次週予告 別荘内サバイバルゲーム(2)
「結局、今日は何も起きなかったわね」
杏奈は私服に着替えてから、帰り支度をしている龍哉と合流した。
「まあ、昨日の放火事件をどう捉えるか、だが」
「あれって本当に今回の事件と関係あるのかしら。どうもしっくり来ないのよね。他のメンバーにはあからさまに危害を加えておきながら、私には間接的な被害しか与えてないでしょ」
「だが、筑間と瀬知が危険に晒されたのは事実だからな」
「そりゃ、そうだけど」
そこで二人は口をつぐんだ。背後に人の気配を感じたからである。
メンバーが互いに「お疲れ様でした」と挨拶を交わして、横をすり抜けていく。案の定、杏奈に声を掛ける者は誰もいなかった。
フィオナが回線に入ってきた。
「消防署と合同で現場検証を行いましたが、共同廊下から風呂場の窓へ火炎瓶のような物を投げ込んだ模様です。浴槽から灯油の成分が検出されました」
「誰もいない風呂場に放火したってことよね?」
「そういうことです」
「それじゃあ、黒沢杏奈を狙ったことにならないじゃない」
「古いマンションだから、誰でも自由に出入りできるしな」
横から龍哉が言う。
「今回は脅迫事件とは関係のない、別の放火犯によるものという考えですか?」
フィオナが訊いた。
「その件なんですけど」
奏絵が入ってきた。
「私、現場検証に立ち会ったのですが、管理人さんによると、このような放火事件はこれまでに一度も起きてないとのことでした」
「放火というのは、実に常習性が高い犯罪です。東京消防庁にマンション周辺の放火事件について照会したところ、警視庁が近いこともあって一件もありません」
「ということは、やはり私を狙ったってことかしら?」
「その可能性は十分ありますね」
指令長は慎重に言った。
それでも杏奈は腑に落ちなかった。
「そうそう、せっちんが道路に人の姿を見たって言ってたでしょ。あれってどうなったの?」
「彼女から証言を取ったのは私ですが……」
と入ってきたのは菅原刑事だった。
「その前に、フィオナさん、瀬知明日香さんは今、回線に入っていますか?」
「いいえ、入っていません。どうぞ続けてください」
「はい。彼女はベランダから人の姿を見ただけで、性別、年齢、体格などは分からなかったと言っています。事実、あの時間はもう日が落ちていましたので、それは無理からぬことではあります。しかし気になることがあるのです」
そこまで言うと、奏絵が短く「あっ」と声を上げた。
「明日香ちゃん、誰かがこちらを見上げていたって言ってた」
「そうなんです。暗くて人影しか見えない状態で、こちらを見上げていたと断言するのは不自然なのです」
「そりゃ、たまたま車のライトか何かに照らされて、顔が一瞬浮かび上がったのではないですか?」
杏奈は思ったままを口にした。
「でも、もしそうなら、同時に何らかの特徴も分かる筈よ」
と奏絵。
「そりゃそうかもしれないけど、せっちんの言ってることを信じるしかないでしょう」
旧友は憮然とした声を上げた。
菅原は説明を続ける。
「それを見た彼女は一人で部屋を飛び出し、道路へ出て、その人物を追いかけたというのです。途中で見失ったらしいですが」
それを聞いて龍哉は、
「いずれにせよ、彼女が一人で動くのは危険ですね」
「そうよ、何かあったら大変だもの」
杏奈も加勢したのだが、
「元はと言えば、お前が悪いんだぞ」
とすかさず返された。
「どうしてよ?」
「この前、筑間と瀬知がゲームセンターで襲われた時、あいつを叱りつけただろ? だからその責任を感じて、一人で事件を解決しようと思ったのかもしれないだろ」
「いや、私はそんなつもりで言った訳じゃないわ。奏絵を守ってほしかっただけよ」
「だから、お前がプレッシャーをかけたから、あいつは自ら危険なことに首を突っ込んだんだろ」
「何も、危険を冒してまで犯人を捕まえろなんて言ってないわ」
「当たり前だ。あいつはお前とは違うんだ」
「二人とも兄妹喧嘩は止めなさい」
しびれを切らして、フィオナが声を荒らげた。
