれ以上にあなたはみんなの心を支えていることを忘れないで。簡単に死ぬなんて言わないで頂戴」

 梨穂子は声を震わせていた。明らかに泣いている。これほど自分の感情をさらけ出した母親は初めてだった。この気持ちに嘘はないと思った。

 激しい炎が部屋のドアを溶かし始めた。壁に炎が燃え移る。そんな中、かえでは両手で顔を覆うとしゃがみ込んでしまった。

「かえでさん、さあ行くわよ」

 杏奈は優しく声を掛けた。消防隊員が数人、窓からなだれ込んできた。

 往年の大女優はようやく立ち上がった。そして隊員に両脇を支えられながら外に出た。

「杏奈さんも早く」

 菅原が叫んだ。

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