TOKYOかけた少女(2)
「そ、そんな訳ないでしょ。こんな女子高生が警察って、それ、普通あり得ないですよね?」
真木の鋭い指摘に言葉が詰まった。記者はそんな様子をじっと観察している。
「杏奈、その男から離れなさい」
フィオナは危険を察知したのか、そんな指示を出した。
「さあて、私ちょっと用事を思い出したので」
そそくさと逃げようとすると、
「まあまあ、お待ちなさい。あなたが警察の方だと知って、私から一つ有益な情報を提供しようと思います」
「えっ、本当ですか?」
杏奈はすぐに動きを止めて。後ずさりで元の位置へと戻った。
真木は我が意を得たりという顔をして、
「プロデューサーの外山、あの男には注意した方がいいですよ」
「どういうことですか?」
「外山はアラセブを人気者にするためには、どんな手でも使う男です。それがたとえ犯罪であっても躊躇うことはないでしょう」
「それって、どういう意味ですか?」
「今いるメンバーたちの個性ですら、彼が創り出したものなんですから」
まるで意味が分からなかった。しかしこれは割と重要である気がする。もっと詳しく聞きたくなった。
「メンバーはみんな全国各地からオーディションで選抜された子なんです」
「ええ、それは聞いてます」
「ですから、本来ダンスの上手な真面目な子ばかりが揃うのです。しかしそれでは面白味がないと、彼女たちに様々な性格を吹き込んだという訳です」
「はあ」
「つまり外山は彼女たちのキャラクターをねつ造している訳で、アラセブの存在自体が虚構だと言いたいのです。黒沢さん、あなたも気をつけた方がいいですよ」
「私は何も言われてませんが」
「それはあなたが警察関係の人だからでしょう」
杏奈の思考が停止した。
「私の考えを言いましょうか。実はアラセブの数々の事故や事件は、外山が仕組んだシナリオなのです」
「そんな馬鹿な……」
さらに話を続けようとしたところ、CMの撮影が終了した。スタジオ中を支配していた緊張がすうっと解けていく。
「それでは、私はこれで」
「ちょっと待ってください」
「ご安心ください。あなたの秘密については決して口外しませんから」
真木は不敵な笑みを浮かべて、そのままスタジオを後にした。
少し離れた所からマネージャーが歩み寄った。
「お前、嘘つくの下手すぎ」
「何よ」
「警察関係者って、バレバレじゃないか」
そう言って肘で脇腹辺りを突いた。
「私のせいじゃないでしょ。そもそもあの人、感づいていたみたいよ」
フィオナが菅原刑事を呼んだ。
「あの真木という記者は、いつからアラセブの取材をしているのですか?」
「アラセブ結成当初から張り付いているようです」
「普段はどんな記事を書いているのですか?」
「これまで彼の関わったアラセブの記事は、特に当たり障りのないものです」
「真木の専門分野は何ですか?」
「報道ジャパンという週刊誌は、スキャンダルの暴露を売りにしていますので、彼もそういう記事を数多く手がけています」
「なるほど、そうでしたか」
フィオナは一人納得した。
「それじゃあ、アラセブのスキャンダルでも暴こうとしているのかしら?」
杏奈が言うと、
「いえ、アラセブというより、プロデューサーの外山荘二朗のスキャンダルでしょう」
「外山がメンバーに危害を加えるみたいなこと言ってたけど、そんなことあり得るのかしら?」
それには奏絵が入ってきた。
「いくら何でも、自ら築き上げたドル箱のアイドルグループの足を引っ張るようなことをするとは思えないけど」
「そうよね。あの真木って記者、頭大丈夫かしら?」
「確かに奏絵が言うように、外山には動機がありません。それにマイティー・ファイターの再放送を要求するのも説明がつきません」
「それにしてはあの人、何だか自信があるような感じだったわよ」
「プロデューサーがアイドルの性格を意図的に創ったところで、それが演出の範囲なら何も問題はないと思うのよ」
と奏絵。
「実際、それがファンに受けているんだろうしね」
「真木は、私たちの知らない何かを掴んでいるのかもしれません」
フィオナが言った。
しばしの沈黙。
次の瞬間、杏奈と指令長の言葉が重なって、互いが譲り合った。
「杏奈、何を言おうとしたのですか?」
「いえ、フィオからどうぞ」
「最近、あなたの心の中が透けて見えるようになりました。真木を締め上げて吐かせればいいと考えていたでしょう?」
