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筑間奏絵、かじで大慌て(3)

 そこへドアがノックされて、看護師が入ってきた。診察の時間だと言う。彩那はそのまま待たせてもらうことにした。

 矢口がベッドに寝かされたまま、病室から出ていった。今、静まり返った部屋で龍哉と二人きりになった。

「それにしても、あの外山って一体何を考えているのかしら?」

 思ったままのことを口にした。

「お前、結構いろんなこと喋ってたからなあ」

「仕方ないでしょ。マイクが筒抜けだなんて、知らなかったんだもの」

「いずれにせよ、外山が捜査状況を気にしていた証拠ですね」

 フィオナが落ち着いた声で言った。

「しかしまた、犯人でない人間がどうして警察の動きを知りたがるの? まさか進展を見せない捜査に業を煮やして、自分で何とかしようと思ったのかしら?」

「それは違うわ。だって、改造したイヤーモニターはデビューしてすぐに渡されたのよ。つまり最初から外山は黒沢杏奈の発話を通して、こちらの動きを探る気満々だったってことでしょ」

 奏絵が答えた。

「なるほどね。それじゃあ、自分に嫌疑がかかってないかどうか、気にしてたんじゃない?」

 思いつきを言葉にすると、

「外山は、どちらかと言えば被害者サイドなのよ。確かに怪しい一面はあるけれど、自分が疑われるとは思ってないでしょ」

「そうよねえ……」

 二人のやり取りを聞いていたフィオナは、

「さすがに事件の犯人ではないでしょうが、本人としては何かやましいことがあるのかもしれません」

「脅迫状を受け取ってから、警察への連絡が遅かったことを考えると、どうも何かを隠しているような気がします」

 奏絵が付け加えた。

「それでは、明日にでもこの事実を直接突きつけてみましょう。外山がどう反応するのか見ることにします」

 指令長はその任務を菅原刑事に託した。


 しばらくして矢口が看護師とともに戻ってきた。

「お帰りなさい。調子はどうですか?」

 彩那が訊くと、

「おかげさまで、術後の経過は順調ということです」

 矢口が答えた。

「よかった」

 そんな笑顔を見て、

「黒沢さんって、本当に優しい人ですね」

 とベッドの上で身体を起こした。

「いえいえ、普通の女子高生に過ぎませんよ」

「でも学校では、人気者なんでしょ?」

「別の意味で人気者です」

 と龍哉が横から答えた。

「どういうことよ?」

 彩那は声には出さず、唇の動きで表現した。

 矢口はそんなやり取りに笑ってから、

「この業界に長く居ると分かるんですが、デビューして間もない頃は、誰もがいい子なんです。地方から出てきたばかりで、右も左も分からず、周りに気を遣うことしかできない。そして与えられた仕事を一生懸命こなす。

 しかしそのうち、世間でちやほやされるようになると、初心を忘れてしまうんです。人気や名声、ギャラばかりを気にするようになって、ついにはライバルを蹴落とすことさえ考える」

 彩那は黙って聞いていた。

「表向きはいい人を装っていても、裏では文句ばかりを言ったり、陰口を叩いたり、足の引っ張り合いをしたり、そんな芸能界の汚い所ばかりを見せられて、僕は正直この仕事が嫌になりました」

「私はデビューしたばかりで偉そうなことは言えませんが、芸能界って夢のある仕事だと思うのですが」

「まあ、テレビを観ている側からすればそうかもしれません。ですが、こちら側に来た以上、あなたも染まっていくのが正直つらいです。黒沢さんには、ずっと黒沢さんでいてほしい」

「大丈夫、私は何があっても変わりませんよ」

「誰だってみんな、最初はそう言うのです」

「アラセブのメンバーはどうだったのか、訊いてみなさい」

 フィオナから指示が出た。

「アラセブのみんなもそうなのでしょうか?」

「最初はいい子ばかりでしたよ。しかし時が経つにつれて、みんな性格がひねくれてしまいましてね」

「でも人の性格なんてそんなに簡単に変わるものではないと思いますが」

「そうでもありません。プロダクションやプロデューサー、監督など影響力のある人物と接していると、いとも簡単に変わってしまう。いや、変えられてしまうと言った方がいいかもしれない」

「つまり本来とは違ったキャラを演じているうちに変わってしまうということですか?」

「そうです。この業界はとにかく人気、視聴率、売り上げが全てなのです。そのためには、アイドルの人格も最大限効果が上がるように改造して、実際にそうなってもらうしかない。それが生き残る道なのですから。

 たとえば、須崎多香美さん。彼女は今でこそ歯に衣着せず、自分の思ったことを何でも言う厳しい性格ですが、元はと言えば大人しい子だったのです」

 彩那は、そんなイメージを思い浮かべることができなかった。

「でも外山さんの発案で、厳しいキャラを与えられて、それを演じているうちに、本当にそうなんだと本人も思い込むようになってしまった。まあ、そのおかげで、彼女ひいてはアラセブの人気が急上昇したのですから大成功と言える訳ですが」

 矢口はなおも続ける。

「楠木かえでさんから聞きましたよ。黒沢さんはアラセブのメンバーからいじめられているそうですね」

「ええ、まあ」

 彩那は口を濁した。

「結局、彼女たちも周りに合わせていくしかないのです。あなたも今後彼女たちに迎合していかなければ、芸能界で生き残ってはいけない。つまり本来の黒沢さんを捨てなければならない。それが僕にはつらいのです」

「今の自分を貫くことはできませんか?」

「はい。それは無理です。芸能界はそういうところです」

 二人は無言になった。

「実は僕、退院したら故郷に帰ろうと思ってます」

 矢口が突然切り出した。

「えっ?」

「どうやら僕にはこの仕事は向いていないようなので、九州へ帰って別の仕事をしようと思います」

「そんな急に。例の一件があったからですか?」

「いいえ、実は前から考えていたことなのです」

「そうですか」

 彩那は残念に思った。

「でも、まだ正式に決めた訳ではないですよね?」

「はい。でもおそらくそうすると思います。来週の伊豆の別荘ロケを最後に辞めようと思っていましたので」

「せっかく知り合えたのに、残念です」

「僕も同じ気持ちです。でも、もうお互い会えないと決まった訳ではないでしょう」

「そうですね」

 彩那は微笑んだ。

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