テレビ公開処刑(6)
いよいよ残すは最上階のみである。果たして、瀬知明日香は無事でいるだろうか。そんな心配をしながら、廊下を一歩また一歩と踏みしめた。
フィオナが台本の続きを読み始めた。杏奈がそれを声に出して追いかける。
「楠木かえでは恋人を失って、失意のどん底にいながらも女優になる道を選びました。いつか芸能界に復讐してやることは忘れないつもりでした。
ところが彼女は実に才能豊かで、新人でありながら仕事が次から次へと舞い込んで、いつしかトップスターに登りつめていました。そんな彼女は仕事に充実感を覚え、多額のギャラを手にするようになると、昔の恨みも徐々に薄れていきました。気がつけば、芸能人やスタッフの中にすっかり溶け込んでいたのです。
しかし、歳を取るにつれ、徐々に仕事が減っていきました。そんな矢先、親交の深かった脚本家、福原渚が不慮の事故で亡くなってしまいます。彼女はかえでのドラマの脚本を担当していた女性ですが、スタジオの照明が落下するという不慮の事故により命を落としてしまったのです。
楠木かえでの胸の中に、これまで忘れてしまっていた恨みがふつふつと再燃し始めました。なぜなら、亡くなった福原渚というのは、実はスタントマン齋木道春との間にできた実の娘だったからです」
杏奈はそこまで自分で言っておきながら、後に驚きの声を上げた。
「ええっ、そうだったの?」
「いいから、続けなさい」
フィオナの指示。
「母親であるかえでは、実の娘を事ある毎にテレビ局に連れていき、自分の専属の脚本家として売り込んでいたのです。そして娘もそれに応え、母親のために優れた脚本を書いて企画を通すまでになっていたのです。
さて、娘の死後、遺品を整理したところ、かえでは見たことのない番組台本を見つけました。そこには、父親を殺した芸能界に復讐するためのストーリーが書き連ねてありました。
娘は母親の仕事のための脚本とは別に、芸能界を震撼させるような台本も同時に書いていたのです。娘は父親がどのように死んだのかを聞かされていたので、母親と同様にいつかは芸能界に復讐することを考えていたに違いありません。
娘は以前からそんな台本を書いていましたが、母親が大女優であったため、今は復讐の時ではないと判断し、密かに隠して書き溜めていたのです。
娘の死後、それを見つけた母親はさぞ驚いたことでしょう。そこには、国民的人気のアイドルグループを育てていく過程で、メンバーたちの性格を巧みに操り、お互いの信頼性を破壊し、復讐に利用するというものでした。かつてのマイティー・ファイターの制作に関わったスタッフを番組の中で殺していくというシナリオだったのです。
かえでは、娘の台本を改編して、それを彼女の遺言として実行することを考えるようになりました。そして自分の恋人を殺した張本人が外山荘二朗であることを掴み、昔の大女優という立場を使って彼に近づき、復讐台本に基づいた番組の企画を持ちかけたのです。 外山はそれが復讐であることも知らずに、台本に従ってアラウンド・セブンティーンというアイドルグループを誕生させました。かえでは予定通りに番組に深く関わり、復讐する機会をじっと伺っていたのです」
階段に足を掛けて上り始めたところ、背後に人の気配を感じた。
振り返ると同時に、階段を誰かが降りてくる。
挟み撃ちか。
上から迫ってきた人物を階下に投げ落して、下にいる人物に激突させれば、それで終わりなのだが、先の八幡麻美子のこともある。凶器を持ったアイドル同士をぶつければ、怪我をさせる危険性があった。
まずは下から来た敵を後ろ蹴りで軽く弾き飛ばし、さらに上からの敵を引きずり落とした。
二つの短い悲鳴に続いて、床に転がる音を確認した。