「まさか。そんなこと、これっぽちも考えてません」
「では、何を言おうとしたのです」
「ええっと、それは……」
「相手は雑誌の記者なのです。絶対に手を出してはいけませんからね」
「はいはい」
指令長がすっかりお見通しだったので、肝を冷やした一幕であった。
「楠木かえでが、こっちに来るわ」
奏絵が早口で教えてくれた。
杏奈はさっと口を閉じた。
「あの人と、どんなお話をしていたの?」
大女優は気品のある声を出した。
アイドルは挨拶をしてから、
「いえ、大したことではありません。アラセブの人気投票のことを教えてもらっていたのです」
かえでは笑って、
「そうでしたか。正直言うと、私、記者が大嫌いなの。だって、お金になる記事ばかり書くでしょ。正義や真実よりも面白ければいいって考えには、ついていけないわ」
「私もそう思います」
そこは話を合わせた。
「それに比べてあなたは素晴らしいわ。だって正義感と行動力が備わっているもの。今話題の動画を見せてもらったわよ、あれ、杏奈さんなのでしょ?」
「ええ、まあ」
「やっぱり、そうだと思ったわ。これからも純粋な気持ちを忘れないでね」
そこへ奏絵の声が入ってきた。
「杏奈、話の途中で悪いんだけど、ちょっと楠木かえでに訊いてもらいたいことがあるのよ」
真横に当人がいるので、何も応えずにいると、
「あのね、ドラマの最後に流れるクレジットのことなんだけど、あれって作品に関わった全てのスタッフの名前が出ている訳じゃないわよね。その辺を知りたいの」
「あの、かえでさん。ちょっと質問があるんですけど」
杏奈は切り出した。
「どうぞ、何でも訊いて頂戴」
「ドラマというのは俳優以外にも、大勢のスタッフの手によって作られていますよね。その全員分の名前が番組最後に流れるのでしょうか?」
「あなたはドラマに興味があるの?」
かえでは意外そうだった。
「はい。実は私、こう見えても高校では演劇をやっていまして、とても関心があるのです」
「へえ」
大女優は目を丸くした。
「確かに映画やドラマは、想像以上に多くのスタッフや裏方さんに支えられているものなのよ。たとえばエキストラの人々、撮影地で俳優やスタッフの食事を用意してくれる方々、それにロケバスと言ってスタッフや機材を運ぶ車の運転手さんなど、実に様々な人たちがいるのよ」
新人アイドルは頷いた。
「そういう人たちまで入れると、その数はざっと何百人にもなるの。映画は尺がある程度自由にできるから、全員をクレジットすることが可能だけど、TVドラマは時間が決まっているから、全員載せるのは所詮無理なのよ。どうしても主要なスタッフだけになってしまう」
「なるほど」
「そういう名のない人たちに支えられて一本のドラマができるのだから、感謝の心を忘れてはいけないわね」
さすがは大女優、言葉に重みが感じられる。
「ありがとうございます。とても参考になりました」
「いえいえ、この業界で分からないことがあれば、何でも訊いてくださいね」
楠木かえでは優雅な足の運びで杏奈の元を離れた。
周りに誰もいないことを確認してから、
「ねえ、奏絵。どうしてそんなことが知りたかったの?」
友人は、うーんと声を上げてから、
「確固たる理由がある訳ではないんだけど、旧字体に変更した理由について、当時のスタッフはおろか、斉藤さん当人ですら何も覚えてないんですって。メインスタッフは多忙だから、いちいちそんなことを気にしていられないらしいのね。それなら、名前の挙がっていない他のスタッフなら、何か知っているのかなと思って」
「でもさ、確かに他のスタッフが関わっていたとしても、その人たちはそもそも中枢にいない訳で、それこそ理由なんて知らないんじゃないの?」
杏奈は思ったことをそのままぶつけた。
「その通りなんだけど、何かこの行き詰まった状況に突破口を開きたくて」
「じゃあ、名前が載らなかった関係者の中に、齋藤って人が居て、その人と間違えたってのはどう?」
「さすがにそれはないわよ」
友人はあっさり答えた。
「だって、斉藤博って人は実在するんだから。他人が紛れ込むとは考えられないもの。それにクレジットされないほど関わりの薄い人を間違って載せる筈ないしね」
「そっか」
「何か見落としをしているような気がするのよね」
そう言うと、奏絵は黙り込んでしまった。




