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アラセブとマイティー・ファイター

「それでは、今回の仕事について説明します。早速ですが、彩那は金曜日からアラウンド・セブンティーンの一員になってもらいます」

 ヘッドフォンとスピーカーの声が二重になって聞こえた。なるほど、これは捜査班専用のスマートフォンを持たない明日香のための配慮なのだ。

「フィオ、その件に関してなんだけど、この私がダンスユニットに加入するのはどう考えても無理よ。ペンギンに空を飛べって言っても、飛べやしないでしょ」

 彩那は最後のあがきを見せた。

「それは心配いりません」

「どうして、そんなに自信たっぷりなのよ?」

「アラセブの一員である以上、テレビ出演やコンサートなど通常の芸能活動はしてもらいますが、プロデューサーに頼んで、彩那は目立たないポジションに入れてもらいます」

「そんなこと言っても……」

「それにテレビに映る際は、カメラのフレームから外すように頼んでおきます」

「何だか聞けば聞くほど、自分が哀れに思えてくるわ」

 彩那は後部座席でふんぞり返った。

「早い話が、お前はアイドル扱いされないってことだ」

 横から龍哉が軽口を叩いた。

「とは言っても、ダンスの練習はある程度必要と思われますので、今回は助っ人を頼んだ訳です」

 助手席の明日香は窓の外に顔を向けながらも、黙って聞いている。

「瀬知さんは幼い頃からダンススクールに通っていて、東京都の中学生大会で入賞した経歴をお持ちです」

 そう言えば思い出した。小学生の頃、公園で軽やかな身のこなしをする彼女に羨望の眼差しを向けていたことを。

「ダンススクールなんてとっくの昔に辞めたから、踊りなんてすっかり忘れてしまったよ」

 明日香は吐き捨てるように言った。

 それにしても、彼女は随分変わり果ててしまった。もう昔の彼女ではない。果たしてこんな不良娘に警察の手伝いなどできるのだろうか。彩那は疑心暗鬼だったが、それを引き受けるかどうかは彼女が決めることである。

「なお、芸名は黒沢杏奈(あんな)とします」

「そうそう、その件なんですけど」

 彩那は膝を叩いた。

「どうかしましたか?」

「その名前をつけたのって、フィオ?」

「はい、そうですが」

「その何の捻りもない芸名は何とかならないの? もっと芸能人に相応しい名前があるでしょう」

「と、言いますと?」

「どうせなら、クラサワーヌ・アヤナスキーみたいな立派なものにしてほしいわ」

「それこそ、センスの欠片も感じられません。そもそも、あなたはどこの国の人なんですか?」

「それでしたら、デストロイ・アヤーナとか、クラッシャー・アヤとかはいかがでしょうか?」

 奏絵の提案。

 それには一同から笑いが起きた。

 彩那は明日香の様子を窺った。外を向いているので表情は見えないが、それでも口元は緩んでいるようだった。そこには昔の彼女を見つけることができて、ほっと胸を撫で下ろした。

「あのねえ、女子プロレスに入門するんじゃないのよ。もっとアイドルらしい、可愛い名前にしてよね」

「ごめん、ごめん」

「それなら一層のこと、猪突猛進とか、七転八倒という芸名でもよかったですね」

「あのねえ、フィオ。どこの世界に故事成語を芸名にするアイドルがいるのよ」

「冗談はさておき、実はこの芸名にしたのには訳があります。それは後ほど説明します。とにかく利便性を考え、出動中は倉沢彩那ではなく、黒沢杏奈と呼ぶことにします」

「どうして、また?」

「現場で名前が二つあると混乱の元になるからです。それによって捜査員のレスポンスが遅れると、問題が生じる可能性があります」

「ふうん、そんなものかしら」

「捜査班は全員、呼称を黒沢杏奈に統一してください」

「あの、フィオナさん。プライベートは、彩那でいいですよね?」

「ええ、それは構いません」

「ああ、よかった」

 友人の安堵の声が漏れた。

「それでは、事件の概要について説明します」

 フィオナは一呼吸置いてから、

「今からひと月前、アラセブのプロデューサー、外山とやま荘二朗そうじろう宛てに、脅迫状が送られてきました。アラセブの出演するレギュラー番組枠を潰して、子ども向け戦隊ヒーローの再放送をしろ。要求を飲まなければ、アラセブのメンバー一人ひとりに危害を加えていく。場合によっては死に至らしめることになるかもしれない。なお犯行は名前の五十音順に実行していくというものです」

 意味不明な内容に、捜査員は誰もが沈黙せずにはいられなかった。

「外山はその脅迫状をアラセブのアンチによるいたずらと判断し、無視しました。そもそもプロデューサーには、テレビ局の番組編成を変える権限はありません。

 すると最初の犠牲者が出ました。今から二週間前になりますが、麻村あさむら真理恵というメンバーが交通事故に遭ったのです。彼女はマネージャーと二人で歩いていたところ、後ろからひき逃げされました。彼女をかばったマネージャーが全治一ヶ月の怪我を負いましたが、真理恵自身は幸いにも軽傷で済みました。今、彼女は事故のショックで休養中です。

 二人の証言によれば、午後10時半頃、仕事帰りに住宅街を歩いていたところ、ライトも点けずに後ろから近づいてきた車に追突されたというのです。車の色は白、車種は不明ということです。ナンバープレートの一部が付近の住人によって目撃されていますが、該当車両はありませんでした。どうやら偽造した物だと思われます。その後の調査で、付近のコンビニの防犯カメラに該当する車両が写っていましたが、詳細は不明。今も所轄によって捜査が継続中です。

