TOKYOかける少女(2)
フィオナから連絡が入った。
「奏絵の話では、二人を襲ったのは若い男6人組。リーダー格が一人、後はその取り巻きのようです。全員が年齢二十歳前後。中に一人学ランを着ている丸刈りの男がいる模様。繁華街をたむろしているようです」
「了解」
彩那は大通りに面した交差点に出た。対面にコンビニの広い駐車場が見える。目を凝らすと、数人の若者が傍若無人に振る舞っていた。
駐車場の真ん中で輪になって座り込み、車が入ってきても知らん顔である。その内の一人が、店に出入りする若い女性に近づいては、何やら執拗に声を掛けていた。
よく見ると、丸刈りの学ランが一人混じっていた。
間違いない、あの連中である。
彩那は信号が変わるのを待って、駆け足で近づいた。
フィオナが再び呼び掛ける。
「もう時間がありません。容疑者の捜索は止めて、直ちにテレビ局へ行きなさい」
「ちょうど今、あいつらを見つけたところなのよ」
特殊眼鏡を掛けていないので、フィオナには状況が把握できていない。彩那はいちいち説明しなければならなかった。
「あなたの居場所は特定できました。そこへ派出所の警官を向かわせましたので、後は彼らに任せなさい」
「いいえ、この手で二人の仇をとってやるわ」
「止めなさい。これは命令です。何よりも、あなたはアラセブの衣装を着ているのですよ」
指令長は語気を強めた。
「すぐに終わらせるから平気よ」
「いいから、まずはその格好を何とかしなさい」
「とはいえ、ここで脱ぐわけにもいかないでしょ」
「では、せめて眼鏡を装着したらどうです」
「いやそれが、ダンススタジオに置いてきちゃったのよ」
「では、こちらでは状況がまるで分からないということですか」
フィオナの呆れ声。
「いいですか、絶対先に手を出してはいけませんよ、命令ですからね」
「分かってるわよ」
彩那は駐車場をまっすぐ進んだ。
今居る男は全部で5人。鋭い目つきで通行人やコンビニの客の姿を窺っている。何か気に入らないことがあれば、すぐに因縁をつける準備ができているようだった。
早速そのうちの一人が彩那に気づいた。これほど目立つ服装では無理もなかった。
「何だ、お前は?」
肩を怒らせて近づいて来た。
彩那はひるむことなく、
「ちょっと、さっき女の子二人に手を出したのは誰?」
一同は顔を見合わせて笑い出した。
「そんなことより、お前どうしてアラセブの服なんか着てるんだ?」
一人が素っ頓狂な声を出した。
「コスプレマニアか、こいつは?」
「不細工な女が、アラセブの真似したって始まらないぜ」
みんなが口々に叫び出した。これでは収拾がつかない。
「フィオ、話にならないから、一人ずつ締め上げてもいい?」
「彩那、先に手を出しちゃダメですからね」
「この女、何を一人でブツブツ言ってんだ?」
どうしたものかと思案していると、もう一人別の男が店から出てきた。連中が一斉に静かになった。どうやら彼がリーダーらしい。
それなら話は早い。彩那は金髪で長身の男に詰め寄った。
「あなたでしょ、さっきゲームセンターで女の子を泣かしたのは。奪ったペンダント、返してもらうわよ」
「何だと、こら。誰に向かって口利いてるんだ」
男は凄んだ。
「それと、駄目にしてくれたケーキ代、全額払ってもらうから」
「おいおい。お前、いい度胸してるな」
取り巻きの一人が、アラセブのミニスカートをひょいとめくり上げた。
「ちょっと、何するのよ」
彩那は手を払いのけた。
「俺たちが誰だか、分かってるんだろうな」
リーダーのひと声で、取り巻き連中が彩那を取り囲み、戦闘態勢に入った。
「フィオ、こういう状況だったら手を出していいんでしょ?」
「私には何も見えてませんから、どうぞ」
一人が雄叫びを上げて背後から襲いかかってきた。羽交い締め攻撃。すかさず身体を翻して体勢を入れ替える。逆に相手の腕をねじ曲げた。
