ペンダント、リターンズ(2)
食事を済ませてから、二人は最寄り駅から地下鉄に乗った。目指すは都内のコンベンションセンターである。この建物の一角で握手会が予定されていた。
「昨日の放火って、本当に黒沢杏奈を狙ったものだったのかしら?」
彩那がつぶやくと、
「おそらくそうでしょうね」
とフィオナが答えてくれた。
「でも、私自身はまったく被害に遭ったことにならないわよ」
「これまでのことを考えると、確かに不自然です」
「私には警告だけ与えたってことかしら?」
「つまり、俺たちが警察関係者だと知っていることになるな」
龍哉が横から口を挟んだ。
「そうね。相手が警察と知っていて、本気で攻めてこなかったのかも」
「俺たちが警察と知っているのなら、犯人はかなり絞られてくるぞ」
彩那は、黙って兄の言葉に耳を傾けた。
「まずはプロデューサーの外山荘二朗、それから振付師のチャールズ中西、さらに雑誌記者の真木貴弘、そんなところだろう」
「でも、外山と中西さんはアラセブを守る側でしょう。とすれば、怪しいのは真木ってことになるのかしら」
「まるで動機が分からんけどな」
龍哉の言う通りだった。
「もし真木が犯人だとすれば、その動機はアラセブ絡みの事件を次々に引き起こして、それを記事にして雑誌の売り上げにつなげるってことぐらいじゃない?」
「それじゃあ、マイティー・ファイターの再放送の意味は?」
龍哉が鋭い調子で訊いた。
それには彩那も黙り込んでしまった。
そこへ奏絵が入ってきた。
「真木は、これまでの事件はプロデューサーの外山が自ら仕組んだものだと言ってたわよね?」
「そうなのよ。話題作りのために、敢えてアラセブのメンバーを襲うなんて、そんなバカげたことする筈ないのにね」
彩那は一笑に付したが、
「いや、そうじゃなくて、私が気になるのは、どうしてアラセブ担当の雑誌記者が、やたらと外山を目の敵にしているのかということなの」
「ああ、なるほど」
「あの自信たっぷりな様子だと、真木は外山の秘密を何か掴んでいるんじゃないかしら」
フィオナが菅原刑事に呼び掛けた。
「真木貴弘について報告しなさい」
「はい。年齢は51歳、千葉県出身。北関東大学文学部を卒業後、報道ジャパンに入社。記者歴20年のベテランで、これまで主に芸能界のスキャンダルを記事にすることで名を上げています」
続けてフィオナは手元の資料を読み上げた。
「一方の外山荘二朗は年齢52歳。千葉県銚子市の出身。江東経済大学経営学部を中退。在学中、アルバイトで大道具などの撮影現場手伝いを経て、今のテレビ局に入社」
「裏方としてこの業界に入り、今の地位まで登り詰めた訳ね」
彩那は感心して言った。
「真木の出身地は詳しく分かりませんか?」
「すみません。そこまでは掴めていません」
菅原刑事は素直に謝った。
「千葉県というのは偶然でしょうか。ひょっとすると、二人は故郷が同じで、昔からの知り合いである可能性が出てきました」
「だけど、二人の仲は良くなさそうね」
彩那の言には奏絵が答える。
「いや、同郷で元々仲が良かったのに、何かをきっかけに仲違いしたのかもしれないじゃない? 真木が一方的に外山に恨みを抱くとすれば、それは彼が芸能界で大成功したことに違いないわ」
「つまり、こういうことですか?」
フィオナが口を開いた。
「真木と外山は高校時代の友人だった。二人は大学進学後も付き合いを続けていた。しかし小さいながらも出版社に就職できた真木と、片や大学中退でアルバイトの外山との間に溝ができはじめた。この時点では、真木は外山に勝った気でいた。
ところが数年後、どういう訳か、アラセブというダンスユニットの生みの親として大成功を収め、名を馳せた。そのことに真木は嫉妬した。昔のように気安く声を掛けても、つれない対応しかされなくなった。
