テレビ公開処刑(4)
「今の音は何です?」
すかさず指令長が声を上げた。
「花瓶よ。上から降ってきたのよ」
杏奈は説明ももどかしく答えた。
「怪我はありませんか?」
「今のところは、何とか大丈夫」
ガラスの花瓶が砕け散った後、上の階で分散する複数の足音が聞こえた。待ち伏せされているのは明らかだった。
それでもゆっくりと階段を上っていく。何が起きても対応できるよう、ゴルフクラブだけは握りしめていた。
「黒沢杏奈が二階に上がってきました。リーダーの座を狙って、容赦なく全員を倒すつもりです。見つけ次第、躊躇うことなく殺しなさい」
アラセブのメンバーに貸与されているインカムがそう伝えた。
「フィオ、この実況中継を止めさせないと、圧倒的にこちらが不利よ」
杏奈は苛立ちを隠せなかった。
このインカムは受信専用の一方通行なので、こちらからは何も発信することができない。
「最初から不利な戦いであることは承知の上です。今は辛抱なさい」
二階も相変わらず真っ暗で物音一つしなかった。しかしメンバーが何人か潜んでいるのは間違いない。
「フィオ、ここからの作戦は?」
「このまま隠密行動していても埒があきません。よって作戦を変更します」
「どうするの?」
「奏絵が台本を書いてくれました。これからそれを読み上げますので、あなたはその通りに台詞を大声で発しなさい」
「奏絵が台本を?」
訳が分からなかった。
「連絡を絶っていた間に、捜査で判明したことも総合して一本のストーリーに仕上げてくれました」
知らぬ間に、捜査班は事件の核心に迫っていたのだ。現場に出て孤軍奮闘していた杏奈にとって、それは苦労が報われる瞬間でもあった。
「暗闇の中でこちらの居場所を伝えることになりますから、集中攻撃を受けることになるかもしれません。しかし相手は所詮、戦闘経験のない女の子ばかりです。あなたなら、全てかわすことができるでしょう」
「分かった。やってみる」
杏奈は自信を持って一歩進んだ。
「では、行きますよ」
「私、黒沢杏奈は警視庁からおとり捜査員として派遣されてきました。その目的は、アラセブのメンバーを五十音順に狙うという脅迫に対し、皆さんの命を守ることです。そのため、ダンスが著しく下手でご迷惑を掛けたことはお詫び申し上げます。さらに、奇異に見えた数々の行動は事件を未然に防ぐためのものですので、その点はどうかご容赦願います」
「黒沢杏奈の言うことは信じるな!」
インカムから声が発せられたと同時に、すぐ目の前のドアが開いた。
二人の影が飛び出してくる。
「黒アン、嘘は止めて!」
ゴルフクラブで二本の刃物を叩き落とした。すぐに拾い上げて後方に投げ捨てる。階段を転がり落ちる音が響いた。
二人の敵は一瞬ひるんだようだが、一人が奇声を上げて襲いかかってきた。手錠でつながれた両手の拳を相手の胸元にぶつけた。悲鳴とともにあっさり床に倒れた。
もう一人は敵わぬ相手と判断したのか、その場に立ちすくむだけだった。
杏奈は二人からインカムを奪って破壊した。
「酷いよ、本気を出すなんて」
寝転がったメンバーの手を取って上体を起こした。
「篠原七海」
「節丸愛来」
と指令長に名を告げてから、
「二人ともごめんね。でも今回の企画はアラセブを破滅させるためにでっち上げられたものなの。さっきのナイフも本物よ。全てが終わるまでじっとしていて。そうしないと皆が大怪我してしまうから」
二人のメンバーは言葉を失っている。
「今出てきた部屋には、他に誰もいないのでしょ。だったら、そこに閉じこもって動かないで頂戴。もし誰かが来たら、大声で私を呼ぶのよ」
「分かったわ」
「黒アン、疑ってごめんね」
「そんなこといいから、早く隠れて」
「実は、隣の部屋に一人隠れている筈だから、気をつけて」
「ありがとう」
杏奈は二人が部屋に入るのを見届けてから、もう一つのドアに手を掛けた。
小部屋に入ってしまうと、台詞はみんなに届けられなくなってしまうが、それでも指令長の後について言葉を発した。
「今から30年前、子ども向けのテレビ番組『マイティー・ファイター』が放映開始されました。これは変身ヒーローが怪人を退治する内容で、毎回そのアクションが売りでした」
ドアを開けると、そこは寝室だった。闇の中にベッドらしき影が二つ並んでいる。誰かがいる気配はない。
「この番組は過激なアクションが評判を呼び、放送を重ねる度に視聴率はうなぎ登りに上がっていきました。ところがそれが悲劇を招くことになったのです」
突然、ベッド横のクローゼットが開くと、背の高い人物が、ナイフの刃先を向けて覆い被さってきた。
杏奈は手錠の鎖でナイフをかすめ取ると、次に脚を高く上げて肩口にヒットさせた。相手は勢いよく後ずさりして、背中をクローゼットに打ちつけて動かなくなった。
「田神紗良」
その後、彼女を説得し、クローゼットに隠れるよう指示してから、奥のドアを開けて先に進んだ。
「当時アルバイトで助監督の下で働いていた、外山荘二朗が、同じサークルだったスタントの齋木道春さんに危険なアクションを無理強いしたことで、彼は大怪我をして入院してしまうのです。
しかしスタッフは番組を作ることが最優先で、彼に謝罪することも見舞いすることもしませんでした。そして齋木さんは病院で息を引き取ることになってしまったのです。
その時、彼の恋人だったのが、後に大女優となる、楠木かえでだったのです」