「おい、痛えよ。離せ」
さっきまでの勢いはどこへやら、情けない声に変わった。
その状態のまま、左右の男を目で牽制しつつ、相手の出方を待った。
右から男が飛びかかってくるぎりぎりまで引きつけて、拘束した男の身体を押し出した。二人は頭部をぶつけて、激しい勢いで転倒した。
左の男はフットワークも軽やかにジャブを繰り出してくる。しかし彩那にとってこの程度の動きを見切るのは簡単だった。
(このミニスカート、動きやすいわ)
腕が引っ込むタイミングを見計らって、腹部の真ん中に右脚を突き刺した。すると両手で腹を押さえ、膝から地面に崩れ落ちた。ここまで30秒。
正面の学ランが形勢不利と見るや、飛び出しナイフを握りしめた。刃先がきらりと光った。残った一人はチェーンを振り回している。
前に出ようとするも、男のナイフが小刻みに牽制する。もう一人が振りかざすチェーンに気を取られた瞬間、刃先が衣装をかすめた。二度、三度と胸元辺りにナイフが突きつけられる。
「危ないじゃない。服が破れたらどうするのよ」
ナイフが空を切ったと見るや、迷わず相手の懐に入って足を絡めた。地面に倒すと、その衝撃でナイフを遠くへ弾き飛ばした。
相手が起き上がるまでの短い時間を利用して、今度はチェーン男に向き合った。長い脚を繰り出して相手の動きを止める。
それから立ち上がった学ランに後ろ回し蹴りを見舞った。クリーンヒットして、自転車置き場の奥へと吹き飛ばした。
もう一度チェーン男と向かい合う。飛んできたチェーンの一部を掴みとると、力の限り手前に引っ張った。身体のバランスが崩れたところ、背中で受けて投げ飛ばした。背負い投げである。男は大きく弧を描いて、鈍い音とともに金属製の車止めに受け止められた。そしてすっかり動かなくなってしまった。
さすがにやり過ぎたと思って、男のそばへ駆け寄った。
柔道技は受け身が取れる畳の上で行うのが原則であり、このようなアスファルト上で行うのは御法度なのだ。
「ごめんなさい、大丈夫?」
気づけば、リーダーを残して5人はぴくりとも動かなくなっていた。まるで時間が止まってしまったかのようだった。
彩那はリーダーの前に立ちはだかった。
彼は威厳を保っていたが、それでも内心恐怖を感じているのが分かった。手が小刻みに震えている。
突然、呼子笛が夕刻の空に響き渡った。警官が二人、自転車で到着したのである。
リーダーは我に返って、一目散に逃げ出した。仲間はほったらかしである。
「ちょっと、待ちなさいよ。まだ話が終わってないわ」
仲間もすっくと起き上がって、リーダーの後を追いかけた。全員があっという間に視界から消えてしまった。
連中を追いかけようとしたところで、警官の一人が近づいてきた。
「倉沢さんですね。お怪我はありませんか?」
どうやらフィオナが話を通してくれたようだ。
「ええ、何とか大丈夫です。そんなことより、傷害事件の容疑者たちが逃げました。捕まえてください」
二人は顔を見合わせると、アイドルが指さす方向へ自転車を漕ぎ出した。
一人の女性が近づいてきた。制服を着ているところを見ると、どうやらコンビニの店員らしい。手には長髪のウィッグを持っている。
申し訳なさそうに、
「これ、落としましたよ」
「あっ、マズい」
丁寧に礼を言ってから自分も追いかけようとしたが、いつの間にか大勢の人に囲まれていた。誰もがスマホを持った手を高く掲げている。どうやら密かに一部始終を撮影していたようだ。
「それでは、みなさん。ごきげんよう」
精一杯の作り笑顔で手を振ると、身を低くしてその場を離れた。
ちょうど下校中の小学生が集団で横断歩道を渡っていたので、歩幅を合わせてその中に身を隠した。
「あれ、アラセブの人だ!」
「本物?」
みんなが一斉に騒ぎ出した。
「違うのよ。これはただのコスプレ。趣味でやっているだけだから」
彩那は笑顔で走り去った。




