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次週予告 別荘内サバイバルゲーム(1)

 握手会が終わると、アラセブのメンバーたちは全員控室に集められた。そこで来週金曜日に放送される番組の打ち合わせが行われた。

 会場では同時にイベントの撤収が進められている。パネルを畳む音やスタッフの大声が、時折控室まで入ってくる。

 プロデューサーの外山がメンバーを見渡して、

「一週間、ご苦労様でした」

 と声を掛けた。

 杏奈はそんな彼をじっと睨んでいた。後でイヤーモニターを改造した件について、直に問い質すつもりでいた。

 もちろん外山はそんなことに気づく筈もなく、いつものように威厳を保ったままスタッフに指示を出している。

 番組の企画書が手元に回ってきた。

 説明によると、アラセブの生放送では、月に一度スタジオを飛び出して、屋外ロケを行っているのだという。今回は伊豆の別荘を貸し切っての撮影らしい。

 企画書には、メンバーの生き残りを賭けたサバイバルゲームという文字が躍っていた。照明を全て落とした別荘の中、メンバーたちは屋上を目指す。そこでリーダー須崎多香美が挑戦者を待ち受ける。

 途中、仲間と戦い、最後まで勝ち残った者が、次期リーダーの座をかけて多香美との一騎打ちの権利を手にするのだ。

 メンバーはみんな、この企画に興味津々といった様子であった。その証拠に誰もが一言も声を発することなく企画書に目を落としている。

 主要なメンバーには、さらに台本が配られた。建前上メンバーは自由な行動をすることになるが、実は番組を盛り上げるための様々な演出が用意されている。すなわち彼女たちには事前に決められた行動が求められるという訳である。

「これはサバイバルゲームだから、各自生き残る術を考えてもらいたい。武器は別荘内に配置してある物なら何でも利用して構わない。もちろん安全面に配慮して、手に取れる道具は形こそ本物そっくりにできているが、怪我をしないよう安全な素材でできている」

 外山の説明が続く。

「しかし、前もって互いに相談して、共同戦線を敷くのはなしだぞ。あくまで勝ち残った一人がリーダーになれるという企画なのだからな」

 誰もが口を開かず、黙って説明を聞いていた。密かに闘志を燃やしているようであった。

「詳しくは、企画書及び台本を読んでもらうことにして、何か質問はあるかい?」

 外山はメンバー全員をゆっくりと見回した。

 須崎多香美が勢いよく立ち上がった。

「このロケには、黒沢さんも参加するのですか?」

 誰もが固唾を飲んで、その回答を待った。

「何か問題でもあるのかい?」

 外山は呑気に言葉を返した。

「黒沢さんは、向こう見ずで大変凶暴です。ですので、私たち普通の女子高生は明らかに不利となります」

 みんなは揃って頷いた。

「なるほど、そういうことか」

 外山はすぐに理解を示したが、

「だったら、彼女にはハンディをつけてるっていうのも面白いんじゃないか」

 と直ぐさま提案した。

「どんなハンディですか?」

 多香美は勢い込んで訊いた。

「そうだな、両手に手錠を掛けて参戦してもらうってのはどうだい?」

 プロデューサーは嬉しそうに言った。


 ミーティングが終わって、外山が控室から出ていったのを見て、杏奈とマネージャーは後を追いかけた。そして廊下で追い抜くと、巨漢に立ちはだかった。

「どうしたんだい。そんな怖い顔をして」

 外山は二人を等分に見て言った。

「お話があります」

 杏奈が切り出すと、どうやら全てを悟ったという顔になった。

「まあまあ、こちらで話そうじゃないか」

 他のメンバーがいないことを確認して、倉庫のドアを開けた。狭い部屋には、折り畳み式の椅子や机、スピーカーやマイクなどの音響器具が積まれていた。

「大丈夫、心配には及ばんよ」

 外山は開口一番そう言った。

 杏奈には一体何のことか分からず、相手に喋らせた。

「さっきは手錠を嵌めると言ったが、別荘内のどこかに手錠を壊す道具をわざと配置しておく。君には予めその場所を教えておくから、偶然見つけた振りをして手錠を外すといい。君がいかにサバイバル能力が高いかを伝えるいい絵が撮れそうだ」