 そして今度は一週間前、猪野島いのしま朱音あかねが、新曲のPVプロモーションビデオ撮影中、急に倒れるという事件が起きました。彼女は救急車で緊急搬送されたのですが、アセトアミノフェンによる急性中毒だと診断されました。命に別状はありませんが、今も療養中です。

 所轄が調べたところ、彼女が口にしたジュースの紙コップから薬物反応が出ました。他のコップはすべて正常だったことから、犯人は朱音だけを狙ったものと考えられます。なお、この事件はマスコミに公表していません」

「あんな可愛い子を襲うなんて、絶対許せないわ」

 彩那の拳に自然と力が入った。

「続いて昨日、3人目の犠牲者が出ました。メンバーの笠郷かさごうローザが高校に着いた途端意識を失って倒れました。どうやら通学時の混雑した電車内で、何者かによって大腿部付近に薬品を注射されたらしいのです。病状は軽いとのことですが、所轄が詳しい原因を調査中です。

 こうして立て続けに3人のメンバーが襲われたことから、プロデューサーの外山は脅迫状はただの脅しではないと判断し、警察に通報してきた訳です」

「浅村、猪野島、笠郷ときて、次に狙われるのは誰なの?」

 彩那は勢い込んで訊いた。

「五十音順でいけば、児島こじま華琳かりんになります」

「その手前に『黒沢杏奈』を投入するのですね」

 奏絵が言った。

「その通りです。児島華琳が狙われないようにするため、先に彩那に割り込んでもらいます。言ってみれば、これは犯人の狙いを黒沢杏奈に引きつけるためのおとり作戦ですから、大変危険な任務です」

「しかし、犯人がすでに児島華琳に狙いを定めているとしたら?」

 龍哉が口を挟んだ。

「もちろん、その可能性は捨てきれません。よって、彼女の護衛には菅原をつけます。ですので、黒沢杏奈とマネージャーは自己防衛に努めなさい」

「マネージャーって?」

「あなたの隣に座っている人ですよ」

 ゆっくり横を向くと、龍哉の冷ややかな視線とぶつかった。

「ええっ、マネージャーってこの人なの?」

「何だよ、文句でもあるのか?」

 彩那は絶句した。次から次へと悩みの種が増えていく。

「今回はいつもの台詞が出ませんね」

 指令長が不思議そうに言った。

「何ですか、それ?」

「フィオ、そんなの簡単じゃないっていう、いつものやつです」

「だから言ってるでしょ。今回ばかりは簡単じゃないって」

「ところで、フィオナさん。犯人の要求についてですけど」

 奏絵が話題を変えた。

「戦隊ヒーローの再放送の件、詳しく聞かせてもらえますか?」

「犯人が指定してきた番組は、いわゆる特撮ヒーローもので、5人のヒーローが変身して、悪と戦う勧善懲悪のドラマです。今から30年前に放送が開始され、それ以来同じコンセプトを継承して、今日まで放送が続けられているシリーズです」

「それって、マイティー・ファイターのことですか?」

 龍哉が目を輝かせた。

「はい、そうです。知っていますか?」

「小学生の頃、クラスの男子はみんな観てました。当時放送していたのは、エクストリームです」

「エクストリームといいますと、シリーズ17作目ですね」

 フィオナはすっかり調べ上げていた。

「犯人はアラセブの放送枠で、初代マイティー・ファイターの第一話から順に再放送をするよう要求しているのです」

「どういう意図があるのでしょうか?」

 と奏絵。

 彩那は決めつけるように、

「要するに、犯人は特撮ヒーローのファンってことでしょ。シリーズを最初から再放送することで、みんなでその作品の良さを共有したいという、いかにもマニアが考えそうなことだわ」

「でも、そのためにアラセブのメンバーを一人ずつ襲うなんて、ちょっと意味不明なんだけど」

「犯人の意図はまだ分かりません。私も初代のマイティー・ファイターを第7話まで観てみましたが、その中にメッセージとなるようなものは確認できませんでした」

「フィオ、まさかそれ、最初から全部観るつもりなの?」

「はい。今も隣のモニターで8話目を再生中です」

 指令長のプロ根性には頭が下がる。

「でも、そんなの相手の言う通りにすればいいだけのことじゃない」

 彩那がいとも簡単に言うと、

「犯人の要求を飲むということですか?」

「そうよ。そんなに難しいことじゃないでしょ? アラセブを守るためなら、そのくらい別にいいじゃない」

 フィオナはため息をついてから、

「彩那、あなたは今何歳ですか?」

 と訊いた。

「15歳、もうすぐ16歳だけど、それがどうかした?」

「だったら、もう十分大人なのですから、少しは経済の仕組みを理解したらどうです」

「どういうこと?」

「アラセブの番組は夜の8時というゴールデンタイムに放送されています。その時間、大手企業は競ってCMを流しているのです。そんなところに30年も前の戦隊ヒーローを再放送したらどうなるか考えてみなさい。それを見る視聴者がどれだけいるでしょうか?」

「そうね、一部の愛好家しか見ないと思う」

「そうです。つまり多額の宣伝費を払っているにも関わらず、ほとんどの人に自社CMを見てもらえないのであれば大問題です。テレビ局が自らビジネスモデルを壊すことになるからです」

「なるほど、そういうことか。私、夜はテレビを観ないから、よく分からなくて」

「ちなみに、その時間は何をしているのですか?」

「学校の予習、復習に決まってるでしょ」

「嘘つきは泥棒の始まり」

 奏絵が言葉を被せた。

 明日香は車窓に目をやって一見興味がなさそうな振りをしているが、実は全神経を会話に集中させているのは明らかだった。その証拠に、口元を押さえて笑いを堪えている。

「みなさん、スタジオに着きましたよ」

 菅原が車を停めた。

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