「ごめん、大丈夫? 二人とも怪我はない?」
杏奈は黒い人影に駆け寄った。
「本宮皐月」
「知本螢」
と名前を呼び上げた。
「黒アン、あなたは一体何者なの?」
「ここで何が起っているの?」
「詳しくは後で話すわ。お願い、今は私の言うことを聞いて」
杏奈は二人に、一階に下りて、静かに待機するよう指示した。
時間がない。先へ進まなければならない。
「あと残りは、羽島唯と須崎多香美の二名です」
フィオナが言う。
「了解」
再び3階への階段に足を掛けた。
と、その瞬間、別の方角から誰かの息遣いを感じた。
振り返る間もなく、強い力で片足がすくわれた。
しまった。油断していた。
杏奈は階段に倒れ込み、両肘を勢いよく打ち付けた。
それでもすかさず背後に顔を向けると、人影が覆い被さってくるところだった。
羽島唯である。そう直感した。
「黒アン、そこまでよ」
両手に握られたナイフが腰の辺りをかすめた。本能的に危機を回避していた。身体を少し捻っていなければ、まともに食らっていたところだ。
唯が体勢を立て直したところを見計らって右足を突き出した。
どうやら顔面を捉えたらしく、彼女は悲鳴を上げて後方へ弾き飛んだ。
「唯、ナイフを捨てなさい! 言うことを聞かないと、もう一発お見舞いするわよ」
杏奈の激しい口調に、敵はすっかり戦闘意欲を失ったようだ。
ナイフが手からすり抜けて、床に落ちる音がした。
「黒アンってやっぱり凶暴なのね」
唯の涙声。
「ごめんね、乱暴なことをして。でも、こうでもしなければ、目が覚めないでしょ?」
杏奈は暗闇に向かって声を掛けた。
「あなたが手にしていたナイフは本物よ」
「えっ、まさか?」
どうやらずっと読み上げていた奏絵の台本も、彼女の耳には届いていなかったようだ。
「今夜の企画は、全て楠木かえでが仕組んだ罠なのよ。アラセブのメンバーはこれまで彼女に踊らされてきたの」
「そんなの、意味分かんない」
唯はそう叫ぶと、大声で泣き出した。
「唯、落ち着いて聞いて頂戴。実は私、警視庁から派遣されてきた、おとり捜査員なの。みんなを守るため、今まで黙っててごめんなさい」
「まさか、嘘でしょ?」
ようやく涙を押しのけて声を発した。
「ねえ、手錠の鍵は持ってない?」
「ごめん、持ってない。たぶん、瀬知って子が持っていると思う。これまであなたのこと誤解してた。本当にごめんなさい」
「ううん、いいのよ。私はこれから須崎多香美さんと決着をつけに行くから、唯は安全な場所に隠れていて」
「分かった。もう邪魔はしないよ」
唯は落ち着きを取り戻していた。
「羽島唯を確保。これから3階に向かいます」
杏奈はひと安心して、再び階段に足を掛けた。
奏絵の台本も再開する。
「楠木かえでは、娘である福原渚が長い時間をかけて書いた放送台本を、アラセブの誕生に合わせて改変しました。全国からオーディションで募った女子高生一人ひとりに性格を与え、彼女たちの本来の性格を変えることに成功したのです。そして終いには、互いを信用しない、攻撃的な集団を作り上げたのです。
そして皮肉なことに、外山プロデューサーの手腕によって、アラセブは見事に日本を代表するダンスユニットに成長しました。
そしていよいよ、復讐を果たす日がやって来たのです。多くの視聴者が見守る中、アイドルが殺し合いをする、まさに芸能界の終焉をテレビ中継する日が」
杏奈はようやく3階に辿り着いた。
「廊下の左右にそれぞれ部屋があります。向かって右側が12畳のゲストルーム、左側が8畳の寝室です」
「どちらから行く?」
杏奈が指令長に問いかけると、闇を切り裂く声がした。
「先輩、来ちゃ駄目です。罠です!」
それは紛れもない、瀬知明日香の声だった。