それをきっかけに真木は外山の立ち上げたアラセブ、ひいては外山自身のスキャンダルを嗅ぎ回るようになった」
「説明はつきますね。あるいはこういうことも考えられませんか?」
奏絵が言う。
「アラセブは、最初真木が考え出したグループだった。つまり二人の共同企画だった。しかし半々にする約束だった成功報酬を外山が独占してしまった。そこで二人は仲間割れを起こした。腹を立てた真木はアラセブを襲い、グループを解体しようと企てた」
「そう言えば、外山はアラセブの人気のためならどんな手でも使うって、真木が言ってたわね」
彩那が思い出して言った。
「やはり真木は外山の悪事を何か掴んでいると見ていいでしょう」
とフィオナ。
「あとは、真木とマイティー・ファイターとの関係ね」
そんな彩那の言葉に奏絵は、
「マイティー・ファイターの撮影中に死人が出たことを、真木は知っているんじゃないかしら。しかもその事故のきっかけを作ったのは、外山だったと」
「でも外山はマイティー・ファイターの制作に関わってないって言ってたわよ」
「大学時代、アルバイト程度に顔を出していたかもしれないわ」
フィオナは早速、その件について菅原刑事に調査を命じた。
そこへ珍しく父、剛司が割り込んできた。
「マイティー・ファイターの撮影中にスタントマンの事故死がなかったかどうか、元演出家、斉藤博に訊いてみたところ、そんな記憶はないとのことでした」
そうフィオナに報告した。
「でもさ、お父さん。死者が出るほどの大事故だったら、制作者が知らない筈ないと思うんだけど」
娘は当然の疑問を口にした。
「確かに。となれば撮影中に怪我を負って病院に運ばれ、人知れず死んだのかもしれん」
「事故発生が5話、クレジットの書き換えが7話ですから、その可能性は大いにあると思います」
奏絵は自信を持って言った。
龍哉が言葉を継いで、
「スタントマンの怪我は日常茶飯事に起きていて、現場では重大事故だと認識してなかった。後日死に至るのだが、多忙なスタッフはそれには構っていられなかった。むしろ事件を闇に葬り去ろうとした。
しかし彼らの中に哀悼の意を表する者がいて、スタントマンの名前の一文字をとって、スタッフの名前に被せたという訳ですか」
「真木はその事故の全貌を知っているとアピールしたくて、外山にその再放送の要求を突きつけたってこと?」
彩那が疑問を呈した。
「一応、辻褄は合うのですが、どこかしっくり来ませんね」
と奏絵。
フィオナも、
「全てが推測の域を出ていないからです。もう少し詳しく調べる必要があります」
と慎重に言ってから、
「課長、監督の方はどうでしたか?」
「マイティー・ファイターの監督は今は映画監督をしていて、ニュージーランドで映画の撮影中でした。昨日ようやく電話で話すことができたのですが、これまでの様々な疑問を突きつけても、まったく記憶がなく答えることができませんでした。今は新作映画のことで頭がいっぱいで、昔のことに構っていられない様子でした」
「スタントマンの件も知らないようでしたか?」
「はい。上に行けば行くほど知らないことだらけです。もっと現場の人間に調査した方がよいと思われます」
「分かりました。当時のスタントマンについて、クレジットにある7名中、3名まで所在が掴めています。こちらで面会の段取りをつけますので、課長は今日中に会ってください」
「了解」
彩那は、文句一つ言わず、指令長に従う父親に感心して、
「お父さんも菅原さんも、ほんとよく働くわね」
と漏らした。
「お前と一緒にするな」
「何ですって?」
娘が食って掛かった。
父親はまだ何か言おうとしたが、フィオナが間に割って入った。
「さあ、一日の始まりです。喧嘩は止めて気持ちよく行きましょう」




