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テレビ公開処刑(3)

 暗闇の中、廊下をゆっくりと進んだ。静まり返った別荘内は、床を踏みしめる足の音さえ大きく聞こえる。

「杏奈、いいですか」

 指令長の声が耳元で響く。

「これからあなたが相手にするのは、児島華琳(かりん)を除いたメンバー14名と楠木かえで、さらに彼女の味方をしている男です」

「その男ってのは、プロデューサーの外山じゃないわよね?」

「おそらく違います。先程の機敏な動きからして、外山ではないでしょう。力のある若者だと思われます」

 玄関のドアを強い力で閉めて、自分を閉じ込めた人物のことを考えてみた。もし格闘の心得があるのなら、手錠の掛かったこの状態で戦うのは少々分が悪い。せめてその男に出くわすまでに、両手を自由にしておきたいと思う。

 フィオナの指示が続く。

「凶器を取り上げて事情を説明したら、そのメンバーの名前を伝えなさい。漏れがないかどうか、こちらでチェックします」

「分かったわ」

 廊下の階段がぼんやりと見えてきた。誰かが待ち伏せている気配は感じられない。

「そこで止まりなさい」

 フィオナの指示に従った。階段に何か仕掛けがないか調べるのだろうか。

「階段は左側のリビングと仕切りなしでつながっています。十二畳の広い部屋ですから、誰かが潜んでいる可能性が高いです。階段を上がり始めてから、背後に回られると厄介ですから、ここはきちんと処置すべきところです」

「どうすればいい?」

「リビングが少し覗ける位置まで進んで、トイレットペーパーを部屋に向かって投げつけてみなさい。それで反応を見ます」

「なるほど」

 さすがは本場イギリス仕込みの指令長、一手、二手先を読んでいる。

「それから、手錠のせいで両手の可動域が狭くなっていますので、もし相手が襲ってきた時は、ゴルフクラブを盾として使いなさい。攻撃される方向さえ分かれば、ある程度はそれで防げるでしょう」

「やってみるわ」

 足音を立てないように、摺り足で前進した。これは日本武道の基本的技能の一つである。

 柱から顔を覗かせてリビングを見渡した。一見すると、真っ暗闇で静まり返った空間があるだけだ。しかし研ぎ澄まされた動物的な勘が、一人、二人敵が潜んでいることを教えてくれた。

 トイレットペーパーを窮屈な格好で部屋の奥へと力強く投げつけた。

「痛っ!」

 誰かの声がした。直ぐさまその方向へ突進して、体当たりを食らわせた。小さな声を上げて床に倒れる音がした。しかし安心はできない。次の瞬間、左右から人影が飛び出してきたからだ。

「黒アン、覚悟しなさい!」

「殺してやる!」

 素早く身体を回転させて、ゴルフクラブで円の軌道を描いた。

 ナイフがぶつかる衝撃、人の身体にめり込む手応えを左右に感じた。

「痛い!」

「うっ」

 両方向からうめき声がして、二人ともその場に立ちすくんだ。強い相手と分かって戦闘意欲を失ったのが分かる。

「みんな、武器を捨てて、その場を動かないで。動くと怪我をするわよ」

 リビングは再び静まり返った。

「そのナイフは本物にすり替わっているの。メンバー同士で本当に殺し合いをさせるつもりよ」

「そんなの嘘よ!」

 床の方から見えない人物が声を上げた。

「黒アンには騙されないわ!」

 また別の方角から声がした。

「いい加減に目を覚ましなさい。私は警視庁から派遣されてきたおとり捜査員なのよ」

「まさか」

「そんな……」

 彼女たちに迷いが生じているのは明らかだった。

「そうでもなきゃ、私みたいにダンスの下手な子がアラセブに入れてもらえる訳ないでしょ?」

 悔しいけれど、これが最も効果的な台詞だと分かっていた。

 一本、二本、三本とナイフが床に落ちた。

「信じてくれてありがとう。全て片付いたら、みんなで仲良く帰りましょ」

 一人のメンバーが急に泣き出した。

「泣かないで。もう少しの辛抱だから」

 フィオナの指示が入る。

「彼女たちのインカムを回収して破壊しなさい」

「了解」

 一人ひとりからインカムを受け取った。

「高宮絵理香」

「藤森スザンナ」

蜂須賀はちすか綾美」

 彼女たちのインカムは手でねじ曲げて壊した。

「みんな、ここで待っていて。絶対動いちゃ駄目よ」

「黒アンはどうするの?」

「私には、まだやらなきゃならない仕事があるから」

「行っちゃうの? ここに居て頂戴」

「私たちをおいて行かないで」

 涙混じりの声が重なった。

「大丈夫よ。すぐに戻ってくるから」

「きっとよ」

「約束よ」

 杏奈は念のため、他に人がいないことを確認してからリビングを出た。

 するとこれまで沈黙していたインカムに女の声が入ってきた。これは最初に児島華琳から奪った物である。

「黒沢杏奈が二階に上がってきます。近くにいるメンバーは協力して倒しなさい。何を言われようと決して信じないこと。彼女の口車に乗ってはいけません」

「フィオ、こちらの動きが読まれてるわ」

「おそらく天井に設置したカメラで監視しているのです」

「どうしよう?」

「何も知らない振りをしてそのまま進みなさい。ただし十分気をつけて」

「了解」

 階段に右足を掛けた。何かが上から降ってくることも考えられるので、ゴルフクラブを両手で前に持ち、有事に備えた。

 所詮、女子高生が投げる物くらいなら、これを使ってはね除けることは可能だろう。

 階段を真ん中ほど上ったところで人の近づく気配を感じた。

 と同時に、黒い物体が杏奈目がけて落下してきた。水が顔にかかった。花瓶である。ゴルフクラブで命中させると、ガラスが激しく音を立てて飛び散った。

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