 外山は自分のアイデアが余程面白いのか、目をキラキラさせた。

 それには龍哉が横から口を出した。

「そもそも手錠というのは、そんなに簡単に鍵を壊せるものではありませんよ」

「手錠といっても、警察で使っている本物を使う必要はない。おもちゃの手錠だよ。それに視聴者はそこまでリアリティを求めていないから、問題なかろう」

 杏奈はそんなやり取りに少々苛つきながら、

「お話というのは、その件ではありません」

「えっ、じゃあ何だい?」

「これです」

 彼の目の前にイヤーモニターを突きつけた。

「これがどうかしたのかい?」

「とぼけないでないでください。外山さん、あなたは配線を切ってあると言っておきながら、実際はスクランブルを掛けて、私の声を聴いていましたね」

 果たして彼がどう出るかを見守っていたが、

「そりゃあ、私だって捜査状況は気になるからねえ」

 と悪びれる様子もなく返した。

「盗聴は犯罪ですよ。その点をどうお考えですか?」

 杏奈は強い調子で迫った。

「捜査の進展が気になっていたのは確かだ。しかしそれ以上に、新人黒沢杏奈をどうやってアラセブに溶け込ませるかを模索していたんだよ。むしろ君たちに協力してやった訳で、感謝されてもいいぐらいだ」

 意味が分からず、黙ったままでいると、

「いくら警察から派遣されてきたとはいえ、芸能界のトップグループに加入することはたやすいことではない。私は君の性格を把握した上で、無理なくアラセブの一員に仕立てる必要があったのだ。その結果、押しも押されもせぬトップアイドルまで登り詰めたじゃないか」

 外山は平然と言ってのけた。

 杏奈はますます混乱していた。このプロデューサーは事件の解決ではなく、アラセブの人気のことしか頭にないのだ。どうにも話が噛み合わない。

 気付くと横から龍哉が助け船を出してくれた。

「外山さん、お言葉ですが、何も黒沢杏奈を本当のアイドルにしてくれと頼んだ覚えはありません。僕らはアラセブの脅迫事件を解決するためにここに来ているのですよ」

「そりゃ、分かってるよ。だが、おとりにせよ、アラセブの一員になったのは事実なんだ。犯人逮捕はもちろんだが、平時は私の考え通りに動いてもらわなければならない」

 これ以上議論を続けても無駄と思ったのか、龍哉は口を閉ざした。

 外山から反省の言葉は聞かれなかった。むしろ、黒沢杏奈を人気者にしたことに感謝しろと言わんばかりである。

 フィオナから指示が来た。

「雑誌記者、真木貴弘との関係について訊きなさい」

 言われた通り、杏奈が質問をぶつけると、

「もちろん彼のことは知っているよ。色々とアラセブについて宣伝記事を書いてもらっているからね」

 と答えた。

「いつからのお知り合いですか?」

「知り合ったのは、今から二年前、アラセブを立ち上げた頃だったが、聞けば彼とは同郷でね。どうやら出身高校も一緒らしい」

「学生時代から付き合いがあったのでは?」

「それはない。この業界に入ってから知り合ったんだ」

 外山の顔は嘘をついているようには見えなかった。

「真木さんとの仲はどうですか?」

「どういう意味だ?」

「彼があなたのことを嫌っているということはありませんか?」

「それは真木くんがそう言ったのかね?」

「いえ、私にはそう見えたので」

 真木は、一連の事件は外山の仕業であると言ったのである。もし恨みがあるのなら、それが何か知りたかった。

「さあ、どうだろうね。一つ言えることは、私にとって彼の存在は昔ほど重要ではないってことだ」

「どういうことですか?」

「アラセブを売り出した頃は、当然誰にも注目されていないから、何とかしてメディアに売り込もうと必死だった。そんな時、真木くんと出会って、よく独占取材をしてもらった。それは取材というより、アラセブの宣伝だった訳だがね。

 しかしアラセブが人気アイドルに成長すると、こちらから頼まなくてもメディアの方から擦り寄ってくるようになった。こうなると、何も彼だけに独占取材をしてもらう必要がなくなった。結果、知らず知らずに彼をぞんざいに扱うようになっていたのかもしれん」

「杏奈、先程メンバーに渡していた台本を全て見せてもらいなさい」

 フィオナからの指示。

 それを伝えると、

「いや、それはできん。生放送ならではのハプニングも実は台本あってのことでね。メンバーの誰かがそれを知っていたら、予定調和でまるで面白くないものになってしまうからだ」

「そこをなんとか」

「台本は番組の命だ。それはたとえ警察であっても、見せる訳にはいかない」

 プロデューサーは、結局視聴率のことしか頭にないようだった。杏奈は常識が通用しない世界に歯がゆい思いしかなかった。

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