「これほど仲の悪いアイドルとマネージャーは、芸能界のどこを探してもいないでしょうね」
指令長は嫌みを言う。
「ふん」
杏奈はそっぽを向いた。
「いずれにしても、瀬知さんからもう少し詳しい話を聞きたいところですね。その役目は奏絵が引き受けてくれますか?」
「はい、分かりました」
二人は地下鉄の車両に乗り込んだ。
「それにしても、来週のテレビは何だか悪趣味よね」
彩那は龍哉に話し掛けた。
「別荘のサバイバルってやつか」
「ええ、それってアイドルがやるべき企画なの?」
「それなんだけど、調べてみたら、アラセブは歌や踊りだけじゃなく、実に様々なバラエティーに挑戦しているのよ」
奏絵の声。
「たとえばどんな?」
「自衛隊に体験入学、無人島での食料争奪戦、頑固親父のラーメン屋修行、特殊小型船舶の資格に挑戦など」
「何なの、その小型何とかってのは?」
「水上オートバイの免許です」
フィオナが教えてくれた。
「ふうん」
彩那には、どれも興味の湧かない話だった。
「すべてはあの外山が考えた企画なの。メンバーを競わせて番組を盛り上げる手法ね。それでご褒美は時期リーダーになれる権利が与えられること」
「だから、みんな頑張るのね」
「実際に、猪野島朱音が漢字検定2級に合格して、リーダーになった経歴があるわ」
「あの、朱音さんが」
彩那は驚いた。
「リーダーになれば知名度はぐんと上がるから、みんな必死になるんだろうな」
龍哉が冷静に言った。
「今回のロケ地である伊豆の別荘は、楠木かえでが所有する物件でしたね?」
フィオナが確認した。
「ええ、そう聞いているわ」
彩那がすかさず答えた。
「何でも、自分のヨットとか高級車とかを撮影に貸しているって、かえでさん本人が言ってたもの」
「どうして楠木かえでは、それほど撮影に協力する義理があるのでしょうか?」
フィオナが訊く。
「アラセブが好きだからじゃないの? もしくはプロデューサーの外山に恩義があるとか」
指令長は菅原刑事を呼び出して、
「彼女の所有する伊豆の別荘の立面図と平面図を手に入れなさい」
と指示を出した。
「それから、楠木かえでの友人で、照明器具の落下事故で死亡した福原渚という脚本家については調べがついていますか?」
と訊いた。
「すみません、まだです」
「早く報告を上げなさい」
フィオナは厳しく叱った。
「そんな怒らなくたっていいじゃない。菅原さんは忙しすぎて、それどころじゃないわよ」
彩那は思わず声に出した。
すると、父親、剛司の声が聞こえてきた。
「いいから、お前は黙ってなさい」
「いいえ、口を出させてもらうわ。菅原さんは昨日も寝ずにずっと働いているのよ」
それにはフィオナが言葉を被せた。
「それは関係ありません。私たちは人の命を守るために働いているのです。そのためには、指示されたことは直ちに処理しなければなりません」
「でも、その福原さんとかいう人は、スタジオ内で事故死したに過ぎないのだから、今回の事件には関係ないんじゃないの?」
「それはこちらが判断します」
指令長の迫力に圧倒されて、彩那は何も言えなくなった。
「フィオナさんは、来週の別荘ロケで何かが起きるとお考えですか?」
沈黙を破ったのは奏絵だった。
「はい、大変嫌な予感がします。できれば、金曜日の生放送を中止にできないものかと思います」
「生放送を取り止めにしてどうするのよ?」
彩那は噛みついた。そして「まさか」と声を出した。
「そうです。マイティー・ファイターの第7話を再放送するのです」
それには一同は絶句した。
「でも、ゴールデンタイムにそんなことできないって言ってたのは、フィオじゃない?」
彩那が抗議すると、
「もちろん、ロケで何かが起こるという憶測だけでは無理な話でしょう。しかしアラセブの身にもしものことがあってからでは遅いのです。しかもその様子がテレビで全国放送されることは防がねばなりません。ですからテレビ局側にこれから掛け合ってみるつもりです」
指令長の意志は固かった。




