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テレビ公開処刑(1)

 玄関のドアが閉められると、室内は闇に支配されてしまった。目を凝らしても何も見えない。窓という窓は外から目張りされ、光が一切入ってこないからである。

 誰かに倒された拍子に、特殊眼鏡がどこかへ弾き飛んでしまった。それを探そうと一歩踏み出したところ、すぐ目の前に人の気配を感じた。

 身構えると、

「黒アン、待っていたのよ」

 闇の中で声がした。顔はおろか身体の輪郭すら確認できない。

「誰?」

「羽島唯だよ」

 甘ったれた小さな声。以前は仲良しだった彼女の顔が思い出された。

「忘れ物だよ。さあ手を出して」

 彼女が眼鏡を拾ってくれたのだ。安心して手を差し出したその瞬間、両方の手首を冷たい何かが襲った。乾いた音と同時に自由が奪われる。

 手錠だ。

 両手が拘束されてしまった。

「ちょっと、何するのよ」

「だって命令だもの。あなたにはよく似合っているわよ」

 唯の笑い声が遠ざかっていく。

 部屋のどこかで別の笑い声を聞いた。床が何度か足踏みされる。

 ガラスの割れる音。誰かが眼鏡を破壊したのだ。

 すぐにその笑い声も小さくなっていく。周りに人の気配はなくなった。足音を残して、みんなどこかに散ったのだ。

「杏奈、状況を説明しなさい」

 特殊眼鏡は失われても、スマートフォンでの通話は維持されている。

「眼鏡がなくなって、さらに両手に手錠が」

 指令長の呼び掛けに応えた。

「手錠? それはどんな手錠ですか?」

「それが、オモチャじゃないのよ。何というかずっしり重い」

「まさか、本物の手錠じゃないでしょうね」

「えっ」

 菅原刑事の顔が浮かんだ。監禁されているのなら、装備品を奪われた可能性は十分に考えられる。

「この会話、筒抜けになってませんか?」

 奏絵が入ってきた。いつになく慌てた声。

「その点は大丈夫です。現在、菅原の端末は接続されていません。たとえ奪われていたとしても、見た目は普通のスマートフォンですから気づかれることはないと思います」

 指令長は落ち着いた声で返した。

「しかし困りましたね。警察の手錠は鍵がなければ絶対に外せません。そんな格好では、誰かに襲われたら対処が難しくなります」

 暗闇の中で目が次第に慣れてきた。空間に障害物があるかどうかの見分けはつく。

「さっきの羽島唯なんでしょ? だったら彼女が鍵の在処を知っているんじゃない」

 と奏絵。

「そうね。まずは唯を捕まえてやる」

「ちょっと待ちなさい。暗闇でしかも勝手の分からない別荘内をむやみに移動してはなりません。まずは作戦を立てる必要があります。平面図がありますので、こちらから指示を出します。神経を研ぎ澄まして、指示を聞き漏らさないこと」

「分かったわ」

「まずは玄関のドアを背にして立ちなさい」

「はい」

 少し後ずさりして、言われた通りにした。

 奏絵がまた口を挟んだ。

「そうそう、さっき杏奈は強い力で押し倒されたでしょ?」

「ええ、結構痛かったわ」

「それって、楠木かえでの仕業じゃないわよね?」

「そうね、屈強な男って感じだったけど」

「ということは、彼女の他に仲間がいるってことにならない?」

「なるほど」

 確かに友人の言う通りだ。しかもあの乱暴な力使いは、格闘経験のある男だと直感した。何だか嫌な予感がする。

 指令長は毅然と、

「ここからは、杏奈と一心同体で行かなければなりません。視界を失った今、いつもよりも慎重さが求められます。よって奏絵をはじめ他のメンバーは回線の使用を一部制限します。私たちのやり取りを聞くことはできますが、杏奈に話しかけることはできません。緊急の場合は私を介すること、いいですね」

「分かりました。色々と口出ししてすみませんでした。杏奈、気をつけてね」

 奏絵が回線から外れた。

「アヤちゃん、応援してます」

 母、梨穂子も離れた。

「捜査班みんながついている。自信を持って行動しろ」

 父、剛司も出ていった。


「杏奈、よく聞きなさい」

 回線に神経を集中させた。

「今いる場所から右斜めを向いて、手を伸ばすと玄関の照明スイッチがあります」

 手錠の掛かった両手を持ち上げて壁を伝った。指がスイッチに触れた。

「駄目だわ。押しても反応がない」

「やはり、別荘全体のブレーカーが落としてあるのです」

 フィオナは図面をめくる音を立てながら、

「ブレーカーはキッチンの裏口ドアの上です。まずはそこへ行って電源を復帰させられるかどうか試します」

「分かった」

 その時、別荘内にチャイムが鳴り響いた。

 闇の中に流れる爽やかな音色は不気味というしかなかった。

「何よ、これ?」

「静かに」

 天井に設置されたスピーカーから音が出ていた。

「アラセブのみなさん」

 女の声が呼び掛けた。これは楠木かえでの声だろうか。

「只今時刻は8時になりました。いよいよサバイバルゲームの開始です。これから先はメンバー同士で競い合って頂きます。そして最後まで生き残った者が次期リーダーの資格を勝ち取ることになるのです。

 実はみなさんを脅かす人物が現れました。瀬知明日香です。彼女は中学生でありながら、ダンスが上手く可愛いので、プロデューサーは彼女を次期リーダーにしようと考えています。しかしそんな一方的な決定は既存のメンバーにとって不公平と言わざるを得ません。

 よって彼女を発見次第、お手持ちの武器を使って葬り去ってください。最初に彼女を倒した者こそリーダーに相応しいのです。もちろん、みなさんにお渡ししたナイフなどの武器はすべて模造品なので、本当に殺傷することはありませんからその点はご安心を。

 もしメンバー同士が鉢合わせになった場合、先に事を起こした方が勝者とさせて頂きます。その判定は生中継を見ている全国の視聴者が行います。

 さて瀬知明日香とは別に、日頃恨みを持っているメンバーを葬り去ることも、もちろん自由です。憎らしい相手は先に封じておくのもいいでしょう。またこの戦いを邪魔する者が現れたら、決して油断をしてはなりません。その人物の狙いはあくまでリーダーになることなのです。みなさんの味方の振りをして、いずれ牙を剥くに違いありません。そんな人物の言うことを決して信じてはなりません。

 それではみなさんの健闘を祈ります。ただいまからアラセブ生放送を開始いたします」

 同時にホイッスルが鳴り渡った。

「馬鹿なことは止めて頂戴!」

 思わず杏奈は大声を上げていた。

「みんな騙されちゃ駄目よ。すべて楠木かえでが仕組んだ罠よ」

「杏奈、静かになさい」

 フィオナが割って入った。

「そんな大声を出しては自分の居場所を伝えるようなものです。みんなから標的にされてしまいます」

「でも……」

「いいから、静かに」

 杏奈が黙ると、

「キッチンに行ってブレーカーを確認する作業は中止します。スピーカーに独立した電源を引いているぐらいですから、おそらく無駄骨です」

「では、どうすれば?」

「瀬知明日香がみんなから狙われているとすれば、最早時間がありません。おそらく番組の演出からして、彼女は最上階に居ると推測されます。ですから、一気に三階まで駆け上がることにします」

 彼女を助けるためなら、どんなことでもする覚悟はできている。

「途中、他のメンバーの妨害に遭うことになりますが、手錠が嵌まった状態で排除できますか?」

「やってみます」

 杏奈は力強く答えた。

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